「蕾、うちが何で怒っとるんか、わかるやんな?」
「はい…」
「どうして、葵の次がうちやないんや! うちに相談してから、ミコトさん達の方に行くべきやろ!」
「…あっ、そこなんだ」
「…もっと怒られることしとったんか」
「いやぁっ! そんなことないよ!」
「…葵、何か知っとるか」
「蕾ちゃんはね、お姉ちゃんを後にしたわけじゃなくて、忘れてただけだよ」
「葵ぃ!?」
「…そうかそうか」
これはちょいとお灸を据えてやらんとあかんなぁ。だって、うちはあかりに声をかけられて、一緒にマキさんの卒業祝いを考えてたんやで? なのに、それやのに! うちのことを忘れとったやと!? …なるほどなぁ?
「まぁまぁ、落ち着きたまえよ。そう怒ってばかりでは作品も怒りに満ちてしまうよ?」
「…作品? うちは蕾に良い案の話を聞きに来ただけで、クリエイティブな何かをしに来たわけやないんですけど」
「それが作品なんだよ! 私はね、看板を作ることにしたの。喫茶マキの新しい看板をみんなで作って、卒業祝いとして贈る…! それこそが、私の考えた名案なのだー!」
「…その案、うちも乗った! ええやん、やったことあらへんけど楽しそうやん! みんなで看板作り、やったろうや!」
よし、怒りは捨てよう。ミコトさんの言う通りや、怒ってばかりじゃ作品が怒気をはらんでまう。今のうちに描かせたら、叫びよりも惨たらしい顔のマキさんが生まれるかもしれん。 …そんな上手く絵なんて描けんけど。
「ほんで、うちは何をしたらええんや?」
「まずはこの紙に看板のイメージを描く。それぞれで何個も描いて、案を出していこう」
「そうだね、そうしよう!」
お絵かきタイムやな、とりあえずは鉛筆一本で戦うか… 看板なんやから、絵だけやなくてわかりやすさも必要やんな。当然文字も必要やし、真ん中に“喫茶マキ”って書いとくとして… 文字の大きさも考えんとあかんか。目立つくらい大きく… したらうるさいかなぁ。喫茶店の雰囲気に合わせるなら、おしとやかでおとなしい文字のほうがえてんやろうか。む〜…
「とりあえず描いたら? 紙は沢山あるんだし、描いて確かめるのも手だよ」
「せやな… そうするわ」
「よし、できた… うん、ダメだこれ」
「好きなだけ描いてもらって構わないが、ゴミを放り出すのはやめてくれよ…?」
「一応、捨てる前に見せて。同じ失敗をしたくはないから」
「はいこれ」
「…ごめん、虹色の文字は思いつかなかったな…」
虹色の文字か… 見た目のインパクトは最高やな、一度見ただけで脳に焼き付いて記憶を離れんやろ。 …まぁ、もしも看板の文字が虹色の喫茶店を見かけたとして、うちは絶対に入らんけどな。コーヒーが虹色とかやったら絶対に嫌やもん。ある種のモザイクみたいでな… そういうコンセプトの喫茶店とかは面白そうやけど、喫茶マキがそんな路線に舵をきる世界線は嫌やな…
「お姉ちゃんは? 何か…」
「ん〜… 金色の背景にしたら何色の文字でも喫茶店感ないって気付いたところやな」
「ダメだこれ、私が頑張んないと…」
「あぁ、派手やからとかやなくて、マキさんの髪色イメージやで?」
「私だって、マキさんの優しさイメージだよ!」
「…たとえそうだとしても、試す前にわかるでしょ」
「な、何でも描いて試したらって言ったのは葵やんか」
「それはそうだけどさぁ…」
む〜! なんや、あかりだけやのうて、うちまでセンスが悪い扱いやんか。絶対に見返したる、お姉ちゃんの意地を見せたるわ!
「そんなに言うなら葵のは良いのかなぁ〜?」
「…わぁ」
「なっ、なに?」
「…負けだ、茜」
「どうして神は葵に全ての才能を与えたんやろうか…」
背景もイラストもなく、シンプルに洒落た筆で書いたような文字だけの看板… うちらには思いつかん看板や。シンプルイズベストってこういう事を言うんやろうな。 …せやけど、負けを認めたわけやない。この路線で勝負したら勝てないってだけで、別の道を進めば勝てるはずや。
「蕾、考えて描こう。葵に描けないもので勝負するんや」
「そうだね! 私達にしか描けない、イラストで戦おう!」
「ふ〜ん… 私が絵を描けないとでも? いいよ、私だって絵で勝負してあげる」
…なんや、この勝者のオーラは。挑むな、やめておけと頭に湧き上がってくる感覚は… せやけどなぁ! ここで引き下がるのは負け犬のすることや、挑み続けな勝利はありえへんのや! うちは進む、葵に姉の威厳というものを見せたる!
「…で、その結果が、その… えっと…」
「いやー、なんか今日は調子悪いなぁー」
「なぁ、なんか気分乗らんよな。絵を描く気分やないっていうか…」
「…よくその体たらくで負けを認めないね」
「うぐっ…」「くぅ…」
…無理や。葵の描いたマキさんの似顔絵の質が高いのもあるが、うちとあかりの絵が致命的すぎる。なんでか、まっすぐ線が引けんのや… 頭の中では可愛らしいマキさんとそのお父さんがコーヒーを淹れとる風景が描けとるんに、紙に描かれたんは人になり損なったスライム達の下水コーヒー店や…
「…絵の描き方、教えようか?」
「…お願いします、葵先生」
「あっ、茜! まだ諦めないで、私たちにも勝てる勝負があるはずだから…!」
「…そもそも、勝負ではなく最高の物を作る集まりのはずだが」
「こっちのやることは終わったよ。まぁ、配達が来るまでは何もできないんだけど♪」
…あかり。時にはな、諦めずに立ち向かう勇敢さよりも、負けを認めて慈悲を乞う勇気の方が大切なんやで。
それに、ミコトさんたちはもうやることを終わらせてくれたそうや。それなのに、ウチらはまだ何の進捗も出とらん… もう、プライドは捨てるときなんや、あかり。
…せやけど、悔しいなぁ。葵に負けたままっていうのも… どこかで… どこかで出し抜けんやろうか。
「…それじゃあそろそろ、真面目に意見をまとめようか」
「まとめる…? どうするんや?」
「絵の良し悪しはあれど、案はもうたくさん出てるでしょ? それを組み合わせて、良い形にする。 …蕾ちゃんも機嫌直して、頑張ろ?」
「うん… 今度こそ、私が最高の案を出すから!」
「う、うちやって負け犬じゃ終われん! 勝負や葵!」
「…またこうなるの? やめときなよ…」
今度こそ… うちは勝つ!
「葵ちゃんのにしようか」
「うん…」
「…こうなるんだからさ」
「蕾、帰るか」
「そうだね… 2人で何か食べに行かない?」
「せやな…」
…うちらは体を使うもんじゃないと勝てんのや。今は出る幕やないから帰るだけで、その時が来たら舞い戻るからな!
「ぐぬぬぬぬ…」
「…知恵の輪を引きちぎろうとしてる?」
「そ、それくらいパワーをつけたら、葵にも勝てるかなって…」
「…そうだね、応援するよ。 …ふふっ」
「笑ったなぁ!?」