図書館の外から聞こえていた激しく物がぶつかる音や爆発音が止んだので、ハーマイオニーは本棚から手鏡を覗かせた。鏡面には暗闇が晴れたいつもの廊下がある。ただ、何かの破片が転がっていて粉塵が舞っているけれど。
脅威は去ったのだろう。ハーマイオニーは急いで本棚の陰から廊下まで駆け出した。すぐそばにはマミがいて、廊下の角にかこがいた。どうやったのかは分からないが、あの暗闇の中で二人はバジリスクを追い払ったらしい。
「二人とも、大丈夫!?」
ハーマイオニーが声をかけると、二人は向かい合っていた態勢を崩して彼女を見て胸をなでおろした。
「平気よ。ちょっとボンバーダとコンフリンゴを使い過ぎたの。ねぇ? 夏目さん」
「はい」
「そうだったの。でもすごいわ。二人ともスリザリンの怪物がバジリスクだって気が付いていたのね。私ったら今朝あの声を聞いたと言ったのでピンと来たの。だってハリーはパーセルタングだもの。二人はどうして気が付いたの?」
「ええと、ほら。蜘蛛が逃げていましたよね? それに雄鶏も殺されていたから。危険な魔法生物の図鑑で以前見たことがあってのでそうかもしれないと思ったんです」
マミはかこの視線に気が付いて頷いた。ハーマイオニーは少ない材料から正解を導き出したかこの洞察力にしばらく関心していたが、本棚の陰に隠していたペネロピのことを思い出して慌てて駆け戻った。
「あとで時間を作れる?」
「ではクィディッチの後で。いつもの空き教室で会いましょう」
四人がクィディッチ会場に到着した頃には、すでに両チームのシーカーがスニッチを追っている場面だった。おそらく先に見つけただろうセドリックの背中をニンバス2000のスピードでハリーが追いかけている。
※他の試合を確認して勝敗を決定させる
熱狂の渦に包みこまれている会場を後にして、かこは二階の空き教室に向かった。マミはしばらくハーマイオニーたちから抜け出せないだろう。
自分がマギアを放った後に見えた彼女の姿は魔女のものではなかった。彼女のクリーム色の髪色によく合ったフリルスカートに、コルセットで絞められたウエストやブーツ。どう見てもホグワーツの制服ではない。そして何より異質だったのが両手に持った銃だった。あまり詳しくはないが火縄銃ではなかったように思える。西部劇に出てきそうなライフルだ。
最後に髪飾りについていた宝石は、まぎれもなくソウルジェムだと自分のそれが伝えていた。
「お待たせ」
開けっ放しだった扉から声がかかる。いつものホグワーツの制服を着たマミがいた。後ろ手で扉を閉めて、マミが椅子に座る。彼女に促されて、かこも対面に座った。
「確認するわ。あなたは神浜の魔法少女ってことでいいのよね?」
「はい。巴さんはたしか美滝原出身と伺いました。どうして神浜に?」
魔法少女は基本的に縄張りをもって活動をしている。ときどき他所の縄張りを侵しにやってくる魔法少女がいるが、マミはそういう性格には見えなかった。
「実は最近美滝原やその周辺で魔女が減っているの。調査していくうちに神浜だけはどうも逆に魔女が増えているという噂を耳にして。だから実際に足を運んでみようと思ったのよ」
たしかに、かこの体感でもここのところ魔女は増加している。さらに強大にもなっているため、神浜では多くの魔法少女が徒党を組んでこれに対処しているというのが現実だった。
マミが単独で魔女に遭遇しなかったのは幸運だ。
「この不思議な世界に囚われた少女が、二人とも魔法少女だったのは偶然だと思う?」
「それは……まだなんとも」
「たしかに確証はないわ。でも私たちはこれが魔女の攻撃――もしかしたら結界の中だっていうことを頭に入れておくべきだと思うの」
マミはそういうと、ローブの中から琥珀色の宝石を出した。彼女のソウルジェムだ。見たところ穢れはない。1年半も魔女と戦わずに過ごしてきたとはいえ、ずいぶん綺麗だとかこは思った。
「あなたのも見せてちょうだい」
かこがおずおずと取り出すと、ペリドットの宝石は様相が異なっていた。卵型の宝石の下部が黒ずんでいる。穢れだ。
「こ、こんなに……!?」
たしかにバジリスクと戦うにあたって穢れが溜まることはある程度想定していた。しかし実際の穢れは予想以上に発生してしまている。
マミを見ていると、じっとかこのソウルジェムを見ていたと思ったら、小さく頷いて自らのソウルジェムをしまった。
「夏目さんもしまってちょうだい。私の推論だけど、穢れが発生するのはマギアを放ったときなんだと思う。私も去年トロールにマギアを放ったときに同じくらいの穢れが溜まったわ」
「え、でも今の巴さんのソウルジェムは……?」
「ええ。穢れが消えている。もちろんグリーフシードは使っていない。これはちょうど年度末になったらリセットされるの。自宅に帰ったときには消えていたから」
かこはこれがほんの中の世界であることを思い出した。1年で1冊。つまりその区切りで全てがリセットされるのだ。さきほどのソウルジェムの様子から、今年マギアを放てるのは1度か2度が限界だろうと思えた。
「もしこれが魔女による攻撃だったとしたら、マギアはそこまで取っておいたほうがいいと思う」
「そうですね。ですが、その魔女はいったいどこに?」
最大の問題はそこだった。今までそういったことを考えなかったのは、この世界に魔女の気配がなかったからだ。使い魔さえ感じられない。
ということは、現時点で魔女はこの世界の中にいないということになる。
「考えられるのは2つ。私たちは魔女の口づけのようなもので眠らされて夢を見ている。これなら魔女がいなくても不思議じゃない。2つ目は魔女はまだ現れていない。この物語そのものが魔女が誕生するプロセスなのかもしれないわ」
グリーフシードが羽化するには時間がかかる。その後も使い魔が人を襲うことで魔女は力を増していく。もしかしたら本を売っていた女性は魔女の口づけをされていたのかもしれないとかこは考えた。現実世界で人を襲えば魔法少女の目に留まるが、この本の世界に誘い込んでしまえば目立たない。しかしあまりにも時間がかかるのがネックだ。
果たして魔女がそんな用意周到なのだろうかと疑問に思う。そして餌を捉えたにも関わらず放置していることから、2つ目の魔女が誕生するための贄として囚われている可能性のほうが高いと判断した。
「物語はおそらく7年。現実とは違う時間が流れている可能性がありますが、私たちにはまだ時間はあります。問題は物語としては今起承転結の承だということです。転に入ってからは魔女の動向を探ったり対策を立てることが難しくなるかもしれません」
「うーん。選択科目を全部取ったのは失敗だったかしら?」
「いえ。来年はまだ私たちも準備段階にしておくべきでしょう。まず新しい生徒が魔法少女であることを確認して、この世界の魔法を少しでも多く身に付けなければなりません。もしかしたら魔女はヴォルデモートなのかもしれせんし」
悪名高き最強の魔法使いとして魔法少女を屠る。計画的に段階を経て生まれようとしている魔女なのだとしたら、そういうシチュエーションを好むかもしれない。
大人でさえも名前を口に出すことが憚られる存在が、物語上ではなく現実的な敵かもしれないと考えてマミはぶるりと震えた。今日戦ったバジリスクは相当強かった。並の魔女よりも強いかもしれない。マスケット銃をシンプルに撃つだけでは硬い表皮(もしかしたら魔法的な守りがあるのかもしれない)には傷すら負わせることができなかった。リボンの強度は動きを阻害することに成功したが、牙の餌食になれば耐えられるかどうかは分からない。
「そういえば、二人の魔法のことを知っておいたほうがいいわね。私の魔法はリボン。強度にはわりと自信があるわ。さっきの戦いではこれを廊下中に張り巡らせて結界にしていたの。普段は銃を編んで攻撃しているわ」
かこは廊下の端に待機して、空気の揺らぎで接近を検知したらマギアを放つ予定だった。その中にマミが突入してしまったので困ったのだが、あの中で目を使わずに位置を把握できた謎が解けてすっきりした。
「私は槍を使います。先端から光……というよりビームのようなものを放つことができて、穂先の軌道に沿わせたり、地面を穿った衝撃で周囲に拡散させたりできます。そしてマギアはご存じの通り、巨大なビームです」
「すごい火力だったわね。私もマギアそのものは似たようなものよ。大砲サイズの銃を作って射撃するの。やっぱり魔女が相手だと火力重視になるのよねぇ」
マミは友人の佐倉杏子のことを思い浮かべた。彼女も巨大な槍を召喚して自らとともに突っ込む力押しの技だ。負担の多才な芸当とはまるで異なる。一方かこはチームリーダーの常盤ななかのマギアを思い浮かべた。彼女は一瞬で大量の斬撃を放つ広範囲攻撃を行う。一点集中の自分やマミとは異なるが、あれもまた火力の一つの形だろう。
「あの……あまり関係ないかもしれませんが、相手が魔女であれば私のマギアはダメージを還元することができます。私以外にもその場にいる人のソウルジェムの穢れを少しですが取り除けます」
「本当? あぁ、でもこの世界ではマギアを撃つ行為が穢れを一気に促進させるから使いどころが難しいわね」
「あまり便利な魔法でなくてすみません」
実際、かこの槍は普通の槍と大した違いはない。マミのように変幻自在ではない。常盤ななかのように敵と味方が分かったりしない。とはいえ純美雨も志伸あきらも爪や拳から衝撃波を放つだけだったので、かこは特別劣っているわけではないのだ。
「私は魔法少女になって長いから、いろいろ試す機会があったのよ。夏目さんにもきっとたくさん可能性があるわ」
魔法少女歴が長いということは、それだけ多くの死を見てきたということだ。かこは何か言おうとして、やはり止めた。
「それじゃあこれからの動きを考えましょう。ハーマイオニーが石にならなかったから、きっとダンブルドア先生かマクゴナガル先生にこのことを伝えるはずよ」
「ええ。おそらく犠牲者が増えなかったため校長先生の停職とハグリッドの連行もないと思います。もしかしたら今回の失敗に怒って他の事件を起こす可能性もありますね」
物語の記憶では、トム・リドルは学校からダンブルドアを遠ざけたがったいたように思えた。そしてそれが為されたからハリーを秘密の部屋に呼び込んだ。停職からずいぶん時間があるのが疑問だが、おそらくジニーから生命力を十分に奪うための時間が必要だったのだろう。
「スリザリンの生徒は襲われないでしょう。基本的にはマグル生まれや混血を狙うと思いますが、偶然一緒に居合わせた生徒が安全とは限りません」
「友達を守ることは間違っていないと言い切れるけど、難しい展開になったわね」
「とりあえずは学校の動きを待ちましょう。それと、ハーマイオニーを一人にすることだけは避けたほうがいいです」
おそらくジニーは日記に彼女のことを書いている。ハリーにもっとも近い異性だからだ。トム・リドルは必ず優秀な彼女の血筋を聞いているに違いない。一度取り逃がした獲物をそのままにしておくとは、かこには思えなかった。