僕を見る葵の目に光はなくて、逆に葵を見る僕の目は潤んで光っているだろう。何も言わなくても、何も考えなくてもわかる。怒られるのは間違いない、どう謝れば許してもらえるかな…
葵は無言で部屋の真ん中に立って僕を見ている。生きてるのかわからないくらい、微動だにしないで立っている。正面から見てるとちょっと怖いし、立って謝るよりは床に頭こすりつけて謝ったほうがいいよね…? 膳は急げ、というか急がないと怒られるから急がないと。
土下座のやり方とかわかんないし、適当でいいか。頭低ければいいでしょ、多分。
「すいませんでしたぁー!」
「… … 」
へ、返事がないっていうのが一番恐ろしいですよ。頭を下げてるので葵の顔色もわからないし、今どこにいるのかもわからないんです。どうしよう、僕の頭を踏んづけようとしてたら。怖い、怖いなぁ…
…1分は床に擦り付けてるんですけど、まだ何も返事がないです。どうしよう、僕の頭が低すぎて見えてないのかな。聞こえてなかったのかもしれないしもう一回謝っておこう、念の為ね。
「ほんとに、ごめんなさーい!」
「… … 」
なんでまた返事がないの!? 顔を上げて葵の様子を見たいですけど、動かしたら怒られるかもしれないですし… 僕の少し乱れた呼吸音しか聞こえないの、本当に恐ろしいんですけど。何でも良いから喋って、お願いだから!
…床の冷たさだけが僕に伝わってきます。この冷たさは葵から来てるのかな。ちょっとだけ、ちらっとだけ顔を上げてみますか。怒られませんように、踏まれませんように…
「あ、あおい〜?」
「… … 」
もしかして、立ったまま寝てる? って、そんなわけはないよね。真っ青な顔だけど、生きてるよね? 青というより、白色に見えるくらいだよ、葵。気絶してる、にしては立ててるもんなぁ。そういう時って後ろに倒れるもんでしょ? なったことないから知らないけどさ。
でも、どうしようかな。怒られる前に逃げる? いや、今の葵を放置するわけにはいかないな。クツクツと煮え返る位怒ってて、僕にどう叱ろうか悩んでるって感じじゃないし、逃げなくても大丈夫なはず。どちらかと言うと、呆然として動けない感じ?
茜を呼んでこようかな。そしたら多分、なんとかしてくれるとは思うけど… でも葵がこうなったのって、僕が開けちゃいけない箱の蓋を開けてしまったからだろうし、茜を呼んだらもっと葵が苦しんじゃいそう。やっぱり、僕がなんとかしないとだよね。
なんとかするって、何をどうすればいいのか… 葵が好きな物とか持ってきたら、元気になるかな。冷蔵庫にチョコミントアイスがあったはずだし、持ってこよう。
「あおい〜、チョコミントだよ、食べる?」
「… 要らないかな」
「あ、生きてる… 良かった、安心したよ」
「ずっと生きてるし、ずっと聞いてるし、ずっと見てるよ」
「うん…」
良かった、土下座は無駄じゃなかったんだ。そして怒られていない、ということは… もしかして僕は許された? 葵が隠してた宝箱を勝手に開けたり、見てはならない隠し撮りの写真を見ちゃったけど、許してもらえたんだよね?
よかった、数日は口を利いてもらえないかと思った。だって僕がしたことって、人のタイムカプセルを掘り起こして中身を見てから埋め直したような事だし、僕の宝物を渡すくらいの覚悟はしてたんだけど、良かったー。
それじゃ、僕は寝ましょうか。首輪と手錠と足枷が取れて一気に楽になりました。布団も直してありますし、おやすみなさーい。
「あかり君? まだ話は終わってないけど」
「ふえぁ!? ままま、まだ何かお話が?」
「そもそもまだ何の話もしてないけど。今がスタートラインだけど?」
「…はい、わかりました」
まだ、寝ちゃだめだそうです。流石にまた立ち上がるのも変ですし、ベッドに座って話しましょうか。1回落ち着いた分、体がこわばっちゃいますね。怒られませんように、怒られたとしても叩かれませんようにー!
「…怯えないでよ」
「お、怯えてなんかーいませんよー?」
「そっか。足伸ばしたら? 体育座りは疲れるでしょ?」
「いやぁ、意外と楽ですから、大丈夫ですよー?」
「声上ずってるけど、大丈夫?」
「大丈夫ですって、ねぇ?」
「…そっか」
怯えてないですよ、覚悟を決めてますから。体育座りしてるのも別に叩かれる時に守りやすいようにとか、そういうわけじゃないですから。声が上ずってるのもそういう気分なだけですから、別に怖がっても緊張してもないですからー?
僕は大丈夫、大丈夫なんだ。葵は力はあるけど骨が折れるほどじゃないし、怯える必要はないんだ。それに僕は強い、大丈夫! 大丈夫だから、うん。落ち着いて、葵に叩かれても耐えられるんだから。大丈夫、本当に大丈夫なんだ。
「大丈夫、大丈夫…」
「自己暗示みたいになってるけど、大丈夫?」
「
「…そっか、そうだよね」
よし、落ち着いてきましたよ。怒られそうになったらチョコミントを食べる、怒られなかったらそのまま寝る。これでいいです、いいはずです。
さぁ、向き合いましょうか。溶けたアイスよりも触れたくない、溶けるような声の葵に。僕の心が砕けて溶ける前に、終わるといいな…