「…大丈夫やろうか」
うちは、あかりをお風呂に追いやった。葵はあかりのことが好きやし、誰かとお風呂に入るのも好きそうやった。だから、葵が喜んでくれるやろうなぁって思って押し込んでやった。せやけど、やっぱり不安なんや。妹の入ってるお風呂に、恋人を押しやるって、ほんまに間違ったことをしてへんのか疑問になるん。
でも、そんなうちの不安は完全な杞憂やった。お風呂から出てきた葵は笑顔で、勢いよく部屋に走って行った。何をしに行ったんかは聞かんけど、嬉しそうな笑顔やったし、お風呂でいいことがあったんは違いない。葵のことやから、日記でも書くかなって、そう思っとった。
あかりがお風呂から帰ってきたらうちも入ろうと思って、リビングで待っとったんや。せやのに、あかりが全然出てこーへん。葵と一緒に出てくるもんやと思ってたし、少しだけ不安になった。葵があかりを仕留めてたらどうしようって。
リビングに先に戻ってきたのは、葵の方やった。
「お姉ちゃん、明日から紲星家に泊まりに行くね」
…え? ちょい待てや、急に何を言いだしたんや葵は。紲星家に泊まりに行くって、今はあの家に誰もおらんやろ… あかりの親が帰ってきた、とも思えん。うちに何にも情報が来ないとは思えへんもん、あかりのお母さんからなら、うちにも連絡が来るやろうし…
葵が1人であそこに泊まるんなら絶対に止めるんやけど、1人で泊まるわけはあらへんよな。だって、元はあかりが女の子になった時に、1人やと危ないからって琴葉家に連れ込んだんよ? せやから、多分…
「あかりと2人で行くんか?」
「うん、2人で」
「うちのこと、嫌いになったんか?」
「違うよ、簡単な旅行気分、って感じかな」
…これは、絶対に止めなあかん。葵があかりの家に泊まりに行く、昔なら許せる。でも今は許せへん! あかりの家には親もおらんし、あの2人だけになってまう。それに、“明日から”って言ったよな? それって、
「だめ。何を言われても、認めへんで!」
「どうして? 去年も泊まりに行ったじゃん」
「去年と今はちゃう! 2人きりで何日も過ごすつもりなんやろ? なぁ!」
「うん。何か泊まっちゃいけない理由があるの? 今でも、2人で同じ部屋で寝てるのに」
「ぐっ…」
痛いところを突かれてもうた… そうや、今でも一緒に寝てるんや。でも、まだ2人は未成年なんや! 絶対に2人で同棲させるわけにはいかへん、どうやって止める…
「…そ、そうや。女の子2人じゃ危ないやろ? 3人でここに暮らしとった方が安全やで?」
「その心配はないよ。この前遊びに行った時にミコトさんに教えてもらったんだけど、紲星家って防犯がちゃんとされてるんだって」
「いつ行ったんや、何をしに行ったんや」
「それは別にいいでしょ?」
「むぅ… そうや、うちが1人になるやん。うちが危ないで、なぁ?」
「でもさっき、私とあかり君の心配してたよね。それって、ここが安全だってお姉ちゃんも暗に認めたってことでしょ。不安なら、ミコトさんに調べてもらおうか?」
「ぐうっ!」
しまった、先に言わなあかんかったか… うちが1人になる方が危険なんやから、そっちから攻めな… しゃーない、第二第三の矢で攻めるしかない!
「うち、葵と離れるの寂しいなぁ。ほら、すぐ泣いてまうし」
「…そうきたか」
「なぁ、うちは葵と一緒に暮らしたい。葵は嫌なんかな?」
「嫌じゃないよ」
「なら、皆でここで暮らそうや」
よし、いける! このまま押し切れば、葵をあかりの家に行かせないですむ! なんとしても止めてやるんや、2人暮らしなんて絶対にさせへん! お姉ちゃんとして、ここだけは守りきらねばならんラインなんや!
「でもさ、普段だってずっと一緒なわけじゃないでしょ? 今日だって、先に私達から離れたのはお姉ちゃんだよ?」
「ぐっ、でも…」
「でも?」
…上手い言葉が出てこん! もう面倒くさい、はっきり言ってまった方が早い!
「2人暮らしなんてしたら、葵の理性が持たんくなって大変なことをするかもしれへんやろ!」
「私が問題起こす側なの!?」
「せやろ、あかりは恥ずかしいと動けなくなるくらい弱いんやから。2人で朝から晩まで、ご飯もお風呂も寝るのも一緒やと、葵が一線を越えるのは目に見えとる!」
「…それが、私を紲星家に泊まらせたくない理由?」
「そうや、大人になるまでは認めへん」
「ならなんで今、あかり君をお風呂に仕向けたの?」
「…え? そりゃ、なんでって、葵を喜ばせたくて…」
「私に一線を越えさせようとしてるのは、お姉ちゃんなんじゃないのかなぁ? それなら、お姉ちゃんから離れた方が問題は起こりづらいんじゃないかなって、私は思うんだけど」
「なぁっ!?」
…そう、なんか? うちが葵に、一線を越えさせようとしてる、え? 葵を喜ばせようとしただけ、やったんやけど…
「それに今、私はデッドラインに向かって近付いてすらいないよ。だから安心して、信じて。お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの妹だよ? 何にも問題は起こさない、ね?」
「……せや、な?」
「… 葵、何してるの? 茜、落ち着いて、茜は何も悪くないから。葵の口車に乗せられて、不安にならないで」
「あかりはなんでこっち側なん!?」「あかり君はなんでお姉ちゃんに味方するの!?」
「え、葵が茜を虐めてるようにしか見えなかったから…」
「しないよ! 紲星家に泊まる許可を貰ってだけだよ」
「そう? 本当? 僕、心配だよ? 茜、大丈夫?」
なんなんや、あかりは… 急に話に混じったと思ったら、うちを庇いに来るし、無茶苦茶やん。そうよなぁ、あかりはそういう奴やもんなぁ。あかりが味方してくれたから、自信は出てきたけど… こういう2人やもんなぁ…
「…なんか、馬鹿らしくなってもうた。泊まりたいなら好きにしてええよ、もう」
「いいの? 本当に?」
「約束してくれるんならな。何も問題を起こしません、何かしでかしたらすぐに連絡します。わかったな?」
「はーい!」「わかったよ」
「はぁ… 約束、忘れるんやないで」
「うん。それと、ごめんね。適当なこと言って追い詰めちゃって。全部、それっぽいだけだから。気にしないで、言質が取りたかっただけだから、ね?」
「…許さへんからな」「やっぱり虐めてたんだ…」
葵に口論をしたら勝てる気がせーへん、やっぱりうちの方が正しかったやんな? というか、それっぽい事を言ってただけって、あかりの家の防犯とか大丈夫なんかな。琴葉家は親が色々つけてくれた筈やけど、紲星家の事情は知らんから、不安や。でも、許可出してもうたし、信じるしかあらへんか…
「うちは泊まりには行かんけど、遊びに行くのはええやろ?」
「もちろん、皆で遊ぼうよ」「……うん」
「じゃ、何度も行かせてもらうわ。ゆかりさんとかミコトさんにも伝えんと、これからの遊び場は琴葉家やなくて紲星家やって」
「紲星家に来る時は、絶対に家の戸締まりはチェックしてきてよ」
「任せとき、お姉ちゃんを舐めるんやないで」
うちは、部屋に戻った。それから、考え込んだ。これでええんか、本当によかったんか。なんとしても、止めなきゃいかんかったんやないんか。わからん… でも、もう戻れへん。決めてしまったんや、泊まっていいって言ってしまったんや。
不安や… 信じてへんわけやない、大事な妹とその恋人やもん。でも、それでも、心配なのが姉ってもんやろ?
「はぁ…」
しっかり、毎日行こう。葵とあかりのためにも、うちは頑張らないかんのや。2人が道を… 葵が道を踏み外さんように、しっかり見守ってやらんと。
あかりを守ることにはならんでくれよ…