ハリーポッターと願いの本   作:aly

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ポリジュース薬

 決闘クラブの翌日、かこが図書館でいつものように本を読んでいるとハッフルパフの生徒が声を潜めてハリーのことを話しているのが聞こえた。おそらくこの陰口をハリーもどこかで聞いてしまっているんだろうと思うとうんざりしたが、マミとの取り決めでここぞという時以外は小説の流れを変えないことにしている。ハリーが怒気を孕んで彼らに詰め寄っている声が聞こえた。

 そしてその日のうちにハッフルパフのジャスティンとグリフィンドール寮のゴースト・首無しニックが石になっているのが発見された。ハリーがスリザリンの継承者であるという認識がホグワーツ全体に広まるのはあっという間だった。

 多くの生徒がクリスマス休暇の帰宅リストに名前を書いていく中、かこはふと疑問に思った。

 

「あの、巴さん。私たちって帰る家はあるんでしょうか?」

「もちろんあるわ。ロンドンのクラパム・ジャンクション駅の近くのアパートが私の家よ。私は最初そここで目を覚ましたの。それでマクゴナガル先生がやってきてホグワーツのことを知らされたの。夏目さんも一緒に住みましょう?」

「いいんですか?」

「もちろん! だって夏休みの間一人っきりなのは寂しいし、部屋もちゃーんと余ってるもの」

 

 どうやらこの物語に私たちを送り込んだ何者かは学校外での拠点をしっかり用意していたらしい。ただし今後の3年次以降に現れるかもしれない人を受け入れられるのかは分からない。

 

「とにかく。今年のクリスマスはホグワーツに残るんだから気にしなくていいわ。ポリジュース薬の出番だものね」

 

 

 クリスマス初日、かこは前日にハーマイオニーからふくろうで送られてきた手紙にしたがってマートルのいる女子トイレへ向かった。普段は個室の一つに隠されている大鍋が手洗い場の傍に移動されていて、グリフィンドールの二人の女子がそれを囲んでいる。

 

「おはようございます」

「おはよう、夏目さん! 今からクサカゲロウを加えるところなの」

 

 そう言うとハーマイオニーはローブから干したクサカゲロウを取り出した。

 

「マミ、これをすり鉢で粉末状にしてもらってもいいかしら?」

「ええ」

 

 かこにとってはホグワーツ生活は数か月なので、どうにも魔法薬学で使う材料は慣れない。しかしマミは一年以上ここで生活しているとあって、鰻の目玉も毒ツルヘビの皮も平気だ。ただしやっぱりヒルや蛙の脳みそはちょっとご遠慮願いたいらしい。

 乾燥したクサカゲロウは簡単に粉末になった。これを適量大鍋に放り込むと、ハーマイオニーは火加減を弱めた。

 

「あとは30分煮たら完成ね」

 

 マミは懐中時計で現在時刻を確認した。

 

「それで、いつスリザリン寮に侵入する予定なの?」

「今夜がいいと思うわ。誰がホグワーツに残っているかはっきり覚えていないうちがいいと思うの」

「それがいいと思います」

 

 これでなぜ小説で唐突でクリスマス初日に変身を決行したのか分かった。

 

「さて。それで、私たちはどうしましょう?」

 

 今年はスリザリンの継承者による事件のおかげでクリスマス休暇中にホグワーツに残る生徒がかなり少ない。少なくとも同級生のスリザリンはマルフォイとその腰巾着であるクラップとゴイルだけだ。

 ハリーとロンにはこの腰巾着二人に変身してもらうとして、女子生徒3人はどうすればいいのかが問題だった。

 

「私は決闘クラブのときにブルスロードのローブから毛を拝借してきたわ。二人は何か用意してる?」

「私は名前は知らないけど3年生の髪を用意しています。巴さんはたしか……」

「ごめんなさい。私は何も用意できなかったわ。パーキンソンの髪の毛が欲しかったんだけど、彼女たちって固まっていることが多いから」

「うーん。でもあんまり帰宅しているはずの生徒がいるのはおかしいから、マミには周囲の見張りをお願いしようかしら」

 

 かことマミはこの配役をあらかじめ相談していた。小説ではマルフォイを問い詰める過程でハリーもロンも激昂してしまうので、誰か冷静な人がもう一人様子を見ておく必要があると考えた。マミが素材を用意しなかったのは、もちろんハーマイオニーの付き添いのためである。

 彼女を猫にしない意見も出たが、ハリーがトム・リドルの日記を得たのは彼女が入院中のときだったので、念のためにそのまま入院してもらうことにした。決してにゃんこハーマイオニーが見たかったからではないとかこはそっと欲望を心の片隅に仕舞いこんだ。

 

「二人はスリザリンの継承者についてどう思っているの? 私、夏目さんの意見を聞いてなかったわ」

「え? そうですね……少なくともマルフォイさん本人ではないと思います。2年生にあんな高度な石化の魔法は使えませんから。だからもっと上級生ではないでしょうか。何か闇の魔法の道具を使えば話は別ですけれども」

「闇の魔法の道具? だとしたら余計にスリザリンが怪しいわ。だってふつうの生徒はそんなものを持ってないし、どんな道具があるのかも知らないもの。禁書棚にある本を調べれば分かるかもしれないけど、こっそりあそこを調べられるのは透明マントを持ってるハリーくらいだわ」

 

 かこは知らないがハリーには前科があった。

 

「さて、もうそろそろいい頃合いね。杖を振って変化を止めれば――完成だわ」

「それじゃあそろそろ寮に戻りましょうか。きっと男の子たちはまだ寝てるから、起こさないと。それじゃあ夏目さん、朝食のときにまた会いましょう」

「はい。それでは後ほど」

 

 

 グリフィンドールの4人は上手く事を運んだらしい。ハーマイオニーが大鍋から柄杓で小瓶にポリジュース薬を入れるのを見ながら、ロンがこれから入れるクラップかゴイルの髪の毛を心底嫌そうに見ている。

 

「ねえ、どうして小瓶は4つなの?」

 

 ハリーの質問はもっともだ。ロンもそれに気がつくとむっすりと眉をひそめてハーマイオニーとマミ、そしてかこを見渡した。

 

「まさか、君たちの誰かだけこの不味そうなドリンクから逃げようっていうつもりか?」

「逃げるんじゃないの。いきなり怪しいスリザリン生が5人も増えたらマルフォイだって怪しむに決まってるじゃない。情報を聞き出すのは私たち3人。夏目さんには寮内の監視を、マミには外の監視をお願いしているのよ。だからマミは変身の必要がないの。分かったら早くその髪の毛を小瓶に入れてくれるかしら?」

「それならボクが監視だっていいじゃないか!」

「あら。継承者はマルフォイだって騒いでるのは誰だったかしら。自分で確かめるまで納得しないでしょう。さあ、早く」

 

 ハーマイオニーに口で叶うはずもなく、唯一の味方だと思っていたハリーも最後の意見には賛成のようで、持っていた髪の毛を小瓶に入れたのを見てロンもついに観念した。

 薬にあるまじき甲高い音を立てて、小瓶の中身が泡立って色が変わる。かこの持っていた小瓶は紫色になった。

 

「それじゃあ個室でそれぞれ飲みましょう。着替えは用意してあるわ」

 

 四人が個室に入るのを見届けて、マミは合図を出した。

 

「それじゃあ皆。1、2、3!」

 

 かこは一番端の個室でそれを一気にあおった。こういうのはちびちびやるのが一番よくない。友人のななかが淹れてくれた渋いお茶で経験していたので、躊躇なくそうした。

 一口目が胃の中に入った途端、一気に吐き気がこみ上げてきた。半分も薬を飲めていないけど、ぐにゃりと身体の中身が捻じ曲がるような感覚が襲う。かこは早くも変身が始まっているのだと気が付いた。かこは壁に身体をあずけてそれが収まるのをひたすら待った。

 

「みんな大丈夫?」

 

 ハリーかロンの声が聞こえて、かこは自分の変身が終わっていることに気がついた。いつもより視線が高い。ローブの下のシャツは胸元がぎゅうぎゅうで苦しい。自分が採取した髪の毛の持ち主はどうやら発達がいいほうらしい。

 今のところ成長の兆しがないので、かこは貴重な体験に少し気分が高揚した。窮屈な靴を履き替えて、用意していた大きめのブラウスに袖を通す。ローブもスリザリンのものと交換して個室を出た。

 

「ワーオ。夏目さんってピンチ・スメドリーの髪の毛を使ってたんだ」

「比較的大人しそうでマルフォイさんと親しくなさそうな人を選んだんですが……」

「それって正解かもしれない。だってピンチ・スメドリー家は代々天文学で有名な純血だけど、死喰い人はいない家系だから。中にはレイブンクローの先祖もいたんじゃないかな」

 

 かこは安心した。予定通りマルフォイたちと離れたところに座って本を読んでいればいいからだ。ロンがかこの変身っぷりに関心している一方で、一つだけ開いていない扉があることにハリーは気が付いた。

 

「ハーマイオニー? 早くしないと効果が切れるんじゃない?」

「私――私行けないわ。四人で行って。スリザリン寮には三人で入って」

「誰も君だって分かんないんだから気にせず出て来たらいいじゃないか」

 

 ロンまで彼女の様子のおかしさに気づいたところで、マミがこほんと咳ばらいをうった。

 

「男の子はいったん外に出てちょうだい。私たちが話をするから」

「別に気にしな――あいた! マミ! いきなり杖で小突くなよ! わかった。出るってば」

 

 まるで本物のクラップとゴイルのようにノロノロとトイレから二人が出ていくのを見届けた後、マミはハーマイオニーが入っている個室の扉をノックした。

 

「私、ごめんなさい。あなたたちにもこんなの、見せられない」

「もちろん私たちはあなたが決してブルストロードの姿を見せたくないんじゃないってことくらい分かってるわ。ハーマイオニーはそんなことで臆したりしない。あなた、違う毛を入れてしまったんじゃない?」

 

 しばらくの沈黙の後、個室の扉がゆっくりと開いた。そこには猫の着ぐるみというには少々リアルすぎる動物がいた。肌から直接猫の体毛が生えているせいだろうか。なるほど、これは人に見せたくないわけだとかこは納得した。

 

「猫の毛だったの」

「オーケー。じゃあ私があなたを医務室まで連れて行くわ。人に見つからないように案内する。スリザリン寮は三人に任せましょう。夏目さん、いいかしら?」

「はい。それでは私は二人を連れて先にスリザリン寮へ向かいます」

 

 マミとかこは用意していた台本通りにハーマイオニーを説得した。このままハーマイオニーを一人で置いておくとマートルがからかうので、先に医務室に運ぶのだ。どうせ見張りなんて用意してもロンの兄のパーシーしか遭遇しない。

 かこはトイレから出ると、人間以外の毛を入れたときの副作用には触れずに変身に失敗したとだけ二人に告げて、スリザリン寮へ三人で向かうことを提案した。

 

「ところでスリザリンの寮ってどこにあるんだ? 地下にあるってことしか分からないぞ?」

「もちろんリサーチ済みですよ。地下牢の奥の壁に入り口があります。今の合言葉は『純血』のはずです」

「すっげぇ。どうやって調べたの?」

「えーと……実は今朝一度ポリジュース薬で変身してスリザリン生の後をつけたんです」

 

 本当は小説で知った事だったので、かこは一瞬言葉につまった。しかし二人は特に気が付いた様子はなく、お互いの話し方や仕草のギャップのほうが気になったみたいだった。

 

「私が先に入ります。談話室の隅で目立たないようにしていますので、二人はマルフォイさんから上手く話を聞きだしてください」

 

 かこはパーシーがやってくる前に素早く『純血』と唱えて開いた入り口から談話室に入った。開放的なレイブンクローの談話室とは違い、スリザリンのそれは暗く重苦しい。窓の外には湖が広がっているのが見えた。

 一番目立つソファーに座っていたマルフォイがちらりとかこを見たが、すぐに興味を失ったようで新聞に手を伸ばした。やはり彼は取り巻きや同じ純血主義者にしか関心がないらしい。かこは自然な足取りに見えるように一人掛けのソファーに座ると、ローブからいかにも人を寄せ付けない分厚い本を取り出した。

 まもなくマルフォイは痺れを切らしたように早足で談話室から出た。一瞬パーシーたちの声がかこにも聞こえた。再び扉が開くと、今度は三人がやってきた。マルフォイとその取り巻きに変身したハリーたちだ。

 

「ここで待っていろ。父上が僕に送ってくれたばかりのものがある――笑えるぞ」

 

 マルフォイが取りに行ったのは先ほど目を通していた新聞だった。たしかハリーたちがホグワーツに乗ってきた自動車の件でウィーズリー氏に罰金が科されたというような内容だった気がする。記事は読めないが、感想を促されたハリーが下手くそに笑うのを見て間違っていないことをかこは確信した。

 しばらくの間マルフォイによるウィーズリー一家をはじめハリーやダンブルドアなど反りの合わない人物たちへの悪態が続いたが、やがてマルフォイがぽつりとこぼした。

 

「いったい誰が継承者なのかを僕が知っていたらなぁ」

 

 ハリーたちがまさか、と驚いて質問を投げかけたがマルフォイが知っているのは前に秘密の部屋が一度開いたことと死者が一人出ていることだけだった。その先を促そうとして、ハリーたちは自分たちの変身が解けかけていることに気づいた。

 

(急いで帰らないと! でも、夏目さんは?)

 

 ハリーが薬を探すふりをして談話室をきょろきょろと見渡すと、水筒に口をつけている女子生徒の姿を見つけた。かこはポリジュース薬を持ち込んでいた。

 自分たちの分も用意してくれてもいいのにと思ったが、マルフォイの前であの不味いポリジュース薬を飲むのは難しいことに思い至って、二人はとにかく今は外に出ることを優先した。

 

「なんだあいつら」

 

 マルフォイは慌てて駆けだした二人の背中を見て呆れていたが、いつものことなのか特にそれ以上不審に思うようなことはなかった。

 

「……それにしても傑作だ。まさかうちの応接間の下に秘密の部屋があるなんて、アーサー・ウィーズリーのやつときたら全く気付いていないんだから。まぁ検知魔法にかからないようにしているんだから当然か」

 

 それは誰にも聞かれていないと思っての独り言だった。かこは自分に姿くらましの呪文をかけていなかったことを後悔した。聖28一族の屋敷の秘密を純血とはいえ一介の魔法使いが知っていいはずがない。息をひそめてインテリアになったつもりで本にかぶりついた。私は本に夢中で何も聞いていない、ということにしてほしい。かこの祈りが通じたのか、二度目のポリジュース薬の補充が必要になる前にマルフォイは自室に引き上げたので、急ぎ足で寮から飛び出た。

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