私達が家に帰ってきたのは夜だった。冬の夜らしく真っ暗で、風が吹くと震えてしまうように寒い、そんな夜。でも、寒いとは思わなかった。変なことを言ってるのはわかってるけど、本当に寒いとは思わなかった。2人きりの、楽しいデートだった。
家の電気はついていて、あかり君が玄関を開けた。すると、リビングの方からドタドタと走る音。お姉ちゃんが、おかえりって迎えに来てくれたのかと思ったんだけど… おかえりって感じじゃない、真っ赤でムスッとした顔のお姉ちゃんが待っていた。
「2人でどこ行っとったんや、もう19時やで? なぁ、わかっとるか?」
「ごめん、遊びすぎちゃった。次は気をつけるよ」
「まだ7時だよ、そんなに気にする時間じゃないよ」
「いや、あかん! 葵は勿論やけど、あかりも今は可愛い女の子なんやから、気をつけな大変なことになるで。門限は17時、わかったな」
「は〜い」「わかった」
「…元気になったな、葵」
「そう?」
門限破りの名人に、門限を設定されちゃったよ。これからは気をつけないと、暗い時間なのは事実だし、ね。それに、私とあかり君の2人っていうのが危険なのも認めざるを得ないから… 私は普通のJKだし、あかり君は私よりもか弱い女の子だから。
家に入って、思わず顎に手を当ててしまった。机の上に料理が無い、鍋にもフライパンにも、どこにも無い。夜7時だよ、お姉ちゃんが晩御飯を作って、もう食べきってるような時間だと思ってた。しかし私は、机に近付いた時、深く反省することになった。
机の上のティッシュ箱に、何も入っていない。足元を見ると、一杯になって入り切らなくなったゴミ箱。お姉ちゃんの顔をちらりと見る。
お姉ちゃんは泣いてたんだ、ずっと。何分何時間なのかは分からないけど、私とあかり君が連絡をせず、帰ってもこないばっかりに。そう言えば、遊びに行くこともお姉ちゃんには伝えてなかったような。
「…ごめん」
「何見とるんや、
「ごめん」
「…わかってくれたんなら、ええよ」
部屋に入って、ベッドにサメを置く。少し場所を取るけど、落とさないように気をつけながら寝よう。適当にカバンを置いて、私はすぐにリビングに戻った。今日は色々と、お姉ちゃんに迷惑かけちゃったから、少しは返さないと。
「お腹空いてるでしょ、ちゃちゃっと作るよ」
「あれ、昨日のってもう残ってないんだっけ」
「お昼にちょっと食べたら無くなってもうた。お米は炊いといたはずやで」
「うん、ありがとう。急いで作るよ、あかり君も座って待ってて」
「はーい、お菓子でも食べながら… あれ、ここに置いといたスナック、昨日食べちゃったんだっけ」
「うちはなんも知らへんよー?」
「…お姉ちゃん?」
「う、うちは、知らん! お腹空いたからって勝手に人の好きなお菓子を食べたりせーへん!」
「…茜、信じるよ。昨日食べちゃったみたいだし、僕が食べたんだよ」
「うちが食べました」
「お姉ちゃん…」「茜?」
…あかり君には悪いけど、ちょっと嬉しい。今日は朝から疲れることばかりだったし、普段と違うことが多かったからさ、いつも通りな感じが嬉しいんだ。
でも許しはしないけどね。人のお菓子を食べるのは罪だから、何があっても許されちゃいけないんだよね。冷蔵庫にあったエビを揚げたんだけど、お姉ちゃんの分を減らしてあかり君のお皿に移して… よし、盛り付け完了っと。
「ん、アイスも無くなってる。これも茜が食べた?」
「それはちゃう! 冬にアイスは食わん!」
「はい、エビフライできたからお米取ってきて」
「うちのエビ少ない…」
「人のお菓子食べたんだから、当然でしょ?」
「うーん、デザートにと思って買っといたチョコミントの棒アイスが…」
「えっ」「ん?」
「…私のエビフライもあげよう」
「葵…」「せやろなぁ…」
自分が言ったんだから責任は取るよ、エビフライをあげよう。でも思うんだよ、冷蔵庫にチョコミントアイスが入ってたら誰だって食べるでしょ? それに私が大好きだって知ってるのに見える位置に入れてたんだから、あかり君にも罪はあるよ。エビフライ返してもらおうかな…
いや、今日は色々とお世話になったしお礼としてエビフライはあげよう。今日じゃなかったら取り返してた、でも今日はあげる。配膳したし食べる前に手を洗って… あ、ハンカチベタついてるんだった。服で拭いちゃうか、ハンカチは後でいいや。
「ごちそうさまでした!」「ごちそうさま!」
「お粗末様でした、皿は流しに置いといて。洗っちゃうから」
「うちが洗うから、風呂入っとき」
「僕も洗うよ。葵は休んで」
「…わかった、ありがとう。先に入らせてもらうね」
食事後、私はお風呂に向かった。好き好んでというわけじゃないけど、皿洗いはいつものことだったから不思議な感じがする。たまに2人がやってくれることもあるけど、私が料理した時ってよほど体調が悪かったり機嫌がよくないとき以外は自分からやってたしさ。
…いや、よほど体調が悪いと思われてるからやらせてもらえないのか。機嫌が悪い、とも思われてるのかな。別にいいか、2人に働いてもらおう。一番風呂って滅多にない気がするし、今日はゆっくり休ませてもらおうかな。
ちゃっと服を脱いで洗濯籠に。ハンカチもポケットに入ったままだけど、まぁいっか。浴室の扉を開けて、シャワー浴びて… あー、気持ちいい。今日は沢山歩いたし、こういう日はいつも以上に気持ちがいいね。汗もかいただろうし、しっかり洗って… これでいいかな、お湯に浸かろう。
…っ、ちょっと冷えてるな。冷たいというより、
にしても、追い焚きってちょっとうるさいね。耳障りなほどじゃないけど、いつもは無音なくらいに静かだからさ。音がしてるってだけで不思議な感じだよ。浴室からじゃリビングの声は聞こえないからなぁ、脱衣所まで来てくれたら話せるんだけど。
「んー、ふぅ。気持ちいいなぁ」
「失礼しまーす…」
追い焚きの音に気を取られて気付けなかった。扉の方を見ると、そこにはあかり君が。えっ、なんで?
…なんで?
「ごめん、やっぱり出てたほうがいいかな」
「いや、いいよ。背中、流そうか?」
「葵がいいなら、お願いしてもいいかな」
「うん、任せてもらうよ」
とりあえず背中は流せることになったけど、どうしようか、ねぇ? いつもは私から入りに行くから計画的だけど、今は入られた側だからね… 私には何一つ計画はないけど、あかり君も特に作戦があるわけじゃなさそうだし、私が何かをしたほうがいい気もするけど…
「今日はどうしたの? 私と一緒に入りたかった?」
「…えっと、それっぽい理由が浮かばなかったから素直に言うね」
「自分から来たわけじゃないんだ、教えて?」
「茜に言われたんだ。あかりが行ったら葵も喜ぶでーってね。それで、行ったほうがいいのかなって」
「へぇ…」
…なるほど、お姉ちゃんの回し者か。お姉ちゃんが何をしたいのかもよくわからないな、朝の感じなら自分で来ると思ったんだけど。あかり君に対して怒ってたと思ったんだけど、あかり君を送り込んでくるって、よっぽど信頼してるって感じちゃうよね。だってお風呂だよ、妹の裸を信頼してない相手には見せられないでしょ。うーん、わかんないけど、まぁいいや。お姉ちゃんとあかり君の仲がいいのは私にとっても良いことだし、同じ屋根の下で暮らしてるんだから当然だよね。
「はい、洗い終わったよ」
「葵の背中も洗おうか? って思ったけど、先にお風呂入ってたしもう洗ってるか」
「…それじゃ、明日お願い」
「………わかった」
「やってくれたら嬉しいけどさ、嫌ならいいよ。声が凄い嫌そうだったけど」
「いや、やるよ。うん、やる。明日、お風呂に入るときに言ってね」
「…よろしく」
絶対に嫌がってたよね、間がやけに長かったしさ。でも、それでもやるって言うなら、その優しさは受けたほうがいいと私は思うな。それに、もう慣れたでしょ。何回も入ってるんだよ、もう恥じらはないで欲しいんだけどね。でも恥じらってるのも一興かな?
…何を話そうかな、作戦もないけど、話題もないんだよ。私の普段使う作戦として、話し続ければ恥ずかしいとも思わないっていう作戦があるんだけどさ、何も話すことがないんだよね。恋人とのお風呂だよ、まだ私とあかり君って高校生なんだよ? 恥ずかしくないわけがないんだよ、誤魔化してきただけで。どうしよう、黙ってると少しずつ恥ずかしくなってきた。
だめだ、1回意識すると止まんなくなる。落ち着け私、落ち着けるはずだ私。湯船につかって落ち着くんだ、ふーっ… 隣にあかり君がいるんだよね…
「……」
「……」
「…気持ちいいね、お風呂」
「う、うん、温かくていい気分だね。1人で入ってるより、一緒の方が温かく感じるよ」
「追い焚きしてるからね、さっきより温まってるよ」
「あ、そっか、そうだった」
「前に2人で入ったのっていつだっけ、
「そう、かもね?」
「葵、顔が赤いけど大丈夫? のぼせた? 外まで運ぼうか?」
「大丈夫、別に、なんともないよ」
なんでいつもと違ってあかり君は恥ずかしがってないんだ…