無愛想監督生とツイステッドワンダーランド   作:秋元琶耶

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無愛想監督生は猛獣使い

 フロイド・リーチは機嫌が悪かった。

 

 今朝はスマホを充電し忘れたおかげで目覚ましアラームが鳴らず、片割れは早朝から植物園にキノコの調子を見るため不在で起こしてもらえず、当然授業に遅刻した。キノコのせいだ。

 もう面倒なのでこのままサボってしまおうかと思ったけれど、前回の授業の時に『次サボったら一週間バイト禁止』という悪魔のような宣告をクルーウェルから受けていたのを思い出し、しぶしぶ授業に出席。遅刻でも出席したのだからいいだろうと思いきや、何様俺様クルーウェル様がそんな甘いわけはなく、その日の授業の片付けを命じられた。

 もちろんこれを逃げたらあらゆる手段を使ってでもクルーウェルはフロイドをバイトに出さないだろう。そうなるとアズールは死ぬほど怒るだろうし、ジェイドもしばらくは湿った嫌味を云ってくるに違いない。それは勘弁してほしかった。

 仕方がないので大人しく片付けをして、最後にどうだと確認をさせたら、小姑のように隅に落ちた埃についてぐちぐちと云われた。その場で暴れなかったことを褒めてほしい。

 イライラしながら次の動物言語学の授業に出たら、相手にしていた鳥に死ぬほど威嚇された。あんまりにも腹が立ったので焼き鳥にして食ってやろうかと云ったら教師に拳骨を食らってしまい、若干自分も悪いような気はしたけれどそれでもムカムカは収まらず。

 それでも一応我慢をしてさっさと昼休憩に行こうと思ったら、なんと教室から出ようとした瞬間に頭の悪い雑魚に絡まれた。普段は遠いところからぶつぶつと嫌みを云っているだけだから無視していたのに、このタイミングで同じことをされたら我慢なんて出来るはずがなかった。

 

 もう面倒くさい。

 全部嫌だ。

 どうしてこんなに自分が我慢しなくてはならないのか。

 だってこんなに腹が立つのに好き放題暴れられないなんて、陸はなんて面倒なんだろう。

 海だったら、少しでも害があったら問答無用で絞められるのに。

 

 ちょっと海の生活に懐かしさを覚えていたからだろうか。

 一応陸ではある程度の節度――あくまである程度――を持っていた暴力性に、歯止めが利かなくなっていた。

 どうせ何もしてこないだろうと高をくくって得意げに嫌味を云っていた雑魚に無言で近付き、とりあえず一発ぶちかます。面白いくらいに吹っ飛んだ男が机をいくつかなぎ倒して何故か驚いたようにこちらを見ていたので、にっこりと笑顔を浮かべて更に詰め寄る。

 顔を真っ青にして逃げ出そうとしたので問答無用で足を薙ぎ払い、襟首をつかんで無理矢理に立たせて、助けてとか許してとかなんとか云っていたような気がしたけれど、無視して追加で殴ろうと腕を振りかぶった瞬間だった。

 

「フロイド先輩」

 

 よく通る声だった。

 その声は平然としていて、彼の機嫌を窺うような響きはない。

 ただフロイドをそこに見つけたから声をかけた、そんな何気ない声。

 

 思わずフロイドは手を止め、声を振り返る。

 そこには今や馴染みとなった監督生がいて、ゆっくりとこちらに向かってくるところだった。

 すぐ傍までやってきた監督生は、振り上げていたフロイドの腕にそっと触れ、決して無理矢理にではない様子で腕を下ろさせた。そうして少し乱れていた制服を軽く整えてやりながらごく普通の世間話のように云う。

 

「さっき購買でサムさんに、先輩が頼んでいた商品が入荷されたとの言伝を頼まれました。今から行きませんか?」

 

 穏やかな言葉に唖然としたのは、この場にいた生徒たちだ。

 喧嘩を止めて、でもなく。

 乱暴はよくない、でもなく。

 ただ伝言を伝えにここに来たのか、あの監督生は。

 しかも、どう見ても不機嫌全開のフロイド相手に。

 

 どうするのかと周囲が見守る中、しばし動きを止めたフロイドは、ややあってパッと笑顔になって男から手を離した。

 そうして、まるで男の存在など最初からなかったかのようなご機嫌な調子で云った。

 

「まじぃ? ウミウマくん、来週まで待てとか云ってたのに、やるじゃ~ん!」

「フロイド先輩が急かすから、頑張ったそうですよ」

 

 だから早く行ってあげましょう、と監督生は云う。

 フロイドも乗り気なようで、さっきまでブチ切れて大暴れしていたとはとてもじゃないが思えないほど陽気にはしゃいでいた。

 

「……助かった……?」

 

 数秒前まで死を覚悟していた男は、半泣きになってそう呟いた。

 ちょっと嫌味を云っただけなのに、虫の居所が悪かったフロイドにぼこぼこにされるところだったのだ。彼の凶暴性には気を付けていたはずなのに、ここ最近は比較的機嫌がいい日が多かったから油断していた。

 しかし、すでにフロイドの興味は自分にはなく、完全にあの監督生と購買部に意識を向けているようだ。

 逃げるなら今だった。

 なるべく気配を殺してゆっくりゆっくりと後退して、あと少しで野次馬の陰に隠れられる、というところで、しかし男の目論見は失敗することとなる。

 

「あ、ちょっとまって小エビちゃん。オレ、忘れもん」

「はい、どうぞ」

 

 教室を出る直前、ふと何かに気付いたようにフロイドは足を止めた。

 それから監督生に断って、へらへらと笑顔のままに踵を返す。

 てっきり脅威は去ってくれるとばかり思っていた男は、突然のリターンに思わず動きを止めてしまった。

 先ほどの場所から微妙に移動していた男を見つけると、フロイドは笑顔をより深めて男に向かって歩き出す。

 そうして、恐怖のあまり動けず、ただただ震える男の目の前にしゃがみ込むと、そっと男の耳元に顔を近づけ静かに、静かに、云った。

 

「あんま舐めたことしてっと、学園から追い出すから覚えとけよ雑魚」

 

 最終宣告だった。

 悲鳴を上げなかったことを褒めてほしい、と男は思うけれど、そんなことは口に出来るはずもない。

 壊れた機械のように高速で首を縦に振り、閉じてしまった喉では『はいわかりましたごめんなさい』も云えない男は、どうかこの表情で二度と逆らわないことを誓わせてくれと願うばかり。

 きっと身体が動けば土下座でもなんでもしたのだろうが、あいにく身体は硬直して動かない。

 

 しかし幸運なことに、フロイドはこの男の反応に気分を良くしたようだ。

 満足そうににっこりと笑い、ぽんぽんとまるで子供にするように男の頭を撫でたフロイドは、笑顔のままに監督生のもとに戻ってきた。

 その様子をずっと呆れたように見ていた監督生は、小さく息を吐きながら腰に手を当て云う。

 

「フロイド先輩」

「わぁったってば」

「違います。こんな大勢の人がいるところでそんなことを云ったら、あの人が本当に退学になったときにフロイド先輩が疑われるじゃないですか。もっと声を落として云わないと」

「小エビちゃんってそういうとこあるよねぇ」

 

 ころっと笑ったフロイドは、早く行こ行こと監督生の背中を押して今度こそ教室を出て行った。男はその瞬間意識を手放し、有志によって医務室に放り込まれた。

 特大の嵐の去った教室で、生徒たちは改めて思う。

 

 ――監督生は、猛獣使い。

 

 大事にせねば。

 そうして有事の際には是非助けてもらわねば。

 フロイドを止められる人物はもう二人ほどいるけれど、あの二人には頭を下げても頼みたくない。いろんな意味で。

 

 監督生という存在は貴重である。

 2-D全員の総意だった。

 

 

 

 

 




監督生

放っておいてもいいかとも思ったけど、あれ以上手を出してしまうと後々面倒なことになりそうなので仕方なくフロイドを宥めた。タイミングを計るのがうまい
別にフロイドに喧嘩を売った男についてはどうでもいいので、あとでアズールとジェイドには報告するつもり


フロイド

監督生が声をかけてくるタイミングとか云い方が絶妙なので、イライラもなんか収まった。小エビちゃんすげェ
購買部に行くしもういっか~と思ったけど、釘は刺しとかなきゃな☆ と思って引き返したら男がガチでびびってるから笑っちゃった。もう次はねーかんな


可哀想な男

フロイドに喧嘩を売ったばっかりに酷い目に遭った。自業自得
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