【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」   作:守次 奏

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第七話「つまり、ぼくは」

 世界が色を失ったようだという感覚が、身に染みてわかった気がする。

 

 親友殿がいなくなった部屋に一人取り残されたぼくは、なにをしていいかもわからないまま、ただ茫然とゲームをすることしかできずにいた。

 

 それでも、キャラクターをいつも通りに動かすことができなくて、いつもだったら常に六割以上をキープしていた勝率は、四割にまで下がってしまっていて、余計に心を苛立たせる。

 

 あの程度の相手に情けないだとか、もしも調子がよかったら軽く叩きのめせていたとか、そんな言い訳じみたことを頭に浮かべてしまう自分に嫌悪が巻き起こってしまう。

 

 ああ、全く。

 今頃、親友殿は──彼女とよろしくやっているのだろうか。

 

 時刻は深夜の二十三時。

 そういうことをするのにはもってこいだし、高校生のカップルがそういう場所を使うのを、店員はわかってても止めやしないだろう。

 

「……いや、だなぁ……」

 

 親友殿には親友殿の人生がある。

 それは、ぼくという存在で束縛してはいけないものだということは、頭の中ではわかっていた。

 

 だけど、心が頷いてくれないのだ。

 頑なに首を横に振って泣き喚いている心は、どれだけ時間が経っても落ち着くそぶりを見せなくて、嫌だ嫌だと繰り返している。

 

 いつからだろう。

 いつからだろうか、ぼくがこんなにも脆くなってしまったのは。

 

 あるいは最初からそうで、そこに目を背け続けて生きてきた結果がこれなのかもしれない。

 

 つまるところ、原因なんてものはどうでもよくて、ただ結果だけがぼくのあり方を示しているということだ。

 

 だとしたら、とんだ道化だな。ぼくは。

 あのとき、ただ一言「行かないで」とでも言えていたのなら、なにかが変わっていたのかもしれないのに、それを実行することすらできずにこうしてうずくまって、ああでもないこうでもないと、うだうだ頭の中でくだを巻いている。

 

 まさしく、負け犬にふさわしい。

 負けたのならば、負けた人間らしく次にどうしていくのかを考えればいいのに、そうすることも、忘れることもできずに彼のことを、親友殿のことを引きずっているのだから。

 

 だけど、一つだけ言い訳をさせてほしい。

 一つだけ、ただ一つだけ言い訳が許されるのなら──親友殿は、ぼくの全てだったんだ。

 

 思い出すのは、幼い頃の記憶。

 ぼくがまだ普通に学校というコミュニティに属して、外の世界との接点を持っていた頃の思い出だった。

 

 ぼくは貧弱なもやしっ子だったから、別にいじめられたりはしなかったけど、なにかとクラスの中では浮いた存在──端的にいえば、前にもいった通りに嫌われ者だった。

 

 休み時間のドッジボールには混ぜてもらえないし、一人で一輪車や竹馬に乗って過ごそうにも、転んで怪我をしたらどうするのかと担任に心配される程度には貧弱で、コミュニティからは疎外されていたのだ。

 

 だから、学校生活はぼくにとって苦痛でしかなかったし、一刻も早く中学校を卒業して高認検をとって、大学も通信制のところを選んで早期に卒業する、という夢だけに縋って生きていたようなものだった。

 

 そう、親友殿に出会うまでは。

 親友殿は明るい体育会系にしては珍しく、ぼくを遠巻きにしなかったし、なにかと世話を焼いてくれたりもした。

 

『お前もそのゲームやってんの? 今度対戦しようぜ!』

 

 何気ない、本当に何気ないその一言が、今のぼくたちを繋ぎ止める楔であり、救いであったことを親友殿は知っているんだろうか。

 

 知っていてほしいとも思うし、知らなくていいとも思う。これは、ぼくから彼に向けられた一方通行な感情でしかないのだから。

 

 ぼくにとって一番にして唯一の友達は彼しかいないけど、彼にとっての一番はきっとぼくじゃないし、唯一無二でもない。

 

 そんな人間が一方的に抱いているだけの思いなんて、気持ち悪いに決まっている。

 

 それに、この身体は女の子だけど、そうなるまでぼくは男だったんだ。どこまでも歪で、どこまでも歪んだこの想いの丈をぶちまけたところで、拒絶されるのなんて、火を見るよりも明らかじゃないか。

 

 ああ、そうだ。そうだとも。

 

 ぼくは、親友殿のことが、彼のことが、好きで、好きで、仕方ないんだ。

 女の子になったぼくを受け入れてくれた、外に出るとき、さりげなく手を握ってくれた、食べかけのハムサンドを分けてくれた──間接キスを交わした、彼のことが。

 

「……ん……っ……すぅーっ……はー、っ……しんゆー、どの……」

 

 ぼくは、ソファに寝転ぶと、以前に借りて借りっぱなしだったカーディガンを手にとって、そこに残った親友殿のぬくもりを、香りを確かめるように深く息を吸い込んだ。

 

 最低だとわかっていても、それを認めてしまったらもう後戻りはできないとわかっていても、少しでも彼の厚意が残っている欠片を手にして、その存在を自分の中に取り込まなければ、とても正気ではいられなかった。

 

 いや、こんなことをしている時点でもう既に正気じゃないことは明白だ。ぼくは、おかしくなってしまったんだろうか。

 

 違う。おかしくなったんじゃない。

 最初から、全てがおかしかったんだ。

 

 ああ、そうだ。そうだとも。

 つまりぼくは、そういうやつだったんだ。

 

 面倒くさくて粘着質で、情緒不安定なのに、いつも余裕ぶって、親友殿を困らせている、男でも女の子でもない、なにか。

 それは客観的に見ればひどくグロテスクで、自分の存在に嫌気が差してくる。

 

「……うっ、ぷ……おぇ……」

 

 込み上げてきた涙につられて喉を灼きながらせり上がってきた吐瀉物が、彼のカーディガンを汚す。

 なんて。なんて、醜いことを──取り返しのつかないことを、してしまったんだ。

 

「ふ……く……っ……うぇええん……っ……」

 

 なのに、なんで被害者ぶるように泣いているんだ、ぼくは。

 今すべきことはそうじゃないだろう。起き上がって、汚してしまったものを拭いて、洗濯機に放り込んで、少しでも償いをすべきだというのに。

 

 だけど。

 だけど、そんなの、無理だ。

 

 ぼくは、そんなに強くない。

 そんなに強かったら、心を閉ざして外の世界との繋がりを断ってなんかいない。

 

「……ごめんよ……ごめん、よ……しんゆー、どの……ぼく、は……」

 

 そして、縋りついてなんかいない。

 それはただの重荷にしかならないと知っているから。一方的で身勝手な、想うだけの想いだとわかっているから。

 

 ──だとしても、だ。

 

「……ぐすっ……きみの、ことが……好きで、ごめんよ……君に、恋してごめんよ……親友、殿……っ……うわぁあああんっ……」

 

 ぼくは、好きで好きで仕方ないんだ。

 男でもいられない、女の子にもなりきれない、フランケンシュタインの怪物だって恋をする。

 

 こんな怪物を生み出したのが神様だとしたら、その責任をとってくれないのはおかしいだろう。

 

 人が神様になれないのは、作ったものに対して無責任だからだというのなら、この恋心にも、この身体にも、いるのなら責任をとってみせるのが筋なんじゃないのかい、神様。

 

 何者にもなれない苦しみと、誰かにとっての何者かでいられない悲しみにのたうち回りながら、ぼくは苦しみを喉から吐き出し続ける。

 

 こんなことになるのなら、いっそのこと、もう。心なんてものを、最初から持って生まれてこなければよかったのに。

 

「……おぇ……っ……おぇぇぇっ……ごめん、よ……ごめん、ね……しん、ゆー……」

「……大丈夫か、ひかり!?」

「……っ……!?」

 

 ひどく痛む頭を押さえて顔を上げると、そこには。

 そこにあったのは、肩で息をしながら、ぼく──神崎ひかりの部屋の扉を開けた親友殿の姿だった。

 

 紛れもなく、今頃彼女とよろしくやっているはずの親友殿に、他ならなかった。

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