…遊園地に葵があかりを連れて行く前の日に、頬を叩いて無理に起き続けた。葵がなかなかに寝んから大変やったけど、コーヒー豆を飲んだりもしながらなんとか耐えた。そしてな、うちが休日に買ってきた服の手入れをしたんや。ミコトさんにビデオ電話で説明してもらいながら、襟の中にちっちゃなマイクもつけた。設定もしたし、テストもした。ミコトさんの持ってるスピーカーからちゃんとうちの声が聞こえたらしいから、これでいいはずや。
それと、マイクと一緒にミコトさんに貰った服の着方も確認したで。フード付きの黒いパーカーや、これで変装もバッチリ。スニーキングミッションってやつや、ゲームみたいで楽しみやな。
次の日、遊園地デートの当日。寝坊した葵を起こして、わかりやすく
2人が出た後、数分経ってうちも家を出る。遊園地までは電車に乗って行くんやけど、同じ電車に乗ったら気まずいから別の方法で行くで。それに、ミコトさんと合流せなあかんからな。ミコトさんが遊園地に葵達より先に行く方法を用意してくれてるらしいから走って向かった。
「待ってたよ、乗って」
「はい、乗りまーす」
息があがったまま、ミコトさんの家の前に止まってた黒い車に乗り込んだ。後部座席のドアを開けて、肘を乗せて手招きしとったミコトさんは
「昨日伝えた場所まで、よろしく」
「ほいよー、いくでー」
「あ、ドライバーさん、はじめまして。琴葉茜と言います、今日はお願いします」
「ミコトちゃんから聞いとるでー、よろしゅうなー」
「さて茜、作戦会議だ。2人の格好はどんな感じかな?」
「えっとな、あかりは昨日の夜に送った写真の服です。それで、葵は撮ってきました」
「ありがとう… ふむ、わかった。電話をかけるから静かにしててくれよ」
それから、ミコトさんは電話をかけた。誰にかけとるんかはわからんけど、凄い人なのはわかった。ミコトさんが、えらく丁寧に話しだしたんやもん。葵とあかりの名前まで伝えとったけど、誰にかけてたんやろう? それに、近いうちに一緒にレストランに行く予定もしとった。仲いい人なんかな。
「…終わったよ、茜。急に黙らせちゃってごめん」
「大丈夫です、それより誰と話しとったんですか?」
「オーナーだよ、遊園地の。何度か話したことがあるんだ、あかり君と葵ちゃんのことを伝えておいたからあの2人も問題なく楽しめるだろう」
「オーナーさん!? あの2人に、何も伝えとらんですけど大丈夫やろうか…」
「大丈夫だよ、何か頼んだわけじゃない。2人が困ってたらすぐにスタッフさんが助けに行けるように伝えただけさ。あの2人は、VIP待遇なんて望まないだろうからね」
「そ、それならよかったです」
「だから、私達は2人を見てるだけ。2人が何か面倒な人に絡まれてても動いちゃだめだよ。スタッフさんがすぐに行くから、私達は2人のデートの邪魔をしちゃだめ。オーケー?」
「はいっ、わかっとります」
オーナーさんやと!? ちょい待ってーや、聞いとらんよ! オーケーって言ったけど、オーケーなわけあらへんやろ! ミコトさんが凄い家柄の人だっていうのは知っとったけど、そんなに顔が広いんか… もしかして、うちって結構失礼やったんかな。初対面の時、何回も名前を間違えてもうたんやけど。
まぁ、焦ってもしゃーないんや。それにな、オーナーさんとミコトさんが知り合いだとしても、うちが会うわけやないんや。気にせんでええ、大変なことは全部ミコトさんに任せておけばええんやし。うちは2人をみてればええだけなんや。そういうことやろ?
「ついたよ、茜。行くよ、電車の時刻的にあの2人は3駅は前だ」
「了解です、運転手さんありがとうでしたー」
「はいよー」
うし、ついた。ミコトさんの後にピッタリついて歩いてこう、迷子になることはないけどな。ほら、スタッフさんに話しかけられたら困るやんか。ミコトさんが色々準備してくれとるみたいやし、変に目立たんように気を付けんとな。
「どうも。これ、チケットです」
「はい、確認いたします… 鳴花様、本人確認として、事前にオーナーに伝えた4桁の数字をお願いします」
「0903、0225」
8桁やん… え、ミコトさん? ミコトさんが決めたんよな、なんで4桁やないん? 4桁って言われたの、聞いてへんかったんかな。
「確認できました、鳴花様。こちらの青色のリストバンドをどうぞ。ご同行の琴葉茜様も、手首につけていただけると幸いです」
「ありがとうございます」
あっとるんか… 4桁やあらへんやん、騙すための嘘やったんか。ミコトさん、そんだけ重要人物として扱われとるってことなんかな? 偽物に警戒しとるってことやろうし。まぁでも、わからん。だって、うちこんな経験あらへんし聞いたこともあらへん。
「さ、行こうか。2人が来るまで、レストランでもどう? もちろん、私が
「ええですね、行きましょう!」
「一応、寿司屋もあるんだが… ジェットコースターの下まで歩かないとだから、メインストリートにあるレストランで良いよね?」
「お寿司屋さん、あるんですか… どこでも大丈夫ですよ」
びっくりやわ、ジェットコースターの下にレストランがあることも、そこに行く選択肢がミコトさんにあったことも。ミコトさん、近かったら普通に行ってたんかな? ジェットコースターの下までわざわざお寿司を食べに行くんは馬鹿らしい気もするんやけど…
それから、うちらはおしゃれなレストランで時間を潰しました。朝ごはんは食べてきよるから、殆ど何も食べてへんけどね。ミコトさんはサラダとパスタを食べよったけど、うちはフレンチトーストだけでお腹いっぱいです。
葵達はもう来とるみたい、ミコトさんが片耳だけイヤホンつけて話を聞いとるからわかるんだって。入口でリストバンド貰ったらしいから、もうすぐ真ん中の広場に来るんかな。うちらがおるレストランからも、もしかしたら見えるかもしれん。見られることはないやろ、ウキウキしとるやろうし。
「ふむ… お城に向かおうとしてるのかな」
「目立ちますもんね、よーく見えますし」
「確か、お城は平日しか入れなかったはずだが… あの2人は知ってるのかな?」
「知らんと思います。あかりは全く調べとらんかったはずですし、葵はジェットコースター系の乗り物のことしか考えとらんかったんで」
「店員さん、すみません。人がいない部屋ありますか?」
「社員トイレでしたらすぐに使えます。他は、確認してみましょうか?」
「いや、社員トイレで十分です。借りますね」
ミコトさん、行ってしまわれた… どないしよるんやろう、わからん。うちは何もできへんし、ミコトさんが置いてった双眼鏡で葵を見とるか、お城に向かっとるんなら見えるやろ… お、おったおった。周りをキョロキョロしとるなぁ、お城に入れへんからなんでやろって考えとるんかな。教えに行ってあげたいけど、そしたら後ろつけとるんがバレてまうよなぁ…
…あれ、うちが水飲んでた間にスタッフさんが来とるやん。もしかして、あの2人にお城に入れませんよーって伝えに行ったんかな。ほら、ミコトさんがオーナーさんに2人のことを話しとったし、困ってたらすぐに助けに行ってくれるんやろ? 助かるわぁ、2人が楽しめ… あの2人、話しながらお城の方に向かってへんか?
「どんな感じ?」
「えっと、2人がスタッフさんとお城の方に向かっとります。どうしたんやろ、入れへんのですよね?」
「入れるようにしてもらったよ」
「入れるように出来るんですか!?」
「静かに、店内がうるさいから大丈夫だけど、聞かれたらまずいから」
「す、すいません…」
「オーナーに2人がお城に入りたがってることを伝えたんだよ。もちろん、入らせろって言ったわけじゃないよ? それっぽく匂わせて、向こうから提案するのを待つのさ」
「な、なるほど」
なるほどやあらへんよ、うちそんなことすることないもん。うちもなー、凄い有名な人と仲良くなりたいなぁ。ミコトさんが羨ましいで、実は他にも凄い人と仲良かったりするんかな? …まてよ、ミコトさんも普通に凄い人やったな。
「私達も近くに行く? ずっとここにいたら店の人に迷惑だしさ」
「そうですね、行きましょう」
「…朝から思ってるんだが、いつもより他人行儀じゃないか? お姉ちゃんとも呼んでくれないし」
「そ、そうです? いつもこんなもんじゃないですか?」
「…まぁいいけどさ。関西弁の切れ味も悪いし、茜と話している感じがしないよ」
「せやろか…」
せやろか、せやろなぁ。ミコトさんがオーナーさんと電話したあたりから、ちょいと緊張してまっとるのが自分でもわかる。うち、ただ単に妹の恋路を見守ろうと思ってただけやったから事の大きさにびっくりしてまったんや。
それに、今まではミコトさんってお金持ちのお嬢さんなんやろうなってふわふわ思ってたんが、最近はどんどん実感してもうたからあまり失礼に話せなくなったんもある。盗聴器を用意してもらった時からかな、ミコトさんが凄い人なんやって感じはじめたんわ。ほら、盗聴器を葵の部屋に仕掛けるとかって話の時、知り合いに用意させとったん。あん時から、やなぁ…
でも、ミコトさんに変や思わせたくない! またちょっとずつでも調子戻してかなな。まぁ、そんなこと考えるより、葵達の方が今は大事やから捨て置くんやけど。ごめんな。
「ついてきて、普通に歩いて近づこう」
「人多いですし、バレへんですよね」
「だね、近くで遊んでもいい」
「折角やから、楽しみましょうね」
それからうちらは、2人を追いかけながら園を回った。結構距離は離してたし、あかりは元から気付くタイプやないから大丈夫や。葵は… あかりとのデートやし、頭いっぱいやろ。
「…ふむ、2人は観覧車に向かったみたいだ。私達は近くのレストランに行こう」
「最初に行ったところやんな? 行くでー!」
「 走らず急ごう、窓際の席は予約済みだからね」
「おう、わかっとるで!」
走らず急いで、早歩きであのレストランに戻ってきたからあの2人が観覧車に乗る前にこれたはずや。ミコトお姉ちゃんから貰った望遠鏡で、っと。おー、おった! もう次に乗る組やん、ぎりぎりやったな。
「乗った、乗ったで」
「私も見てるよ、手まで繋いでラブラブだねぇ」
「やんなぁ、繋いだまんま観覧車に乗ったで」
「店員さん、最高に苦いコーヒーをください」
「うちもおんなじのください!」
頼みはするけど、目は離さんで。観覧車に乗って、どんどん上がってくなぁ。手を繋いだまんま横並び、なんかせーへんかな。 …お? 葵が離れようとして、あかりが引き戻したなぁ、なぁ!
あかりの方から引っ張ったやんな、やっぱあかりも葵のことが好きなんやなあ。さて、そのまま、どうするんや? 葵が下から顔を覗き込んで、それで… なぁ、あかり、泣いとらんか?
「茜、葵ちゃんの将来の夢とかってあるのかい?」
「急にどうしたん? でも、確かやけど、好きな人と一緒にいたいってゆうとったよ。昔のことやけどな」
「ふむ、なるほどね。あかり君の将来の夢は… 知らないか」
「知らんなぁ。何か聞こえたん?」
「うん、深い話を2人はしてるよ。これは私の予想だけど、葵ちゃんの将来の夢は今でも変わってないんじゃないかな」
「せやろなぁ、うちもそう思うわ」
うちも聴かせてもらえばよかったわ、盗聴してるの。何の話をしとるんやろうか、将来の話なんやろ? あれやろか、『いつまでも一緒だよ』みたいな。にしては泣いとるのおかしいか。
「もう飲みきっちゃったな… 苦いのに飲めちゃうよ」
「うちも飲みきってもうたわ…」
「丁度いいし、そろそろ帰ろうか。茜はあの2人より先に帰らないとだろう?」
「せやね、帰ろかー」
「…本当に、お似合いのカップルだね」
「そうよ、最高のカップルよ。あの2人は幸せそうや」
「…うん、幸せになる」
うちらは、遊園地を出て車で帰った。ミコトさんが車内で電話しとったんやけど、誰にかけとったんやろ。わからん、まぁええか。今日は助かったし、また何かお礼をせななぁ。考えとこ。