サバイバル・ガンマンは競争のゲームだ。
少なくとも、僕はそう考えている。
「位置について、3――」
と合図係が声を張り上げるので、僕は数回まばたきをし、海を眺める。自分の中にある形容しがたいリズムを、うっかり崩してしまわないよう注意しながら眺める。眼球に入ってくる色はおおむね暗い。最後に
「2――」
カウントダウンがひとつ進む。
リアルでもゲームでも、こういう集中が高まる状況では、一周回って無駄な思考が挟まることが多い。今回もその法則が適用されたらしく、そういえば――と僕は無駄に考える。そういえば、κには光が乏しいな、と考える。
長くこのゲームを遊んでいれば、他のサーバーに泳いで訪れる機会も生まれるものだ。だから――僕は知っている。他の孤島と比べても、
モンスターによる夜襲を防ぐため、あの
「1――」
そこまで考えが及んだところで、合図係の大声が聞こえ、連続する細波の冷たさが肌を貫く。無駄な考えから
――なに、照明が少ないなんて、別に悪い事じゃない。
考えながら。
――暗いのは、いつでも明くなれることの裏返し。それだけの話なんだ。
考えながら。
「――0!」
左右に並ぶ
再確認――競うのは、泳いでの往復時間。目的地は、ξサーバー。
◆
サバイバル・ガンマンは競争のゲームだ。
「ゲームは極めて大雑把に言うと協力と競争に分類できる」とか、そういうカテゴリ的な話をしたいわけじゃない。僕はあくまで――サバイバルガンマンの
「オラッ!」
際限ない波たちの壁がほとんど遮ってしまっていたけど、それでも確かにそんな声が聞こえた。僕の前を平泳ぎで進んでいる男が上げた声だろう。声を境に彼の泳ぎは加速し、追いつけそうなところまで縮めた距離がまた離れていく。おそらく僕に追いつかれそうになったから、スパートをかけて距離を稼いだのだ。
僕はそれを追うことはしない。
なにせ、競泳というのはタイムを競うものでしかない。他者の動きに惑わされてちょくちょく速度を変えたところで、そのせいで全体のエネルギー効率が悪くなっては意味がない。究極的には――目を瞑って泳ぐのが一番いい。僕はそう考えている。
そうだ……この考え方はちょうど、今から向かうξ鯖のそれに似ている。
ξでは
もちろん――ささやかな違いはいくつもある。κが短さを競うのに対し、ξは長さだ。κは自分の泳ぎしか制御できないが、ξではライバルを蹴落とすような選択肢も生まれる。けれどそれ以上に――。
「……ん?」
そう呟いたとき、僕の頭部は海中にあった。言葉と共に口元から気泡が少し漏れ出て、海面に向けて昇っていく。いや――それはいい。問題は
筏が見えたから。
サバイバル・ガンマンのプレイヤーキャラクターは、キャラメイクに関わらず、一律でかなり高い視力を与えられている。だけど――視力とは別に、物を見るための
――向こうはこっちに気付いてないな。
クロールを続けながら、僕は考える。
ここまで遠くのものを捉えられる技術は、κと、φの住民……それに「パパラッチ」くらいしか持っていないものだと思う。κは言わずもがな僕たちだし、φの連中はどうしてもって時じゃなきゃ筏を使わない。「パパラッチ」は……あの筏は編隊を組んでいる。あいつは誰かと協力するタイプじゃない。そういうわけで、僕は一方的に向こうを認識していることになる。
――どこに向かうつもりなんだろう?
息継ぎをしながら考えるけど、実際のところ、答えは何となくわかっている。
まず、あの筏たちは隠れようとしている。わざわざ危険の伴う夜間航行を選び、更に灯火すらしてないんだから相当だ。そうとうな不便と危険を呑んででも、何とか夜闇に身を隠そうとしている。
たぶん、その目的は……夜襲。
目標地点もわかる。自分の泳ぎが筏に比べて何パーセントくらい速いかは、なんとなく感覚として掴んでいる。その数字と、視界の中での筏の動きから逆算すれば……筏の編隊が目指しているのは、僕たちと同じξ鯖であることがわかる。
「置いてくぜ!」
背泳ぎをする女プレイヤーが、猛烈な衝撃音を垂れ流しながら僕を追い越していく。なあに、好きにさせておけばいい――ここで加速した分、後でバテるだけだ。
それより……ξについて考えよう。
僕は脳内でそう呟いたけど、本当のところ答えは知っていた。ξの住民は、全員死ぬ。あそこで競っているのは戦闘力じゃなくてモンスターから逃げ延びる力、外から来たプレイヤーとのPvPでは脆い。もちろん、まるっきり抵抗できないってわけじゃない――何日かゲリラ戦をすれば、筏の侵略者たちも植民地化は諦め、資源を採るだけ取って元のサーバーに引き返すだろう。しかしゲリラ戦をするとしても、「ξの住民は全員死ぬ」という言葉を否定できるわけじゃない。ゲームにおけるゲリラ戦ってのは、要するにゾンビアタックのことだからだ。
全員死ぬということは、全員の
「……」
僕は黙って腕を動かす。右を左を右を動かす。κの住民は基本的に筏より速い。僕もそうだ。侵略者たちの編隊から、僕はだんだん距離を離していく。海波たちはいつの間にか少し激しさを増していて、視界はなおさら悪くなっていく。
◆
ξの孤島に到着する。
僕は今のところ
ただ――。
「何者だ?」
脳天に突きつけられた銃口が、砂浜に点々と置かれた照明器具の光を吸い込んでいく。僕の視線も吸い込んでいく。体中から落とす水滴で足元の砂を濡らしながら、僕はとりあえず両手を上げる。
トリガーガードを人差し指で撫ぜているのは、ドリルツインテールをした女プレイヤーだ。
「答えろ」
「……κから来た。別に危害を加えるつもりはない……競泳の一環で寄っただけだよ」
「本当か? 私たちの島を侵略しようとしているんじゃないか」
不審そうな女の表情を見て、そうだと僕は考える。ここまで泳ぐ中で見た、あの筏たちについて伝えてやろう。速度差を考えると、まだ上陸まで数十分の猶予はある。その間に守りを固めれば、多少は……。
「まあいい、殺せば変わらんだろう」
ずどん、僕は死んだ。
暗闇をぶち抜いて進んできた鉛玉によって仮想の脳漿を撃ち抜かれ、緋色のダメージエフェクトを踊らせながら、一言も言葉を発さずばたりと倒れた。
◆
κとξに、ささやかな違いはいくつもある。けれどそれ以上に――。
――けれどそれ以上に両者はどちらも、前を向いたものにこそ勝利を与える、純粋で崇高な競争の場なんだ。
僕が言おうとしていたのは、そんな感じのことだ。
本当にそうなのかな、と思う。
ある日突然現われた、競争になんてまるで興味を持たない存在が……ちゃぶ台をひっくり返して、すべてを振り出しに戻してしまうような。
そういう事象のことを、忘れていたんじゃないかなと思う。
◆
水面にさしこんだ星々の光が、その身にまとった自由を誇示するかのように――自分は何者にも干渉されない、幽霊のようなものだと宣言するかのように。荒波の端々にぶつかっては、乱反射して砕けていった。