時が来た。
そう直感が告げてくる。
今日この日になるまでの長い年月をかけて念入りに準備を進めた。
ただ決められたように、そうであれと決められた道へと歩ませるだけ。
かつての犯した過ちを繰り返さないために、使えるものは一つ残らず使い果たした。私に残されたのはのこりわずかな命と、ボロボロの身体だけ。それでもまだ、あの過ちが繰り返されかねない。むしろ、これからが本番と言うべきだろう。
守るよと、約束しておきながら、泣かせて、辛い思いをさせてしまい挙句には壊してしまった。
未来を託されておきながら、自分が死ぬと分かり逃げ出してしまい、その結果あの悲惨な戦争を起こさせてしまった。
もう、あの様な結末にはこれ以上歩ませることなどしない、否、歩ませてなどいけないのだから。
アリーナでクラストーナメントの相手と戦うおぼつかないながらも全力で挑んでいるであろう少年の姿を視界に捉える。
調べたところによれば更識の次女と仲が良いという。暗中模索ながらもISを作っているらしい。
しかしなんという皮肉だろうか。
彼は、彼女と出会った。決して特別な出会いではなかったのかもしれない。それでも、きっと彼らにとって特別なのだろう。そしてきっと、お互いに惹かれ合い、恋に落ちるのだろう。
だがそれは、その姿はかつての私の姿と全く同じだった。
ただ彼は、口先だけだった私とは違う。だからこそ、彼には私のようにはならないでほしいと、願わずにはいられなかった。
“準備完了、いつでも行けます”
不意に秘匿回線を通じた通信が入る。どうやら全ての手回しが終わったようだった。
一言労いの言葉を掛けてやり、通信を終わらせる。
彼には悪いが、定められた未来はそうでなければならない。
未来とは切り開いていくものではなく、あらかじめ決められている道を進んでいるだけ。第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件ですら、起こるべくして起きただけ。
だが、時に決められた未来を唯一変えてしまいかねない可能性をもつイレギュラーが生まれてしまう。
彼がその存在である以上未来を変えさせるわけにはいけない。
アリーナで行われている試合はいつの間にか終わり、例の彼女と、中国代表候補生との試合がすでに始まっていた。これ以上にないくらいのベストタイミングと言わざるを得ない。
彼らには悪いが、正しい未来に導くための一手を打ち始めるとしよう。
「やれ」
直後爆音が響き渡った。
「頑張ってな、更識さん」
「うん、でもごめんなさい。クラスが違うのにわざわざ来てくれて」
「気にしなくていいさ。せっかくの打鉄二式の初陣なんだから、これくらいあたりまえだよ」
織斑君はやっぱり優しかった。
ついさっき試合が終わったばかりだというのに駆けつけてくれる。
気にしなくていいと言ってくれているけれど、その顔には疲労の色が濃く映っていて、罪悪感を感じてしまう。
ISの訓練に使う時間すら割いてまで作るのを手伝ってもらっていたから、致命的なまでに練習が足りていない。それでも勝利してしまうのだから流石だった。
でも、私が無理しないでとは到底言えなかった。手伝ってもらっているのだから強く言うことなんて出来ないし、そもそも私自身が無理していたから。
「私、頑張るね」
「あぁ、勝って来い。相手は鈴だから気を抜いちゃだめだからな?」
「うん」
だから、私は1試合、1試合全力で戦うだけ。それがせめてもの恩返しになると信じて。
不意にぽんぽんと頭を撫でられる。
織斑君らしい優しい撫で方。不思議と悪い気はしなかった。むしろどこか懐かしさを感じる。
もう思い出せないけど、こうしてもらったような記憶がある。
お父さんじゃあないのは確かだけど、肝心の誰かが思い出せない。
織斑君のように笑いかけてくれたのは覚えているのだけれど。
「それじゃ、私行ってくるね」
撫でてもらうのは名残惜しいけれど、時間が迫っているからそう言って射出口に向かう。
ただ、織斑君は心強く笑ってくれた。
確証はないけど、それだけで頑張れる気がした。
「よろしくね。先に言っとくけど、手加減とかは一切しないから」
「大丈夫。織斑君からそういう性格だって聞いてるし、私もするつもりはないから」
「そう?なら話は早いわね」
そう言う鈴さんはニヤリと攻撃的な笑みを浮かべる。甲龍という赤みのかかった黒い色のISは鈴さんらしいと思う。
大丈夫、行ける。そう私自身に言い聞かせて奮い立たせる。
結局マルチロックオンシステムは完成できないままなために、シングルロックオンシステムを応急的に載せているに以上、山嵐を最大限の実力では発揮できないけどそれでもやるしかない。
「絶対にあたしは負けないからね?結晶まで残って一夏に勝ってやるのが目標だから。ここで負けてらんないの」
「私だって負けられない理由があるんだから」
超振動薙刀の夢現を展開して構える。対する鈴さんは双天牙月という大型の青龍刀を。
背中にある荷電粒子砲【春雷】をスタンバイモードに移行させて、打鉄二式をシステムチェックにかける。
返ってきたのはシステムオールグリーン、問題なしという表示。
これなら行ける。
一つゆっくりと大きく深呼吸して、自分の気持ちを落ち着かせ、織斑君に教えてもらった事を思い出す。
常に冷静でいる事。
何があっても慌てない。
間の前のことに集中し過ぎない。
周りをよく見る事。
どれもが大事なんてことは誰でも分かるような基本中の基本。でも、これを全部出来たら苦労しないと言っていた。
全部できるようにしようとは思わない。ただ、せめて冷静でいられるくらいはしたいとは思う。それだけでも出来ればきっとうまく試合を有利な局面に持っていけるはずだから。
もう、試合始まっている。
「........行くよ、打鉄二式」
「どこ行っていた?試合が終わったばかりなのだから休んだらどうだ?」
管制室に入ると同時に姉さんにそう言われる。ついさっき同じようなことを言われていたおかげで、思わず吹き出してしまう。
「いきなり吹き出すとは失礼な奴だな」
「いや、さっきも言われたばかりでつい、ね」
「....程々にしておけよ?一応4組だってくらいは分かっているだろう?この大会の時くらいは自重しておけ」
「励ましに行っただけだからさ。それに俺は負けたし」
「ふん。よく言うようになったな」
止めろとは言わない姉さんの優しさに少し甘え、モニターに目線を移す。
もうそれなりに試合が進んでしまったようで、2人のエネルギーはそこそこ減っていた。お互いに被弾はするものの、直撃することはなく流石は代表候補生だと言える。
ただ、どちらかといえば鈴の方が減りは早い。
更識さんは打鉄二式に乗り慣れていないはずなのに、かなり使いこなしているように見える。
「ふむ皆が苦戦していた衝撃砲にも上手く対応している。鳳が一番嫌うやり方だな」
「やっぱりそう思う?」
「まぁ、短くはない付き合いだからな。それくらいは分かるさ」
ニヤリと笑うものの少しばかりだ複雑そうにしていた。
口には出さなくても、本心では鈴に勝って欲しいと思っているのかもしれない。
昔から姉さんと鈴は仲が良く、もう一人妹が出来たようだというくらいだった。
だからこそかもしれないけど、それは厳しいと言わざるを得ない。
更識さんか絶対に自分からは攻め込まず迎撃に徹するという戦術をとってる以上、鈴は攻め込むしかない。
山嵐の性能を最大限使えない今、一撃必殺と呼べるような武器は打鉄二式はない為に、これがいちばんと効果的だ。鈴の性格を考えればこれ以上にない位に鈴にとって嫌な戦い方はない。
「...............馬鹿者めが」
かすかに聞こえた声。
その言葉の意味はモニターを見ればすぐに理解出来た。
鈴の顔にはモニター越しでもわかるほどに苛立ちが浮かんでいて、それを裏付けるように動きも単調になっている。
完全に更識さんのペースに持っていかれていると見て間違いない。元からこれが狙いだったのだろう。更識さんが微かにニヤリとしたのを俺は見逃さなかった。
大人しそうに見えて以外と策士なところに思わず苦笑いをしてしまうしかない。ほんと凄い人と知り合いになったものだ。
鈴は苛立ちが原因なのか、今まで被弾することなかった荷電粒子砲に直撃を許し始める。
荷電粒子砲自体がISの武器の中でも高火力と呼ばれるだけあり、一発直撃するだけでごっそりとエネルギーが減っていく。
素人目から見ても分かるくらいに勝敗が明らかになり、更識さんの勝利を確信したその時、突然アリーナで爆音が轟いた。
「ッ!?」
咄嗟にモニターに目を移す。
そこには異形の何かが立ち上る爆煙の中にあった。
モニター越しだからかよく分からない。
ただ、ルシとして、戦闘兵器としてそうであるよう作られた俺の本能が伝えてくる。
あいつはヤバイと。
「山田先生!」
「........ダメです!学園内全システムをハッキングされ、全障壁が最高レベルで固定されています!」
「くっ!これじゃあ手の打ちようがない.........」
「姉さん、最高レベルで固定ってどういうこと?」
耳に残った言葉の意味を問う。こんな場面だ、良い意味ではなさそうなのは薄々理解はしているのだが。
「扉と障壁が完全に遮断されて身動きが取れん。学園の全システムを再起動するしか方法が無いんだ」
「その手段は」
静かに首を横に振られる。
「山田先生が言ったように全システムの制御権限を奪われている。こちらの命令は全て無効にされてしまう」
ギリッと音が聞こえるほどに、いつの間にか歯を食いしばっていた。
「例え教師と三年の精鋭達がいくら集まっても、そもそもこちらを受け付けないからどうしようもない」
唯一ここ管制室から外を知る手段のモニター。ハッキングの影響からか微かにノイズが走るものの知る分には気にならない。
ただ、送られてくる映像、そして2人のバイタルデータから余裕がないのは明らか。特に鈴は消耗したエネルギーが多い分余計に。
そしてこの戦闘でエネルギーの残量にさなった時、訪れるのは確実な死。
こんな時でも落ち着いていられるのに感謝するのと同時に、当たり前のように受け入れる俺が憎くもあったが気にする暇はなかった。
「.........姉さん、俺が出る」
「身動きが取れんと...........一夏まさか........?」
姉さんの顔が驚愕に染まる。
「あぁ、全くもってその通りだ」
「馬鹿者!何を言っている!あの試合で最後にすると言ったはずだ!なのにお前は、死にたいのか!?」
予想通りの反応が帰ってくる。微かに目尻に浮かぶ涙。
怒られているというのに、なぜか姉さんを泣かせたのはいつ以来だろうと、バカバカしいことが脳裏に浮かぶ。
「じゃあ、どうしろって言うんだ?あのままじゃあ二人とも死んでしまう。絶対に黙って見ているなんて俺には出来ない、いや、したくない。二人とも俺にとって大切な人なんだよ」
「だからって............!」
「悪いけど、打開策が無いなら行かせてもらう」
今ここであの二人を見殺しにしてしまったら、誰にも顔向けができないしきっと後悔するだろう。
姉さんの手を振りほどき、ルシの力を解放する。セシリアの時とは比べ物にならないほど強く。
こんな壊すことしかできないような力で誰かを守れると言うのなら、俺の命など惜しくない。
アリーナまで向かう最短の距離を進む。
壁や扉などは消しとばした。