葵ちゃん、蕾ちゃん、茜さんと楽しく遊ぶ時間は瞬く間に過ぎていきました。気付いた時には午後4時、3人はまだまだ遊びたそうですが私は帰らないといけません。冷蔵庫からケーキを取り出して机に並べると、蕾ちゃんの瞳が餌を前にした子犬のように輝き出します。茜さんにフォークを持ってきてもらって、4ピースのケーキをいただきます。
「おい
「コンビニケーキとは言え、ケーキなんて久しぶりに食べるな。ありがとうゆかりちゃん」
「夏休み以来やろか、
「喜んでもらえてよかったです」
太陽のように輝いている蕾ちゃんの笑顔を見つめながら、私はケーキを食べきりました。葵ちゃんと茜さんにも喜んでもらえたようでよかったです。さて、今日は遊び尽くす予定でしたが勉強も多少はしないとですのでね。帰りますか。
「今日はありがとうございました、また来ますね」
「ばいば〜い」
「いつでも来ていいですからね」
「待っとるでー!」
「はい、また来ます」
家、もとい寮に向かって歩いている途中でした。喫茶マキで1杯していこうと思っていたところで、気になる髪色の女性を見つけたんです。高級なケーキ専門店の中に、ピンク色の髪が目立っていたんです。白い帽子のザ・パティシエって感じの人達の中にピンク髪は目立ちますね。多分ヒメさんですし、ちょっと見てみますか。
特別仲が良いわけではないので話しかけるのは気まずいですし、見るだけにしましょう。やけに長く話し込んでいるように見えますし、スマホを見ながらタブレットに何かを書き込んでいるようにも見えます。何かの相談でもしてるんですかね。ヒメさんっていいところのお嬢様って話も聞いたことありますし、新商品の開発に関わってるとかですかね。
お店の外から見てるだけじゃこれ以上のことはわからなさそうですし、喫茶マキに1杯飲みに行きますか。時間の無駄な気もしてきましたから。それに、別にヒメさんが何かしていても、私には関係ありませんからね。
「マキさん、いつものください」
「はいよ〜、カウンター席にどうぞ~」
「ふぅ… そうだ、マキさん。ここってハロウィンに何かやったりするんですか?」
「昔と一緒だよ、なんにもしない」
「変わりないですね、1番です」
コーヒーを飲み干して、お代を払って外に出る。そのまま寮に帰ればよかったにもかかわらず、私はヒメさんのいたケーキ屋さんに向かって足を進めていた。行っても面倒なことしかないと分かっていたのに、少しだけ気になってしまったんです。
「おや… ゆかりさん、こんなところで会うなんて奇遇ですね。ケーキでも買いに来たんですか?」
「ミコトさん、こんにちは。少しヒメさんが気になってしまいまして」
「…ヒメに会ったのかい?」
「いえ、そこのケーキ屋さんにいるのを見ただけです。楽しそうにしていたので混ぜてもらおうかと思いまして」
「…いいね、一緒に行こう」
本当は混ざる気などなかったんですが… 外から見ているだけでは時間の無駄であるのも事実です。追い払われるかもしれませんが、気になるなら行ったほうが余程いい。私はそう思います、今行かなければ一生気になったままになってしまうかもしれないんですから。
「いらっしゃいませー」
「また来ました、美味しかったです」
「…ミコト? ゆかりさんまで、珍しい組み合わせだね」
「入口で会ったんです」
「折角だからミコトも手伝って。ゆかりさんも、よければ」
「……わかった、何をすればいい?」
「今ね、職人さんとバースデーケーキの図面を描いてるの。案出してよ、蕾ちゃんに贈ろうと思ってさ」
「…12月ですよね、蕾ちゃんの誕生日って。もう作ってるんですか?」
「3段の大きなケーキにしたくて計画してるんだよ、材料リストとか過去にこのお店で作ったケーキの写真とかあるから考えてるんだ」
「…手伝うよ、センスに自信はある。お説教は夜だ」
「え、私なんかした?」
とてもとても居づらいので帰りたかったのですが、蕾ちゃんの誕生日ケーキのために手伝うことに決めました。姉妹の邪魔をしちゃいけないんじゃないかとか、ミコトさんの機嫌があまり良くなさそうとか、私の誕生日も同じ日とか、色々帰りたい要素はありましたけど、頑張ります。蕾ちゃんのことなら少しは詳しい自信がありますから。
好きなものとか知りませんが、親が好きなものを子供も好きになることが多いと聞いたことがあります。確か、親が食べているものを子供も食べるから好きになる、だったかな。ケーキですから大切なのは好きな果物とか、甘さのレベルとかだと思います。蕾ちゃんの好みはわからなくても、あかりの好みは完璧に分かりますから少しは参考になるはずです。
…蕾ちゃんはあかりと離れて暮らしてたらしいですけど、おじいさんおばあさんの家で暮らしてたらしいですから大丈夫です。結局は、あかりの親が好きなものはその親も好きなわけですから、おじいさん達が好きなものは回り回って蕾ちゃんも好きなわけですよ。歳を取るうちに味覚が変わると聞いたこともありますけど、そこまでの年齢じゃなかったはずですし…
「彩りをつけるための果物、何がいいと思う?」
「梅かな」
「酸味が強いものや苦味が強いものは辞めたほうがいいと思います、あかりは苦手でしたし蕾ちゃんも好きじゃないと思います」
「…そう、だったの、かい…? なら辞めよう、あかりさんが嫌いなものは全部避けよう」
梅を特別否定するつもりではなかったのですが、話の流れ的にそうなってしまいましたね。でも、あかりが梅好きなイメージはありませんし、蕾ちゃんが梅好きなイメージもありません。嫌いでもないと思いますけど、折角のケーキなら[好き]だけにしたいですよね。
「蕾ちゃんの好みは誰も知らないもんね… ゆかりさん、あかりさんの好みを教えて欲しいな。そのままとはいかないけど、参考には出来ると思うんだ」
「いや、あかりさんの好みをそのままで作ろう。蕾ちゃんが好きなものを予想するよりは余程確実だ」
「チョコケーキでもショートケーキでも、甘かったらあかりは好きだったはずです。そこに、蕾ちゃんが絶対に好きなものを合わせましょう」
「下手に蕾ちゃんが好きなものを合わせるなんて考えずに、あかりさんが好きなものだけで作ろう」
「…それじゃあかりのバースデーケーキになりません? 蕾ちゃんの舌にも合うとは思いますけど」
「…私はそれでいいと思うよ」
それから私達は、何度かの試食を挟みながらケーキを設計していきました。試食、というのは材料の話です。ケーキ本体は完成まで長い時間がかかるそうで、今後も定期的にヒメさんがこのお店に来て確認しながら作っていくそうです。大変そうですが、私の仕事はここまで。また暇ができたら来てほしいと言われたので、また来ることにはなると思います。私とミコトさんがお店を出たのは、午後7時のことでした。
「…あれだけのものは作れないが、ゆかりさんのバースデーケーキも用意するから楽しみにしてほしい」
「あ、私の誕生日って覚えてくれてたんですね」
「一回聞いたら忘れないよ、大切な友達だからね」
…私、ミコトさんに話しましたっけ?