自分ではわからないことがある。自分が元気なのか、元気じゃないのか。自分じゃわからないんだ、今の自分がどんな顔なのか。お姉ちゃんに部屋に呼び出されて、机に置いてあった鏡を見てびっくりしたよ。自分の瞳に、光がないように見えた。
でも、お姉ちゃんが言うほど悪い状態じゃないとも思った。顔はいつもの肌色を保ってるし、唇は赤いし髪は青い。
お姉ちゃんに色々聞かれたけど、本当に何かあったってほどじゃないんだよ。あかり君と確かに過ごしていた夢の記憶を、あかり君が何も覚えてないってわかった時は寂しかったさ。現実と同じように街を歩いていたのに、現実とは違う、確かな胸の高鳴りをあの時は感じたし、唇を重ねた時は頭が溶けそうなほど嬉しくて、思考が回らなかった。私にとっては、もう一つの現実だったんだよ。あの時、あの夢は。
お姉ちゃんが私を励まして、勇気づけようとしてくれてるのはすぐにわかった。あかり君に対して本気で怒ってるのも、嬉しかった。私のために自分が嫌われてでも、あかり君を叱りつけようとしてくれたんだから、思われてるって感じてね。
でも、そんな面倒なことは必要ないってことにも気がついたんだ。あかり君が覚えていないのも事実、私だけが知っているとも言える。あれは確かに夢で、現実に似た嘘だった。全てが嘘くさいあの世界は、答えになっちゃいけないから。あの嘘みたいな夢は、あの時だけを切り取ったら幸せでも、現実よりも不幸が積み重なった末の世界だと思うから。
嘘みたいな夢を掲げて、現実にするのが人間、でしょ? あの夢とは違う、もっと幸せな答えを目指したいって、本気で思えたんだ。だからあの夢は見てよかったし、あかり君が忘れてくれてよかった。もう1人の私に言われたこと、胸に秘めておこう。夢ではなく本物を見よう。
お姉ちゃんと話した後、リビングに降りたらあかり君が待ってた。何ともなさそうに座ってるけど、あかり君も私をずいぶん心配してくれていたみたい。道端で倒れた猫を見てる子供みたいに、不安そうな顔で見られると、私まで不安になっちゃうよ。
でも、そんな子供は総じて何か考えてるんだ。あかり君も、何か考えてたみたい。お姉ちゃんがいなくなって、私が口を開いたらさ、ガンガン話し始めたよ。やっぱり元気なのがいいね、私も頑張ろうって思えるから。それにあかり君が考えてたのはデートプランみたいで、それも嬉しいね。お姉ちゃんも、あかり君も、私のために色々考えてくれてるんだなってね。
それで私達が行ったのは、大きなゲーセンにあるクレーンゲームのコーナー、特に欲しいものはないけどあかり君が好きそうなぬいぐるみを狙って歩く。サメとエビと、後は何を取ったかな。好きそうなのを見つけたら、話しながら取ってった。海産物が多いなって思ったけど、好みは偏るし普通なのかな。今度水族館にでも行こうかな、誘ったら喜んでついてきそうだし。
私はあかり君が好きなぬいぐるみだけ取ればいいと思ってたんだけど、あかり君は私のためにぬいぐるみを取りに来てたみたいでね。でっかいサメの抱き枕を渡されちゃったよ、2匹持って歩くのは邪魔すぎる気もするけど、まぁいいか。家に置きに帰るのも手間だし、このまま遊んでしまおう。
そのまま
…ダジャレじゃないよ、本当に通りたい通りがあったの。夢の中で歩いた、あの道。夢は夢だけど、忘れたくないからさ。夢を現実にするために来た、って言うとカッコつけ過ぎ? でも、そんくらいの気持ちできたよ。あの夢は嘘であって現実じゃないけど、確かに在ったんだなって。
その通りを私達は歩いた。あかりちゃんもいなければ、天才な私もいない。でも、やっぱり今は楽しい。なんてことないんだよ、ただ歩いてるだけなんだから。でもね、楽しいんだ。近くのお店を見て、あの服はあかり君に合うだろうなぁ、あのお菓子はお姉ちゃんが好きかもなぁ、って考えるの。普通が1番だなって、しみじみ思うよ。
理由もなく通りを歩くのもなんだからと、あかり君に誘われて鯛焼きを食べることにした。鯛焼き屋がある場所、夢の中だと何にもなかったな。あの夢が現実じゃないんだなって再確認しながら歩いていると、私の手を握るあかり君の力が強くなった。早く行きたいんだね、急ごうか。
自分から走らないなんて珍しいと思ったら、私に気を使ってくれたみたい。鯛焼きの味も私に合わせようとしてる、そんな必要ないのにね。だから言ってあげた、あかり君はカスタードとあんこが好きなはずだから、その2つをね。あんこは絶対に好き、前に言ってたから。カスタードは、子供の頃に口につけてたから好きなはず。黄色いから目立つんだよね、カスタード。私も好きだよ、何でもだけどさ。
あかり君、食べたそうにしてるから取り分けてあげないとね。尻尾取って渡したいし、ちゃんと頭を掴んで…
…え? …あ?
…だめだ、動揺しちゃだめ。指を食べられたくらいで… 指、いや、考えないようにしよう。夢の中でキスしたんだよ、このくらい、このくらい… 落ち着け、何か言え私、とりあえず何か言わなきゃ…
「別にいいけどさ」
よし、これでいい。指拭いたほうがいいかな、でも二度とない経験かもしれないし、いや流石に拭かないと汚いか…
「ごめん、葵」
え、なんで謝られ… 指のことか、謝られるよね、うん。怒ってないし、嫌なわけでもないし、変に心配はさせたくもないし、ちゃんと言わなきゃ。何言えばいいか決まってないけど、とりあえず言おう。
「いいよ、でもさ。指、次は食べないでね?」
「っ! ごめん!」
気付いてなかったの!? え、葵だし指ごと食べていいかーって感じで噛みついたんじゃないの!? え、う、え? とりあえず怒ってないってことは伝えて、後は、えーっと。嫌じゃないってことも伝えなきゃか。
…嫌じゃないって言ったらさ、これが好きだって思われそうで怖いな。人前で何度もされたら困るし、ちゃんと注意はしなきゃかな、うん。
…朝も思ったけど、私って自分の事を分かってないんだろうね。少し話して、変な空気になっちゃったから手を繋いで街を歩こうと思ったのに、手を拭いてなかったよ。拭かなきゃ変ってわかってたのに、拭かなくてもいいかなって勝手に思っちゃってたよ。
頭じゃわかってるんだけどね、そりゃ誰だってわかるか。人に
「…葵は凄いね」
「何も凄くないよ?」
「辛くても隠せちゃうし、嫌なことも嫌って言わないし、何でも許してくれる」
「……」
「でも、言っていいんだよ? 辛いことも、嫌なことも。僕に、怒鳴ったってバチは当たらないよ。わがまま言っても、誰にも咎める権利なんてないんだしさ」
「……特に、何もないよ」
「…いつか、昔みたいに、本音で話してよ、僕にもさ」
本当なんだけどな…