無愛想監督生とツイステッドワンダーランド   作:秋元琶耶

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そのうちアズ監になる監督生がラウンジ帰りにアズールに送ってもらう話


無愛想監督生は一人で帰りたい

美しいと思った。

もはや見慣れたはずの巨大ガラス越しに見える海に、思わず足を止めてしまった。

 

綺麗な水と、優雅に泳ぐ魚たち。

幻想的な光景。

まるで別世界のような目の前の海に、私は目を奪われた。

 

「……おや、監督生さん。まだいらっしゃったんですか?」

 

ハッとして振り返ると、不思議そうな顔をしているアーシェングロット先輩がそこにいた。

時計を確認すると、もうすぐ23時になるところだった。ホールの仕事が終わってから何故かアーシェングロット先輩の仕事を手伝わされ、それが終わったのが22時半過ぎくらいだったから、私は30分近くもこうして海を眺めていたことになる。

お疲れ様です、と云って帰宅したはずのスタッフがラウンジ内でぼーっとしてたらそれは不思議にも思うだろう。

なんとなくバツが悪くてすぐにアーシェングロット先輩から顔を逸らし、今度こそ帰路に就こうとした。

 

「もう帰ります」

「ああいえ、別に咎めているわけではありませんよ」

 

そういうと先輩は、クスクスと笑ってこちらにやってきた。

逃げるのとも違うような気がしたので、私は立ち止まったままでいるしかない。

その長い脚ですぐに私の横までやってきた先輩は、視線を海に向けながら云った。

 

「監督生さんは海がお好きで?」

 

穏やかで優しい声だった。

この人はこういう声も出せるのかと少し驚く。何せいつも、丁寧ではあっても威圧感のある話し方と声しか聞いていなかったもので。

しかし、これもきっと何かの作戦の一つだろうと私にはわかる。

女であることを知られたときはそれをネタに強請られる可能性を危惧していたけれど、結局先生方の計らいで先輩たちを巻き込んで協力してもらう形になり、脅される心配はなくなった。

が、この人のことだ。性別の秘密が使えないのなら他のネタはないかと探っているに違いない。付き合いはそう長くはなくとも、一緒に仕事をしていれば少しくらいはこの人の性格や思考がわかってきた。

海が好きかどうかなんてどうやって脅しのネタに出来るかは知らないけど、わざわざネタを提供してやる必要もないだろうと思い、短く息を吐き出してから答える。

 

「どちらでもありません」

「ではなぜ熱心に眺めていたんです?」

 

この人は暇なのだろうか。

眉間にしわが寄るのを自覚して、一応彼は私の雇用主であることを思い出す。彼のおかげでグリムのツナ缶も十分確保できているし、自分の生活もそれなりに潤っているのは感謝している。

面倒だとは思うけれど、雇用主と円滑な関係を築くのは悪いことではない。

 

一度アーシェングロット先輩をちらりと見ると、律儀に私の言葉を待っている様子だった。

別に隠したいことでも後ろめたいことでもないし、ここは素直に喋ってしまうのが得策だろう。

ただ、そう。

少しだけ。ほんの少しだけ、懐かしく思ってしまっただけだから。

 

「……ここは私がいた世界とは何から何まで全然違います。でも、海は」

 

云いながら、手を伸ばす。

触れたガラスはひやりと冷たくて、当然だけど私は海には触れられない。

もしも今このガラスが割れて海の水がラウンジに流れ込んだら、魔法も使えないただの人間である私はひとたまりもないだろう。人魚だというアーシェングロット先輩はなんてことないだろうけど。

そう云えば先輩はなんの人魚なのか知らなかった。ジェイド先輩とフロイド先輩はウツボだと聞いたけれど、アーシェングロット先輩はその手の話になると仕事だなんだと理由を付けて遮ってしまう。

教えたくないのだろうか。まぁ、それならば無理に聞き出すつもりはない。

だけど、――きっとそれは美しい人魚なのだろうと、思いながら続けた。

 

「海の美しさは、同じなんだなと、思っただけです」

 

海は好きでも嫌いでもない。

ただ、美しいとは思う。

人魚がいたり国があったりと元の世界とは全く違う海だけれど、この美しさだけは変わらない。

それがなんだか嬉しくて、同時に、ひどく寂しい。

無性に胸を搔きむしりたくなる衝動に駆られて、歯を食いしばってそれを堪える。

だってそんなことをしたって何の意味もない。

現状を悲嘆して泣き叫ぶくらいなら、少しでも魔法の勉強をして、帰る方法を探したほうがよっぽど有意義だ。

無駄なことをしている暇は、私にはないのだから。

 

――私は早く、元の世界に帰らなければ。

 

アーシェングロット先輩が私の回答に満足したのかどうかはわからない。

しかし、短く『そうですか』とだけ云った先輩は、パッと張り付けたような笑顔を浮かべて云った。

 

「さて、寮まで送りますよ」

「え、結構です」

 

しまった。反射で拒否してしまった。

ご機嫌を損ねただろうかと思い先輩を窺うと、先輩は特に気にした様子はなく、むしろやれやれと困ったようなわざとらしい表情で首を横に振る。

 

「ですがこんな時間に女性が一人で外をうろつくのは褒められたことではありませんから」

「……この時間までこき使ったのはアーシェングロット先輩ですよ。それに、私が女だと知っているのは一部の人たちだけです。わざわざ私みたいな『男』を襲う物好きはいないでしょう」

 

ため息交じりにそう云えば、アーシェングロット先輩はものすごい顔で私を見た。なんですか、その顔はどういう意味ですか。

 

「よかったら今度鏡をプレゼントさせてください。ああ、対価は要求しませんよ。お馬鹿な後輩に自覚という名の現実を教えてやりたいだけですから」

 

重ねてどういう意味だ。

身だしなみにはそれなりに気を遣っているのだから、毎朝ちゃんと鏡は見ている。でもそれと今の話は全然関係ない。

自分が美形だからといって、平凡な人間相手には何を云ってもいいと思っているのだろうか。別に美形になりたいとは思っていないけれど、面白くはなかった。

 

どう反論すれば角が立たないだろうかと考えていると、こちらの話など聞くつもりもない様子で先輩はさっさと歩きだしていた。

 

「ほら、行きますよ」

 

だから別にいいと云っているのに。

振り切って逃げてやろうかと思ったけれど、明日以降もバイトで顔を合わせることを考えたらそれは得策ではない。

 

「……はぁ……」

 

仕方なし、私はアーシェングロット先輩と並んでラウンジを後にした。

これも仕事の内だ、と自分に云い聞かせながら。

 

 

 

私たちが立ち去ったラウンジで、リーチ兄弟によってこんな会話が繰り広げられていたらしい。

 

「……アズール、行ったぁ?」

「ええ、ちゃんと二人で出ていきましたよ」

「わっは~! どんな会話すんだろねあの二人! こっそりつけてってみるぅ?」

「お止しなさいフロイド。どうせ碌な会話も出来ないんだから、それは徒労というものです」

「それもそっかぁ」

 

よくわからないけれど、アーシェングロット先輩、多分馬鹿にされてますよ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

道中、会話はまったくなかった。

ラウンジから鏡舎に抜け、寮までの帰り道はだいたい15分ほど。しかし何故かアーシェングロット先輩がゆっくりと歩くから、送ってもらっている手前急かすことも出来ずに結局20分以上かけてやっと寮の門に到着した。

 

「…………」

「…………」

 

なんて気の休まらない帰路だろう。こんなことはもう御免だ。

寮の電気はついているようだけれど、きっとグリムはもう寝ているだろう。バイトを始めて最初の頃は遅くなっても私の帰りを待っていてくれたグリムは、最近ではあんまりにも毎回遅くに帰ってくるから、諦めて先に寝るようになってしまった。実はちょっと寂しい。

ずいぶん遅くなってしまったから、私もさっさとシャワーを浴びて寝たい。休み時間に宿題を片付けておいてよかった。

 

やっと居たたまれない時間が終わるとホッとした私は、それを悟られないよう視線を下に向けたまま頭を下げた。

 

「送っていただいてありがとうございました」

「監督生さん」

「はい」

 

なんだか少し厳しい声音に、自然と背筋が伸びた。

楽しい会話を心掛けるのが部下の気遣いだろうとか云われたら暴れる自信がある。

が、それは杞憂で、代わりにもっととんでもない発言が先輩の口から飛び出した。

 

「今後帰宅が遅くなるときは僕がこうして送るのでよろしくお願いします」

「……はい?」

「そういうことですので、ではおやすみなさい」

「ちょ、ちょっと待ってくださいアーシェングロット先輩」

 

出来ればさっさと帰ってもらいたかったけど、最後の言葉はスルーできない。

何故そんな話になって、何故すでに決定事項のように話すのか。当事者は私のはずなのに。

何より、バイトのたびにこんな気まずい思いをして帰宅なんて絶対に嫌だ。

踵を返しかけていた先輩のコートを咄嗟に掴み、引き留めて私は必死に云った。

 

「そんなの申し訳ないし、送っていただく必要なんてありません」

「今日この時間に歩いてみてわかりました。鏡舎からここまで随分距離があるし、外灯も少ない上に死角になる場所が多すぎる。危険ですよ」

 

なるほど、だから妙にゆっくり歩いていたのか。あれは帰り道のチェックをしていたのだ。

妙に納得したけれど、今はそんなことはどうでもいい。

 

「防衛魔具をクルーウェル先生に持たされています。それに何度も云いますが、私みたいなのを襲う物好きなんてそういませんから」

「性別に関係なく、そこに人がいるだけの理由でも発情する馬鹿はいるんですよ。それに監督生さん、あなたは自分の容姿に自覚を持ったほうがいい」

「う……」

 

確かに同性が恋愛対象という人はいるのだろうし、そういう人からすれば私であっても欲情の対処になる可能性がないとは云い切れない。

が、このどこを切り取っても美形しかいないナイトレイブンカレッジで、あえて私を襲うような人がいるだろうか。

いまいち先輩の言葉が理解できなくて、なんとか発言の撤回をしてもらわなければと私は頭をフル回転させる。

 

何かないか、何か。

送ってもらわなくてもいい理由。

と、そこで相手がアーシェングロット先輩であることを思い出した。

ならば、対価。

何も持っていない私は、先輩に何を求められても支払い能力がない。

これだ。

 

「わざわざアーシェングロット先輩に送っていただく必要はないです。私では対価なんて払えませんから――……ッ?」

 

そう云った瞬間、背筋に悪寒が走った。というよりも、先輩の刺すような視線に寒気がしたと云ったほうが正しいかもしれない。

 

なんだ。

どうして先輩はこんな目で私を見る?

怒っている?

何に対して?

いや、だけど怒られるようなことは云っていないと思う。

訳が分からなくて呆気に取られていると、アーシェングロット先輩は静かに口を開いた。

 

「僕が、対価を得るためにあなたを送ると?」

「……そうでなければ理由がありません」

 

返した言葉が震えていないことを祈る。きっと動揺でか細い声にはなっていたかもしれないけれど。

 

しばらくの間、私と先輩は見つめ合う……というか睨みあっていた。

私もそう簡単には引けないし、先輩も引くつもりがないらしい。

本人が必要ないと云っているのだからそれで納得してくれたらいいのに、先輩はどうして譲ってくれないのだろう。

例え会話をしていなくても、寮に近付くにつれ徐々に不機嫌になっているのは私にもわかった。そんなに面倒なら送ってくれなくてもよかったし、毎回送るなんて云わなければいいのに。

本当にわけがわからない。

ナイトレイブンカレッジには癖の強い生徒が集まると学園長が笑っていたけれど、アーシェングロット先輩は特に癖が強いんじゃないだろうか。不機嫌のツボがわかりにくすぎる。

それに、いい加減部屋に戻って休みたい。明日も授業があるのだ。

 

というか、正直に云って、怖い。

理由もわからないままにこんな冷たい目で無言で睨まれて、恐怖を覚えない方がおかしいだろう。自分の表情が硬くて良かったと思うのはこういう時だ。弱味を見せたくない相手に、怯えを悟られずに済むから。

油断すると震えそうになる膝と、今すぐ目を逸らして逃げ出したい心を叱咤して、グッと歯を食いしばると、ややあって根負けしたようにアーシェングロット先輩が静かに目を伏せた。

諦めてくれたんだろうか、と思ったのも束の間、私のわずかな期待は打ち砕かれることになる。

 

「従業員の身の安全を確保するのは支配人の務めです」

「…………」

 

それは確かに一理ある。

なまじ、先輩は私が女であることを知っているから、何かあったら面倒だと思っているのかもしれない。

だけどそれが、アーシェングロット先輩に送ってもらう理由にはならないじゃないだろうか。だって先輩が忙しいのは私だって知っている。

今日だって誰より遅くまで働いていて、しかも成績キープのために勉強だって手を抜いていない。そんな先輩にバイトのたびに送ってもらうだなんて、いくらなんでも気が引けた。

それに心配してくれるのはありがたいけれど、クルーウェル先生がくれた防衛魔具もあるし、不審者の一人や二人程度ならば負けない自信もある。

何より、会話もなく気まずい空気で帰宅するなんて気が滅入るから嫌だ。ただでさえ仕事で疲れているのに、更に精神的に疲れることなんて避けたいに決まっている。

 

しかし、今日はとことんついていないらしい。

グッと言葉に詰まっている間に、先輩はこれ以上話すことはないと云って寮門を開き、私の背をそこに押し込んだ。

 

「そういうわけで、明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」

 

そうしてすぐに踵を返して鏡舎に向かって歩き始めてしまった。

あっと思ったけれど、呼び止めるのも申し訳ない。

 

「……おやすみなさい」

 

聞こえたかどうかわからない音量で零した私の言葉を、どうやら先輩の耳はしっかりと拾ったらしい。

応えるようにひらりと手を振って、先輩は暗闇の中に消えていった。

 

あの様子では、何を云っても絶対に私のことを寮まで送るという意思は変わらなそうだ。

気が重い。

 

「……もう寝よう」

 

とにかく、今日は疲れた。

明日以降のことは明日以降に考えることにして、私は大きなため息を零しながら部屋に戻った。

 

 

 

 




監督生

周りがイケメンしかいないから自分の顔がいいことを失念している
監督生のことは男だと認識していても何せ顔がいいのでちょっとした劣情を抱いている生徒が一部いるが、顔がいい自覚がないのでまさか自分がそんな目で見られているとは思ってもいない
バイトは楽しいけど最近はアズールに仕事を押し付けられることが多くて若干ご不満。その分手当は出てるけど、いつか元の世界に帰る自分に経営のこととか余計なことを教えないでほしいと思っている


過保護なアズール

ジェイドとフロイドに云われてまだ監督生がラウンジにいることを知り、ついでに送ってこいとせっつかれてしぶしぶ監督生を寮まで送ったら、思ったよりも道が暗くてびっくりした。興味本位で監督生にちょっかいをかけようとしてる馬鹿の存在を知っていたので、これはまずいとバイト帰りの送りを提案。そしたら当然のように対価を求めていると勘違いされ、凹む。凹みすぎて怒ったみたいな感じになってしまったし下手な言い訳をしてしまい更に凹む
戻ってこのことを双子に話したら、クラッカーを鳴らされてタンバリンを鳴らして大はしゃぎされて危うく人魚の姿に戻るところだった。双子は絞めた
女性なんだから優しくしなければという気持ちはあるけど、じゃあこれが監督生以外の女性だったら別に送りなんかしないで放置するだろうな、とうっすら思っている。その感情の名前はまだ知らない


愉快犯

面白いことが大好きなウツボの双子。もちろんアズールのことは応援しているけれどそれ以上に面白いことが好きなので、あっさりくっつかないでいろいろ問題あってからくっつけ、と思っている
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