目が覚めると目の前に真っ白な天井が広がっていた。視界のはしに映っているカーテンが締め切られた窓の、はしからかすかに見える外は黒一色に染まっていた。
ここはどこだろうか。
IS学園のどこかの部屋なのだろうけど、それ以外乗ってことは分からない。寮の部屋じゃないのは確実なのだけども。
何気なくそんなことを思いながら、寝起きだからか、疲労からなのかあまりはっきりとしない意識の中起き上がろうとしたその時。
「ーーーーッ!?」
身体中に鈍い痛みが走った。
「っが、はっ......!」
身体の中を直接かき回されたかのようなそんな激痛に抗うことができず、何もできないまま寝かされていたベッドに倒れこんだ。
あまりの激痛に声を出す事すら出来ず、冷や汗がどっと溢れ出してくる。
痛みで無理やりはっきりした意識が、逆に痛みで遠のいていく感覚に見舞われる。
「おやめなさい、そんな身体で無茶をしようとするんじゃありませんわ。大人しく横になっていなさいな」
「....オル、コット?」
「無理に喋ろうとしないで今は深呼吸でもして落ち着かせなさい。話をするならそれからですわよ」
動こうとするから痛みが走るのか、横になっていれば痛むことはないらしく、しばらくするとかなり良くなってきた。
痛みに慣れているといえ、かき回されるかのような痛みを何度も経験するのは流石にきつい。大人しくしている方がいいのかもしれない。
「....オルコット。なんでお前がここにいる?」
落ち着いたところで一言も喋らないまま備え付けの椅子に座るオルコットに問う。時間も確認してみれば9時を回っていた。寮の門限だってとうに過ぎている。ここにいる理由が一切分からなかった。
「目の前で倒れている人がいたら助けるのが当たり前です。それに先生方が居ない中貴方が目を覚ましたら何も分からないでしょう?そういうことですわ」
「悪いな、迷惑かけて」
「....言っているでしょう?わたくしは当たり前のことをしただけに過ぎませんわ。ですので感謝などいりませんわ」
そっけなく言うオルコットを見て素直じゃないなと純粋に思う。
感謝される事にあまりの慣れていないのだろう。こいつを見る限りあまり人付き合いは上手とは見えない。
ただそんな中であっても、人を助けるのは当たり前の事。
そう言える精神は羨ましかった。
「....家族に心配をかけすぎじゃありませんか、貴方は」
しばらくの無言の後、オルコットがそう言いだした。
「いきなりどうしたんだよ?心配をかけるって俺が?姉さんに?」
「それ以外に何があると言うのですか。貴方に戦わせる理由を作ってしまったのはわたくしで、それも今となっては本当に申し訳ないと思っています」
突然の話題について行けずに頭の中が混乱してしまう。
姉さんに俺が心配をかける?
どういうことなのだろうか?
心配をかけた事は今までに当たり前のようにある。でも、ここ最近そこまで心配をかけるような出来事を起こしたという自覚はない。
混乱する俺を尻目にオルコットは続けた。
「えぇ、本当に申し訳ないと思っていますわ。でも、貴方に言わずにはいられないんですわ。ルシたちは必死にその日を生きようとした、悪だと犯罪者と言われようとも構わない、でも存在を否定するのだけは絶対に許さない。そう貴方はおっしゃいましたわね」
「....あぁ」
「戦う理由には十分すぎるのは百も承知ですし、そのお気持ちは痛いほどわかります。だからと言って自分を蔑ろにするのは筋違いだとは思いませんか?」
「俺がボロボロになるだけだったら構わないじゃんか。つか、さっきからお前は何が言いたいんだ?」
ようやく暗闇に慣れた目を凝らしてオルコットを見れば、なんの感情も見つけられない様な少し怖く感じる表情を浮かべていた。
正直ここにいる奴はオルコットの偽物なんじゃないかと思わせるほどこいつの目は冷たく、それこそこの世界の裏側を知ってしまったかのような、俺を人からルシへと変えたあの研究者たちのような目。
「残される側の気持ちも考えなさい
、そういうことですわ。聞きましたわよ?貴方が長くないということを織斑先生から」
「ーーーーッ!?」
ずっと考えることを放棄していた事実を突きつけられる。
もう長くない。
正直に言ってしまえばその通りでしかない。ルシは人間にとって超猛毒でしかないクリスタルを無理やり薬物などで無理やり適合させた存在であるし、その力も生命を削るから必然的にルシは極端に短命ではないものの寿命自体は普通の人間よりも短い。
エリア2047、ありとあらゆる生命を拒絶根絶する立ち入り禁止区域lv-sss級の超危険地帯、昔でいう中国の西部で起きた大戦最大の戦地で、ルシの力を完全解放したのも原因の一つではある。
ただ、そんなことは今はどうでもいい。試合前にルシの力が生命を削ると姉さんから聞いたと言っていた。多くは言わなかったらしいが、あれ以外にも話したとでもいうのか。
「....それも姉さんが言ったのか?」
「えぇもちろんですわ。だから試合前にあのことを聞いたのです。本当なら試合を止めたかったんですけれど」
「ならどうして」
オルコットの透き通るような色の双眼が俺をしっかりと見据えてくる。
「織斑先生が貴方の意思を尊重すると、ね。でも、自分には止める権利がないともおっしゃっていましたが
。正直見ていられないほど辛そうでしたわ」
「................」
確かに試合をすると、ルシとして戦うと姉さんに言った時何度も大丈夫かと聞かれたのは記憶に新しい。
ただ俺はそれをそこまで深く感じ取っておらず、精々怪我しないようにとしか心配性だなとしか思っていなかった。
だからこそ、オルコットが突きつけてきた事実が信じられない。
こんな場面でオルコットが嘘を言うわけがないのは分かっている。それでも素直に受け入れなかった。
「....なんで姉さんがそんなことを」
「さぁ?詳しくは分かりませんが、わたくしは織斑先生の配慮があったと思いますわ」
「姉さんが配慮なんて、なんでそんなことする必要があるんだよ?」
「自分で考えなさい。なんでも教えてもらおうとするんじゃありませんわ」
キッパリと断るその言葉に何か意味が込められているような気がするけれど、今の俺には全く理解することができない。
どうしようもないくらい俺は未熟だった。
「それではわたくしは帰りますわ。貴方が目を覚ましましたし安心しましたし」
「............」
何も言わない俺を尻目にオルコットはつづける。
「最後に伝言ですわ。明日1日は大事をとって休みなさいと、保健の先生から」
部屋から出て行ったオルコットの足音がだんだんと小さく、聞こえなくなってくる。
真っ暗な部屋に1人残された。
「...............」
俺はどうすればいいのだろうか。
たった1人でそんなことを思う。
昔から姉さんに数え切れないほど迷惑をかけてきた。でも姉さんは帰ってきてくれたからと、何一つとして嫌な顔をしないで気にするなと言ってくれていたし、マドカもまた同じように手を貸してくれてた。
だから今回のことも心の何処かでいつものことのように思っていた節がある。でもそれは間違いだった。
俺はその優しさに甘えていただけで、何一つとして分かっていなく、理解もしていなかった。
今までこんなに悩むことなんてなくて、だからどうすればいいのか全くわからない。
本当なら助けを求めたいと思う。
でも、これは俺自身でどうにかしなければいけない問題で。
どうすればいいのか。
いくら考えようとも、頭を捻ろうとも、何一つとして答えは出てこなかった。
結局答えが出ることはなく、いつの間にか次の日になっていた。
少し動くだけで激痛が走った体も、一晩も過ぎれば歩けるまでには良くなった。もっともまだまだ本調子じゃないのだけども。
一応それなりに良くなったからいつまでも保健室に世話になっていられないので、寮に戻ったものの大事をとって今日は休みなため久しぶりに暇な1日だった。ここ最近騒がしい日が続いたためか、かなり新鮮な日だったと言える。
そして今。
「ほらおりむーこっちだよ〜」
何故か俺は妖怪きぐるみ少女(某電気ネズミ)に腕を掴まれ何処かに連れて行かれようとしていた。
急いでるはずなのにも関わらず、やけにまったりしているのはどうしてだろうか。
ぐいぐいと引っ張る着ぐるみの手は、振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるけれど、好きなようにされておく。何かあってもどうにかできるし。
「ついたよ〜」
連れてこられたのはこの時間帯にしてはやけに静かな食堂。ここを利用しようとする生徒の姿も一切見えない。
「ここでいいのか?」
「そうだよ〜」
......不安になって聞いてみるも間違いではないらしい。
「...................」
ジーっと見つめてくるきぐるみ少女
は入らないの?と視線で語りかけてくる。
どうやらこのままじゃ何も始まらないみたいだし、帰るのも気がひける。
取り敢えず俺は食堂のドアを開けーーー
「「「「「織斑くんクラス代表就任おめでとー!」」」」
「.......へ?」
食堂全体から聞こえる女子たちの歓声と、パンパンと鳴り響く何か。
頭に軽い何かが乗っている感覚がして手を伸ばしてみれば、細長くカットされている銀やら金やらの紙テープ。クラッカーだと気づくのには少しばかり時間がかかった。
「....い、いきなりどうしたんだよ?こんなに集まって」
ざっと眺めるだけでも40人近くはいるように見える。集まっている女子たちの殆どが顔見知り、つまりクラスメイトの人達だった。
あまりに唐突すぎて頭が全くついてこない。入ってすぐ結構大切なことを言っていたような気がするけど、生憎覚えるほどの余裕はない。
「まぁまぁ、織斑くん細かいことは後にして、ね。取り敢えずはいこれ」
隣の女子、相川さんとかいった子に紙コップを渡され、そのままオレンジジュースを注がれる。
「....これは一体」
いつの間にやら騒がしかった女子たちは静まり返って俺を見てるし、何をすればいいのか分からないで正直居心地が悪い。
「ほら、ここはかんぱいっていうところだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ」
誰かと集まってワイワイやるということをあまりにしたことがないからイマイチ分からない。前に参加した時はどちらかといえば傍観していたくらいだし。だからいきなり主役なんでなんだかむず痒い。
「おりむーはやくー。いつまでたっても始まらないよぉ〜」
「.......そうだな」
みんなを見る感じ俺がクラス代表になったのを祝おうとしてくれているようだった。純粋に騒ぎたいだけかもしれないけど、今は少し嬉しかった。
「えーと、乾杯」
「「「「かんぱーいっ!」」」」