無愛想監督生とツイステッドワンダーランド   作:秋元琶耶

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そのうちアズ監になる監督生が先生方に甘やかされたりオクタ三人衆にご飯を作る約束をさせられる話


無愛想監督生にかかった魔法の謎

普段は訪れない学園長室に続く道を進みつつ、私はここ数日のことを思い出してげんなりした。

何って、オクタヴィネルの腹黒三連星のことである。

バイト代と賄いにつられてモストロ・ラウンジで雇用契約を結んでから丸一週間、気のせいでは済まされないレベルの付きまといを受けているのだ。これはもう訴えて出るところに出たら勝てると思う。

 

授業で一緒になるだけならまだしも、移動の間や自習で図書室に籠っていたり、昼時や放課後になると三人の中の誰かしら、或いは全員現れては特に身にならない会話をして去っていく。いや、図書館にいるときに限り、割とためになる話をしてくれたり面白い本を紹介してくれるのはありがたいけれど。

とにかく、疲れた。

オクタヴィネルに対して若干の苦手意識を持っているらしいグリムは、三人の来襲を忌避してトラッポラやスペードのところに避難してしまっているし、ハウルは顔を合わせる度に私を見て気の毒そうな表情をするし、何より一人の時間が減ってしまうのが一番ダメージが大きい。

こちらを観察している様子を隠しもしない人たちと楽しく穏やかなお喋りなんて出来るはずもないのだ。私の一挙手一投足から情報を得ようとする行動力はすごいけれど、是非方向転換していただきたいと思う私は間違っていないはず。

 

だいたい、一体彼らは私の弱みを握ってどうしようというのだろう。

別に王族でも貴族でもない、潤沢な資金があるわけでも強力な後ろ盾があるわけでもない私から得られるものなどなにもないはずだ。

元の世界の話が聞きたいのではれば、それこそ普通に尋ねてくれれば教えるというのに。

脅される謂われもないから、本当にあの三人の思惑がわからない。

 

考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか学園長室に辿り着いていた。

気を取り直して少し身なりを整えてから、コンコンコンと三度ノックして声をかける。

 

「失礼します、学園長。今お時間よろしいでしょうか」

「はぁい、どうぞ~」

 

緩い。

一応こちらは畏まっているのに、随分と緩い返事が聞こえて思わずがっくりと肩が下がる。

いや、あの見るからに浮かれた陽気の格好をしている学園長にシリアスになられるとそれはそれで怖いのだけれど、威厳の欠片もない声だった。いろんな意味でこの学園のことが心配になった。

が、それは私が口出しすることではないと気持ちを切り替えて、学園長室の重厚なドアを開けた。ら。

 

「失礼しま……」

 

云いきる前に、思わず息を呑む。

 

「仔犬か」

 

ドアを開けた先には、主立った先生方が勢ぞろいしていたのだ。

まず担任でもあるクルーウェル先生、それに魔法史担当のトレイン先生、体力育成のバルガス先生。

入室を許可されたからには学園長しかいないと思っていたから、これには少し驚いた。

このまま入っていいものかと考えていると、クルーウェル先生に手招きされる。ということは特に重要な話はしていなかったのだろうか。

だとすると逆に何故この先生方が学園長室に雁首をそろえているのかが気になってくる。

何かやらかした学園長を教員代表数名が叱りに来た、とかならば納得できる状況だな、と思った。だって執務机前にトレイン先生、バルガス先生、そしてクルーウェル先生が並んで学園長を見下ろしているのだ。穏やかな状況ではないだろう。

先生たちは純粋に私の訪問を疑問に思っているような顔をしているけれど、これはお邪魔かもしれない。

そこまで急ぎの用事ではないし、また放課後にでも出直しますと云うと、

 

「え、大丈夫ですよ? 今そんな大したこと話してませんし、もちろんアナタの話が内密にというのなら別ですけども」

 

大したこと話してないというところで先生方の厳しい視線が一斉に学園長に突き刺さっていたけれど、彼はどこ吹く風だった。その神経の図太さは尊敬に値する。そうなりたいとは微塵も思わないが。やっぱりあの人怒られてたんじゃないか。

でもまぁ、私も勉強にバイトに忙しい身で暇人というわけではないし、なるべく早めに解決したいことでもあったので、お言葉に甘えることにした。

 

「そう、ですね。どうせ先生方にも伝わる話だと思うので、今失礼します」

 

すると先生方が揃って首を傾げた。なんだか可愛い、と場違いに思ってしまったので、咳払いで邪念を消して続ける。

 

「私にかかっている誤認魔法の件なんですが、詳しく発動条件と効果を教えていただきたいんです」

 

そう、実のところ私はこの魔法について何も知らない。というか、自分で気付くまでこんな魔法が掛けられているとも知らなかった。

 

おかしいとは思っていたのだ。

入学式の日はいろいろといっぱいいっぱいで周りを気にしている余裕がなかったので何とも思っていなかったけれど、後日改めて授業が始まって、おや、と首を傾げた。

右を見ても左を見ても、男子、男子、男子。

すれ違う人、運動場で遊びに興じる人、購買部に訪れる人、広い大食堂を埋め尽くす人、どこもかしこも男子ばかり。

おやおや、と思った。

そこで背中に冷たい汗が流れたのを感じつつ、たまたま大食堂で隣り合わせたトラッポラとスペードにそれとなく訊いてみたのだ。

ここは男子校か、と。

そうしたら二人は一度固まってから顔を見合わせ、大笑いして云った。

 

『あったり前だろ! 男子校じゃなくてこの男率だったら地獄じゃん!』

『そうだぞ監督生、お前、自分の性別を間違えたりしないだろう?』

 

私はこのときほど自分の表情筋が硬くて助かったと思ったことはない。

その後は適当に話をして、飛行術に向かう二人とグリムと別れて私は図書室に向かった。

で、人気のない本棚の陰で頭を抱えた。

トラッポラの男子校確定発言。

スペードのあのまっすぐな言葉。

つまり私は、どういうわけか男と認識されて男子校に通わされているわけだ。

 

私が学園に在籍することを最終的に決定したのは学園長だから、きっと彼は面倒事を回避するためにこんな魔法をかけたに違いない。

いや、それ自体はありがたいことなのだけど、せめて自分には教えてほしかったと恨み言を云っても許されたかった。

だってこれはあまりに心臓に悪い。

どうやらほとんどの時間を一緒に過ごしているグリムも含めて誰も私の性別に疑問は持っていないようだし、理屈はわからないが相当強力な魔法なのだろう。

もう魔法なんてファンタジーとは無縁の世界にいた私も、こうなると全部大人しく受け入れた方が精神衛生上良いと判断し、割とあっさりこの事実を受け止めてこの数か月を過ごしてきた。

 

が、ここにきてのオクタヴィネルである。

何故か私の性別に疑問を持ち、どういうわけか彼らの中では私が女であることは確定しているようだ。

はっきりと直接私にそう云ったのはアーシェングロット先輩だけだったけれど、ジェイド先輩とフロイド先輩は妙に優しくなった。べったべたな女扱いと云うわけではなく、なんというか、わかりやすく云うと力仕事や危ないことから私を遠ざけている節がある。正直ありがたいけどむずがゆい。

 

「そもそもいつからかけられているかも知りませんし、何か一定条件で解除されるなどの詳細があれば把握しておいた方がいいと思いまして。もし無意識の行動で解除されたりしたらいろいろ問題でしょうし」

 

そこまで云って顔を上げて、無反応な学園長を訝しむ。

ぽかんと口を開けて、他の先生たちも固まっている。

 

「はい?」

「……はい?」

 

かくん、と学園長は首を傾げた。

間抜けな声もセットだ。

思わずこちらも鸚鵡返しに首を傾げてしまった。

 

「何に対する誤認魔法ですか?」

「は?」

 

恐る恐るといった様子の学園長の言葉に、若干イラッとする。

今さら何を云っているのだろう。

 

「私の性別です。私に対して『周囲が男と認識する魔法』をかけたのは学園長でしょう?」

 

「「「「――は?」」」」

 

は、の大合唱。

これにはさすがに狼狽えた。

 

先生方、驚いている。

驚いて、いる。

 

演技ではなさそうだ。

みるみるうちに顔色を変える先生方の後ろで、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がった学園長が、叫んだ。

 

「ちょ、ま、え!? 監督生さんアナタ、女性だったんですか!?!?!?」

 

――あれ、もしかしてこれはとんでもなく面倒な事態だな、と他人事のように考えた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

結論から云って、私に誤認魔法をかけたのは学園長ではなかった。

そして学園長は私が本当は女であることも知らなかった。

ということはつまり、先生方も私の性別を知らなかったということで。

 

「…………。」

 

全員が沈痛な面持ちで口を閉ざし、眉間やら頭やら胃やらを押さえている。体調が悪いならば帰って寝た方がいいんじゃないだろうか。

 

まぁ普通に考えてこれは大問題だ。

由緒正しい男子校に、誤りで女子を入学させてしまうだなんて、間違っても外部には漏らせない。というか学園内でだってバレたら大事だ。

学園から放り出されたら困るなぁとは思いつつ、今は私が口を挟むのはまずいと思って黙って立っていると、大きく長い息を吐き出したクルーウェル先生が顔を上げた。

 

「仔犬」

「はい」

「知らなかったこととはいえこれまで何も気付いてやれずにすまなかったな」

 

クルーウェル先生だけでなく、この場に居合わせた全員が申し訳なさそうに私を見ていた。

ああ、なんて優しい人たちなのだろう。

私の存在すべてがイレギュラーなのに、むしろ何も気付かなかった自分たちの方にこそ非があると彼らは思っているのだ。

それはある意味正しくて、だけど全部が正しいわけじゃない。

理由はわからないけれど、優秀な存在である彼らでさえも予想のつかないような事故だったのだ。

女だとわかった途端に退学を命じられる可能性を危惧していたことが逆に申し訳なくなってくる。

だから私は、硬い表情筋を少しだけ動かして云った。

 

「いいえ。多少無理は云いましたが、学園に置いていただけて最低限の生活は保障していただいていますから、それで十分です」

 

これは嘘ではない。

少なくとクルーウェル先生たちに非がないのはわかっているのだから。

非があるとしたらまぁ、学園長だろう。

学園の長たる彼が、私に魔法が掛けられていることにも気付かず、あまつさえそのまま私を男と誤認して入学を許可してしまったのは、褒められたことではないはずだ。

 

というか、この誤認魔法。

学園長でも他の先生方でもないのなら、一体どこの誰がかけたのだろうか。

そもそも魔法にも魔法薬にも永続的な効果のものはないと何かで聞いたことがある。

ということはつまり、誰かが定期的に私に誤認魔法を掛け直しているということではないか。少なくともこの数か月で私の性別が誰にも――オクタヴィネル三人衆は魔法云々関係ない気がするのでここは除外――バレなかったというのは、魔法が切れなかったということなのだから。

 

では一体誰が? いったいどんな目的で?

私が男と誤認されながらこの学園に通うことで、どこの誰にどんなメリットがあるというのだろうか。

 

あまりにも謎すぎて思わず考え込んでいると、今度はトレイン先生が真剣な表情で云った。

 

「何か困っていることはないか。足りないものや欲しいものがあれば云いなさい」

「ありがとうございます、トレイン先生。今のところはなんとかなっているので大丈夫ですよ」

「なんとかなっているのとなんとかしているのは全く違うぞ。遠慮するのはわかるが、新入生の事情を把握できなかったこちらに非があるんだから少しくらい吹っ掛けてもいいくらいだ!」

「ば、バルガス先生……あ、では一つだけお願いが」

「なんだ、何でも云いなさい!!」

 

どんとこい、と胸を張るバルガス先生に、私は控え目に発言した。

 

「雨漏りを直したいんですが、手伝って頂けませんか? ご存知の通り私は箒に乗れないので高い場所に行く手段がなくて。グリムは、その。あの通りですし」

 

自分ではあまりそう呼びたくないが、私とグリムの住む寮は通称『オンボロ寮』。その名の通り、確かにオンボロではある。

自分たちが住むようになってからはゴーストに手伝ってもらいながらある程度生活できるようには整ったし、少しずつ綺麗にはしているけれど、劣化が酷すぎてどうにもならない部分も多い。

掃除のための魔法もあるらしいけれどグリムが使えるはずもなく、結局は自分たちの力で何とかするしかなかったのだ。

 

もしも先生方がちょっとでも修繕を手伝ってくれたら嬉しいなぁ、という割と気軽な気持ちで云ってみたので、もしそういうことではないと云われても仕方ないと思う。まぁ普通に考えて、いくらなんでも云えと云われたところで、先生を使い走りのようにするのは問題な気もするし。

 

「ちょっと待て」

 

待ったがかかってしまった。

片手で顔面を押さえたクルーウェル先生だった。指の隙間から見える鋭い眼光が怖い。

思わず背筋を伸ばして固まると、心なしかいつもより低い声で先生は続けた。

 

「仔犬、お前はオンボロ寮に住んでいるな」

「は、はい」

「あそこはほとんど廃墟だった。ここ数年碌な手入れもしていなかったな」

「そうでしょうね、あの様子では」

「お前は、そこに、住んでいるのか」

「え、ええ、はい。あそこしか雨風を凌げる場所はありませんから」

 

今更何を云うのだろう。

闇の鏡にはどこの寮にも適性はないとバッサリ切り捨てられていたところは先生方も見ていただろうに。そんな私が他寮に間借りなんて出来るはずはなく、学園長に割と厄介払い的に押し付けられたあの寮で生活するしか私には選択肢がなかった。

 

漸く近頃人の住む場所に整えられたあの寮を思い浮かべながら首を傾げて肯定すれば、クルーウェル先生はゆっくりと顔を上げて低い声で云った。え、怖いです。

 

「やるぞ」

「えっ」

 

何をですか、クルーウェル先生。

 

「やりましょう」

 

だから何をですか、トレイン先生。

 

「やるか」

 

お願いだから私を置いてきぼりにしないでくださいバルガス先生。

 

「な、何をですか……?」

「決まっている」

 

一斉に私に集中した、三組の視線。

怖い。

控えめに云って怖い。

先生方の結託についていけない私は挙動不審になり、何故か放心しっぱなしの学園長はそっちのけで、先生たちは声を揃えて云った。

 

「寮の修繕工事だ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「何か良いことがあったようですね」

 

数日後、ラウンジの営業時間後にホールの掃除をしていた私に、近くでレジ金確認をしていたアーシェングロット先輩が不思議そうに声をかけてきた。

 

「わかりますか」

「わかりますよ」

 

私の表情はわかりにくいと自分でも思っていたのだけれど、もしかして違うんだろうか。あるいは、あまりに嬉しすぎて漏れ出ていたか。

まぁそれは置いておいて、柄にもなく私はこの喜びを共有してもらいたくなって少し照れ臭く思いながらも口を開く。

 

「実は、寮がものすごく快適になりまして」

「ほぅ?」

「雨漏りも隙間風もなくなったし、水回りもとても綺麗にしていただいたんです」

 

と云っても当然何から何まで新品というわけにはいかず、今の設備を最大限浄化魔法を掛けてもらったというだけだ。

しかし私にとってはそれだけでもありがたい。主にシャワーが。

 

これまではいくら掃除してもくすんだ金属の色が変わることはなく、その上火の妖精がいるにもかかわらず設備が古すぎるせいで時々お湯が水に切り替わるというものすごく嫌なドキドキと隣り合わせで、せっかくのお風呂なのにリラックスできずにいたのだ。

が、先生方がそのあたりも調整してくれたおかげで、ここ最近はお湯の心配もせずゆっくりのんびりお風呂に浸かれて非常に嬉しい。

 

「それくらい、僕に頼んでいただければいくらでも綺麗にして差し上げたのに」

「対価を要求してくるでしょう」

「当然です」

 

お代はあなたの秘密で構いませんよ、とにこやかに云うアーシェングロット先輩のことは無視して、そのまま私は続けた。

 

「キッチンもピカピカなので、料理するのが楽しみです」

「ほう、料理ですか」

 

キラリ、と先輩が眼鏡を光らせたような気がして、余計なことを云ってしまったことに気付く。でも、キッチンも私の身長に合わせて調節してもらえたから、早く使いたくてワクワクしていたのだ。魔法ってすごい、と私はこのとき改めて思った。

 

「私だって料理くらいします」

「ちなみに得意料理は何です? ものによっては食べてあげてもいいですよ」

「え、嫌ですよ、実家がレストラン経営している人に手料理をふるまうなんて」

 

やっぱり面倒なことになった。

何故か胸を張って自慢げに上から目線をくれた先輩にすげなく云うと、いきなり後ろからガバッと抱き着かれる。普通なら悲鳴を上げてぶん回してやるところだけれど、残念なことに最近この展開には慣れてしまった。犯人は気配を消して近付いてきたフロイド先輩だ。

 

「何なに小エビちゃんメシ作ってくれんの? オレたこ焼き食いたぁい」

「えっ……」

「何故そこで僕を見るんですか」

「いえ、その……海の世界ってそういうものなのかな、と」

 

この場合はなんて云うんだろう。人魚は人魚同士でも種類が違えば共食いではないんだろうか。とりあえず笑ってはいけないような気がして目を泳がせていると、アーシェングロット先輩にじっとりと睨まれた。ちょっと申し訳ないと思っています。

 

ところでフロイド先輩について、いきなり抱き着かれるのは危ないし、いろんな意味で心臓によくないのでやめてほしいと何度も訴えたのだけど、その回数が二桁に突入したところで私は諦めた。

うんうんごめんごめんわかったわかったと掴みどころのない笑顔で云われて、しかしフロイド先輩がそれを止めてくれることはなく、ジェイド先輩もアーシェングロット先輩も笑っているだけで何も云わない。当然助けてくれる素振りなどない。つまり味方はいなかった。

もしや抱き着くことで性別を確かめているのか、と当初は警戒もしたけれど、なんというか、そういう感じでもないのだ。下心とか、探るような感じではなく、おそらくちょうど私の身長が肘置きにいいとかそんな感じなんじゃないだろうか。不本意だけど。

 

まぁそんなわけで、フロイド先輩の急襲には慣れっこになってしまった私は、倒れないよう体幹をしっかり保ちながら拭いたグラスを置く。すると、ニッコリ笑顔のジェイド先輩がグラスを片付けてくれた。フロイド先輩と一緒に今戻って来ていたらしい。

 

「ねーねージェイド、小エビちゃんがなんでも作ってくれるってよ~」

「情報を捏造しないでください。なんでもなんて無理ですから」

「監督生さんの好意を踏みにじるような真似は出来ませんね。タコのカルパッチョをお願いします」

「友達の身体を料理するのって海では常識なんですか?」

「だから別に僕の身体で作ってるわけじゃないですからね」

 

違うのか。幼馴染二人が揃ってタコ料理をチョイスするから、てっきりそういうものなのかと思ったのに。人魚と純正タコだと共食い扱いにはならないんだろうか。まぁみんな普通に魚介類を食べていたし、何かしら定義があるのかもしれない。詳しくは知らないけど。

 

フロイド先輩が手伝ってくれる素振りはまったくないので期待せず、なんだかんだ最後まで手伝ってくれたジェイド先輩にお礼を云って私の仕事は完了した。

なので長居の必要もないし、いつも通り賄いを包んでもらって帰ろうとしたら、アーシェングロット先輩にまた捕まってしまった。早く帰りたいんですけど、と零すと、先輩は胡散臭い笑顔全開で云った。

 

「今週末は、月に一度の棚卸しです。監督生さんもシフトに入っていましたね」

 

そういえばそうだった。

棚卸しの作業は初めてなので、ジェイド先輩についてしっかり教えてもらうようにと云われていたのを思い出す。

しかしそれが今関係あるのだろうかと思って首を傾げると、何故かアーシェングロット先輩は妙にニッコリと笑顔を浮かべた。また嫌な予感しかしない。

が、先輩の口から飛び出したのは、私の予想とは真逆のものだった。

 

「消費期限の近い食材は廃棄になりますから、必要なものは持って帰っていただいて結構ですよ」

「えっ!」

「代わりにあなたの手料理をご馳走してください」

 

上がった気分が一気に叩き落された気分だ。

だから嫌だと云っているのに何故この人はこうなのだろう。

微妙な顔で黙った私に、先輩はやれやれと云ったように肩を竦めながら続けた。

 

「あなたはただで食材が手に入り、ピカピカのキッチンで料理が出来て、僕たちはそのおこぼれに預かる……誰も損しない素敵な話だと思いませんか?」

「…………。」

 

あ、なんだか、少しずつわかってきた。

この人、全然素直じゃないのだ。

 

一見しても熟慮しても合理的で経済的なことしか云っていないくせに、目的はわかりやすい。

今だって、わざわざ私に余りの食材を提供することを理由に持ち上げて、私に手料理を振る舞わせようとしている。たとえ人並みに料理が出来たとしても、明らかに舌が肥えているとわかっている人に振る舞えるほどのものではないと云っているのに。

私だって鬼じゃないのだから、単純に『食べたい』とお願いされれば一考の余地はある。

でもこの人は素直じゃないから、わざわざ私が料理を振る舞うための理由を作ろうとしている。

なんて面倒な……いや、面白い人だろう。

笑ったら怒られそうなので、私は考えるふりをして口元を手で隠した。ああでも、なんとなくジェイド先輩にはバレてそうだ。だって先輩もこっちを見ながら面白そうに口元を隠しているから。

 

正直、気は進まない。

進まないが、こうなると先輩が絶対に引かないのはそろそろ勉強している。そしてにこにこへらへら笑っているウツボの兄弟が私の味方になってくれることもないと諦めもついた。

絶対に嫌ならば、ここで食材をもらわなければいい話だ。そうすれば先輩たちに手料理をふるまう義理はなくなるのだから。

が。

 

「……わかりました」

 

両手を上げ、私は降参した。

気は進まないけれど、絶対に嫌だというわけでもないからだ。それにどうせ、一度食べれば大したことがないと気付いてもう今後は云われることもないと思う。

一回我慢すれば済むのならば、それに越したことはない。

というかそれで食材が手に入ってグリムにたくさんご飯を作ってあげられるなら安いものだ。

 

「おや、折れるのが早かったですね」

「まじでぇ? やったぁ!」

「ええ、いいですよ。今週末の晩御飯は、みなさんでどうぞ寮へいらしてください」

「ふふふ、ではお言葉に甘えるとしましょうか」

 

自分から云ったくせになんで嬉しそうなんだろうか。まぁ、いいけど。

フロイド先輩とジェイド先輩の食べたいものは聞いたけれど、作れるかどうかは置いといてアーシェングロット先輩にもリクエストを聞いてみたところ、少し考えてから『揚げ物以外なら何でも』とのこと。またわかりやすいようでわかりにくい。

まぁどうせみんなで食べるだろうし、グリムもいれば適当に大量に作っても消費は出来るだろう。余ったらお弁当にすればいいだけの話だし。あとはもらえる食材を見て何を作るか考えることにする。

久しぶりにがっつり料理が出来るのは楽しみだ。

 

今度購買部に行くとき調味料も調達しておこう、と考えていると、レジ金確認を終え金庫に現金と帳簿を片付けて戻ってきたアーシェングロット先輩が云った。

 

「監督生さんは料理が好きなんですか?」

「はぁ、まぁ。嫌いではないです」

 

元の世界で私は兄と二人暮らしだった。

兄の仕事は忙しく休みも不定期で、最初は食事もほとんどお惣菜や出前頼りだった。が、それは駄目だと奮起した兄が料理を始めたのだけれど、これがまぁ、思うようにはいかなかった。兄は仕事は優秀だし運動も勉強も出来るけれど、料理だけは駄目だったのだ。

しかしそれでも何とか手料理を、と頑張る兄の姿を見て、幼い私は心を動かされた。兄が苦手ならば自分がやればいい。

幸い私は要領がよく、比較的早めに簡単な料理なら一通り作れるようになったし、兄が喜んでくれたのでもっと頑張ろうと思い、小学校の高学年に上がる頃には堂々と料理が得意だと云えるような腕前になっていた。ちなみに一番の得意料理は筑前煮。兄の大好物である。

 

そんなわけで料理は好きだ。

が、ここでそんなことを云ったら後が面倒なことになる気がするので、否定も肯定もせず曖昧に答えておく。

すると先輩は、少し思案気に続けた。

 

「では、お菓子類は?」

「うーん、たまに作ってましたけど、得意というわけではないですね。私には料理の方が性に合っているというか」

「へ~、お菓子だったらさぁ、ウミガメくんがよく作ってるよねぇ」

「ウミガメ……?」

「ハーツラビュルのトレイさんのことですよ」

「……ああ、あの」

 

その名前を聞いた途端、す、と自分の表情が冷めていくのを自覚する。

もともとニコニコ笑顔を浮かべていたわけではなかったけれど、それでも私の表情が消えたことに目敏く気付いたジェイド先輩が顎に手をやりコテンと首を傾げて云った。

 

「監督生さん、トレイさんと何かあったんですか?」

「いえ、特に何も」

「それにしては表情が死んでますが……ああ、無表情なのはいつものことですが、こう、いつに増して死んでいたというか」

「オーバーキルじゃん、マジうける」

 

フロイド先輩、云いたい放題すぎる。

とはいえ事実なので反論はせず、代わりにため息を吐き出した。別に隠すほどのことでもないし。

 

「少し、苦手なだけです」

 

すると、アーシェングロット先輩まで驚いたように口を開く。

 

「珍しいですねぇ、あの人、万人に好かれるタイプだと思っていました」

「へぇ、それじゃあアーシェングロット先輩も例に漏れず?」

「僕は別に」

「私も同じですよ」

 

嫌そうな顔をしたアーシェングロット先輩と同じく、私も苦い顔になってしまった。

 

トレイ・クローバー先輩。

悪い人ではないのだと思う。トラッポラやスペードの話を聞いていても、たまに変な冗談を云うくらいで嫌なところとか悪い話は全く聞かない。

頭が良くて面倒見が良くて、お菓子作りが得意な、『善い人』。

だけど。

 

「いつもニコニコして優しく善意を押し付けてきて……ああいうタイプが一番苦手なんです、私」

 

多分きっかけは、ローズハート先輩のオーバーブロット事件だろう。

なし崩し的にあの件に巻き込まれ、結果として解決させたことで、ハーツラビュルの人たちは私にやや好意的だ。それ自体は別に嫌ではないのだけれど、なんというか、申し訳ないけど、あの人の笑顔がどうにも苦手なのだ。

優しそうだと思う。実際優しいのだと思う。

けれどその笑顔の下に、得体の知れない感情が隠れていそうで、ちょっと怖い。正直、私はオクタヴィネルの三人を相手にしている方がまだましだ。

あの人とはなるべく関わり合いになりたくない、と思うには、十分だった。

 

が、そこまで考えてハッとする。

顔を上げて先輩たちを見れば、珍しく本当に驚いた顔をしていた。

 

「……失礼しました。忘れてください」

 

なんとなく居心地が悪くなり早口にそう云うと、三人は顔を見合わせて、ニヤァと笑った。最悪だ。

 

「忘れるだなんてとんでもない。絶対忘れない情報として覚えておきましょう」

「仮にそれをクローバー先輩にバラされたところで、まったくダメージはありませんからね」

「おや、それは残念」

 

そう云いつつ、顔にははっきり『弱味を一つ握った!』と書いてあった。本当に最悪だ。誘導尋問に近い。

 

とにかく、これで私の週末の予定は決まってしまった。もうすぐ期末テストがあるから勉強したかったのだけど、もう仕方ない。最悪、どうにかしてアーシェングロット先輩に教えてもらおう。

こちらに来てからも多少は料理をしていた。グリムは食欲旺盛だから、馬鹿正直にツナ缶を与えているとあっという間になくなってしまうのだ。あの手この手で嵩マシをしたりして誤魔化すためにいろいろ試行錯誤した。

が、食材が潤沢にある状態での料理は久しぶりだ。

振る舞うのがあの面子というのが微妙なところだけど、思う存分作れるのはちょっと楽しみでもある。

 

あ、そういえば食器も足りない気がしてきた。紙皿みたいなものも用意しなくては。……いや紙皿でなんか出したら、アーシェングロット先輩はすごい顔をしそうだ。仕方ない、大食堂で借りられるか訊いてみよう。

 

「口に合わなくても文句は云わないでくださいね」

 

一応念押すようにそう云うと、先輩はやれやれ、と肩を竦めてから云った。

 

「女性の手料理にケチをつけるなんて野暮な真似、しませんよ」

 

つっこむべきだろうか。

あくまで私を女扱いするこの人たちのことも、先生たちに相談すべきだったな、と今さらながらに考えた。

 

 

 

 

 




監督生

誰が魔法をかけているのかわからないけど、自分じゃどうしようもないので先生方(除く:学園長)に頼ることにした。一応クルーウェルに調べてもらったけど、本当に誤認させるだけの魔法だったらしい
先生たちに寮を綺麗にしてもらってご機嫌なところをアズールに見られ、正直に話したら面倒なことになった。リーチ兄弟にアズールはカロリーを気にしているとのことを聞いたので、ハイカロリーな唐揚げを作ってやろうかと目論んでいる。唐揚げがアズールの好物であることはまだ知らない


先生たち

監督生がまさかの女子で混乱の極み。まじか。でも尚更途中で放り出すわけにもいかないので、せめて在学中はしっかりサポートしてやろうという意見で一致。手始めにオンボロ寮の修繕から。費用はもちろん学園長負担
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