空を舞う赤色の弓兵【アーマードコアfa×fate】 作:迷走人間
0-1
硝煙と血、更には人肉の焼ける匂い。鈍い闇色の空の下、暗色だけで構成されたセカイの中で、煌々と輝く炎と真紅の血だけがいやに映えていた。
そこは戦場だった。そう、正しく戦場であったのだ。
軽快な発砲音と供に飛び交う銃弾。燃え盛る炎は、生き物のように不気味に揺らめき、セカイを舐めるように呑み込んでいく。
しかし、それも過去のこと。既に悲鳴も絶望も怨嗟の声もそこには無い。今そこは、ただ無惨に散った命の、その残り粕の掃き溜めでしかない。
その命の息吹無き、暗く澱んだ世界を闊歩する者が一人。しかし、その足取りはどこか重い。
まるでさ迷うように覚束無い歩みと、身体中から流れ落ちる血が、その男が今どのような状態なのかを如実にあらわしていた。
それでも尚、その男が歩みを止めることはない。
こことよく似た、絶望の赤い荒野。
そこから男は始まった。
いや、少し違うか。一度終わったのだ。
彼は、考え難いまでの悪意によって引き起こされた地獄の中、記憶、家族、隣人、そして自己。およそ人が考えうる限りの全てを失い、また与えられて、再びそこに生まれた。
だが、彼は自分を失っていた。
人のカタチを真似しながら、中身のないからっぽの人形。人のふりをする紛い物。
そんな彼のがらんどうを唯一満たしていたモノは、その目に焦げ付いたようにして消えない、一つの理想のカタチだった。
致命的な矛盾を抱え、破綻した理想。
自らの命に価値を見出だせない、歪な在り方。
愚かしい程に美しく、現実より解離した届かない幻想。
全部借り物だった。度し難いまでに歪んでいた。それでも彼は、その美しさに憧れ、追い続けた。
止まることは出来なかった。
例えそれが借り物の理想でも、それだけが彼の存在意義だったから。
色の抜け落ちた白銀の髪に付いたそれは返り血だけだが、褐色の肌を覆う黒いボディアーマーはその限りではなく、こびり付いた誰のものとも知れない血糊の上を、自らの血が流れ、滴り落ちる。その身に纏う赤い外套も血に濡れているのだろうが、この暗いセカイではどこか判然としない。
男の歩んできた道なりに血の路が続いている。
ゆらり、と不意に男が崩れるように膝をついた。
歩みを止めない男が歩みを止める、それが意味するのは、そこがその男の終着点であるということだった。
身体全体がまるで鉛のように重たい。既に痛みは無く、まるで自分の身体が自分の物ではないような奇妙な感覚、違和感と言うべきそれが、身体全体を覆っている。
既に限界などと言うものはとうに越えてしまって、後は坂を転がり落ちるように死にゆくだけだ。
それでも、今までその鋼の精神力で歩いてきたが、遂に心ではなく身体が悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちた。
――ここが私の墓標か。
周囲を見やれば、爆発の衝撃によってひしゃげた車や倒壊した建物があった。それらには数えきれない無数の弾痕が刻まれている。
至るところに、本来人であっただろう潰れた肉の破片が散乱し、くすぶる炎に焼かれ、ぶすぶす、と醜悪な臭いと供に煙を立ち上らせている。
男が死んだ。飛び交う銃弾に貫かれて。
女が死んだ。崩落した瓦礫の尾根に埋もれて。
少年が死んだ。傷を負った弟の盾になって。
死んだ。死んでしまった。
自身の目の前で。
少女が――。老婆が――。青年が――。赤子が――。
全てが――
それは阿鼻叫喚の地獄絵図、その終末。
あるいは、この両手から取り落とした一雫。
彼の弓兵と同じ丘でないのは、奴の背中に追い付くことが出来なかったからなのだろうか、男はそう思い小さく自嘲した。
「 」
ああ、既に言葉を発することすらできぬか。
いよいよ最後が近いことを感じられた。そして、残ったのは未練だった。それは予想外のことで、自らのその感覚に少なくない驚愕におそわれた。
こんな結末は最初から判っていたことで、後悔なんてしないと、していないと、そう思いこんで生きてきた。それでもこの思いは、確かに今ここに在るものだった。
今になって誤魔化してきた思いの強さと価値に気付くとは、つくづく自分はどうしようもない大馬鹿だ、と男は思う。
しかし、全てが借り物で、真実、空っぽであった筈の自分にこのような感情を抱かせた女性のことを思うと、自然に笑みが溢れた。
――願わくば、今一度彼女と。
「遠坂...」
震えぬはずの喉が震え、掠れてはいるが思いの外はっきりとした声が洩れた。未だにこれ程強い情念が自らの内に残っていようとは。
意識が遠退き、不意に視界の内に落ちた陰を酷く長い時間をかけて認識する。
「やっぱりあんたって馬鹿。ほんっと馬鹿よ。」
その声に、のろのろと緩慢な動きで顔を上げる。
そこには深紅のコートを羽織った「あかいあくま」がいた。
彼女の纏う赤は、この地獄を塗り潰してなお、有り余る程の輝きを有していた。
「結局、最後はこうなるのね。」
彼女は艶やかな黒髪を靡かせ、その澄んだ碧眼でこちらを睥睨する。
堂々たるその姿は、この地獄にはあまりに不釣り合いだった。
「夢?」
だから、そう感じたのも至極当然のことのように思えた。
しかし、世辞の一時に視るのなら、磨耗した記憶の走馬灯よりも、こちらの方がずっと良い。
その姿は、二年前のロンドンで決別したあの時から全く変わっていなかった。
「はあ?何言ってんのよ。夢な訳無いでしょ。」
夢じゃない、か。
自分にそれを確かめる術はない。が、しかし、例え夢でも最後に彼女と逢えたことは、冥土の土産にしては破格に過ぎると、そう思った。
予定が狂い、一人野垂れ死ぬことになるかと思っていたが、これが本当に現実であるなら望外の幸運だ。もともと幸の薄いこの身だが、世界も世を去る時の餞別くらいはいくらか持たせてくれるものらしい。
「こんな場所に何用だ?封印指定のこの身を始末しにでも来たか?」
その幸運に頬が緩みそうになるのを必死にこらえ、いつも通りのポーカーフェイスと冷利な声音で彼女に問う。
数多の戦場を駆け抜け、神秘の隠匿を気にかけることも忘れ、尊く、崇高で、そしてこの世の如何なるものより愚かな理想のためにその力を振るった。
そうして封印指定として命を狙われるようになった。そして幾人もの刺客の、そのことごとくを葬りさってきたのだ。
「そうね。封印指定の魔術使い、エミヤ シロウを殺しにきたのよ。」
答えた声は静かに、かつ凛として戦場に響く。誰に誓っているのか、何を誓っているのか、それはまるで宣誓のよう。
そして、女は一歩足を進めると身を屈め、何か壊れやすいモノに触れるかのように男の頬に触れて自分の方を向かせると、その瞳を覗きこむ。まるで、その奥に在る何かを見据えるように。
「それともう一つ――」
女の唇が蠱惑的に動き、何事か言葉を紡ぐ。その刹那、一瞬にも満たぬ時間の内に男は意識を手放していた。
「――昔、失くしたモノを捜しに来たの。」
男がその言葉を聞くことはなかった。
「今度は絶対に、放さないから。」
はじめまして。初投稿です。処女作です。
宜しくお願いします。