机に綺麗に置かれた書類に目を向ける。〝転入〟や〝編入〟と書かれている書類を見て、僕は首を傾げる。隣に座る茜も、不思議そうに書類を読んでいた。
「蕾ちゃんは今は高校に通っていないんだろう? それで、私達… 茜や葵ちゃんとも同じ高校に、転入するのはどうかな?」
「おぉ! えぇやん!」
「…できるんですか? この時期に高校に入学って出来ないと思うんですけど」
だって、受験とか、夏にないよね? 転入とか編入も、どっか別の高校に通っている人向けの制度だったと思うし。
それに、元々僕は高校生だしさ。体が元に戻ったら、普通に通えるから、この体で高校に通わなくても… いつか、戻るよね? 戻らなかった時のために、通えるなら通いたいけど、無理… だと思うんだけど。
「…蕾ちゃん。この時期からでも高校には通えるよ。まぁ、蕾ちゃんが高校に通いたいならって前提だけどね」
「…はい。通えるなら、通いたいです」
「蕾ぃ、楽しみやな!」
「それじゃあ蕾ちゃん。私の部屋で作業をしよう。転入書類を書くために、幾つか教えてもらわないといけないからね。 …別に、そんなに難しい質問をするつもりはないよ」
「…はい」
なんで転入なんだろう? 何か秋学期から入学する、僕が知らない制度があるわけじゃないのかな? …じゃあ、どうやって転入するつもりなんだろう。
転入書類を書く作業って、名前とか、住所とか、電話番号とか、そういうのかな。 …中学校とか聞かれたら、どうしよう。紲星蕾として通ったことはない、んだよね。
ミコトさんの後ろを歩いて、部屋に入る。綺麗に整った部屋で、タンスやベッド、勉強机に絨毯、それに植木鉢だけが置かれたシンプルな内装。これ、梅の木が植えてあるのか。いい匂い。
でも、そんな香りで癒やされるような空気感じゃない。部屋の扉を閉めた途端、ミコトさんが急に
「…まわりくどく説明するのと、短く
「わかりやすいほうが、嬉しいです」
「じゃあ、単刀直入に聞くね。名前はなんていうの?」
「はい? 紲星、蕾です」
ミコトさん、急に何で名前を聞くんだろう。ずっと、蕾ちゃんって呼んでくれてるのに。
「わかってなさそうだから説明するね」
「あ、お願いします」
「蕾さんには、過去に高校に在籍した記録がない。だから、普通には転入はできないでしょ?」
「はい、わかります」
「だから、私がツテを頼ってなんとかしようと思うんだ」
「…どんなツテを?」
「まぁ、色々ね。蕾さんは知らなくていいよ」
…どんなツテなんだろう。言えないようなやつなのかな…
「それでね、蕾さん。無理にとは言わないけど、教えてもらいたいんだ」
「…名前を、ですか?」
「名前とか、色々ね。まぁ、教えてくれなくても、適当に転入させられるんだけど、教えてもらえたほうがやりやすいからさ。よければ、教えてくれないかなって」
「…あんまり、何を答えればいいのかわからないんですけど」
ミコトさんの喋り方がいつもと違う。それに、蕾って何度も呼びながら、名前を聞いてくる。 …なんとなく、なんでなのかなってわかる。多分、蕾が偽名って、疑われてるんだよね。
僕のために色々と頑張ってくれるみたいだし、ちゃんと答えたいけど… 性転換のこととか信じてもらえないと思うし、どうしようかな…。疑われてるだけなら、うまく誤魔化せないかな?
「…本当に、申し訳ないことをしたと思ってるよ。ごめん、本当にごめんね、蕾さん」
「きゅ、急にどうしたんですか。そんな、謝らないで下さい」
「私は、調べてしまったんだよ。君のことをね」
「…私の、何を?」
「わかりやすく言えば、存在。気になって、ツテを頼って調べたんだ。そしたら、紲星蕾は存在しないって言われたよ」
「……」
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいい。でも、良ければ。私に、君のことを、教えてくれないかな」
「…嘘をついて、すみません。聞かれたことには、答えます」
…もう、誤魔化しようがないよね… 信じてもらえなくても、話してみるしかないか。これ以上嘘ついても、全部バレちゃうんだろうし。正直に話して、信じてもらえなくてもいいから。
正直に話したら、男子高校生が女子高校生の部屋に居るってことになるのか。嫌われなければいいなぁ…
「じゃあ、先ずは名前を教えてもらえないかな? 君さえ良ければ、本当の名前で呼びたいんだ」
「… 紲星あかり です」
「…え? あかりさんって、男の人って聞いたけど…」
「前までは男、でした」
「…どういうことかな?」
「信じてもらえないと思いますけど… わた、僕は、元々は男だったんです。でも、今年の7月に、気付いたら女になっていて…」
「…へぇ、面白い。性転換ってやつ? 現実で起こるんだねぇ、そういうことって」
「信じてもらえますか?」
「信じるよ? あかりさんが、勇気を出して話してくれたんだ。ミコトお姉ちゃんが信じないわけがないだろう」
「…ありがとう、ございます」
…優しいんだね、ミコトさんって。葵もだけど、普通信じないよ。僕、急に友達が性転換したって言い出しても、信じられる気がしないもん。
「名前は聞いたし、次は… そうだ、あかりさん。今の話、茜は知ってるの?」
「茜と葵には、全部話してます」
「…成程。知ったうえで、蕾ちゃんって呼んでるんだ。じゃあ、私も外では蕾ちゃんって呼んだほうがいいのかな?」
「はい、お願いします」
「わかった、任せて欲しい。それで次の質問は… 性転換がいつ治るのか、わかる?」
「わからないです」
「だよね。私も性転換の情報はないな… 夢とか、そういうのでは聞くんだけどね」
「ですよね…」
それから、色んなことを聞かれた。誕生日とか、好きな食べ物とか、そんなこと。梅って答えるまで、何回も聞かれたりした。 …それと、お姉ちゃんって呼んでって何度も頼まれたから、一度だけ呼んだ。
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