僕は今、お風呂にいます。ちらりと横を見ると、少し顔を赤らめた葵が目を閉じてどこか祈っているように見えます。はい、僕は今、葵とお風呂に入っているのです。なんでこうなったのか、少し前に遡ります。
家に帰ってきた僕と葵は、茜と話しながらご飯を食べました。そして僕と茜が皿洗いを引き受けて、葵が浴室に向かった時です。茜が僕の肩を掴んで、浴室のある廊下の方に突き飛ばしたんです。何するのって言いましたよ、勿論。
そしたら茜はこう言ったんです。『あかりも風呂に行ってええよ。というか行きなさいな』って。なんでだろうって考えて、立ったままになっていた僕に対して、茜は更に畳み掛けるようにこうも言ってきました。『その方が葵も喜ぶやろうし、最近入ってへんから葵のテンションも低いんちゃうん? ほら、嫌やないなら早う行かんか?』
僕も納得したので、迷うことなくお風呂に向かいました。この時は何にも思わなかったんですよ。葵の裸を見るのも、自分の裸を見られるのも恥ずかしくて嫌なのに。それに、茜が適当なことを言ってるって気付いたのは扉を開けて葵の顔を見た時だったので、引き返せませんでした。
そうなんですよ、一緒にお風呂入ってないからテンションが低い、なんて言葉に騙されたんですよ! 元々、滅多に入ってないんですから最近入ってないだけでテンションが下がるわけが無いのに! 茜にしてやられたって感じですよね、なんで茜がそんなこと言ったのか分かりませんけど。茜のことだから、なんにも考えずに思いついたこと言っただけだと思いますし、怒りませんけどね。もうなってしまったことはどうしようもないですし。
でも不思議なことに、今はあまり恥ずかしくないんです。そりゃ、体を横に向けて正面から葵を見たら、頭が弾けると思いますよ? 慣れたってわけじゃないですし、今でも想像したら真っ赤に染まっちゃうと思います。いつもと違って葵が僕から離れてるので、凄い楽なんです。肌が触れてないからかな、現実って感じがしないのかもしれません。
もしかしたら、見てないっていうのが良いのかもしれません。いつもはお風呂に乱入されてるので、『えっ!?』って振り返って見ちゃうんですよ。でも今日は僕から来ましたからね。葵の体はお風呂に入ってたので見えませんでしたし、体を洗ってもらっただけですからね。何にも見てないから落ち着いてるんですよ、次に葵が乱入してきた時は振り返らないように気をつけないとですね。
…っと、ずっとこんなことを考えてちゃいけないですよね。葵とお風呂に入ってるわけですし、何か話さないと意味がなくなっちゃいますから。こういう時にしか出来ない話も… ないか、でも2人で黙ってお風呂ってつまらないですから。何を話そうかな、葵に話題を振ってもらうことが多いので悩んじゃいますね。でも葵はずっと深呼吸してるので僕が話さないと…
「年越したら、どっか遊びに行かない? 今年は遊園地くらいしか行かなかったしさ、ちょっと寒いけど遊びに行こうよ」
「…その話は、お風呂出てからでいい? もう出るから」
「もう出ちゃうの? あったまってる?」
「…うん」
「それならいいけど… 僕のせいで早く出るんなら、僕が出るよ。ほら、葵は休んでて」
「…いや、…一緒に入ろう」
「そうなの? じゃあそうする」
この感じ、少し覚えがあります。僕も同じようなことを言ったような気がします。それに、同じようなことを言われた気もします。恥ずかしくなって早く出ようとしたら、まだ早いでしょ、あったまろうよ、もっと話そうよ、ってね。僕と葵って似た者同士なんですかね。それもいいですよね、相手の気持ちがよくわかりますから。 …いや、葵が辛そうな時に気付いてあげるためにも、もっと理解しないとか。気持ちが分かってる、なんて言っちゃだめですね。
「…それで、どこ行きたいの?」
「それは考えてないんだよね。どこか行きたい所ある? 2人が嫌なら、皆を誘って旅行でもいいよ?」
「…それはいいかな、大人数で旅行は疲れるよ。皆好みが同じってわけじゃないんだし、さ」
「じゃあ、2人でどこ行く? 海でも山でも、どこでもいいよ」
「海は寒くて入れないし、山に行っても遭難するだけだよ。それに、そこまでお金もないでしょ?」
「…確かに」
旅行したいなぁって思ったので話ししたんですけど、お金のことを失念してました。僕、親からの仕送りだけで生活してるんですよね。生活って言っても、今は琴葉姉妹に託してますけど… 葵も、バイトしてるって話は聞いたことないのでしてないと思います。してたとしても、旅行に行けるほどは稼いでない、はずです。
「じゃあ、近くで遊ぼうよ。それならお金はかからないしさ」
「…それ、今日と同じじゃない?」
「…確かに」
「……」
やばい、葵が黙っちゃった… どうしよう、僕が葵の立場だったら、今すぐにでもここを飛び出していきたいって思ってるはず… でも、葵のことをもっと知りたいし、一緒に遊びたいし…
朝のことが、ずっと頭の中から離れないんです。僕が何か悪いことをしたのは間違いないのに、葵は何も話してくれないし、僕に対しては何も問題がないみたいに振る舞ってたのが、忘れられないんです。葵は大切な幼馴染ですし、恋人ですから、もっと正直に話してほしいし、芝居みたいに誤魔化されるのは嫌なんです。
葵の中では、僕より茜のほうが信頼できるのはわかってます。でも、僕だってもっと信じて欲しいし、全部話して欲しいんです。2人旅行なら、ずっと一緒で色んなことをしますし、お互いに仲良くなれるかなって思って提案したんですけどね…
…待てよ、“お金をかけずに”“僕と葵の2人だけで”旅行できるなら、いいんですよね? 葵も、僕と2人で旅行に行くのはオーケーみたいですし。よし、止まってては何も進まないんです! 当たって砕けろで、提案してみましょう!
「ねぇ、僕の家に来る?」
「…2人であかりくんの家に?」
「うん。プチ旅行、みたいな感じでどうかなって。帰りたくなったら、いつでも帰れるしさ、どうかな」
「…わかった。お姉ちゃんに話してくるよ」
「うん! お願い」
葵は、僕を置いてお風呂を出ていきました。さっきまではお風呂から出したくなかったんですけど、もう止めなくて大丈夫ですね。話は終わったんですから。
…茜には申し訳ないな、葵を奪うことになっちゃう。