「ま、待ちなさい!」
人一人抱えているとは思えないほど軽い足取りで進む詩季の後をクリスと美鈴は黙ってついていっていたが、詩季が自身の営むパティスリーの方角ではなく別の方向へ向かっていると気づいた美鈴が詩季の前に回り込んだ。
「なんだ、ガキ」
「ガキじゃなくてみーすーず!よ!何回言えばわかるのよ!って、大事なのはそこじゃなくて!どこに向かってるのよ?」
「どこも何も、病院に決まってんだろ?コイツ預けていかねぇとなんねぇし、体診てもらわねぇと」
「な、なんだ……そういうことね」
「あれ?でもこっちに病院ってありましたっけ?」
「事情が事情なだけに普通の病院で診れねぇだろ。だからオレの知り合いんとこ連れてく」
それだけ答え、詩季はまたスタスタ歩き出した。クリスと美鈴は顔を見合わせたが、結局また詩季の後ろをついていくことにした。
しばらく歩くと、三人は金属でできた壁に行き当たった。いかにもびくともしなさそうな頑丈な壁を前にして、美鈴はクリスの腕を引いた。
「ここ、行き止まりじゃない?」
「あれ、美鈴さんはこの近くの出身じゃないんですか?」
「わたしの家はこんな都会にないわ。ここに来るまで……そうね、六時間はかかってるんじゃないかしら?」
「ろく……!?移動装置とか無いんですか!?」
「な、無いわよ。わたしの住んでたところはそれくらい田舎なの」
驚いた声をあげたクリスに、美鈴は恥ずかしそうに目を伏せた。クリスが驚くのも無理はない。
「ガキは田舎娘でもあったんだな。どうりで礼儀も知らねぇわけだ」
「う、うるさいわよ!第一礼儀がなってないのはあなたもでしょう!?どこからどう見ても立派なレディーに向かってガキだなんて!」
「初対面から礼儀がなってなかっただろテメェは。そんなヤツに礼儀どうこう言われる筋合いはねぇ」
「ムキーッ!!」
とうとう美鈴は怒りのあまり人語すら話せなくなってしまった。クリスが美鈴を宥めている間に、詩季は頑丈そうな壁に触れた。
『生体認証、クリア。ヨウコソ、夜神詩季サマ。ドコヘオデカケデショウカ?』
「壁がしゃべった!?」
「壁じゃなくて転移装置のゲートですよ。指紋を登録しておいてるので、触れると生体認証を自動で開始してくれるんですよ。生体認証がクリアされると、行き先を伝えれば転移装置が動く仕組みになってるんです」
「な、なるほど……。やっぱりこっちは進んでるのね……同じ世界に住んでるはずなのに異世界に来たみたいだわ」
「……」
詩季はスマホを取り出すと、何か確認していた。
「詩季さん?どうかされたんですか?」
「行き違いになんねぇように今から会いに行くヤツにどこいんのか聞いてんだよ。……いつもの場所か。おい、ゲート。目的地は国立國枝大学だ」
『カシコマリマシタ。タダイマ繫ゲマスノデ転移装置ノ中央ニ移動シテクダサイ』
「これで繋がった。行くぞ」
またスタスタ歩き出した詩季の後を、クリスと美鈴はついて行く。
「美鈴」
「な、なによ。やっと名前で呼ぶ気になった?」
「念のため聞くが、オマエさすがにこの世界のことはわかってるよな?」
「この世界のこと?」
「創世の逸話のことだよ。まさかわかんねぇとは言わねぇよな?」
「それくらい知ってるわよ!なんなら暗唱だってできるわ」
「ほーん」
「信じてないわね!?なら今からやってみせるわ!」
美鈴は一度咳払いをしてから、この世界に伝わる創世の逸話を暗唱し始めた。
「昔、世界は一つであった。世界を創り出したのは三体の創世竜と呼ばれるドラゴンだった。機竜コーダルク、魔竜フーガリア、そして幻竜フェルマータ。この三体のドラゴンを、人々は神のように崇めていた。
人々はそれこそ様々な人間が集まっていた。それ故に、ある日衝突を起こすこととなった。その衝突の原因というのが、"どの人種が一番優れているか"だ。人々は主に三つの種に分けることができた。魔法が使えない代わりに道具を操ることに長けた者。魔法が使える者。そして人ならざるもの、だ。この三つの種の衝突は次第に世界を包み込み、戦争へと発展した。
この惨状を止めるため、創世竜が立ち上がる。創世竜は世界を三つの層に分け、それぞれに自身が庇護する人々を移動させた。その層というのが機界、魔界、幻界の三つであり、今我々が住む世界である……」
暗唱を終え、美鈴は得意げな顔で詩季を見やった。詩季は気だるく美鈴に拍手をおくり、クリスもまた拍手をした。
「
「科学技術が発達した世界、ですね。ボク初めてこっちに来た時魔界には無い物がたくさんあってびっくりしました」
「?クリスってもしかして魔界出身なの?」
「はい。ボクは魔界から来ました。詩季さんにお届け物があったので」
「最初は追い返そうとしたんだがな……。コイツがおっさんの居場所を知ってる、っつーから置いてやってんのに口割る気配がねぇんだよ」
「!?クリスも父さまのことを知っているの!?」
「い、今は教えられません〜!」
美鈴がクリスの肩を掴み、ガクガク揺らしてもクリスは口を割らない。詩季はすっかり慣れたようで、先に転移装置の中央に乗った。
「早く乗れ。置いてくぞ」
「ま、待ってください〜!」
「父さまのこと教えなさいクリス〜!」
全員乗ったのを確認してから、詩季は転移装置を起動させた。三人の周囲が光に包まれ、瞬きを終えた頃にはもう目的地である國枝大学の前に着いていた。
「ほ、本当に着いちゃった……。転移装置って便利ね……」
「魔法を使う必要もありませんしね」
唖然とする美鈴と、そんな彼女を見て自分もそうだったなと懐かしむクリス。一方で詩季はスマホを手早く操作し目的の人物に電話をかけていた。
「オレだ。大学の前にいる。早く来い」
「……あの人って誰にでもそうなのね……」
「詩季さんはそういう人なので……」
呆れる美鈴に、いまいちフォローになってないフォローをするクリス。そう言うクリスも苦笑いを浮かべているあたり、彼も少し呆れているのかもしれない。
「やぁ、待ったかな詩季」
しばらく待つと、身長が高くいかにも不健康そうな白い肌の女性が現れた。ヨレヨレの白衣にボサボサで切りっぱなしの黒髪と見た目に一切気を遣っていない様子の彼女は、詩季を見つけるとにこりと笑みを浮かべた。
「よぉ、理久。コイツ診てくれよ」
「その前に。事情は説明してくれるんだよね?」
「当たり前だろ。だが説明はテメェの研究室に移動してからだ。こんな誰が聞いてるかもわかんねぇ場所で話す気か?」
「用心深いねぇ、キミは。だが疑り深いのは美点と言えよう。備えあれば憂いなし、と言うからね」
パチ、と女性はウィンクを送ってからクリスと美鈴に目をやった。
「やぁ、クリスくん。久しぶりだね、少し背が伸びたんじゃないかい?」
「ありがとうございます、理久さん」
「それで、お嬢さんは?初めて見る顔だ」
「わたしは藤代美鈴よ。あなたはどちら様なの?」
「おやおや、ずいぶん気の強いお嬢さんだ。それにしても、藤代ねぇ……。大地さんの娘さん、といったところかな?」
「!父さまを知ってるの?」
「もちろん。とは言っても、ワタシが知っているのはほんの少しだ。彼と仕事をした期間は短いものだったからね。彼は素晴らしい研究者だったよ」
女性は遠い目でどこかを見つめた。それからこれは失敬、とおどけ恭しく頭を下げた。
「ワタシは
※
「ワタシはこれでも名の知れた研究者、というやつでね。PM技術の発展に大いに貢献した功績から、この国トップクラスの研究施設が揃った國枝大学に個人の研究室をもらっているのさ」
理久に連れられ、三人は大学の中に足を踏み入れた。理久が所有する研究室は大学の敷地内とは言えキャンパスから完全に隔離されており、研究室の前には頑丈そうな門が構えられていた。
「PM技術って何だったかしら」
「……オマエ、物知らなすぎじゃね?」
「う、うるさいわね!うちにはテレビすら無かったのよ!」
「いや学校で習うだろPM技術くらい。しゃーねぇ、クリス。説明してやれ」
「は、はい。PM技術は科学技術と魔法を組み合わせた、いわゆるプログラミング魔法と呼ばれる技術のことです。魔印と呼ばれる独自のコードを魔道具や魔石に予め刻むことで、魔法が使えない人でも擬似的に魔法を使うことができます」
「で、そのPM技術を一般の人が扱えるほど普及させたのがこのワタシというわけさ。PM技術に関する特許はほとんどワタシが持っているんだよ」
「魔法が、使える……」
美鈴はクリスの説明を聞いて魔法が使えるという点に強く惹かれたらしい。そのフレーズだけ呟き目を輝かせていた。
「ワタシの凄さがわかってもらえたかな?さ、入ろうか」
カードをリーダーに読ませ、鍵を開けた理久は三人が入ったのを確認した後また鍵を閉めた。
「ずいぶん用心深いのね?」
「彼女の存在が存在なだけにねぇ。気を配ってあげる必要があるのさ」
理久はそう言って詩季に目をやった。
「?あなた何か隠してるの?」
「そうと言えなくもねぇな。隠すっつーか、面倒事になりかねねぇから黙ってるっつーか」
「そういえばボクにも話したことないですよね?なんでそこまで何かを隠してるのか」
「テメェがおっさんの居場所話さねぇのにオレが話したら不公平だろうが」
「うぐ……」
「まぁまぁ。二人には話しても良いんじゃないかい?だって二人は
言葉にせずとも、理久が何のことを言っているのかは鈍感なクリスでもわかった。先程詩季が仮面ライダータクトに変身し戦っていた相手のことだろう。
「そうよ、結局はあれは何だったの?それにこの人は無事なの?」
「それは理久に調べてもらわねぇとわかんねぇよ。……ま、あれのこととかは話しても良いか。理久」
「何だい?」
「コイツは元幻人だ。美鈴がコイツを人間に戻したが、本当に人間が調べろ。その間オレは二人と話してる」
「おや、これはまた面白そうなことを持ってきてくれたものだ。あぁ、任せてくれたまえ。話をするならそこの応接間を使うと良い。飲み物やお菓子は自由にして良いよ」
「気遣いドーモ」
詩季が我が物顔でソファに腰掛けたのを見て、美鈴とクリスもまた彼女の向かいのソファに座った。詩季はコーヒーを、クリスと美鈴がオレンジジュースを入れたカップをテーブルに置いたところで、詩季が口を開いた。
「まず、オレのことから話すか。オレは機界の人間じゃねぇ。元は魔界生まれの人間だ」
「「えっ!?」」
二人の驚いた声が重なる。
「クリスも知らなかったの?」
「は、初耳です……。どうして言ってくれなかったんですか?」
「生まれなんてものはそこまで重要じゃねぇだろ。大事なのはどこでどう生きるかだ。……話が逸れたな。オレは大体五年前くらいまでは魔界で暮らしてたんだが、おっさんを探してる途中で世界の狭間に落ちてな。それ以来はずっと機界で暮らしてる」
「世界の狭間?」
「稀に、別の世界に行ける穴が空くんです。確率で言えば飛行機が墜落する確率より低いんですけど……その穴に入ると別の世界に行ける代わりに、非正規の方法で世界を渡った代償として自我を失い、怪物に成り果てます」
「それがさっきオレが戦ってたヤツの正体だ。どういうわけか、近年幻界から違う世界に繋がる穴に落ちてくるヤツが多いんだよ。だからオレはソイツらが被害出さねぇように戦ってんだよ」
「立派なことね……」
と、ここで美鈴はある点が気になった。
「あなたも穴に落ちたのにどうして怪物になってないの?」
「オレは狭間を移動している間、創世竜に自我を失う以外の代償を支払ったんだよ。その取引のおかげでオレはアイツらみてぇにならずにいる」
「そ、創世竜と話したの!?」
「大したことは話してねぇよ。……はぁ、これだから面倒事になると思って隠してたんだ……」
詩季は頭を抱えながらコーヒーに口をつけた。
「大したことって、創世竜と話してること自体が大したことじゃない!」
「あー、うるせうるせ。オレからすりゃ体作り変えられたことの方が驚いたわ」
「?体を作り変えられた?」
「あぁ。オレ魔界では男だったんだよ。狭間で性別を代償に支払った」
「「……えぇぇぇぇぇ!?」」
クリスと美鈴の絶叫が閑静な研究室に響いた。