【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」   作:守次 奏

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第八話「女の子になった日」

「親、友……殿……なん……で……?」

「なんでもなにもあるか! 今はとりあえず……ああもう、救急車呼ぶか!?」

 

 部屋の明かりをつけて、踏み入ってきた親友が吐瀉物まみれのぼくを見るなり、懐からスマートフォンを取り出す。

 

「ま、待ってくれたまえよ……ぼくは大丈夫だ、救急車なんて呼ばなくても」

「ゲロまみれでくたばってるやつが言うことかよ!?」

「ち、違うんだ……これは……本当に……」

 

 救急車を呼ぶとなると、いくらぼくのことに関心が薄い両親だって巻き込んで騒ぎになる。

 そうなったとき、あれこれ世間にぼくの存在が認知されるのは困るわけで。

 

 だから、ぼくは必死に親友殿を宥めて、なんとか通報だけは免れるように説得した。

 

 正直、それに必死だったせいもあって頭から抜け落ちていたけど、よくよく考えたら吐瀉物まみれの人間が頭を押さえながら「大丈夫だ」と言ったって信憑性がないどころか、むしろ事態を悪化させるだけだろう。

 

 それでも、親友殿がぼくを信じてくれたのは奇跡だとしかいいようがない。あるいは、日頃の積み重ねか。

 

「……わかった、救急車は呼ばねえ。ただ、どうしてこんなことになってんのかは聞かせてもらうぞ」

「……それは、こっちの台詞だよ親友殿。君は今頃、彼女とよろしくやっていたはずじゃあないのかい」

「なんだよ、それ……お前は俺にどんなイメージを持ってんだ」

 

 お相手の顔も名前も知らないとはいえ、女の子から告白されたら男子は相当嬉しいものだろう。

 ましてや、彼女がほしいと公言してはばからなかった親友殿のことだから、尚更だ。

 

 そんな話をすると、親友殿は苦笑しながら、バツが悪そうにぼくから視線を逸らす。

 ほら、やっぱり、彼女がほしかったんじゃあないか。

 

「そりゃあ彼女はほしかったけどよ……なんていえばいいのかな、俺はお前みたいに頭よくねーからわかんねーけどさ、やっぱ恋愛にも合う合わねえってあると思うんだよ」

 

 趣味だとか価値観だとか、色々な。

 親友殿は遠い目をしながら、そんなことを呟いた。

 

 ふむ? それほど今回のお相手はひどい趣味と価値観を持っていたのだろうか?

 だとしたら災難もいいところだと思うけど……多分、違うだろう。

 

 ほんの少し、ほんの少しだけボタンをかけ違えたような食い違い。

 放っておいても回り続けるけれど、どこかで引っかかるような、些細な違和感。

 恐らくは、そういうものを親友殿はお相手に感じていたのだろうか。

 

「なんつーか、告られたのは本当に嬉しかったんだ、人生で初めてだしよ。それで舞い上がってたとこがあったのも事実だ」

「なら、付き合えばいいじゃあないか……それなのに、なんでわざわざぼくのところに戻ってきたんだい」

「なんでだろうな、俺にもよくわかんねー」

 

 親友殿は、苦笑いを浮かべながら語った。

 わからない、か。

 

 恋心というのが理屈で割り切れない不可解であることを、この身をもって知った以上、そこに突っ込むような野暮なことはしない。

 ただ、親友殿にとって、その告白をしてきたお相手は、なにかが違ったのだろう。

 

 趣味や価値観よりももっと深いところで、自分がこの相手と長い時間を過ごすことができるかどうかを問いかけた末に、その答えが否であったからこそ、か。

 

 そう納得して安堵する、自分の性格の悪さに嫌気が差しながらも、ぼくは親友殿の答えに、選択に、安心を覚えていた。

 

 その後に選ばれるのがぼくだとは限らないのに、むしろ、ぼくがこうなるに至った経緯を聞かれたら、きっとドン引きされるに違いないのに。

 

「さて、俺はありったけ喋ったぜ。次はお前の番だろ」

「……ああ、そうだね。君にばかり喋らせているというのは、フェアじゃない」

 

 ぼくは近くに落ちていたハンカチで口元を拭いながら、ゆっくりと立ち上がって、親友殿の目を覗き込んだ。

 

 鋭い切れ長のその瞳は、相変わらずつっけんどんな印象を受けるけど、その奥に潜んでいる優しさであるとか、甘さであるとか、そういうものを、ぼくは確かに知っている。

 

 あるいは、そこにつけ込めばいいのかもしれない。

 手段を選ばずに、ぼく一人だけがこの恋愛というゲームの勝者となるためなら、傷や弱みを利用するだけ利用して、相手の心を縛ってしまえばいいだけだ。

 

 でも、そんなのはフェアじゃない。

 少なくとも、思いの丈を、自分が思っていることを嘘偽りなく語ってくれた親友殿に対してそんなことをするのは、ぼくのちっぽけなプライドが、初恋が、それを許さなかった。

 

 だから、なんといえばいいのかはすぐに思いつかなかった。

 ぼくが吐くまで追い詰められていた理由はわかっているのに、こんなにも想うだけで胸が苦しくなる理由なんて、わかりきっているのに、それをお互いに納得がいく形で出力することができずにいる。

 

「……ぼく、は」

「ああ」

「……いや、言い方を変えよう。親友殿……君は、ぼくのことが嫌いかい?」

 

 疑問文に疑問文で返したらテストの答案が零点なのはわかっている。

 それでも、ぼくは問いかけずにはいられなかった。

 

 その答え次第で、ぼくは正直者にもなれるし、嘘つきにもなれるから。

 

 そんな風に、ずるいとわかっていても、フェアじゃないことはしたくないと嘯きながらも、ラフプレーに近い言葉しか口に出せない自分に嫌気が差して、また吐きそうになる。

 

「嫌いだったらわざわざこんな時間に部屋まで来たりしねーだろ」

「ああ、そうか……安心したよ」

「じゃあ、その……なんだ。お前から見て、俺はどうなんだよ?」

 

 疑問に疑問で返したなら、その答えもまた疑問で返ってくるのは必然だ。

 どうなんだ、か。どうもこうもないよ。

 ただ、君が好きで仕方がない。恋焦がれていてどうしようもない。

 

 だけど、その答えをはっきりと口にしてしまえば、全てが終わる気がして。

 ぼくと親友殿を繋ぎ止めていた、言葉なきこの放課後が泡と消えてしまいそうで、怖かった。それでも。

 

「……きだよ……」

「え?」

「……ぼくは! ぼくは、君のことが好きなんだ! 気持ち悪いかもしれないけど……受け入れてもらえないかもしれないけど……君が、他の誰かと付き合うかもしれないことが、不安で、不安で……っ……!」

 

 止まったはずの涙がまたぽろぽろとこぼれ落ちてくる。

 言ってしまった。こうなれば、もう後に戻ることなんてどうやってもできやしない。

 

 こんな、男でも女の子でもないフランケンシュタインの怪物だって恋をする。

 ずっと、ずっと、それが恋に変わる前からぼくは、君のことを慕っていたのだから。焦がれていたのだから。

 

 ──だから。

 

「だから、笑いたまえよ。責任をとってくれたまえよ……親友殿……どんな形でもいい、ぼくのこの恋心を、終わらせてくれたまえよ……」

 

 そうすれば、きっともう泣かずに済む。

 涙がどこかに姿を消す前は、泣き暮れるだろうけれど、それもいつかは時間が忘却の彼方に追いやってくれることだろう。

 

「……馬鹿野郎!」

「……し、親友……殿……?」

「笑えるかよ、終わらせるかよ! 責任ならとってやるよ! だから……お前だって、そうやって俺を見限ろうとするのをやめろよ!」

 

 気づけば、ぼくはソファに押し倒されていた。

 親友殿の目には涙が浮かんでいて、どうして、と、問いかける暇もなく、ぼくの唇にその雫がしたたり落ちる。

 

「……正直な話さ、俺だってドン引きされると思ってたんだよ。でもさ、あの子に付き合ってくれ、って言われたとき……思い浮かんだのはお前の顔だったんだよ、ひかり……」

「親友、殿……?」

「お前が女になっちまったからなのか、元からそうだったのかもわかんねえ、だけど今確実に言えるのは……俺が! お前を! 神崎ひかりを、愛しているってことだけだ!」

 

 ──ああ。

 

 そんなことを、そんなことを、言われてしまったら。

 お腹の下の辺りがきゅん、と甘く締め付けられるような感覚が強まっていく。

 その甘い束縛にいつまでも身を任せていたくなるほど、とろけてしまう。

 

「……いいか、ひかり……?」

「……だめだ、だめだよ、親友殿……ぼく……汚れて……」

「関係ねえ……!」

「ん、む……っ……!」

 

 こんなにも汚れたぼくを、愛してくれるのかい、君は。抱いてくれるのかい、君は。

 ああ、なんて幸せなんだろう。

 

 初めてのキスはレモンの味だとどこかの誰かが嘯いていたけれど、ぼくみたいなのにはきっと、この吐瀉物にまみれた味がふさわしい。

 

「……電気を、消してくれるかい」

「無理だ、もう」

「……そ、そうかい……つまり君は、そういうやつだったんだな……」

「ああ、そうさ」

 

 好きな女の全部をみたいなんて、普通のことだろう。

 耳元で優しく囁くその声に、ぼくは思わずびくり、と身体を震わせる。

 

 優しくしてくれたまえよ、なんて言葉さえ通じないままの親友殿に任せて、ぼくはただその初めての痛みを受け入れた。

 痛くて、痛くて仕方がなかったけれど、それでも、正気に戻ることはできなくて、ぼくは。

 

「……あーあ、ヤっちまったな……」

「ふふ、そうだね……君はぼくを、女の子にしてくれたわけだ、親友殿……いや、竜司」

「……朝っぱらからそういうこと言うんじゃねえよ、ひかり……」

 

 そうして朝を迎えた君が、ぼくの名前を呼んでくれるだけで。

 ずっとずっと、大嫌いだったこの名前を好きになれる。幸せになれるんだ。

 

 だって君は、ぼくの愛する親友殿は──市ヶ谷竜司は、何者でもなかったぼくを……神崎ひかりという怪物と、化物と、恋をしてくれたのだから。

 

 どっちつかずなぼくを、「女の子」にしてくれたのだから。

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