銀髪美少女が泣きながら飯を食う様子を見守りたい。
転生してから幾星霜。数えるのも馬鹿らしい程の月食の夜を超えた。
永遠の命なんて、望むものじゃないね。
今となっては思い出せることもほとんど残っていないが、私はかつて日本に住んでいた。
気に留めるほどではない小さなきっかけでさっくりと死んだはずだ。
そこで神と名乗る光に転生させてやるが何が欲しいと聞かれ、不死の王の力を求めたのだった。
ああいや、むしろ寄越せとせがんだのだったっけ?
まあいい。とにかく気が付けばこの世界にいて、死なない存在になっていた。
魔法に感動したのを覚えている。
使えなくて落胆して、数百年の時を経て使えるようになった時は感動のあまり数十年は興奮して我を忘れていた気がする。
そうして使えるようになった魔法が指先から光源を出せる程度のささやかなものだったのは、苦笑しか出てこないけどね。
その後はどうしたのだったか。
剣を握ってみたのだったか。美味しい物を探しに行ったのだったか。
とにかく楽しかったことだけは覚えている。
魔法はおろか剣の才にも恵まれなかったな。たしか、薪割りを剣でできるようになるまでにまた数百年かかったんだったか?
美味しいものを探す旅もとてつもなく楽しかった。
この世界は、死なないだけの非才が旅するには過酷だ。
ゴブリンやオークなどの蛮族、竜や精霊などの上位者、果てには邪神なんて存在もいたな。
人もいるにはいたが、英雄と呼ばれる存在じゃない限りは一人で出歩いた途端に死ぬ。
当然、死なないだけの非才たる私も例に漏れず、何度も死んだ。
いや、死なない存在なんだけど。
それでも何度も死にながら、旅を続けておよそ一通り食べたと思う。大衆向けの料理から希少な珍味まで。素材そのままは美味しくないから料理も練習した。
......残念ながら、料理の才能もなかったけど。
1000年に一度の産卵期にだけ卵を産む亀から一つだけ卵を分けてもらった時は、手際が悪くて焦がしてしまった。
今なら焦がすなどどいう無様はしないが、もったいないことをしてしまった。
魔法も剣も時間をかければ何とか身についた。だけど、料理だけはそうはいかなかった。いつまでたっても上手くなれなかった。
おかげで美味しい料理が恋しい。
こちらの世界に来てからというもの、死なないことを良いことに自分で作った失敗作以外はまともに食べていない。
だって、どうせ食べるなら美味しいものを食べたいもの。日本の料理を食べていたからか、ずいぶんな美食家になってしまっているせいで、水準が高くなっているけど。
美味しいもの......食べたいなぁ。
料理......なんで上達しないのかなぁ。
とてつもなく時間がかかるけれど、他はある程度上達したのに。
空腹をごまかすために没頭していたからかな?料理の練習中は空腹はごまかせないし。
おかげで見事な器用貧乏だ。ただし、料理は除く。
『......ではロロナ、彼女が?』
『はい。私たち吸血鬼の祖、真祖様です』
『なるほど。たしかに』
おっと、そういえば習得できていないものがもう一つだけあった。
『真祖様、ただいま帰還いたしました』
......こっちの世界の言葉がわからないんだよね。
仕方ないじゃん。こっちに来てから誰かと一緒に過ごすことはなかったし、誰かと助け合う必要もなかったし。
この子たちもいつの間にか増えてたし。気が付いたら祀り上げられていた気がするし。
こっそり逃げてもいつの間にか見つかって全員集合されるし、気が付いたら集落になっているし。
転移術式を使用しても追ってくるから怖いしなぁ。
ここ数百年は諦めて我関せずを決め込んでいる。
......あれよあれよという間に玉座に座らされたし、城まで建てていたのは驚いた。
ずっと跪かれるのも困るしなぁ。いつも通りうなづいておくか。
......なぜか喜びながらどこかへ行ってしまった。
いつも通りだな。
いい加減、言葉覚えようかな。
結構な人数いるし、美味しい料理を作れる人もいるでしょ。きっと。
さて、まずは声を出すところから始めようか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー」
幾月か経った。あれから人がいない時を見計らって少しずつ発生の練習をし続けた。
がさがさの声がようやく出せるようになってきた頃、誰もいない私の部屋に魔力の波動と共においしそうな香りが漂ってきた。
なんだろう?転移術式を使える料理人?
なんてありえないか。さて、なんだろう?ついに私を殺しにきたのかな?死なないのに。
振り返ってみれば木製の扉が一つ。人影はどこにもない。
転移術式が仕込まれている?条件は......扉をくぐることか。
掛札が一つかかっているな。
なになに......洋食のねこや?
その瞬間、私の思考は一つの事に支配された。
扉が出現した理由だとか、日本語の掛札だとか、そんなことはどうでもよかった。
そう、
「久しぶりのごはん!!!」
のどを痛めて盛大にせき込む。
興奮のあまり思わず叫んで、幾百年使っていない喉を酷使してしまった。失敗。
とにかく幾千年分振りのごはんを食べれることで頭がいっぱいだった。
洋食屋さんにはお金がいる。なけなしのお財布袋をつかんで勢いよく飛び込んだ。
ドアを開けた先には懐かしの照明。店主のセンスが光る木製家具でデザインされた店内。
間違いない。遥か過去に置き去りにされ野晒しのままだった日本の景色だ。
『いらっしゃいませ!』
──いらっしゃいませ。
出迎えは山羊角の生えた金髪の少女と、月色の瞳を持つ全体的に黒いエルフの給仕。
エルフの方からは、そこはかとなく昔襲われた黒い竜の気配がするけど......気のせいだよね?敵意はなさそうだし。
金髪の方は何を言っているかわからないが、口を開かなかったエルフの方は理解できた。
テレパシー......だろうか?
これを使うことができれば声を出す必要がないのでは?
さらに言えば言葉を学ぶ必要すらないのでは?
テレパシー......思念を飛ばせばそれっぽいのはできるかな?
『あのー?』
──あ、あー。聞こえる?
『ひゃあ!?はい。聞こえてますよ』
目を合わせて首肯された。よし、私の意志は伝えられる。
あとは、思念を受け取れば相互になる......かな?
えっと、とりあえず対象は目の前の金髪の少女にしようか。
魔力を編み方は......こうかな?
──お客様。この店での戦闘はご法度です。
エルフの少女に凄まれてしまった。
確かに無言で魔力を編み上げていたら攻撃されるって思うよね。対象取ってるし。
彼女はテレパシー使っているし、会話できるかな?
──おっと、ごめんね?言葉がわからなくて。少し思念を受け取ろうとしただけで攻撃するつもりじゃないんだ。
──他のお客様のご迷惑となりますので、お気をつけください。
よし、なんとかなりそう!テレパシーは後で練習しよう。
今はごはん!!
──本当にごめんね。これ、早く完成させるよ。
──ここはねこや、七日に一度のドヨウの日に食事を提供するお店です。お席はこちらです。
カウンター席に案内される。
厨房の様子が見える席だ。
──こちらメニューです。東大陸語は読めますか?
注文は決めている。
洋食屋さんにこの注文は正直良い顔はされないだろうけど。
でもやっぱり日本人の食事といえば、
──おにぎりってある?
──少々お待ちください。......大丈夫です。ご注文承りました。
やっぱりお米でしょ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──お待たせしました。おにぎりです。ごゆっくりどうぞ。
──ありがとう。
皿に並べられた2つのおにぎり。
つやのあるお米が綺麗な三角形に整えられている。
海苔が巻かれ、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
感激で震える手で一つ目を持つ。
──温かい。
温かさに耐え切れず一口目を頬張る。
ホカホカのお米が口の中で柔らかくほどける。
咀嚼すれば特有の甘味と程よい塩味が優しく広がっていく。
──美味しい。
飲み込むのが勿体なくてずっと噛んでいたいが、飢えた身体はすぐに飲み込んでしまった。
がっつきたいが、大事に味わって食べたい。
二口三口と小さく食べ進めていく。
喉や口を使っていなかったせいで、ゆっくりじゃないと詰まりそうで怖いのもある。
優しい美味しさに癒されていると、やがて中に隠された具が顔を出していく。
一つ目の具は甘辛く煮られた海藻だった。確か......コンブ?とかって言ったっけ?あれ、ワカメだっけ?
まあいいや。とにかく、優しい甘味に支配されていた口に濃い味付けが混ざっていく。
どこかぼんやりとしていた味覚に大きな差が生まれたことでよりはっきりと感じられるようになった。
一口毎に新鮮な味わいになって飽きる隙間はない。
巻かれた海苔も海の香りと特有の塩味で全体を引き締めてくれる。
軽く炙られているからか、パリパリとした食感がまた楽しい。
夢中で食べ進めていると、いつのまにか一つ目が消えていた。
少し悲しいけど仕方がない。
久しぶりにお腹の中が温かくなっている。食事の実感を得られてそこはかとなく嬉しくなる。
それに、おにぎりはもう一つある。
満足感もそこそこに二つ目を手に取る。
一つ目に時間をかけすぎたからか少し冷めてしまっているが、内側はまだ温かいとわかる。
頬張れば先程とは違った味わいが口に広がる。
かすかな酸味と共にすっきりとした口当たり。その奥に確かに存在するお米の甘味。
先程の甘味と塩味も良いが、こちらのすっきりとした甘みも良い。
具は酸味の効いた赤い果実。
果実特有の甘味と渋みの残る酸味を伴う果肉と独特な香りを持つ紫色の葉。
お米と一緒に頬張れば果実の甘味と葉の香りが口に広がる。
飲み込んだ後に残るはずの渋みと酸味はお米の甘味でかき消え、後に引きずらない。
巻かれた海苔は時間が経っているからかしんなりとお米に纏わりついている。
おかげで海苔特有の風味をしっかりと感じることができる。
気づけば、頬が濡れていた。
拭えど拭えど止まらない涙が頬を濡らし続けた。
おかしい。おかしい!こんなこと、今まで無かった。
悲しくないのに。どうしてこんなに涙が止まらない。
涙を止めることを諦めて二つ目のおにぎりを食べ進めていく。
涙が混ざっているからか、妙な塩辛さが舌に残る。
やっぱりちゃんと止めてから食べれば良かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──お客様。落ち着きましたか?
不思議と止まらない涙は、二つ目を食べ終え他のお客さんが帰り始めた頃にようやく止まった。
止まったと言うより枯れたと言う方が正しい気がするけど。
──うん。ごめんね。騒がせちゃったみたいで。お代は?
──銅貨2枚になります。
ずいぶんと安い......気がする。
貨幣価値がわからないからなんとも言えないけど、毎日来ても大丈夫そうだね。
──はい。丁度いただきました。
──ありがとう。また来るね。
──ありがとうございました。
『ありがとうございましたー!』
む?金髪の彼女もテレパシーできるようになったのか。
......思念受信だけかな?それでも私みたいに魔力が荒れないって事は使いこなせてるって事だよね。
やっぱり私に魔法の才は無いらしい。
まぁいいか。七日に一度、七日後までにこれ完成させておこう。
彼女とも会話してみたいし。
扉を潜れば相変わらず殺風景な広すぎる部屋にポツリと佇む紅の玉座。
今から座る気にもなれないし、今日はもう眠ってしまおうか。
玉座の後ろには私の影で隠した、地下へと続く階段。
その奥には見慣れた天蓋付きの大きなベッド。
堪らず寝転び本当に久しぶりの満腹感に酔いしれる。
何が楽しいのか、くすりくすりと微笑みが止まらなかった。
吸血姫
艶やかな銀髪を腰まで伸ばし、褪せた月色の瞳を眠たげに開く美少女。
転生した際に吸血鬼になったポンコツ。
日光も十字架も流水もニンニクも効かない特別性。
寿命もないため名実共に
赤や黒が生まれる前から生きている。
とにかく長い間生きているため黒の眷属達からは真祖と呼ばれている。
しかし、黒の眷属とは一切何も関係ない。
転生してから会話できる相手がいない時期が長かったため、表情と喉が化石になった。
あらゆる才能がないが、時間だけはあったため研鑽を続け、一つの極みに達している。でも料理は下手。
転生者故に舌が肥えてしまっており、美味しい物を食べることが出来ていなかった。
しかし、ねこやで転生して以来初めてとなる美味しいご飯を食べ、食の歓びを知った。
おにぎりを食べてぼろぼろ泣いているのが見られているため、今後ねこやでどんな料理を頼み、何を気に入っても"おにぎり"と呼ばれるようになる。
アレッタ
美味しいもの大好き魔族。
眠たそうなのと口を全く開かないことで言葉が通じているか心配していた。
その後、黒と見つめあっている様子を見て謎にドキドキしつつ、会話出来ているようなので安心。
おにぎり食べてぼろぼろ泣いている様子からそこはかとなく親近感を抱いている。
黒
チキンカレー大好きドラゴン。
ずっと昔に会ったエルフにしてはすごく強そうな個体がまだ生きていたことに驚く。
その後、おにぎり食べて無音でぼろぼろ泣いていることにまた驚く。
アルトリウス
ロースカツ大好き賢者。
伝承でしか語られない真祖が来店して目を疑う。
そんな存在が黒と一触即発になった時は心臓が止まった。
おにぎりを食べて静かにぼろぼろ泣いている様子を見て危険はないと判断する。
あんな存在すら感動させた料理を作る店主を親のような目で見守る。
店主
黒と見つめあっている様子から、テレパシーで会話してると判断。
吸血姫のことは黒に任せることにした。魔法ってすごい。
耳が尖っていることとおにぎりを注文したことから、彼女のことをエルフだと勘違いしている。
おにぎりは本来メニューにないが、たまに来るエルフから聞いたんだろうと思っている。
洋食屋ではあるが、おにぎりの具の種類を増やす必要があるなと感じている。
神
吸血姫を転生させた本当に盤外の存在。
続くとしても二度と出ない。
流行りに乗ってみたくて転生ちーとに何が欲しいか聴いたらもう死にたくないと言われて困った。
本当に不死にしちゃうと可哀想だし、死なないだけで自分で願えば死ぬことができるようしてあげてる。
吸血鬼にしたことと、創世期に転生させたのは出来心。
彼女の才能には一切触っていない。
最近遊戯王にハマっている。
お気に入りカードはヴァンプ・オブ・ヴァンパイア。