ーーー大丈夫、怖い夢は終わったの。もう怖い思いをしなくていいんだから。私がそばにいるわ。
ーーー全く、お前は男だろ?シャキッとしろシャキッと。泣いてたって何にも何ねぇんだからさ、笑ってるのが一番さ、だろ?
聞き慣れたアラームの音とかすかに聞こえてくる小鳥の鳴き声。薄ぼんやりとした意識の中朝が来たんだと理解した。重い頭を抱えながら起き上がり隣を見れば、箒の姿はなかった。朝の鍛錬にでも言ったのかもしれない。
一瞬立ちくらみに襲われたが、それもすぐに収まる。
どうやら俺は夢を見ていたらしい。
「.........またか」
忘れてはいけない大切な事を忘れてしまったような喪失感に、それを無理矢理抉るかのように思い出そうとさせてくる感覚が酷く辛い。
思い出そうと、そう言うものの夢から覚めればどんな内容だったかななんて一切覚えていない。
本当こんな夢を見ると気分が優れなくなる。
鬱な気分を紛らわそうと顔を洗おうとするけど、目の前の鏡に映る自分の姿が現実を突きつける。
クリスタルの影響で色素が抜け切った真っ白な髪に、青水晶のような半透明の青い瞳。
「................」
本当はわかっていた。
こんな夢を見るようになった原因を。本来あったはずの俺から欠落した記憶と、今の俺に存在する偽りの記憶の齟齬から生じることなんて。
身体が覚えている記憶と、俺が覚えている記憶のすれ違い。
ルシは死ぬと忘れられ、つまりいなかったことにされてしまう。その人との思い出は消え、偽りの記憶で捻じ曲げられる。
100人近くいたルシを忘れた俺にとって当時の記憶は偽りの記憶しか残っていない。
ずっと一人だったというものが今の俺にある記憶。だけど本来なら皆と助け合ってどうにか生きていたはずなのに、そんな記憶も思い出はなかった。
鏡には生気が微塵も感じられないようなやつれている自分の顔が映る。
鏡のにはそれを誓った時の覇気も、気力も一切ない、全くの別人のようにしか思えないこのザマ。
「....前向きに生きるって、決めたんだけどな」
あの戦争で関係のない人々を俺が死にたくないが故に殺したために、罪の意識が重くのしかかり、そのせいで生きる意味を見出せなかったあの時期。何もかもに嫌気が差し、暴れ、そして死ねないのに死のうとしたことすらあった。そんな俺を助けてくれて、支えてくれた家族のおかげで決心し、前向きに生きると決めたのに。
なのに、今の俺は....
「前向きに生きれていないよな....」
ISを動かしたせいで、辛い過去をえぐられる出来事が多すぎたのだろうか。
絶対に忘れてはいけないことなんだろうけれども、それでも過去にとらわれすぎて振り向いたままなのもいけないのかもしれない。
前向きに生きると決めたんだから。
バシャリと勢いよく顔を洗う。冷んやりとしていて気持ちいい。
「ん?起きていたのか。早いな」
「おはよう箒。まぁ、子供のままじゃ無いからさ。これ位普通だって」
「ふふっ、それもそうか」
いつの間にか帰っていたらしい。大粒の汗が浮かんでいるのを見ると、かなり激しく運動したみたいだった。
何事にも本気になるのは相変わらずだ。
「これからシャワーでも浴びるんだが、一緒に入らないか?」
「........遠慮しておく」
こんな所も相変わらずだった。
てゆうか、もうそんな子供じゃないんだからそう言うのやめて欲しいんですけどね。
オルコットとの試合当日、開始数分前。
「....なんなんだこの人数は」
観客席がほぼ埋まった第三アリーナAピットには箒に姉さん、そして山田先生が集まっていた。
「全生徒がこの試合を見ようと必死だったから仕方ないだろう。席に座れた奴らは運がいい。大半が別室のモニター観戦だ。まぁ関係のない事だろうがな」
「関係のないって言われてもな。なんでここまで集まるんだか」
「嘘言うんじゃない。どうせそれ位感づいているんだろう?」
「....まぁ、ね」
ルシだからと言う理由なのはとっくに感づいていたけど、それでも何故そこまでするのか。
第一ルシの本気なんて4年前に嫌と言うほど味わったんじゃないのか?
そんな俺の考えていることを姉さんは感じ取ったのか、口を開いた。
「話の中でしか知らないルシを一目見たいんだろう。前に言っていたようにここの小娘達はルシが亡くなったためにその記憶がないからな」
「飛んだ野次馬精神かよ。俺は見世物じゃ無いってのに」
「諦めた方が身のためだ。ISを動かした時点でそれは避けられないさ」
わかっていたことにため息をつきつつ時間を確認する。
あと5分も無い。
もうオルコットはアリーナで待機しているのだろう。そろそろ俺も出ないと。
「さてと、もうそろそろアリーナに入ったほうがいいだろう。一夏、本当にいいんだな?今ならまだ後戻りできるぞ」
いく度となくこの1週間言われ続けられた事を、最終確認のようにまた言われる。
本当に姉さんは心配性だった。
「もう迷わない、そう決めた。だからもう大丈夫だから心配しなくていい。これで最後にしたい、そう思ってる」
「そうか」
アリーナへと向かう前に幼馴染の目の下に歩く。
「箒、行ってくる」
「あぁ、行ってこい。負けたら私のことをお姉ちゃんと呼んでもらうからな?」
「そうか、じゃあ絶対勝たないとな」
「もちろんだ」
それだけの言葉を交わしピットの射出口のゲートを手動で開く。ゆっくりと鈍い音を立てて空くとともに、流れ込む空気と、眩しい太陽の光。
「高いな....」
流石はIS学園最大のアリーナだけあるのかかなり広い。反対側のピットが小さく見える。出口の真下も地上までは10メートル近くはありそうだった。遠距離から近距離、どの戦闘パターンも存分に戦えそうだ。
「....................」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、今の自分ができる最大限に集中力を高める。
実際の戦闘じゃない分まだ気が楽だけど、こんな気分になったのはいつ以来だったか。
「織斑君、試合頑張ってくださいねっ。私応援してますから」
今まさに。そんな時に山田先生に呼び止められ、そう言われた。
大人のくせして穢れの一つも知らないような純粋な笑顔で。
初めはこの人が教師で大丈夫かなんて思ったが、何となくこの人が慕われ教師で居られるのかわかった気がする。
「....ありがとう先生。すごく心強いよ」
どれだけ着飾った言葉よりも励ませてくれる言葉を噛み締めながら、一気にアリーナへと跳躍した。
「やっと来ましたのね」
「悪いな待たせた」
青いIS、ブルーティアーズを纏ったオルコットがはたからみれば、堂々としながら言う。
傲慢と思うかもしれないが、その声は常人じゃわからないほど微かに震えていた。
「これでいつでも試合が始められますわね」
「....そうだな」
「今ここで宣言させてもらいます。わたくしはイギリス代表候補生としてでなく、セシリア・オルコットとして貴方に織斑一夏に勝負を挑ませてもらいます。願わくばこの手に勝利を」
固く結ばれた口と強い意思が込められた目。その覚悟は並大抵のことじゃないのは一目でわかる。
確かに覚悟はあった。
だけど、
「....震えてるぞ、オルコット」
だけど、覚悟に比例するかのように震えが強まっていく。
今はもう気づかないじゃ済まされなほどだ。
「わかっていますわそれ位。止めようとしても止まらないのです。むしろ意識するほどひどくなってしまいますわ。本当に嫌になってしまいます」
「無理するな。そんな状態で満足に戦えるはずが無いだろ?」
「....優しいのですね、貴方は」
「まぁな。昔、お前みたいな無理する人がいた気がするからな。つか、そう言う性分なんだ」
「記憶の喪失。ルシの宿命ですか」
何も言わずにただうなづく。
記憶に無いけどそんな人がいた気がする。覚えていなくとも、感覚そうだと感じた。不思議なことだと思う。
「一つだけ、聞かせてください。挑戦をつきつけたとはいえ、何故受けたのです?」
一呼吸おいてオルコットは口をひらく。
「ルシの力は貴方の生命を削ると言うのに。何故自らの生命を削ってまで受けてくれたのです?」
「............誰から聞いた?」
「織斑先生がそうおっしゃっていました。多くは語ってもらえませんでしたが、酷く辛そうでした。家族に心配までさせてまで貴方は何がしたいのです?」
姉さんから聞き出したのか、それとも姉さんが直々に言ったのか。多分後者だろうがそれは今はもう関係ない。こいつがそれを知ったと言うことのほうが重要だった。
姉さんが自らの事を話すと言うことはほとんどない。
なのに語った。
俺は気づかない所で心配をかけていたとでも言うのだろうか。
「そうか、姉さんがなぁ。まぁ、うまく言えないけど、ルシを否定されたからかな」
「否定?」
「あぁ。ルシはさ、第三次世界大戦を起こして当時の総人口の2割、14億人近くの人が死んだ。お前らからすれば立派な犯罪者とか悪と思うのは仕方ないとは思う。でも、俺たちルシだって生きてたんだよ。毎日必死こいてな。誘拐されて、家族を殺されて、無理やり集められて、ルシにされて人生めちゃくちゃにされたさ。それでも必死で生きた、生きようとした」
いえば言うほどにあの日々を思い出す。捻じ曲げられた記憶だったとしても。必死で命をつないでいた事を忘れることは絶対にない。
「だからとはいえ罪のない人を殺したことを悪くないと言うつもりはないし、そう言う権利も俺にはない。
ルシをどれだけ悪く言おうと俺はどうだって良い。だけど、存在を否定されることだけは許したくない。ルシを否定されるってことは必死で生きてたあいつらの全てを否定することになっちまう。それが許せないからだからオルコット、お前と戦うんだよ。くだらない理由だろう?」
久しぶりにここまで喋ったからか、すこしばかり喉が痛くなった。
同時にアリーナはさっきまでのざわつきが嘘のように静まり返り、微かに吹く風の音しか聞こえない。
忘れてしまったとはいえ、あいつらは一緒に生きたかけがえのない仲間。俺にとってもう一つの家族と言っても過言ではない。
「....貴方の気持ちも考えずにただ否定して申し訳ありませんでした。でもわたくしにもIS乗りとしての誇りがあります」
「あぁ。ならやることは一つだけだな。わかるだろ?」
「えぇ、もちろん」
お互いに己の武器を手に持つ。
オルコットは大振りの狙撃銃のようなレーザーライフル。
俺は一振りの青水晶のように透き通る輝きを持つ刀身を持つ日本刀。
「食らいなさい....!」
レーザーライフルから放たれるエネルギー弾。
それを合図に、あまりにも静かに試合が始まる。