迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア) 作:ゴリラズダンジョン
「ベル・クラネル、年を脅かす一人の狼。愚かにも【ロキ・ファミリア】を襲撃した命知らずの少年。それは君であってるかな?」
アミッドの治療を後、
「……はい、合ってます」
「そうか、それは良かった。単刀直入に聞こうか、君は"どっち"だ?」
この闇夜に接触して来た時点で、彼が何者か想像に難くない。それを考慮した上でその質問として、導き出される解答は二者択一。
黒か白か、正義か悪か。
そして今のベルは迷わない。
「悪だと思います」
「話が早くて助かる。君を歓迎しよう、ベル君。俺の名はタナトス、しがない死の神さ」
怪しげな色気を漂わせる神の瞳はどこか暗い。
神として落ち着いた威厳も感じるが、さっきからその声色はふわふわとした希薄さを孕む。
「しがないってのは、僕のカミサマの為にある言葉です。何かを司っている時点で、貴方は立派な神様だと思います」
「俺を褒めても何も出ないよ。じゃあ行こうか、俺達の『隠れ家』に」
「ここが人口迷宮……」
タナトスに連れられて来た場所は、バベルとは異なるダンジョンの入り口だった。
「普通の構成員を連れて来る時は目隠しが必須だけど、俺の眼は君をどうしようもない悪だと疑ってない。それに単独で【ロキ・ファミリア】を襲撃して逃げ延びる実力、放っておく方が罪さ」
「えーっと、これから僕は何を?」
「俺に聞かれても困るよ。俺の役目はただ甘い言葉を語って、死を見届けるだけ。そうだなぁ、ヴァレッタちゃんあたりなら上手く使ってくれるでしょ。近々【
「貴方がエニュオじゃないんですか?」
「俺が?エニュオ?……はは」
死の神はそれはないと呆れた様子で笑った。
「姿も見せない、声も聞いた事がない、居るのかも分からない……本当に神なのかも疑わしい、そんな奴じゃないよ、俺は」
「えぇ……」
「ただ俺を、俺達を指揮している『誰か』が居るのは事実さ。もしベル君が、エニュオにとって不可欠な存在になれば、もしかして会えるかもね」
「エニュオにって不可欠……?」
「悪さ、どうしようもない悪。その点、ベル君には可能性があるかもね。その時は是非、俺にエニュオの正体をこっそり教えてよ」
やはり、タナトスはどこか希薄な男だった。
この世界の主役は子供たちで、神々ではない。とはいっても彼等彼女等が様々な想いで、下界に影響を及ぼしているのは事実。
きっと彼はこの世界を何とも思っていないのだ。滅びても、逆に発展してもどうでもいい。
ただ死の神として、多くの死が関与する方向にふらふらと足を運ぶ。
正に、ベルが求めていた『悪』だ。
「じゃあここでお別れだね。頑張ってね、ベル君」
青白い魔石灯がぼんやりと照らす広間で、タナトスとは別れを告げた。
「――どんな玉が来ると期待してたが……乳臭ぇ餓鬼とは、拍子抜けだぜ」
ベルを出迎えたのは、毛皮付きの
「ベル・クラネルです。タナトス様の紹介でここに来ました」
「畏まるな、クソガキ。テメェも沢山殺して来た性質だろ、今更いい子面して全く反吐が出る。――だがあの勇者と比べればよっぽどマシだ。私はヴァレッタだ、喜べテメェを糞こき使ってやる」
この日から、ベルは
だがこの時点では、まだ誰も気付いていない。彼が自分の目的の為に敵味方を厭わない『人狼』だと言う事を――。
●●
「糞がァアアアアアア!」
血を吐きながら、女は痛哭と憤怒に叫ぶ。
ヴァレッタ・グレーデ、オラリオ暗黒期から闇派閥として活動し混乱をもたらした主要幹部の一人。その【
死自体は、彼女にとってそれほど忌むべき事ではない。
だが黒い想いを寄せる【勇者】を殺して弄ぶ前に死ぬことは、ヴァレッタの人生の否定だ。そしてそれを摘もうとしている相手が、侮っていた『少年』であることがどうしても許せなかった。
「ここでは仲間であっても信頼するなって言ったのは貴方です」
ここに来て数か月、ベルはずっと従順にヴァレッタの指示に従っていた。自分では行動を起こすことなく、彼女にとって都合の良い道具になった。
そしてヴァレッタは道具として、ベルを信頼してしまったのだ。
「このォ……騙したのか、私を騙してやがったのかッ!?」
Lv5の彼女だが、どれだけ怒りを胸に身を捩ってもそれを『力』に変換する事は出来ない。
ベルが彼女に盛った『毒』は、ヴァレッタの真っ黒な腹の中を更に闇へ染める。
Lv5として、状態異常に抵抗を持っている彼女が動けなくなるだけの毒。それはある聖女の血と、希少なドロップ品であるユニコーンの角を媒介に造ったポーションが正体。
前者と後者、どちらも
「騙したと勘違いさせてたならごめんなさい。僕は一度として、貴方に忠誠を誓った覚えはないです」
「ッヅァア!!!この糞ガキぁ――――」
立ち上がろうとしたヴァレッタだが、それは悪手だ。頭に血が登った事で更に毒は彼女を侵食し、盛大に喀血した。
無様にうつ伏せに倒れる彼女の体は、それ以降ぴくりとも動かない。
「ふぅ、良かった。もし飲む前に気付かれてたら、計画がパーになる所だった」
しかし自分でも驚きだが、こうも殺した相手に関して何も思わなかったのは初めてだ。今まで多くの悪を葬って来たベルだが、何時も少しだけ罪悪感があった。
だが今回はむしろ、スッキリしている始末。
それもその筈だ、彼女は救い難い塵屑だった。自分の快楽で笑いながら人を殺す姿に、幾度と虫唾を走らせたか。
「ファイア・ボルト」
骨も残さず、ベルは彼女を火葬した。弔いの言葉もなく、彼女にはこの世に残る遺体すらも必要ない。
「――もう、全く冷や冷やしました。ベル様は、何時も無茶な事を成されるんですから」
「ははは、ごめんごめん。でも上手くいったでしょ?」
折を見て岩陰から現れたのは、エルフの少年だ。だがそれは本来の姿、そして性別と異なる。
リリルカ・アーデ、ベルには欠かせないサポーターだ。
今はライアンと名乗っている彼女はベルが闇派閥に入った後、紹介として連れて来た。この場所に【
「ありがとう、リリ。これで次の『シナリオ』に進める。もう少し、もう少しで僕は……げほっ」
胸の疼きに一瞬息を止めて、咳をする。手に付着した赤、口いっぱいに広がる血の味。
アミッドから処方されている薬も、徐々に効かなくなって来ているのだ。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫、僕はまだ死ねないから……リリはさ、僕が居なくなったらその後どうするの?」
甲斐甲斐しくベルに付き添ってくる
最初は打算的な関係だったが、少なからずベルはリリルカを大事に思っている。
そんな彼女がどうするのか、少し気になったのだ。
「……行かないで下さい」
ベルの質問に、機嫌を損ねない為に何時も粛々と返答するリリルカは、次に捨て猫のように喉と瞳を震わせた。
「リリは、ベル様とずっと一緒です。何時か来るその時も、それは変わりません。だから居なくなるなんて、そんな事言わないで……」
どうしようもなく、ベルが思っている以上に彼女は白髪の少年に依存してしまっている。
嗚呼、何と愚かな
だからせめて、終わり行くその時まで位は。
「ごめん、そうだよね。分かった、僕はリリの隣から居なくならない」
「本当、ですか……?」
「うん!納得できないなら……僕の二番目の心を、リリに捧げる。だから、ずっと一緒だよ」
灰色の少女を抱きしめて、ベルは囁く。
ベルが居なくなった後の世界に恐怖を抱いていたリリルカの表情は和らぎ、小刻みに震えていた体も止まった。
「――今、リリは世界で一番幸せだと思います」
涙を流す彼女の頭をそっと撫でる。
墜ちていく二人を祝福するのは、抜けていく風とそれに攫われる女の残骸だった。
思い付かなかったので後書きは無しです!
ただふと思ったんですが、ベルが居ないと劇場版オリオンの矢でオラリオ滅びちゃうんですよね……と言う事で、そこは都市最強の【|猛者(おうじゃ)】に任せましょう。多分、どうにかなった筈です。