無愛想監督生とツイステッドワンダーランド   作:秋元琶耶

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無愛想監督生、働く

給仕服に着替えた監督生は、なかなかどうして様になる。

身長があまりないので予備の制服を取り急ぎ裾上げする必要はあったけれど、サイズ感に目を瞑れば見事な給仕の出来上がりだ。

普段の無愛想が信じられないほど上品な笑顔を浮かべ接客する姿は、さすが教育係に抜擢されたジェイドを参考にしただけあって丁寧で確かなものだった。

また、細やかなところに気を配れるのは元来の性格なのだろう、カトラリーやナフキンを落としてしまった客を見つければ、呼ばれる前に新しいものを笑顔で渡し、落ちたものは素早く拾い上げる。

そう、もちろん、接客中は常に笑顔なのだ。

 

NRCは男子校なので、従業員も客も云うまでもなく全員男。

が、わかっていてもときめいてしまうのが思春期男子という生き物。

相手は絶対に男子だと頭では理解しているのに、監督生の中性的な美しい笑顔を向けられてしまうともう駄目だ。ときめきが止まらない。

噂の無愛想監督生がモストロ・ラウンジで働くらしい、という話はかなり広まっており、興味本位やらクレームをつけてやろうと意気込んだ馬鹿がラウンジに押し寄せていたが、文句などつけようのない完璧なサービスを受けて根こそぎ言葉を失っていた。

 

なんだあの笑顔は。

なんだその佇まいは。

なんだこのときめきは!

 

野次馬根性で訪れた生徒はまるで恋する乙女のようにホゥと息を吐いて監督生を見つめ、あらゆるいちゃもんを付ける気満々だった馬鹿は途轍もない破壊力の笑顔の前に惨敗した。

監督生の歩いた道は氷漬けになったように固まる客で埋め尽くされ、監督生の笑顔をまだ向けられていない客は監督生の接客を今か今かと待ちわびる。

とてもじゃないが、カフェの雰囲気ではない。

ナンバーワンを一目見ようと客が押し寄せるホストクラブ、といったほうが納得できた。

問題は、監督生当人にその自覚がなく、無差別縦横無尽に笑顔を振りまいているおかげで被害者の数がとんでもないことになっていることである。

客だけならまだしも、同僚であるスタッフまでも監督生に見惚れるものだから、正気を保っているメンバーにしわ寄せがきててんてこ舞いだ。

 

おかげで監督生は今日が出勤初日だというのに、信じられないくらい働くはめになった。オーダーの取り方や備品の場所など最低限は教えられていたからなんとかなったけれど、初日とは思えないほど働いた。

 

「監督生さん、接客業の経験がおありで?」

「いいえ。元の世界の飲食店とジェイド先輩を参考にしただけです」

 

営業時間が終了し、最後の客も退店した今は店内の清掃作業中だ。

見事な働きっぷりに感心したジェイドが、並んで洗い物をしている監督生に問う。しかし返答は否。こんなところで嘘を吐く必要はないから、本当に初めてなのだろう。

それにしては大変な働きぶりだった。スタッフの大半がポンコツになったおかげで余計に増えた仕事も嫌な顔せずこなしていたし、こうして最後の片付けも率先してやっている。

 

「本当にありがたい即戦力です。今後ともどうぞよろしくお願いいたしますね」

 

これはジェイド・リーチ、心からの言葉である。

常日頃から慇懃丁寧なこの男、割と簡単に感謝の言葉は口にするけれど、だいたいの場合中身が伴っていない薄っぺらいものだった。

人の心理とは意外と簡単で、例えばどんなに怒っていてもとりあえず謝罪のようなことをすると態度が軟化する。交渉はまず同じステージに立って話をすることから始まるわけで、アズールについて交渉の場に付くことの多いジェイドはこういった駆け引きが得意だ。

上っ面だけの言葉を吐くのは赤子の手をひねるより簡単だけれど、今の監督生に向けての感謝は真剣な気持ちが籠っていた。

ジェイドにしては、これは本当に珍しいことなのだ。

 

無駄話にならない程度に話題を振れば言葉は返ってくるし、確かに客がすべて退店しスタッフのみになった今はあの輝く営業スマイルは消えたけれど、無愛想というほど無愛想ではないようにジェイドには思えた。まぁ愛嬌があるとはどう間違っても云えないが。

むしろ、仕事は仕事だと割り切ってあそこまで完璧な笑顔を作れるのならばすごいことではないだろうか。

正直に云えばこのモストロ・ラウンジ、人手はある。

あるにはあるが、質に問題もある。

つまり、アズールの契約を持ち出して強制労働させる手駒ならば掃いて捨てるほどあるけれど、実際使い物になる駒は限られるのだ。

だから、純粋な戦力として監督生がモストロ・ラウンジで働いてくれるのは大変ありがたい。

少し教えただけで働き始められて、手間もかからない上に客寄せパンダにもなるのだから最高すぎる。

これは絶対に手放せない人材だ、とジェイドは笑顔の裏で本気で思った。

 

「小エビちゃんさ~、このままオクタヴィネルに来ちゃえばぁ?」

 

モップを持ったまま掃除をする様子は全くないフロイドが、カウンターテーブルによりかかりながら云った。すると何を考えたのか、ジェイドまでも『名案ですね』と楽しそうに手を叩く。

何が名案なものか、と呆れるのは監督生だけだ。

グラスの水滴を綺麗にふき取りながら、ため息交じりに口を開いた。

 

「無理ですよ、フロイド先輩。私にはどこの寮にも入る資格はないそうですから」

「そぉ? でもそれって闇の鏡が勝手に云ってるだけじゃ~ん。あんま気にする必要なくね?」

 

おそらく、フロイドにしてみれば何気ない言葉だった。

彼は型にはまるような男ではないし、それは例え闇の鏡に対してもそう。仮に組み分けの際、フロイドだけサバナクロー寮を指定されていたとしても、鏡の意志を無視して幼馴染と片割れのいるオクタヴィネルに勝手に行くタイプの男だ。

監督生はまだフロイドのことはよく知らない。まともに話したのは今日が初めてで、それも仕事が終わって掃除を始めてからのこの数分のこと。

ただ、ほんの少し話しただけでもフロイドがグリム以上に奔放な気分屋であると察するには十分で、だからこそこうして転寮の勧誘をしてくれるのが本心だとわかった。無意味な嘘やお世辞は云わない人だと思うから。

 

少し、嬉しい。

闇の鏡に云われたことを気にしているわけではないけれど、やはりここは自分の世界ではないとはっきり線を引かれたのは胸が痛い。

好きで来たわけではないのに、ここにお前の居場所などないと云われているようで密かに傷付いていた。

無愛想な監督生は無愛想だけれど、感情が死んでいるわけではなかった。

だから悲しいことは悲しいし、寂しいことは寂しいし、腹が立つこともあれば嬉しいこともある。

ただ、それをあまり表情に出さないだけで。

フロイドの誘いにほんの少し胸の温かさを覚えた監督生は、接客中の営業スマイルではないささやかな笑顔をフロイドに向け、小さく頭を下げた。

 

「そう、云っていただけるのは嬉しいですが。やっぱり、グリムもいますので」

 

ありがとうございます、と続けた監督生を見たフロイドは、少しだけ驚いたように目を瞬かせる。

けれどすぐに、ふぅん、と零したフロイドは、それ以上云うつもりがないのかモップを放り投げキッチンへ消えていった。

 

怒らせてしまったのかと少し不安になって彼の双子の片割れを見上げると、気にしなくて大丈夫ですよ、と笑って云われる。

本当だろうか。後日、転寮を断ったことを根に持って嫌がらせをされたりしないだろうか。ウツボはしつこい性格だというし、心配だ。

 

「監督生さん、あなた実は結構いい度胸しておられますね」

「口に出ていましたか?」

「それはもう」

「気を付けます」

 

真顔でジェイドを見上げると、心底楽しそうな笑顔を向けられる。

確か彼はアズールと幼馴染だと噂に聞いた。食えない性格なのも似た者同士なのに違いない、と妙に納得し、最後のグラスを磨き上げた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

閉め作業はまた後日ということになり、監督生の本日の仕事は終了した。

それから、仕事が終わったらVIPルームへ、との始業前に顔を合わせていたアズールの言葉に従い、監督生は制服に着替え終えてすぐにVIPルームのドアをノックした。

コンコンコンと三度のノックの後すぐに『どうぞ』という声が返ってきたので、静かにドアを開け入室する。

 

「お疲れさまでした監督生さん。初日から大変でしたね」

 

アズールは書類仕事を片付けていたようで、奥の執務机の前にいた。おおよそ学生が使うようなものではない気がするが、アズールにはよくマッチしている気がした。

なるほど、インテリヤクザ。

そんな言葉が脳裏に浮かび、口に出す前に記憶の底に押しやった。

 

「いえ。いつもこのくらい混むんですか?」

「っふふ、今日は特別だったと思いますよ」

 

なんせあなたの出勤初日でしたから。

とは云わないのがアズールだ。

この笑顔は商売繁盛が嬉しいからであって、断じて監督生が予想以上の客寄せパンダになったことへの高揚ではない、そう、断じて。

月曜日としては過去最高の売り上げを叩きだした今日という日を忘れないでおこう、とその優秀な頭脳にメモしたアズールは、ひとつ咳払いをして改めて笑顔を浮かべる。

 

少しだけ待つよう云われ、アズールにソファを勧められた監督生は遠慮なく腰を下ろす。やはり沈むように柔らかい。もしもここのソファを買い替えることがあったら、おさがりでもらえないだろうか。今度交渉してみよう。

アズールがすいとマジカルペンを振るうと、テーブルの上にティーセットが出現した。香りからするに、前回と同じニルギリのようなものだろう。

二人分のカップが用意されているということは、監督生とアズールの分。特に指示はなかったけれど、監督生は手際よく紅茶を淹れた。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

少しの間、アズールが紙にペンを走らせる音だけが部屋に響く。

行儀よく正しい姿勢を保ったまま紅茶に口をつける監督生を、書類に目を通しながらアズールはちらりと観察した。

 

この部屋に自分以外がいるのに静かなのは久しぶりだった。

だいたいこの部屋を誰かが訪れるときまって『相談』があるから無言であることはないし、幼馴染であるウツボ兄弟はいわずもがな。望まない訪問者も時折いるけれど、彼らが静かなはずもない。

別に沈黙を苦痛に思って話しかけるタイプではないけれど、なんとなく相手の情報を得るために隙を見て会話をするのが当たり前になっていたアズールには、この時間は妙な気分だった。

が、むずがゆくても嫌な気分ではない。

紅茶を淹れる姿も飲む姿もなかなか様になっているし、純粋な興味として監督生についていろいろと知りたくなった。

その為には、会話。

とりあえず、今は目の前の書類を片付けてしまわねば。

 

数分後、お待たせしました、と立ち上がったアズールは、カップを持って監督生の前のソファに改めて腰掛けた。

新人スタッフを気にかけるのは興味以前に支配人の仕事だ。たまにホールを覘いていたのでなんとなく状況は把握しているけれど、実際に監督生から話を聞きたい。

 

「いかがでしたか、初日の感想は?」

「忙しかったですね。ただ、与えられた仕事は出来たと思います」

「それは重畳」

 

監督生は控えめだ。

与えられたどころではない仕事までこなしていたのに、自分は最低限しか働いてない、と云う。

謙虚なのは結構だが、それではこの先やっていけないのではないだろうか。

何せここはNRC、良くも悪くも癖のある先生と生徒ばかり。もう少し我を出すべきだと思うけれど、安易に口出ししすぎるのは問題だ。まぁ、今後あまりにも目につくようであれば助言もするだろう。

 

他にもいくつか質問をしていると、気付けば23時を回りそうな時間になっていた。とっくに他のスタッフは帰っている時間だ。

手応えはあったようだし、今後も仕事は続けられそうだという言質も取れたので今日はこんなものだろう。

 

「そういえば、賄いは食べましたか? 確か今日はフロイドが作ったはずです」

「帰ってから食べようと思ったので、包んでいただきました」

「おや、食べていけばいいのに」

「いえ、グリムが待っているかもしれないので」

 

どこまでもこの監督生はグリムファーストだ。

彼にそこまでの意識はないかもしれないけれど、そもそもラウンジで働く理由もグリムに大きく関係しているし、たくさん働いて空腹だろうに、家事能力は皆無に等しいグリムが缶詰ひとつ開けられずにお腹を空かせているかもしれないからと云って賄いすらも持って帰るという。

きっとグリムが起きていたら一緒に食べるのだろう。

彼が働いて受け取った賄いを、部屋で待っているだけの魔獣と。

難儀な性格だ。

しかしそれを指摘してやるほどアズールは優しくなかった。

にっこりと笑って頷き、空になった紅茶のカップを魔法で片付ける。

 

「なるほど。では、今日はもう結構です。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。お先に失礼します」

 

小さく頭を下げた監督生は、そのまま退出していった。

それからすぐに入れ違いでVIPルームに入ってきたのはすべての閉め作業を終えたウツボの兄弟だった。

 

「アズール~、お疲れ~」

「ああ、お前たち。お疲れさまでしたね」

 

だらしない声を上げながら、襟を緩め帽子も投げ捨てたフロイドがソファにダイブする。そんな片割れが落とした帽子を拾いあげたジェイドは、自身もジャケットを脱ぎながら感心したように口を開いた。

 

「他寮のトラブルのど真ん中にいたというからどんな問題児かと思いましたが……本当に有能ですね、彼」

「めーっちゃ笑顔で働いてたよねぇ、客いねーとこでは無表情に戻ってたけどぉ」

 

ギャップで風邪ひきそぉ、とフロイドは楽しそうにゲラゲラ笑う。

どうやら監督生は、この気難しい二人の御眼鏡にもかかったようだ。ジェイドはともかく、フロイドが彼を気に入ったのならば今後も無事やっていけそうである。

人間関係というのは職場で重要な要素なので、円滑であるに越したことはない。

そういう意味でもアズールが内心ホッとしていると、ソファでごろごろしていたフロイドが急に声を上げた。

 

「てかさ、小エビちゃんってほんとに雄ぅ?」

「はぁ?」

 

思わず素っ頓狂な顔を上げ、アズールとジェイドは顔を見合わせた。いやこのウツボ、何を云っているのか。

 

「ここは男子校ですよ、フロイド。それに彼はどう見ても雄でしょう。まぁ、確かに中性的で美しい顔立ちだとは思いますが」

「ん~。ベタちゃん先輩とかもキレーだけどさぁ、小エビちゃんはなーんかまたちょっと違う気がしたんだよね~」

「…………」

 

戯言だと聞き流そうとして、アズールはふと考える。

フロイドは信じられないくらい気分屋で、興味のないことはとことん興味がなくて、やればできるのに気分が乗らなければ勉強も運動も仕事も簡単に放り投げるようなやつだ。

けれど決して馬鹿ではない。むしろ、頭の回転は速い方。

何より、人魚の中でも感覚、とりわけ第六感と呼ばれるような感覚に優れている。鼻が利く、ともいう。

そんなフロイドが、『彼』は実は『彼女』なのではないかということの、意味。

 

「……ふむ」

 

入学式の日、いきなり現れて以来トラブルの渦中に居続けていた人。

魔法が使えない異邦人。

あの監督生を取り巻く問題は決して一つや二つではないだろう。

 

仮に。

そう、仮に、と前置きしたアズールは、ゆったりと笑顔を作った。

 

「もし監督生さんが女性で、それを隠して生活いるとしたら」

「……証拠を掴めば、彼、あるいは彼女の弱みを握れますね」

「そしたらさぁ、ぜってーラウンジ辞めない契約書とか書かせりゃ一生働いてもらえんじゃ~ん!!」

 

にっこり。

にっこり。

にーっこり。

 

「焦りは禁物です。とにかく明日以降、監督生さんをよく観察するように」

「はい」

「はぁ~い」

 

「……?」

 

寮に戻り、ツナ缶は食べたものの監督生が持ち帰ってきた賄いの匂いで起き出したグリムと一緒にフロイド特製サンドイッチを食べていた監督生は、このとき妙な悪寒を感じた。

翌日から妙にオクタヴィネル3トップに絡まれることになるとも知らず、この日はぐっすりと眠ったのである。

 

 

 

 




監督生

営業スマイルは完璧。お客さんがいなくなると急にスンッと無表情に戻るので、スタッフ内でそのギャップにやられる者多発。忙しすぎてイライラしたフロイドに絞められたやつらがいることを彼女は知らない
ちなみにジェイドとフロイドだけ名前呼びなのは、苗字が同じだからやむを得ず。本当はどっちもリーチ先輩と呼びたい
『周囲が男と認識する魔法』がかかっているので、まさか自分の性別が疑われる事態になっているとは思いもよらない


アズール

監督生のことはまだ『ふーん、おもしれーやつ』くらいにしか思っていない。が、やっぱりめちゃくちゃ仕事が出来そうなので絶対逃がさない、と決めている
監督生が男でも女でもどっちでもいいけど、何が何でも弱みは握りたい


ジェイド

お前にだけは問題児とか思われたくない大賞
今までの雑魚と違って真面目に働くし教えたことはすぐ吸収するから、現場の人間としては本気で嬉しい。ずっと働いてほしい
監督生が男でも女でもどっちでもいいけど、女だったらなんかいろいろ面白そうだな、とは思っている


フロイド

今日は割と機嫌がよかったらしい。途中スタッフがポンコツになって店は激混みしてたときは暴れてやろうかと思ったけど、客の前とそれ以外の前の監督生の顔の違いが面白すぎてどうでもよくなった。ポンコツはコロス
監督生が男でも女でもどっちでもいいけど、女だったら大切にしなきゃね~とは思っている。それはそれとして優秀なスタッフなのはわかったから働いてもらうけどね
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