私は今日、何か悪いことをしたのだろうか。真面目に学び、熱中症になり、友だちを家に誘って遊び、料理も作った。夢の中でしたことは許されるだろう、あれがだめなら人間みんな悪人だ。夢の中ならお姉ちゃんもあかり君も無銭飲食とか、悪いことをするだろう。
何も悪いことはしていない。ただ、そんな私を待っていたのは絶望だった。久し振りな4人でのお泊り会で、明日は朝からゲーム。浮ついた私が部屋に戻って、いつものように秘宝を隠した箱を開けようとした時だった。あからさまに不自然な埃が、箱の上を我が物顔で収めている。
でも大丈夫、いつか見つかるとは思ってたからね。中身さえ見られてなければ何の問題もないんだ。走って逃げたい自分の背中を無理にでも押して、中身を確認する。位置は動いてない、触られてもいない。もしかしたら本当に見られてないかもしれない。 …本当に見てないなら、あんな埃で隠した理由がわからないけどさ。
箱を見つけたのって、間違いなくあかり君だよね? ご飯までずっと部屋に居たわけだし、あかり君、であって欲しいな。途中お姉ちゃんが部屋に行ってたけど、見ていないであってくれ。見られていたら、私はもう土下座しても許されないかもしれない。
あかり君の性格を考えると、中身を見たらすぐに閉じるはず。やばいって思ったら元に戻して知らぬ存ぜぬで誤魔化そうとするタイプのはず。でも、嘘は下手。あかり君が部屋に来たら、少し聞いてみよう。カマをかけるってわけじゃないけど、確かめないと。
…箱以外には何も見つかってないと信じたいけど、確認しとこう。机の日記は大丈夫、枕の下は… 写真の向きが違う。布団も綺麗に畳まれてるけど、二つ折りになってるからあかり君が触ってるな。私は三つ折りだし、お姉ちゃんは整えない。 …どうしよっか、写真まで見られちゃったのか。
部屋の外から、ドタドタと走る音がする。あれはお姉ちゃんの足音。その後から、静かに歩く音もする。これはゆかりちゃん。それから、何も気にせずにスタスタと歩く音がする。 …あかり君が戻ってきた、聞かなきゃ、いけないんだ。
適当に掃除の話をする。私が居ない間に部屋の掃除をしたらしい。タンスとかベッドが綺麗なってるねって言うと、嬉しそうにはにかんだ。いつもは美しく見えるその笑顔が、今だけは憎いよ。土下座するミコトさんを見た時よりも、どうすればいいのかわからない。
箱の話をすると、あの笑顔が歪む。わかりやすく顔は引きつって、額にはっきりと汗が見える。でもきっと、今の私も似たような顔だろう。あの時のミコトさんの気持ちがよく分かる。見られてしまった側も、見てしまった側も同じくらい苦しいのさ。
私が苦しむのはいい、それだけのことをしてるから。でも、あかり君は
…私が悩んでるうちに、気がついたらあかり君が土下座をしていた。今なら何をしても許されそうな気がするけど、悪いのは私なんだからそんなことしちゃだめだ。というか、そんなことを考えちゃだめだ。落ち着いて、落ち着こう。
…特に何も考える必要なんてなくないか? 普通に、「悪いのはあんな物を隠してた私で、あかり君は何も悪くない」って言えばいいだけじゃないか? なぜかあかり君は部屋を出てっちゃったけど、帰ってきたら伝えよう。
「あおい〜、チョコミントだよ、食べる?」
「… 要らないかな」
「あ、生きてる… 良かった、安心したよ」
「ずっと生きてるし、ずっと聞いてるし、ずっと見てるよ」
「うん…」
言い出せない、言わなきゃいけないのに。あかり君は眠ってしまいそうだけど、この問題を明日に先延ばしちゃだめだ。あかり君を「まだ話がある」と呼び止めて、「怯えないで」と続ける。
さぁ、ここからが本番だ。あかり君はまだ自分が悪いと思っていそう。まずはあかり君に謝って、それから… それからどうする? あかり君が冷静になったら、私はあかり君に嫌われるかもしれない。だとしたらあかり君には考えがふわっとしたまま寝てもらったほうが都合が良かったかもしれない、のか。
いやいや、私の都合ばかり考えてちゃだめだ。あかり君の心に何も傷跡を残しちゃだめなんだから、あのまま寝かせたほうが良かったなんてありえないんだ。落ち着け私、あかり君よりも動揺してるぞ私。
…よし、決意は出来た。ここを乗り越えれば先に待つのは楽園なんだ。あかり君を落ち着かせるとか、言葉巧みに騙すとか、私にはそんな事できない。勢いと勢いで、この場を乗り切ってみせる。全部はっきりさせたうえで、あかり君の記憶を塗り替える。問題の箱を開けて、中身を取り出す。
「あかり君、私の宝物、いる?」
「要らないですよ! わ、渡されても困るって!」
「いやいや、私は他にも持ってるからさ。これはあかり君にあげるよ」
「要らないって! だっ、だってこれ、茜のでしょ?」
「ふ〜ん? お姉ちゃんのじゃなかったら欲しいの? まったく、あかり君は」
「そう言うわけじゃないよ! むぅ〜」
よし、いい感じだね。あかり君は私の宝物を欲しがるような人じゃないけど、見たくないってことはないだろうし。今、あかり君は理性で本能を抑えつけているんじゃないかな? このまま畳み掛けて、さっきまでの嫌な空気を晴らしてしまおう。
「まぁ、あかり君がどうしても欲しいって言うなら、 お姉ちゃんのじゃなくて、私のをあげてもいいけどね」
「…わかった。欲しいな、どうすればくれる?」
「ふぇあ?」
え、あ、あかり君?