無愛想監督生とツイステッドワンダーランド   作:秋元琶耶

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無愛想監督生はボドゲ部に行く

「すみません、すぐに戻るので待っていてください」

「え!?」

「ちょ、アズール氏!?」

 

私たちの制止を聞かず、爽やか且つ腹立たしい笑顔を残してアーシェングロット先輩は部屋を出て行ってしまった。

取り残された私たちは、やり場のなくなった手をうろうろとさせ、ついでに視線もうろうろさせ、どうしようもなくなってただ黙って座っているしかない。

どうしよう。

自慢じゃないが私は人とのコミュニケーションが苦手だ。

話しかけられればそれなりに対応は出来るけど、ほぼ初対面の、しかも明らかに対面会話が苦手そうな人相手だと途端にどうしたらいいのかわからない。

どんな話を振るのが正解なのか、そもそも話しかけること自体正解なのか不正解なのか。

確かにちょっとボードゲームに興味があるとは云った。アーシェングロット先輩がボードゲーム部に所属していると聞いて、見学に来てみるかと誘われて、頷いたのは私だ。

が、それとこれとは別問題だと思う。

アーシェングロット先輩がいるから安心して一緒に来たのに、私と彼、二人の共通の知り合いである先輩がいなくなったら会話が立ち行かなくなることなんて、先輩ならわかっていただろうに、どうして私たちを置いて行ってしまうのか。薄情な人だ。知っていたけれど。

 

そういうわけで現在ボードゲーム部部室には、私とイデア・シュラウド先輩が取り残されていた。

ラウンジで何かあったらしく、今日はフロイド先輩が部活で休み、今シフトに入っているジェイド先輩だけでは対応しきれないとかで呼び出されてしまったのだ。

ちなみに部室に入って軽く挨拶をした直後のことだった。

寮長会議で面識があると云えばあるけれど、シュラウド先輩はタブレットでの参加だったから顔を合わせたのは今日が初めて。ということは、コミュニケーション能力が低い自信のある私からすれば、ほとんど初対面と変わらない。入学式や会議であってもタブレット参加を強行するあたり、シュラウド先輩も同じだろう。

そんな二人が、二人きり。

控えめに云って気まずい。

せめてアーシェングロット先輩がいる間に遊ぶゲームを決めておいてくれたら、待っている間それで時間を潰すことも出来たのに、本当に少し挨拶しただけですぐに出て行ったしまったので、何も決まっているはずもなく。

コミュ障を拗らせている私たちが、今から話し合ってゲームを決めるなんてできるはずもなく。

斜め前の席に座っているシュラウド先輩に目をやれば、尋常じゃないくらい青い顔で汗を流していた。これは下手に行動しては駄目だとさすがに私でもわかる。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙。デジタルの時計しかないこの部屋には、時計の針の音も聞こえない。完全なる静寂。

別に会話をしていないと気が済まない性質ではなくとも、この沈黙はあまりにしんどかった。

いっそ今日は出直そうかと考えていたときだった。

 

「……ええと、何か、遊ぶ?」

「えっ」

「あ、いや別に無理して遊ばなくてもいいんだけど折角ここまで来たのに何もしないってのもアレかなって思っただけだから帰りたかったら帰っていいしアズール氏には僕から云っておくし好きにしてもらっていいっていうかその、あの、うん……」

 

おそらく、勇気を振り絞ってくれたのだろう。

消え入りそうなほど小さい声で、且つ早口になって話す様子は、元の世界のとある分野の友人と既視感があった。もしやシュラウド先輩、そっちの方なのだろうか。だとするとなんだかいろいろ腑に落ちる。

私自身はオタクというわけではないけれど、特に偏見はない。むしろ私の知らない分野の話を心底楽しそうにする姿は素直に感心できるし、自分だけでは知りえなかった情報を得られるから楽しいと思っている。

とはいえまだシュラウド先輩がオタクであるという確証はない。それっぽいというだけだ。

そんな状態で先輩をオタク認定して接するのは失礼だと思うので、今少し会話が出来ればと思う。

 

それに、人と話すのが苦手だろうに、いきなり現れた後輩相手にこの気遣いはあまりに優しい。

無下にしたくはなくて、でもボードゲームは詳しくないしここにどんなゲームがあるかもわからない以上、下手なことは云えない。どうしたものかと考えていると、視界の端にチェス盤が写り込んだ。

これだ。

 

「……でしたら、チェスを一局お願いできますか?」

「ちぇ、チェス?」

「はい。元の世界とルールが同じなのか、ちょっと確認してみたくて」

「ああ、なるほど……うん、わかった、それなら」

 

これは半分本当で半分嘘だ。

パッと見た限り、チェス盤の上にある駒は私が知っているものと同じだし、盤上のマスの数も同じ。途中まで指した形跡があったから、チェスならばシュラウド先輩も問題なく打てるのだろうし、これならば私もまともに指せる。

変に気を遣って知らないボードゲームで詰むより、少しでもゲームを楽しめるものを選ぶのが一番無難だと思ったのだ。仮にこの世界でのルールが違ったのだとしても、それはそれであちらとこちらの世界のルールの違いで話題が出来る、という打算もあった。

納得したように頷いて、すぐにシュラウド先輩は用意をしてくれた。私も居住まいを正す。

そうだ、ここはボードゲーム部。会話でどうにかしようなんて最初から考える必要はなかった。

 

「よろしくお願いします」

「お願い、します」

 

そうして私たちは向き合って、ゲームを開始した。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

結論から云うと、勝ったのは私だった。

ゲームは粛々と進み、特にマナー違反もルール違反もない真っ当なゲーム進行。波乱もなければ大したミスもない、お互いに淡々としたゲームだったと思う。

だけど、わかってしまった。

 

「……すみませんでした」

「はぇっ!? な、何が!?」

 

ありがとうございましたとゲーム終了の挨拶をしてから、私は改めてシュラウド先輩に頭を下げた。

ギョッとする先輩に、私は続ける。

 

「手を抜いていただいたようでしたので」

 

先輩が息を飲んだのがわかった。

私が顔を上げると、先輩と目が合う。けれどすぐに、逃げるように視線を逸らされた。だからこそ確信する。

 

「べ、別に手を抜いたわけじゃ」

「でも、わざと負けましたよね」

 

私の言葉は図星だったようだ。シュラウド先輩は、わかりやすいくらい動揺していた。

 

多分、最初からそのつもりだったのだ。私が白で先手だったことも、その布石だったに違いない。

普通のゲームと同じようにトスで先行・後手を決めたけれど、何せここは魔法学校。私が認識できない手段で私が先手になるよう仕組むのなんてわけはないはずだ。

何より、あからさまにではない程度に先輩は隙を作っていた。最初はそういう指し方で作戦なのかと思って気にしていなかったけど、何手も続けば確信する。

先輩は、私が勝つようにゲームメイクしていたのだ。

 

「……そういうの、わかるんだ?」

 

気まずそうに零した先輩に、私は頷く。

もともとチェスも含め戦略ゲームは兄とよく遊んでいたし、通信対戦でもそこそこの成績を残していた。だから、それなりの実力はあると自負している。

 

多分、ただ単純にゲームを楽しむつもりで挑んでいれば、シュラウド先輩の誘導には気付けなかったかもしれない。

でも私は、チェスを通してシュラウド先輩という人を考察しようとしていた。

一手目は定石通りにクイーン側4番目のポーン。同じように返され、私の二手目はナイト。さぁ先輩は? 隣のポーンで牽制。それじゃあナイトをキングサイドへ。

先輩の手はお手本のようだった。定石を踏襲しつつ、それでいてしたたかな手を打つ、とても頭のいい人だと感じた。

そうやってチェスを通して相手を理解しようとしたからこそ、先輩がわざと、けれど不自然じゃない程度に負けようとしていることに気付いてしまった。

それは先輩にとっては気遣いで、だけど私にとってはありがたくもなんともないことで。

少なくとも、私は勝ちを譲られて嬉しいと思える心は持ち合わせていなかった。

 

つくづく、私は人と接するのに向いていない。

元の世界では付き合いの長い人たちとばかり一緒にいたから、私の性格をよく理解して付き合ってくれていた。表情が硬くても楽しむことは楽しむし、ノリだって壊滅的に悪いわけではなかったと思う。

ただ、知り合ったばかりの人は私がいつも怒っているか不機嫌に見えるとよく云われていた。ほとんど笑わないし、言葉遣いも距離を感じるらしいのだ。

なのでせめて相手を観察して、不快に思われない言動を心がけよう、と思っていたのに。

ここで、『先輩は私を勝たせてくれたのだ、なんて優しい人なのだろう!』と考えられたらよかった。

そうしたらきっと、楽しいゲームだったと、そう思って終われるはずだったのだ。

 

だけど忖度したゲームが楽しいはずはない。

折角の部活の時間なのに、私はシュラウド先輩に無駄な時間を使わせてしまったわけだ。

 

「余計な気を遣わせてしまって申し訳ありませんでした。私、アーシェングロット先輩を呼びに行ってきますね」

 

もっと早くに気付けていればよかった。

そうしたらさっさと私はこの部屋から退出して、先輩は好きなことが出来たのに。

私はいつも気付くのが遅いのだ。

とりあえず、アーシェングロット先輩には手伝いに来たとか適当なことを云えばいいだろう。あの人は金銭が絡まない場合、案外抜けているから気付かないと思う。

 

これ以上この部屋に留まる理由はなくなったので、すぐにでも部屋を出ようと立ち上がり、扉に手をかけたときだった。

 

「も、もう一局、やらない?」

 

思わず足を止めて振り返る。

どういう意味かと思って先輩を見ると、視線をあっちこっちにやりながら、そわそわと手をせわしなくうごかしたシュラウド先輩が続けた。

 

「あー、いや、嫌なら別にいいんだけど、君の指し方面白かったし、そのぉ」

「……今度は手抜きなしでお相手していただけますか?」

 

私の問いに、シュラウド先輩は。

 

「し、しない」

 

窺うような視線をこちらに向けながら、そう云ってくれた。

どうしようかなどと悩むことはなかった。

私は身を翻し、席に着く。

さっきと同じ、シュラウド先輩の前の席。

 

きっと今度は先輩は手加減も忖度もなしのゲームをしてくれるだろう。

私は興味があった。

一チェスプレイヤーとして、本気のシュラウド先輩の実力が。

 

「では、よろしくお願いします」

 

丁寧に頭を下げると、先輩も同じように頭を下げた。

 

さぁ、お手並み拝見。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

アズールはご機嫌だった。

ラウンジでのいざこざは腹立たしいが、穏やかな『話し合い』のおかげで円満に解決したし、騒がしくしたお詫びにその場にいた客全員にサービス券を配り、次回来店のきっかけをばらまくことに成功。高級店ではないモストロ・ラウンジは、回転率とリピート率が売り上げに直結するのだ。

ゆくゆくはカジュアルなカフェだけではなく高級感を売りにしたレストランにも事業を拡大したいけれど、いかんせん自分たちはまだ学生の身である。急いては事を仕損じるというし、ひとまず目の前の問題として、モストロ・ラウンジを成功させるべきだとアズールは自分を制した。

 

彼がご機嫌な理由はまだある。

それが、今ボードゲーム部に置き去りにしてきた二人のことだった。

二人ともアズールにとってはかけがえのない存在には違いないが、その二人はコミュニケーション能力に揃って問題を抱えている。

片やネガティブ過ぎるのとオタクを拗らせすぎて人との距離感をうまく計れない陰キャ代表のイデア。

片や無表情で無愛想で思考を口に出さない上に自己完結しがちで周囲からいろいろと勘違いされがちな監督生。

更に云うなら初対面の人間相手が苦手な二人が、だ。

いきなり共通の知り合いをなくして二人きりになって、およそ一時間半。

きっと自分が部室に戻る頃には、耐えきれなくなっているだろう。

知らない人間と同じ空間に閉じ込められるのはコミュ障にとっては拷問だと以前イデアが云っていたことを思い出す。別に拷問にかけたいわけではないけれど、結果的にはそうなってしまった。

自分が部室に戻れば、二人はたいそう安堵するに違いない。イデアなんかは涙をながして有難がるだろう。監督生だって、ホッとして微笑んでくれるかもしれない。

そう思うと、面倒なトラブルも自分にとっては悪いことばかりではなかったとアズールは思う。

性格が悪いのは重々承知だが、自分の存在が彼ら二人にとって安心材料になるということの、なんと気分の良いことか。

 

そんなことを考えながらルンルン気分で歩いていたら、いつの間にか部室の前に辿り着いていた。

笑いながら入っては怪しまれるだろうと思い、一度軽く深呼吸をしてから表情を引き締める。そうして軽く咳払いをし、ノックをして自らの帰還を二人に知らせた。

 

「思ったより手間取ってしまって、すみません。今戻りました」

 

申し訳程度にすまなさそうな顔で部室のドアを開けたアズールの目に飛び込んできたのは、衝撃的な光景だった。

 

「イデア先輩、このコードは? 初めて見ました」

「でゅっふっふ、そこに目をつけるとは監督生氏もやりますなぁ。実はこれ、拙者がオルト用に開発した特別なコードなんだよね」

「へぇ……読みやすいけどちゃんと読むと複雑。私じゃとてもじゃないけど思いつかないコードです。私、プログラミングは興味があって元の世界ではちょっとかじってたんですけど、こっちにきてからは他の勉強にいっぱいいっぱいで余裕がなくて手を出してなかったんです。占星術がひと段落したら、もう一回やってみようかな……」

「お、いいねいいね、大歓迎。わかんないことあったら云ってよ、いつでも教えるし。あ、そうだ使ってないノートPCもあるからよかったら一台あげるわ。そんじゃさぁ、監督生氏がプログラミング出来るようになったらオルトのアプデとか一緒に出来るかな~。拙者大抵一人かアズール氏に手伝ってもらってたから、そういうの手伝ってくれると嬉しいかも」

「喜んで。絶対楽しいじゃないですか。ああ、でもその前にオルトくんに会ってみたいです。私の行動範囲が狭いせいか、まだ一度もお会いできていないので」

「じゃあ今度オルトも一緒に遊ぼうよ。暇なときいつでも声かけて」

 

きゃっきゃうふふ。

花でも飛び交っていそうなほど和やかで楽し気な空気だった。

 

え。

何故。

 

自他ともに認めるコミュ障であるイデアが、初対面の、それも異性相手に打ち解けているどころかかなり気を許しているこの様子は一体なんだ。

最近少しずつ笑うようにはなってきたとはいえ、基本的には無表情な監督生もものすごく朗らかで穏やかな笑顔を浮かべているし、何より自分はまだ苗字先輩呼びなのに、会ったばかりのイデアが名前先輩で呼ばれるとは何事か。どんなチートを使えばそうなるのだ。

 

一瞬で頭に飛び込んできた情報が処理できなくて、ドアを開けた体勢と表情のまま固まっていたアズールに気付いたのは監督生だった。

 

「あ、アーシェングロット先輩お疲れさまです。ラウンジはもう大丈夫なんですか?」

 

パッと振り返った監督生から笑顔が消えなかったのが幸いだった。もしここで振り返ったら真顔だったりしたら、心が折れていた自信がある。

戸惑いながらも咄嗟に顔を取り繕えるのは、日頃の詐欺フェイスの賜物だ。若干どもりつつ平静を装ってアズールは云った。

 

「えっ、ああ、まぁなんとか。それよりあなたたち、ええとぉ……随分、仲が良くなったんですね……?」

 

大丈夫だろうか。これ、気色悪い訊き方になっていないだろうか。

別に嫉妬とかしているわけじゃないけれど。ちょっと気になったから訊いてみただけなんだけれど。

必至に自分に言い訳しながらの問いには、照れくさそうなイデアが答えた。

 

「やっだなアズール氏、照れるでござるぅ! まぁ確かに? 思った以上に打ち解けちゃった感じですけどぉ? 監督生氏、拙者のこと全然馬鹿にしたりしないし話しやすいし何より頭いいし、今日ちゃんと話せてよかったよ。連れてきてくれてあざっすあざっす!」

「っふふ、私もイデア先輩にお会いできて楽しかったです。また一緒にゲームしましょうね」

「もちのロン! 別に正式に入部しなくても、たまに遊びに来てよ。アズール氏と一緒に来てもいいし、一人で来てもいいしさ」

「わ、いいんですか? 嬉しいです!」

 

再び目の前に広がるお花畑。

イデアも監督生も、そんなふうに穏やかに笑えるなんて知らなかった。

いや、二人とも、打ち解ければ周囲が思うような根暗でも無愛想な人でもないとは知っていたけれど、自分がいない一時間半の間にいったい何があればここまで打ち解けられるというのだろう。

 

てっきり自分が戻って来るまでは沈鬱な空気だったろうと思っていただけに、この展開が予想外すぎてさすがのアズールもついていけない。

いや、険悪であれ、と思っていたわけではなく、仲が良いのは良いことに決まっているのだけれど、どこか、そう、むずがゆいというか面映ゆいというか、複雑というか。

知人二人が打ち解けたことに喜ぶべきなのは理解していても、妙に胸がもやもやしてしまう。病気だろうか、とアズールは少し首を傾げた。

 

「あ、そういえばグリムの迎えに行かなくちゃ。私、そろそろ失礼しますね」

「ふわふかグリムたんまじ天使」

「わかります。あのふわもふは一度触ったら病みつきですよ」

「んあ~~~触りたい、もふりたい! 是非あの柔らかそうなお腹に顔をうずめて思いっきり吸いたい……ってハッ、拙者さすがにキモい!? ひょあぁぁ穴があったら埋まりたい……」

「イデア先輩……」

 

テンション高く語り、そしてまるで乙女のように赤くした顔を両手で覆うイデアの肩に、監督生はポンと手を乗せた。

そうして、恐る恐る顔を上げたイデアに、グッと親指を立ててみせる。

 

「ツナ缶さえ差し出せば、グリム吸いは可能です」

「やだ~! グリムたんちょろ~!」

「今度寮に遊びに来てください。グリーティング待機しておきます」

「グリムだけにグリーティングってか? 神イベキタコレ。投げ銭という名のツナ缶持って馳せ参じますわ」

「ふふ、お待ちしてます」

 

いきなり寮に誘われるなんて、随分と仲良くなっているらしい。

アズールは、自分が監督生にお茶でもどうかと誘ってもらうまで一体何日かかったか思い出して、頭痛を覚えたので記憶から消した。むしろ最初は夜道を送ることも嫌がられていたことを彼が知らないのは、幸か不幸か。

 

「アーシェングロット先輩、今日は連れてきてくださってありがとうございました。本当に楽しかったです」

 

なんでもグリムは今の時間、珍しく課題のために図書室に籠っているらしい。いつもならば監督生がつきっきりで教えているのだが、たまには一人でやらないと、と心を鬼にして置いてきたとか。結局迎えには行く当たり、監督生はグリムに甘い。

チェス盤の片付けをしながらの監督生の言葉に、アズールはつっかえながら笑顔を作る。

 

「あ、ええ、楽しかったなら……よかったです」

 

楽しかったらしい。

まぁ、そりゃあ、あれだけ楽しそうに話していたのだから、楽しかったに違いない。

 

先日、いつものようにVIPルールで事務仕事を片付けていた時に話の流れで部活のことになって、自分がボードゲーム部に所属していると話したら、興味があると監督生が云った。だったら次の部活の時見学に来るかと誘ったのは自分だ。

だから別に監督生は、自分が所属している部活に興味があるわけではなく、あくまで興味があったのはボードゲーム。

自分がいなくなったからって部活はやっているのだから、部員であるイデアとゲームをしていてもおかしなところはなにもない。

でも。

だけど。

アズールは、自分の心はこんなに狭かっただろうかと呆れた。きっとこの場にウツボの双子がいれば『狭いに決まってんじゃん』『おやおや、自覚がなかったんですね』などと云われるだろうが、少なくともアズールは自分の心が狭いとは思っていなかった。ただちょっと、選り好みが激しいだけで。

だから、ちょっとこれは予想外だった。

 

『自分がいない場所で、自分ではない誰かと楽しそうにしているなんてズルイ』

 

そんな風に思ってしまう自分がいることを、この時初めてアズールは知ったのだ。

なんだこれは。

ダサい。

格好悪い。

みっともない。

自分が蒔いた種で勝手に傷付く最悪の自給自足が成立していて吐きそうだった。

 

「あの」

「はい?」

 

未だに部屋の入り口で突っ立っていたアズールの横を通り抜けようとしていた監督生が、不意に足を止めてアズールを見上げた。

そうして、一言。

 

「次は先輩も一緒に遊べたら、嬉しいです」

 

照れたようにはにかんだ監督生は、ぺこりと頭を下げて部室から出て行った。

 

「…………」

「……アズール氏?」

「……はい?」

 

顔が上げられなかった。

身動きも取れないまま立ち尽くしているアズールに、イデアは微笑ましそうに笑って云った。

 

「よかったね」

 

友達っていいな、と、アズールは生まれて初めて思った。

 

 

 

 

 

 




監督生

チェスの腕前はそれなりだけど、普通にイデアに勝てなかった。悔しい。いつか絶対勝つ
少し話したら意外と話しやすい人で、自分でもびっくりするほど仲良くなれたと思ってものすごく嬉しい。アズールとはまた違った距離感でホッとする。兄とは全然似てないけど、お兄ちゃんみたいだな、と思っている


イデア

折角来たんだしゲームには勝っといたほうが気分いいよな、と忖度した結果、ややこしくなってしまった残念な男
拙者兄弟はオルトだけだけど監督生氏が妹だったら死ぬほどかわいがるだろうなと思っているし、疑似妹ということでいいかな、と思っている


アズール

「ねーヤキモチ焼いたんだよねアズールはぁ」
「……少しです」
「焼いたことにはかわんねーじゃん。あっは、ウケル」
「ちなみにどちらに焼いたんですか?」
「は?」
「ですから、イデアさんと監督生さん、どちらにヤキモチを焼いたんです?」
「…………。」
「……おや? おやおやおや? おやおやアズール? おやおやおやおや???」
「う、うるさい黙れ!!」
「あー、どっちにも焼いちゃったんだぁアズール。マジ乙女じゃん」
「うるさい……!!!」

だってイデアさんは初めての友達で、監督生さんは特別で。その二人が仲良くなったのは喜ばしいことだけど、なんかちょっと、ちょっとだけ、寂しい
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