「ごめんなさい。手伝って貰って」
「いや、好きでやってるだけだから気にしなくていい」
さっきから幾度となく謝ってくる少女、更識さん。
本当に申し訳なさそうにしていると、殆ど人に頼ったり助けられたりという経験がなさそうだ。
とはいえ、ハードカバーと言うような分厚い本を10数冊を1人で運ぼうとするのも無茶な話だとは思うのだけども。わざわざ手で運ばなくても、台車を使えばいいとは思ったが。
「それにしても難しい本を読むんだな。FCS基礎理論とか俺には全く理解できないよ」
「....そうでも、ない。基本をしっかりすれば案外簡単に理解出来るから」
少し遅めな更識さんの歩調に合わせて歩きながら、思ったことを素直に口に出した。種類こそ違うが概ねがロックオン制御に関する専門書ばかり。
それを慣れれば簡単だというのはすごいと思う。
「基礎をしっかり、ねぇ。一度苦手意識を持つとなんだかな」
軽く肩をすくめると、更識さんは不意にくすりと笑う。
こうして見るとやっぱり年相応の少女だった。
倉持技研で会った時抱いた第一印象は、俯いてばかりいる静かな子だなと。失礼なことだとは思うが、良く言えば大人しい、悪く言えば内向的と言うのだろう。この専門書ばかりなのも助長していた。
俺がそこまで言えるほど年食ってはいないけど、その笑顔は年相応で十分可愛いと思う。
「そう言えば、この本って何処まで運べばいいんだっけ?」
「え、えっと整備室までお願い出来る?」
「分かった」
整備室といえば、放課後にISの自主練習でたまにお世話になっているところだ。今歩いているところからは数分で着くはずだ。
廊下の窓から覗く空は少し暗くなり始めている。この本を運んだらもう帰るしかないかないだろう。
この時間になると食堂は混み始めるが、かといって空くのを待てば終わってしまうだろうし。
「あ、あの。あの時はありがとう.....」
「あの時?あぁ、あの時か。別にお礼をされるようなことじゃないからさ。そこまでしなくていいって」
唐突に謝る更識さん。
ぺこりと頭を下げる姿を見せられて、何がなんだか分からなくなり困惑するものの、すぐに何のことだかを思い出した。
間違いなく倉持技研のことだろう。
「それでも、貴方のお陰で“後もう少しでISが完成出来る”ようになったから」
「......は?」
聞き捨てならない言葉が更識さんの口から飛び出した。
あまりにも予想外の事に頭の中が混乱してしまう。
「ちょっと待ってくれ。もう少しでってあいつらは作らなかったのかよ.....?」
脳裏に移るのは倉持技研の面々。
自分の会社の名誉を得るためだけに、すべてのプロジェクトを凍結させ、俺の名前を利用しようとした汚い連中。
最後の最後までごねていたが、結局は俺の専用機は作らずに更識さんのISを作るよう約束させたはずだ。
腹いせに開発を再開させなかったとでもいうのか。
「ち、違うの。きちんと私の専用機は作って貰ってる。そうしてもらったのは私がお願いしたから」
「.....全く理解出来ないんだけど」
「私の専用機打鉄二式は武器を除いて完成してる。ただ武器類が出来上がってないから本当に完成しているわけじゃないだけだから」
「そういうことだったのか......」
倉持技研の奴らが作らなかったとばかりしか考えていなかったから思わず脱力してしまう。
もし予想通りだったら問答無用で殴り込みに行こうかと考えたがそんなことはなかったようだった。
「ごめんなさい。説明不足で」
「いや、勝手に勘違いしてただけだからいいんだけどさ。なんでわざわざそんなことをする必要があったんだ?」
「初めて自分で考案した武器だったから。だからどうしても私の手で作りたかったの。私が使うからせめて武器だけでも私の思うように仕上げたかったから」
「そっか」
強い意思を込められた言葉に横槍を入れることをしないで、短く返事を返すといつの間にかついていた整備室の中に入り、本を言われた通りの棚の上におく。
どれもこれもが専門家ですら早々理解できているかも疑わしいレベルのものばかり。FCS、もっと詳しく言えばミサイルロックオンシステムについて。
更識さんは慣れれば簡単だと言った。でも、これらは慣れればというものではないのは明らか。
「...............」
チラリと横目で見てみれば、もう真剣な眼差しでディスプレイ型のパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。
そしてその前にあるのは更識さんの専用機だろう打鉄二式が佇んでいる。防御重視だったはずの打鉄とは異なる、機動力を重視したのを思わせるスラリとした装甲のIS。
一から作るわけではないにしろ、莫大な時間がかかるのを1人でしようとしている。学生の身でありながら、それこそ暗闇の中を手探りで進んでいくかのように。
「.......なぁ、1人で大変じゃないのか?」
「うん。確かに大変だけど、でもずっとそうだったから。私は平気だよ?もう、こんなことは馴れっこだから」
強がっているのは俺でさえ分かった。
寂しさを、辛さを隠しているかのようになのは一目でわかる。揺れる瞳がそれを物語っていた。
目は口ほどに物を言うというのは間違いない、そう思えるほどに。
あの戦争が終わってから1年間、ずっと残党狩りからたった一人で逃げ続け、独りの辛さに押しつぶされそうになった経験があるからこそ、1人の辛さは分かっているつもりだ。
1人と独りの意味合いは違う。
更識さんは前者だろうと思う。助けを求められるはずなのに求めることが出来ない1人。
孤独な誰もいない独りよりもずっと辛いそれ。
なのにそれを今まで耐え続けて、慣れているから平気だと言える強さ。
「なぁ、俺もIS作るの手伝ってもいいかな?」
「え.....?で、でも」
でもその強さは儚く、そして脆い。
ちょっとしたことで壊れてしまいそうなほど。
「この打鉄二式がさ。完成して空を飛んでいるところを見たいんだ。ダメか?」
だから、支えてあげたかった。
壊れてしまわないように。
「こんな時間に呼び出してなんなんだよ?」
「呼び出した4の5言わずに晩酌に付き合え」
「おいおい」
もうすぐで消灯時間になりそうな時に呼び出されたかと思えばこれだ。
放送じゃなくてわざわざ電話で呼び出したのもうなづける。
「やっと仕事が終わったものだからな。少しくらいいいじゃないか」
「いいだろうって、なんで俺まで」
「一人酒はつまらないからに決まっているだろう?山田先生には断られてしまったからな」
「.............そうかよ」
くくく、と笑う姉さんに勝つことなんて出来ないので、両手を上げて降参のポーズ。
少しじゃ済まないだろとかは言わないでおく。どうせ姉さんは飲んだら止まらない。
「ほれ、一応おまえは未成年だから、酒を飲ませるわけにもいかないからこれでいいだろう」
「..............................」
そう言って渡されたのは確かに酒じゃあなかった。
俺は馬鹿だと思う。姉さんは酒は飲ませられないと言った。でも、ノンアルコールのはダメとは言っていない。
つまりそういうこと、スミカ・ユーティライネンです(´・ω・`)ノシ
.......やめよう、俺には似合わない。
「そんな顔をするんじゃない。気分を出すのは大切なことじゃないか。ノンアルコールだから問題はないだろう?」
「はぁ、もういい」
深いため息を一つついて乾杯を交わす。ここ最近はこういったことがなかったからか、すっかり油断していた。
........今日満足に睡眠時間取れるだろうか。さっさと酔い潰れてくれないかな。
「やっぱり仕事終わりの一杯は最高だなぁ。そう言えば一夏、好きな女でも出来たのか?」
「ブーーーーーーーッ!!?」
「いきなり噴き出すな、汚いなじゃないか」
「い、いきなり何言い出す!?」
あまりにも予想外の言葉に、思わずのみかけていたノンアルコールビールをおもいっきり吹き出してしまう。
「篠ノ之から最近帰るのが遅くて構ってもらえないと言われたからに決まっているだろう?ここは女子ばかりだからもしかしたらと思ったが、ビンゴのみたいだな?」
「....別にそんなことはないんだけど」
「ふむ。じゃあ放課後に整備室に出入りしているというのはどうなんだ?更識とISを作っているそうじゃないか」
「いや、そこまで知ってるなら聞くなよ........」
酒が入った姉さんはかなり面倒くさい。
本当それを体現するかのように、わざわざ知っているのに俺自身から聞き出そうとする。
そんなことがあるから家ではどっちが相手をするか、壮絶な交渉劇をマドカと繰り広げたりする。
2人で相手するという考えはない。
「更識に目をつけるとは中々いい目をしているじゃないか。女の私から見ても可愛いと思うからな。頭もいい上に家事もできる」
「姉さんと違ってーーゴブッ!?」
「そんなに殺されたいか?」
ぼそりと呟いたはずなのに聞こえていたらしく、本気の拳骨を頭にもらう。あまりの痛みに目の前が涙で歪む。
畜生、聞こえないと思っていたのに。
「そこまで気にするならできるように頑張れば....イエナンデモナイデス」
普通に当たり前のことを言おうとしたまでなのに、その凄まじいまでに殺気の込められた視線に黙らされる。
まぁ、姉さんはマドカから台所出禁を受けているほどだから。料理以外はそれなりにできるのだから、頑張ればいいのだけど。
「ふん、話が逸れたな。まぁ、更識に目をつけたのは良かったな」
「....教師がそんなことを言っていいのか」
「今のは姉としてだ。別に反対する気はないさ。むしろ今までそんな話がなかったから、恋愛に興味ないとばかり思っていたから逆に嬉しいんだ」
姉さんのいうことはありがちな間違いじゃないからなにも言い返せない。暗い話になってしまうけど、その頃はまだ今より戦争と逃げ続けた辛いトラウマからあまり関わりを避けていた。
そんなだから恋愛などもってのほかだった。弾たちと出会ってからは変われたけど、やっぱりそういうのは無理だった。
「だからそんなことはないって」
「まぁ、行くなら全力で行くことだな。ライバルがいないと言っても振り向いてくれるかはお前の努力次第だからな」
いつの間にか空いたビール缶は二本に増えていた。
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