誕生日の翌日、とてもいい目覚めでした。何も覚えてはいませんが、凄く楽しい夢を見ていたような気がするんです。スキップとは言いませんが、軽やかにリビングに向かいました。
逆に葵は何度かため息をついてから部屋を出てきて、少し苦しそうというか、寂しそうな顔でリビングに来ました。病気にしては体もしっかり動いてますし、呼吸も乱れてないんです。ですから何か別のことだと思うんですけど… 昨日、怒らせるようなことしちゃったかな。いやでも、怒っているって感じの顔じゃないんですよね。少しきっかけがあったら泣き出しちゃいそうなくらい、不安そうというか、虚しそうな顔なんです。昼寝から覚めたら親がいなかった子供みたいな、そんな顔です。
朝ごはんを食べた後、葵は茜の部屋に行きました。茜がお姉ちゃんとして葵を元気づけようとしてるんです、優しいなぁ。僕も何かしよう、でも今家を出るのもな… 茜がいるから大丈夫だとは思いますけど、独りにはしたくないですからね。何か、すぐに出来て葵が喜んでくれて、心を晴らせるようなもの…
料理、は食べたばかりだから駄目ですよね。部屋を綺麗に掃除しようかとも思いましたけど、元から綺麗ですし… ゲームとか運動は僕が何かする必要ないですし、何か、僕にできること…
でも、ずっと家にいるよりは外に出て街で買い食いでもしたほうが気分は良いですよね。よし、葵と茜が戻ってきたら3人で出かけよう。外の空気吸って、楽しいことして美味しいもの食べたらちょっとは楽になってくれる、はず。
「…あかり、葵は大丈夫やって」
「自分で言えるよ、お姉ちゃん」
「よかった、何かあったら僕にもすぐに言ってよ? できることなら、何でもするからさ」
「ありがとう、今は大丈夫」
「ほな、うちは用事があるから。ゆかりさんの実家に行ってくるわ」
「ゆかり
「大掃除の手伝いや。あかり、うちの妹をちゃんと見とれよ」
「任せて、目を離さないよ」
「…よく恥ずかしげもなく」「ほんなら、言ってくるわ。絶対に目を離すんやないで、覚悟しとれよ」
…多分、僕が葵に何かしちゃったんだろうね。何度も何度も念を押されたら分かるよ、なにをしたんだっけな… 思い出せない、思い出したら謝らないとな。茜に言われた通り、葵から目を離さないようにしよう。もう、悲しい思いはさせたくないもんね。
「……」
「……」
「……」
「…何か、言おうよ。ずっとにらめっこするの?」
「それじゃつまらないね。どう、2人で遊びに行かない? 楽しいことしたら、ちょっとは気が晴れるかなって」
「…わかった、行こう。どこ行く? 他に知り合いがいない場所でお願い」
他に知り合いがいない場所… 喫茶マキは駄目、茜とゆかり
「確か、向こうの駅の反対口に沢山クレーンゲームがある大きなお店があったよね。行かない?」
「行こう。散財しに、ね」
「ちょっと、失敗する前提で話さないでよ。僕が5連続で取ったりしちゃうかもでしょ?」
「自惚れすぎだよ、出来て3回に1回だよ」
「ふふ、それも過大評価だよ」
僕達は家を出て、学校から反対に歩く。いつもは学校の方に行くからちょっと新鮮かも。学校の方にも駅はあるし、そっちの方が行くことが多いからね。知り合いも多いし、僕の家も学校側だし、通り慣れた方向に行っちゃうよね。でも葵は人と会いたくないみたいですから、いつもと逆に行きましょー。
冬休みの真っ只中だというのに、人が少ない街をゆっくりと歩く。葵の横にピッタリ並んで、手を繋ぎながら。人が少ないのは寒いからかな、手袋をつけてくればよかったかも。でもそうすると手が繋ぎづらいですかね?
大通りに生えた街路樹達も飾られて綺麗だというのに、人が少ないと寂しいですね。でも葵はその方がいいのかな、騒がしいよりも落ち着きますから。僕も好きです、静かな冬の街。さ、駅を通り抜けたのでもう着きますね。葵の手はあったかいなぁ、手を繋いでるとよくわかります。寒いのは得意じゃないので助かりました。でも、温かいお店に入っても離さないでおきましょうか。葵も家を出る前より元気そうですし、このまま行っちゃいましょう。
「どこ見に行く? アニメキャラのフィギュアとかは大変そうだし、ちっちゃいぬいぐるみとかにする?」
「そうしよっか。それにフィギュアよりも可愛いぬいぐるみの方が好きだし」
「だね。 …あ、馬がいるよ。色んな場所で馬のぬいぐるみあるけど、別の馬なのかな」
「詳しくないからわからないけど、似てても違うんじゃない?」
「だねー、兄弟でそっくりでわかんなさそう」
「それは人と同じなんじゃない? 私とお姉ちゃんみたいに、似てない姉妹もいると思うよ」
「確かに…」
確かに、葵と茜は全然違いますよね。ずっと一緒なので不思議に思ったこともなかったですけど、毛の色も声質も違います。なんでだろう。
…まぁいいか、本人達もわかんないでしょうし。それにしても葵が元気になってくれて良かったです。家にいた時より、口が回ってたくさん喋ってくれてますし。
「馬といえば、あかり君や私に近いような名前の馬もいるんだよ。気になって調べたんだけど「あっ!」
「こっちにサメのぬいぐるみもあるよ! やろう葵!」
「はいはい、急に走んないでよ。あかり君からやって、それを見て私がやり方を考えるから」
「心強いけど、僕が一発で取っちゃうからその必要はないよ」
葵がいると心強いな、口では一発で取るって言いましたけど自信ないですし。気楽にやろう、沢山取ったら葵も楽しくなってくるかなとは思ったけど、変に緊張して空回りしたら嫌だしさ。葵が取れるように上手く位置を調整… なんてできっこないね、普通にやるしかない。
「ここでいいかな」
「真ん中掴みたいの? そこだとちょっと頭よりな気がするけど」
「いける気がしたからいく! 掴め、掴め…」
「お、上手く入ってる気がする。持ち上がって、動き出して…」
「ヒレの付け根に刺さってない?」
「…1点で掴めるわけないよね、ブラブラしてるよ」
「でもいけそうだよ?」
「なんでこれでいけるのか… おめでと、本当に一発だね」
「なんで取れたかわかんないけど、取れたからいっか。次は葵がやりたいの探しに行こうよ」
「うん、わかった」
抱き枕サイズのサメを抱えながら、僕達は店内を進んでいく。葵は何が欲しいのかな、どんなぬいぐるみが好きなのかな。
…どんなぬいぐるみが好きとか、全然知らないな。10年以上の付き合いなのに、知らないことって多いんだね。もっと色々、知らないとかな。今日一日ずっと葵を見てるわけだし、一杯、葵のことを教えてもらおうっと。