サバイバル・ガンマンは関わるゲームだ。
だから嫌いなんだ。
χサーバーに漂着して三日目の朝、私は自分の求めているものがそこにないことを理解した。理解したので、立ち去ることにした。つい先ほどまで佇んでいた森林地帯から、鬱蒼とした緑たちを抜けて砂浜地帯に進み、泊めておいた木製のボートに乗り込んで、少々くたびれた二本のオールを手に取った。耐久値が足りなくなってきてるな――と思ったところで、
『さようなら!』
ボートが置かれたすぐ脇。砂浜に文字が彫り込まれている。
私は咄嗟に周囲を見回すけれど、プレイヤーの姿が見えることはない。青空、海原、砂浜、群雲。そんな感じだ。この『さようなら!』はたぶん、χに隠れ潜んでいるプレイヤーのうち誰かが、秘密裏に書き捨てていったもの。姿が見えないのは、単に高い技術で私の視界から隠れているからだ。
別れの言葉、のつもりなのだろうか。
「そういうところが嫌なんだよ」
ざっ、ざっ。
私はボートの縁から突き出した右足で砂をかき混ぜる。『さようなら!』を形成していた白と黒の境界線がぼやけ、文字だったものはたちまちモザイクへと変わっていく。砂たちの下で眠っていた茶色い土のテクスチャが、掘り出されては広げられていく。
ひととおり砂浜を均し終えたあと、もう一度海のほうを向く。
「出発だ」
出発だ。
◆
鯖癌のサーバー振り分けアルゴリズムは明らかに壊れている。
まず、前提を挙げてみよう。サバイバル・ガンマンには通常鯖とギリシャ文字鯖があって、両者の間でプレイヤーが行き来することはできない。新規ユーザーは基本的に通常鯖で遊ぶことになるけど、ユーザー登録時に何かしらの条件を満たした場合、その条件に対応したギリシャ文字鯖を特別に振られることになる。「何かしらの条件」の詳細は不明……たぶんきちんと調べればわかるんだろうけど、きちんと調べたがるプレイヤーが少ない。ギリシャ文字鯖のアングラな雰囲気を、外に出したくないと考えているのだ。
しかし、見ていれば何となく条件が分かるサーバーもある。
例えばξは分かりやすい。あそこには髪型がドリルツインテールのプレイヤーしかおらず、逆に言えばそれ以外のプレイヤーは弾かれる。サーバー割り振り時の条件の一つとして、「キャラメイクの内容」を使っているということになる。
私が先ほどまで滞在していたχも……まあ、一目瞭然だ。「住人が全員かくれんぼガチ勢」とか、システム的な振り分けがなければまずありえない。条件には「プレイヤーの持つ能力」、あるいは「性格」なんかも含まれるはずだ。
あと……θ。
こいつが問題だ。
「……くそ」
私は筏を漕ぎながら悪態をつく。日照りが後頭部を突き刺して、見下ろした、筏の部材たちが波を受け揺れる姿に影を落とす。頬から無駄にリアルに再現された汗がしたたり落ち、すぐに打ち寄せた海水に呑まれる。
θには……他者との交流が苦手なタイプのプレイヤーが集まる。少なくとも、一般的な説ではそうなっている。そういうプレイヤーが集まったから、声を出さずに情報を伝え合う「θサイン」と呼ばれる手法が生まれ、ゲリラ戦などで強くなったのだと。
誰か違和感を持たなかったのか?
そう思う。
その話が本当なら――あそこに集まって然るべきは、「他者との交流が苦手」なやつじゃない。他者との
それなのに……アルゴリズムは、私をθに振り分けた。
「……ああもう!」
思い出しただけで腹が立ってくる!
私は地団駄を踏む。蹴りを入れられた筏が水上でぐらぐらと揺れるのにもお構いなしだ。だってさぁ! キャラクリを終えていざ旅立つぞってところでもう目の前に
「死ねーっ!」
突発的に湧き出た怒りを込め、ここまでで一番の蹴りを入れたところで――。筏は耐久値を全損させ、力尽きた。無数のポリゴンに分解されて爆ぜていくかつての相棒を見ながら、私はざばんと海に投げ出され、そのままピラニアに食われて死んだ。
◆
コミュニケーションは嫌いだ。
◆
「……はぁ」
リスポーン。
左右を見渡さなくてもここがどこかは分かるんだけど、一応見渡しておく。
「……うん、βだ」
私はすっくと立ち上がる。リスポーンの過程で下半身についた土を払うと、χへの遠征における
邪魔するものはいない。
β鯖は基本的に無人なので、こういう場合の
さて――それはそれとして、反省会。
まず、今回の訪問先はχサーバーだった。あそこのプレイヤーたちは常時隠れているので、コミュニケーションもほとんど発生しない。他者と関わるのを嫌う私にはある程度合うんじゃないか――そういう期待もあった。
しかし駄目だった。
「……そういうことじゃないんだよな……」
ぶつぶつ呟きながら、その辺の木の幹を無意味に引っ掻いてみる。
確かにχに会話はない。しかし……かくれんぼはある。あそこで行われていることは結局、「みんなでかくれんぼオンラインをやろう」と示し合わせて遊んでいるに過ぎない。「ゲームを一緒に遊ぶ」というのは、私の基準で言えば立派な"交流"だ。あと血文字がウザい。
そういうわけで……χサーバーも、やっぱり私の
私は頭を捻り続ける。どうしよう――どうしよう? そもそも、一番の問題が私の性格にあるのは明白だ。コミュニケーションには確実性がなく、極めて低確率ながら見えない地雷を踏み抜く可能性と隣り合わせだ――言うなれば、ほぼ失敗しないだけで一種の
我ながらどうしようもない話ではあるし、どうしてオンラインゲームをやっているんだと問われれば言い返せない。鯖癌を買った時点では……このゲームが、こんなにも様々な交流の形態を持っているとは思っていなかった。極端な話、PvM要素付きの格闘ゲームみたいなものだと思っていた。相手と自分の間に会話は発生せず、ただ殴り合いをするだけ。「殴り合いだってコミュニケーションの一種だ」という主張もあるかもしれないけど、殴り合いで「見えない地雷」を踏んだところで特にデメリットはない。だからセーフという判定だ。
実際は違った。
サバイバル・ガンマンは、関わるゲームだ。
◆
なんてこった。
「……どこだ、ここ?」
男の声が言う。
あれから数十分、しばらく木々の間で反省会を続けていたところで、海岸の方から物音が聞こえた。何かと思って見に来たら……これだ。いかにも初期装備ですって感じの服を纏った一人のプレイヤーが、海岸の真ん中で右往左往している。
……こういうこと、たまにあるんだよなぁ。
木の幹の裏に隠れながら、ため息を吐く。
βは基本的に無人の島だし、他のサーバーの連中が来ることもなかなかない。ただ――それとは別に、人間が現れる
新規プレイヤーだ。
「えっと……なるほど。システムメニューはこう開く。はいはい……」
男はチュートリアルを始めたらしい。鯖癌は基本的にほとんど説明をしないゲームだけど、流石にログアウトボタンの押し方くらいは教えてくれる。ちょうど、それを確認しているところだろう。
……早く行ってくれないかな。
βに選ばれるプレイヤーの特徴を短い言葉で表すなら……「定まらない」あたりだろうか? 彼らは一つのサーバーに拠点を定めず、軽いノリで他の孤島に移住したりすることもある。それは言い換えれば……一つの孤島で満たされることがない、ってことなのかもしれない。
……というか改めて考えると、私って結構β民っぽさがあるな。
ふと気付く。
β民は
似ている。考えてみれば、θよりβの方がよっぽど私向きな気がする。
じゃあ……どうして振り分けアルゴリズムは、私をβじゃなくθに送り込んだんだろう?
発想が飛躍していく。意識の隅で男の声。
「お、筏あるじゃん! これで大海原に乗り出せってことだな!」
違う。彼が発見した筏は、私が各サーバーを巡るために用意したいくつかの予備のうち一つだ。たまたま砂浜に放置していたものけど、このままでは男に持ち去られてしまう。しかし――飛び出して制止するわけにもいかない。男が筏を引きずっていくのを――砂浜に跡を残していくのを、私に止めることはできない。
それに、止めなくてもいいんじゃないか、なんて思えてくる。
私がθ民扱いを受けた理由があるとすれば……β民に求められる何かしらの条件を、私が満たしていなかったことが考えられる。何だろう? ――なんとなくわかる。
逆に言えば、私はこの孤島に惹かれていて。
「……ここ、なんだ」
今まさに旅立とうとしている男に聞こえないよう、小さく小さくそう呟く。
その瞬間――日光が照らすβ鯖の大地で、一つの出発と、一つの定住とが同時に起きた。二つの出来事は一つとして直接的な関係を持っていなくて――でもやっぱり、根本的などこかに関わりを持っているような、そんな気がするのだった。