「琴葉葵さん、入って下さい」
「失礼します… お医者様、彼女は大丈夫ですか?」
「疲労と軽度な風邪です。数日安静にしていれば、すぐに回復しますよ。 …それでは、失礼します」
「っ… 良かった…」
「ごめんね、心配かけちゃった」
「謝らないといけないのは私の方だよ。あかり君のことを考えずに連れ回して… ごめんなさい」
「そんなことないよ! 葵は悪くないから…」
…実は、今いるのは病院じゃありません。学校で寝てたら体調を崩して、ミコトさんが呼んでくれた運転手さんに病院に連れて行かれた… と思ったらミコトさんの家に運び込まれていました。 …どうして? とも最初は思ったけど、お医者さんがすぐに検査してくれて、本当に助かったんだ。多分、鳴花家お抱えのお医者さんなんだと思う。
「何かしてほしいことがあったら何でも言って。 …過言なく、何でもするよ」
「…それなら、手を握ってほしいな」
「任せて。この手は、一生離さないから」
「一生は困るかな… トイレとか」
「そこは離れるつもりだよ…」
「…なんか、ごめん」
葵が悪くないのは本当だよ。この間のキャンプのことを思って謝ってくれてるんだろうけど、あれは楽しかったし、僕も凄く幸せだった。あれで疲れて、体調を崩しちゃったんだとしたら、僕の責任だよ。自己管理くらいは最低限自分でできるようにならないと…
「あかり君! 大丈夫かい!?」
「ミコトさん… ちょっとした疲労と風邪でした。お騒がせしてごめんなさい。それと、あリがとうございます」
「私からも、あリがとうございます」
「感謝も謝罪も要らないよ… 無事ならそれで良い。 …君の体に関しては私達にはわからないんだから。大事を取って、悪いことはない」
ミコトさん、走って駆けつけてくれたんだ。 …駆けつけてというのは変かな? ここ、ミコトさんの部屋だから… 駆け帰る? う〜ん…
「安心したよ… ただ、荷物も置いて駆け戻って来たんだ。荷物を取りに行ってくるよ」
駆け戻る! そうだ、そんな言葉があった。頭の辞書に書き足しておかないと… 書き足しすぎて読めないくらいグチャグチャになってるかも知れないけど、空白よりは良いでしょ?
「…今度、菓子折りでも買ってこようか」
「うん… 心配かけちゃったから」
「蕾ちゃん! 大丈夫だった!?」
今度はヒメさんだ… ヒメさんも駆け戻ってきてくれたんだね。 …ヒメさんの部屋じゃないし、駆け戻るじゃなくて駆けつけるなのかな? ニホンゴ、ムズカシイネ。
「お医者様に診ていただいたところ、軽微な風邪と疲労だそうです。ご心配をおかけしました」
「良かった… 何かあったら言ってね、お粥でも餅でもハンバーガーでも何でも作ってくるから」
「餅とハンバーガーは少し危険では…?」
「つっかえたりはしないよ…?」
「まぁ、やめとこっか。じゃあお粥作ってくるね」
まだ心も体もピチピチのJKだから、餅を喉につっかえたりは… なんて油断しているとつっかえちゃうのかもね。肝に銘じておこう。 …いや、ハンバーガーも危険じゃないような? 体に悪かったりするのかな… 一応、覚えとこう。
「あかっ… 蕾ちゃん、大丈夫でしたか?」
「ゆかりさん… はい、大丈夫でした。数日安静にすればすぐに回復するそうです」
「それは良かったね。あ、私は顔を見に来ただけだから、じゃあね〜♪」
ゆかり
「つぼみぃ! 大丈夫やったか!?」
「あぁ、うん」
「なんか冷たないか!? ほ、本当に大丈夫なんよな…?」
「うん… 疲労と風邪だよ、数日安静にすれば治るらしいから」
「そ、そんならええけど…」
…これは僕が悪いかもしれない。でも、仕方ないと思うんだよ。先輩達が来た後に、最後の最後で同い年の友達が来たんだよ? 雑になったというか、気が抜けたというか… 茜なら適当に返しても良いかなって、そう思っちゃった。
「ほんなら、荷物受け取るわ。あかりの家に届けとくで〜」
「これとこれだけど、持てる?」
「…いや、葵は自分の持てるやろ」
「私、ここにいないとだから…」
「あ〜… それなら、私が持ちますよ。鍵も持ってますし」
「ほんまに? 助かるわぁ」
…葵の荷物は葵が持って帰るものだと思ってた。葵はこの後帰るだろうし… …僕はこの後、どうすればいいんだろう? 体の具合でいえば、少し苦しさはあるし、怠い感じもするからここでこのまま休めたら楽なんだけど… ここは病院じゃなくミコトさんの部屋だから、僕は帰らないとだよね。
「ふぅ、戻ったよ。 …そうだ葵ちゃん、蕾ちゃんの着替えを持ってきて貰えないかな?」
「あぁ… わかりました。姉に頼むわけにもいかないので、走って取ってきますね」
「そうか、お風呂…」
「お風呂は1日くらい入らなくても問題はないが… 数日泊まるんだから、何着かは必要だろう?」
「…え、私、ここに泊まるんですか?」
「そうだよ?」「聞いてないの?」
は、初耳… というか、僕は今初めて聞いたのに、どうして葵は既に知っていたような口調なんだろう…? …え、僕、ここに泊まるの? 確かに体調はまだ万全じゃないけど、帰るくらいならできるよ…?
「…さっきも言ったけど、君の体は私達にはわからないんだ。その… 特殊だから。だから、念には念を、数日経過観察するって、医者に言われなかった?」
「定期的に通院するんだと思ってました」
「それも手ではあるが、ここに泊まったほうが楽だろう? それに、通院だと何かあった時に対応できないからね」
「…それなら、入院した方がいいんじゃないですか?」
「…事情を説明しても、納得して直ぐに入院させてくれる病院なんて、すぐには見つからないよ」
「…確かに、そうですね」
…そういえばそうだった。軽い風邪と疲労だけで入院なんて、普通できないよね。性転換症も有名な病気じゃないし… それに、経過観察も念には念を、なんだもんね。必要ないかもしれないけど、一応やってくれるんだ… 感謝しないとね。
…ミコトさん、僕の為に色んなことをしてくれるよね。今回のこともそうだけど、この間のキャンプに運転手を出してくれたり、他にも色々。僕、何かミコトさんにできるわけでもないのに…
「…ミコトさんは優しいですね」
「…私、そんなに優しいことをしたかな?」
「私はミコトさんに何も返せないのに、ミコトさんはいつも私を助けてくださるじゃないですか」
「…友人なら助け合うのは当然、違うかな? それに、私だって君に助けられてるよ」
「そう… ですかね…」
「蕾ちゃんを口説かないでください」
「はっやっ…」
「私に人の物を奪う趣味はないから安心してくれ」
葵、凄い速度で帰ってきたな… だって、ついさっきここを出たばかりだよ? 1分と経ってないのに、もう帰ってきたの…? 葵って車の何倍も早く走れるんだね… その速度で家の中は動いて欲しくないけどね。凄い、埃が舞い上がりそう。
「これ、ヒメさんからお粥だよ」
「葵、脚速いね」
「下の階でヒメさんと少し話してただけだよ、まだ行ってなかったの。 …流石にこの速度で家に帰ってたら人じゃないよ」
「時を止めていないと説明がつかない速度だね」
…僕の勘違いだったか。ちょっと恥ずかしいね。
「…それじゃあ、今度こそ行ってきます」
「ここは私に任せて、先に行ってくれ」
「…なんだか死にそうなセリフですね」
「自分で言って、そう思ったよ」
あ、お粥美味しいです。体調が悪い時のお粥ってどうしてこんなに美味しいんだろう… お粥はいつ食べても美味しいか。
「ご馳走様でした」
「おかわりとか、いるかい?」
「…お願いします」
「すぐに持ってくるよ」
「もう持ってきてるよ〜」
は、早い…! それも鍋ごと… いただきます!
「ヒメさん、凄く美味しいです」
「良かった。沢山食べて、なくなっちゃったらすぐ作るから」
「はい!」
「…流石にその量は食べきる前に止めるよ」
…とても美味しいお粥でした。お粥ですから、噛まずとも飲めるほどにとろけているのはもちろんですが、口に含むと汁と共に塩味が口中に広がるんです。柔らかいお米の薄らとした甘みに、確かな濃い塩味が刺激として重なることで、しょっぱくも甘いお粥なんです。 …ちょっとした彩りの何かの野菜も美味しいです。こっちも塩味が染み込んでいて、しっかり味がします。 …お粥に味噌を溶かしても美味しそうですね。
「ふぁ〜…っあ」
「眠い? 眠かったら寝ちゃっていいからね」
「少し…」
「食べてすぐに寝るのは良くない。少なくとも、歯は磨こう」
「わかりました… でも、歯ブラシは…」
「新品のがあるから使って。 …あ、洗面所まで歩くの、大変?」
「…少し」
自分の感覚としては、そこまで問題はないけど… でも、少し不安はある。元気な気がしてるだけかもしれないからね。 …ここで1人で動いて倒れたら、笑い者にもならないでしょ? だから、手でも握ってもらって…
「……」
「……?」
…ベッドのすくそばで屈んで、手を後ろに突きだして… 乗れ、ってこと…? …いいのかな? 僕、軽くはないと思うけど。
「待ってください! 私が責任を持って担ぎます!」
「え〜? 大丈夫だよ、私だって弱くないし。それに、葵ちゃん疲れてるでしょ? 荷物持って走ってきたんだから、休んでて」
「いえ、大丈夫です。 …蕾ちゃん、私に乗って」
「の、乗らないよ…? 私、歩けるから」
「葵ちゃんも落ち着いて。ヒメもね」
「…すみません」
「私は落ち着いてるよ?」
…ミコトさんに肩を借りて、洗面所まで行ったよ。歯も磨いたから、寝るね。 …ミコトさんのベッドで寝ちゃってもいいのかな。でも… 考えるのも面倒だな。眠い…
「おやすみなさい…」
「おやすみ♪」「良い夢を」
「おやすみ、しっかり休んで」
「うん…」
おやすみなさい。明日はきっと、良い日になると信じて! …まぁ、まだお昼だし、次に起きるのは今晩だと思うけど。
じゃ、本当におやすみ!
「葵ちゃんって、蕾ちゃんのことが大好きなんだね」
「はい。 …はい」
「私も、そんな幼馴染が欲しかったなぁ〜」
「お姉ちゃんじゃダメなのかい?」
「そりゃそうでしょ、よく蕾ちゃんの横に立てると思ったね」
「今日も妹が研がれているよ…」
…琴葉葵です。あかり君は眠ってしまいましたが、もう少しだけ続きます。
「蕾ちゃんって昔も体調崩したりしたの?」
「…あまり、そういう記憶はないですね」
「そうなんだ、ミコトが沢山検査するって言ってたからさ、体弱いのかなぁって思っちゃった」
「強い人が崩れた時こそ、しっかり調べるべきなんじゃないかな?」
「…確かに?」
あかり君の体調… 元気な記憶しかないな。毎日のように、放課後には家から私の家まで走ってくるくらいには、元気が溢れてたよ。毎日は盛ったけど、病弱なイメージはないよ。 …でも、実は昔から性転換の病気だったんだもんね。私の目って節穴なのかな… 本人も気づいてなかったみたいだし、気に病むことでもないか。
「バカは風邪をひきませんから、蕾が倒れるとは思いませんでしたよ」
「そ、そうだね…」
「ヒメに対抗して切れ味を出さなくても良いんだよ…?」
「…冗談です。でも、蕾は本当に健康でしたよ。看病された覚えはあっても、した覚えはありません」
…直近の看病の記憶は、夢の中の話だけど。そういえば、最近は夢を見てないような気がする。元々、そこまで夢を見る体質ではなかったけどね…
「…蕾を見てきますね」
「わかった。私達はリビングにいるから、何かあればすぐに呼んでおくれよ」
「すぐ行くからね♪」
「あリがとうございます」
あかり君の様子を見てこよう。きっと気持ちよく眠ってるんだろうけど、熱が出ているなら汗もかいてるかもしれないし… タオルは部屋にあるはずだから、それで拭こうかな?
…寝てるね。体触りますよ〜っと。
「んっ… んぅ…」
…ずっと時間かけてやってると良からぬ気が湧いてきそうだから、急ごうか。変に刺激しないように優しく、それでいて早く、丁寧に、撫でるように…
「すぅ…」
…ミッションコンプリート、かな。捲ってた服を戻して、布団も戻して… タオルはどうしよう。この後も体を拭くだろうし、このまま近くに置いておくか… でも、清潔なタオルのほうが良い気もするし、洗濯をお願いして別のタオルを用意したほうが… とも思う。後はこれを持ち帰って保管する選択肢も無くはない。 …嘘だよ、そんな選択はしないよ。 それやったら変態だからね。
よし、めんど… 前者の方が良い気がするから前者にしよう。動いたら空気の振動であかり君が起きちゃうかもしれないし、私がずっとここにいた方が安心するだろうからね。 …手も、しっかり握っておこう。約束だからね。
…約束なんてしてなくても、離すつもりはないけど。
「…おやすみ、あかり君」
…可愛いね、おやすみ。