30日後にデビューするTS猫耳Vtuber   作:黒寝 こはく

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八話

「こはくってばー、いい加減に機嫌直してよー」

 

「・・・・・・」

 

知らん知らん。遥なんて知らないもん。

 

「ほら、なでなでー」

 

「・・・ふん」

 

気安く撫でるな。しっしっ。

そもそも遥は俺で遊びすぎなんだよ。これを機にしっかり反省すればいいんだ。

 

「うーん・・・ちょっとお買い物行ってくるね」

 

財布とスマホだけを持って遥は部屋から出ていく。

玄関の扉が閉まる音を最後に、家から人の気配が消える。

 

「・・・」

 

本当に買い物に行ったのか?俺を家に放置して?

別にいいし。俺も一人になりたかったから丁度いいし。

 

「・・・はぁ」

 

なんか面白くない。モヤモヤするっていうか、せっかく一人になったのにゲームやったり動画見たりする気分にならない。

 

何かをする気にならなくて、リビングの中央にあるソファに体を沈める。

無気力に天井を眺める。昔はよく見ていた遥の家の天井。照明によって白く照らされた天井は、酷く静かでほんの少しくすんで見えた。

 

「・・・・・・」

 

退屈で、気力が湧かなくて、目を閉じる。

光と音のない世界の中心で、深く息を吐いた。

 

流石にちょっと無視しすぎたかな・・・いやでも!悪いのは遥で、俺は悪くないし・・・

 

「はぁーー・・・」

 

どうにもスッキリしない。胸に小さな穴が開いたような感覚。

ぎゅっと目を閉じて思考の迷路をぐるぐると彷徨っていると、霧がかかったように意識が薄れていった・・・

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「すぅ・・・ん、くぁーー・・・」

 

ううーー、ここは・・・遥の家だ・・・

あーー、ソファでぐだぐだしてたら、寝ちゃったのか。

 

「すんすん・・・」

 

なんか甘い匂いがする?この香り、ずっと前から知ってる。

 

いつの間にか掛けられていたブランケットを退かして、ソファの影からそっと頭を出す。

香りを辿って視線を向けると、キッチンの中で遥が洗い物をしている所だった。

 

「あっ、こはく起きたんだね」

 

どんな顔をすればいいのかわからなくなって、またソファに隠れる。

 

「もう少しで焼き上がるから、ちょっと待ってて」

 

ソファの影から耳を澄ませてみると、オーブンレンジの稼働音が聞こえる。この匂いの正体は、オーブンレンジで焼かれている焼き菓子の匂いだろうか。

 

「・・・」

 

でも、なんで焼き菓子なんて作っているんだろ。

 

『チーン!』

 

「上手く焼けてるかなー・・・あ、いい感じ」

 

音を鳴らしたオーブンレンジを遥が開けたようで、甘く香ばしい香りが部屋に広がる。

皿を出して何かを並べる音。それがしばらく続く。

 

「こはく、ちょっといい・・・?」

 

大きな皿を抱えた遥がソファまでやってきて、静かに俺の横に座る。

遥にどう対応したらいいのかわからず、ブランケットに包まって目を逸らす。

 

「・・・これ、受け取ってもらえない?」

 

おずおずと差し出してきた皿の上には、少し歪で不格好なクッキーの山があった。

数年ぶりに見た、遥の手作りクッキー。懐かしくなって自然に手が伸びる。

 

「あっ、熱いから気を付けて」

 

クッキーの山から一つ取る。まだ熱を帯びているそれを、意を決して口に放り込む。

 

「あち」

 

「だから言ったのに」

 

形は不格好でも、とても美味しい。

前に食べた時と少しも変ってない。

 

「ねぇ、こはく覚えてる?」

 

「・・・うん」

 

「子供の頃、私がこはくを怒らせちゃった時は、こうしてクッキーを作ったんだよね」

 

俺と遥が小っちゃい頃は、遥は加減という物を知らなくて、もっと度の過ぎたイタズラを何度もしてきた。

それでケンカした時は、決まって遥がクッキーを作ってきて、それを一緒に食べて仲直りした。

 

「・・・このクッキーを食べるのも、久しぶりだな」

 

「えっと・・・こはく、ごめん」

 

「その、俺もちょっと意地になりすぎた・・・だから、俺もごめん」

 

「元はと言えば私がやりすぎちゃったのが悪いんだから、こはくが謝ることないよ!」

 

「俺だって、遥のこと無視したんだし、それはちゃんと謝るべきでしょ」

 

「だからそれは・・・ムグッ!?」

 

このままだと埒が明かないと思って、遥の口にクッキーを突っ込んで無理矢理黙らせる。

そして俺もクッキーを一つ摘まむ。

 

「あち」

 

「こはく、そんな猫舌だったっけ?」

 

「今はそんなことどうだっていいの!とにかく、これで昨日の事は言いっこなしだから!」

 

「・・・そうだね。ありがと、こはく」

 

今度は息を吹きかけて、よく冷ましてからクッキーを食べる。これくらい冷ませば丁度いい温度になる。

 

「ね、こはく。喉乾かない?紅茶でも淹れよっか」

 

「ん、いいね」

 

その日は懐かしいお菓子と紅茶を片手に、遥と思い出話に花を咲かせた。

遥の淹れた紅茶は熱くてしばらく飲めなかったが、それでも楽しかった。

 

 

 

 デビューするまで、あと10日

 

 

 

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