転生の特典に「あなたが欲しい」と選んだ女神様が激かわ過ぎる件 作:うどんそば
「リョウ君。起きてください」
どこからか声が聞こえる。俺の名前を呼ぶ声だ。
「早く起きてください! ねぼすけさん!」
ガシガシと体を揺らされている。なんとも乱暴なことだ。
……それにしても、なんでこんなに体がだるいんだ? 普通に寝たときの寝起きくらいでここまで重い眠気が襲ってくるものだろうか。
――ああ、そうか。俺、死んだのか。思い出した。なんでかわからないけど、突然。学校に行く途中の道で、心臓が痛くて倒れたんだ。そのまま痛くて痛くて……意識を手放したんだ。そうだな。もう完全に思い出した。
……ということは、だ。今俺を呼ぶこの声はなんだ?
少しだけ甘さを持つ、幼く感じる声。俺の知り合いにそんな声の人がいただろうか。思い返してみても全然思い当たらない。もしかしたら、心臓がどうかなったときに記憶が混濁して覚えていないだけだけかもしれないけど。
いやちょっと待て。そもそもなぜ俺は考えることが出来ている? 人というのは、死んだならもう意識を取り戻すことはないのではないのか?
もしかして、生きていたのだろうか? それも違う。なんだかわからないけれども、たしかに死んだのだという感覚だけはしっかりと持っている。
ゆっくりと目を開ける。そこでは、見たこともない程可憐な少女が、こちらを覗き込んでいた。
「あ、やっと起きましたね」
濡羽色の髪に、瑠璃色の瞳。綺麗と言うより可愛らしいというのが大きく勝る顔立ち。そしてその美しい双眸が、こちらを心配そうにじっと見ていた。
「え……っと……?」
「意識はどうです? 気分が悪かったりしませんか?」
「ああ、さっきまですごく眠かったけど、今は……」
そう言うと、わかりやすく安心した表情を浮かべてホッと息をついた少女は、近くにあったふかふかなソファを指さした。
「座れそうならあちらに移動されてはどうでしょう? ここは床ですし、きっとそっちのほうが体にも良いと思います」
「ああ、お気遣いありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
明らかに見覚えのない空間。大きな机と、ソファが向かい合うように配置され、少しの小物が置いてある、あまりにシンプルな部屋。だが、それ以外には何もない。
この部屋は目の前の少女のものなのだろう。最低限礼を失さぬように一言声をかけると、それに少女はくすっと笑った。……もしかしたら緊張が見破られているのかもしれない。そうだとしたら恥ずかしいな。
「珍しいですね。突然こんなところに飛ばされて、普通はもっと慌てるものだと思いますが」
「あー……俺はもう死んだんだって理解してるので、それかもしれないです。だから、却って落ち着くと言うか……」
「死んだことを理解している? 観測したんですか? 自分が死んだところを?」
「いや、勘ですよ」
「そうですか。勘ですか……。偶に、自分が死亡確認されているところを観測してこちらに来る方もいらっしゃいますから、それかと。まあ、それはさておいて君はもう理解しているみたいなので、説明しちゃいますね。ここは死後の世界……の前の段階です」
少女も向かいに置かれたソファに座って、真面目そうに話し始める。
「というと、貴方は閻魔大王なのですか?」
「あー……違いますね。ここはいわば、閻魔大王の元へ行く前なんです。ここで、どうするのかを決めることが出来るんです。輪廻転生を選びますか? それとも、閻魔大王の裁きを受けて、地獄か天国へ行きますか?」
天使のような微笑みをもって、こちらに優しげな目線を向けてくる。
「……はあ、それだけしか無いんですか?」
ただ、その言葉に少しだけ違和感を覚えて、問う。何か裏にあるような、そんな違和感があった。そうすると、やはりそれは正しかったのか、少女は困ったように肩をすくめた。
「まあ、はい。それだけしか……と言いたいところですが、あります」
「やっぱりですか」
「ちなみになぜ気がついたのですか?」
「態々ここに呼んで話すのって、そんなに無いと思うんですよね。死んだ人全員がここに来るとしたら、もっと混雑しててもいいと思うし」
「……まあ、その通りです。本来なら、色々な基準を持って自動で割り振られるのですが、こうやって貴方のように、ここに飛ばされて来る人がいます」
「ちなみに、目的は?」
「異世界に転生してもらうためです」
少女は、俺からすれば荒唐無稽としか思えないようなことを口にした。もちろん、様々な媒体で、異世界転生という物自体は俺もよく知っている。しかし、あくまでフィクションの世界じゃないのか。そう思っている自分がいる。
思わず疑いの目を向けてしまうが、少女は至って真面目な表情でそれを受け止め、事実であることを証明するかのように、重々しい口を開いた。
「今、崩壊の危機にある世界はたくさんあります。山程の数存在する世界は、毎秒いくつといったペースで崩壊し、その跡には何も残らないと言ったような状況に陥っています。我々としては、それはあまりよろしくないことですので、まだ介入すればなんとかなりそうなところに、こうやって転生者を送ることで世界を託すようにしているのです」
「まだなんとかなりそうな世界、ですか」
「はい。多様な世界があるので、もちろん希望をお聞きしますよ」
「……では、剣と魔法、それに中世レベルの文明が存在する世界を」
「わかりました。その条件に合う世界の中から、君に一番合いそうな世界を選んでおきますね」
少女はホッとしたように胸を撫でると、手元にあったタブレットをスワイプして、うんうん唸った後、一つの場所をタップしたようだ。おそらく、これで俺の転生場所は決まったのだろう。随分あっさりしていたものだ。
あまり実感が無いのか、転生と言われても何も思えない。どうせ死んでいるのだから、これが幻覚だったとしても何も影響がないのだ。その気持ちにに気がついてか、濡羽色の髪を揺らして、少女は気遣うように手を取ってくれた。
「安心してください。私達が、しっかりと君のことをサポートしますから」
「ありがとうございます。何から何まで……それと、そう簡単に向こうには馴染めないような気がするのですが、そこはどうなっているのでしょうか」
「ああ、忘れていました。向こうに転生者を送る時に、一つ特典をあげたいと思います。なんでも言ってください。世界を壊しかねないものでもなければ、用意することが出来ますよ」
そういったところは、いわゆる転生テンプレみたいなのに則ってくれるのか。
確かに、何もなしに突然放りだされたら、そのまますぐにその辺りで死んでしまうだろう。最初の安全確保ということも含めて、そういったことをしてくれるのか。
さて、一体こういったものはどうすべきか。メジャーなところで言えば、どんな魔法でも使い放題だとか、最強の剣士の才だとか、人によっては貴族的封建制における爵位なんかを欲しがるのかもしれない。こちらの文明を詰め込んだ頭脳だって持ち込めればものすごいだろう。なんてったって向こうは中世レベルの文明なのだから。
道具もありだ。なんでも断てる剣。持つだけで剣技が良くなる剣。経験値が多く入る篭手なんてどうだろう。
だけど、俺はそれを選ばない。それよりも、欲しい物があるからだ。
「さあ、決まりましたか?」
「俺は……」
俺は、言う。できるだけ真剣な目線で、じっと少女の目を見つめて。
「俺は、貴方がほしいです」
「へ?」
その瞬間、光に包まれる周囲。ああ、なるほど。こうやって転生っていうのは行われているんだな。なんだか不思議な感覚だ。ぷかぷか浮いているような、そんな感覚。
ああ、眠い。まただ。でも、目の前の顔を真赤に染めながら慌てふためく少女がいることに、少し安心感を覚える。
俺は光の中で、ゆっくり瞼を閉じた。