迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア) 作:ゴリラズダンジョン
「ベル・クラネルは一体何を企んでいる」
「さぁ?俺さんに聞かれても困るぜ」
「神々と化かし合いする気は私にはない。ただ神サタン、貴方が接触してからあの少年が変わったのは事実だ」
【ガネーシャ・ファミリア】、その拘留所では神が人の子に詰められていた。神が犯した悪事、あるいはその疑惑は本来、同じ神が見極めるのが普通だ。
しかしどれほど正義を掲げた神であってもその道化を見た途端、顔を青くした。だからこうして今、都市の憲兵足る【ガネーシャ・ファミリア】で団長を務める彼女が任されているのである。
しかしどう頑張っても、その神は普通……いや、それ以下だ。
神気は愚か、名前すらも偽名。
少年を裏で操っている悪い神とは、到底思えなかった。だが神である以上、下界の住人と比べて上位の存在であるのだからそもそも図ろうとするのが間違いだ。
「まぁ確かにそうだけどさ、別に俺さんが主体でやった訳じゃない。何を想ってこれからどうするのとか、拷問しても何も出やしないぜ?」
「口だけなら何とでも言えるだろう。喜べ、都市の憲兵として表ざたには出来ないが――我々には優れた拷問官が居る」
「いやぁ、辞めといた方がいいよ?てか俺さんを拷問しても、物語にとって無駄でしかない。というかあれだ、あれ。そうそう、俺って実は拷問の神な訳。あらゆる試練を、悲痛を、業火をこの片目に宿してる」
「貴様は一体、何が言いたい?」
「何が言いたいんだろうが、俺さんにも分からない。今喋った事も嘘だし、全部が出鱈目。そもそも俺さんの存在自体が希薄な訳で……」
サタンが喋る言葉は、余りにも益体がなかった。
神にして嘘を見抜くは簡単で、そもそも嘘か真実かなど、どうでも良い事を口にする。見ておくのも飽き飽きするほどの、典型的な道化。
ただ勘違いされがちだが、道化とはただ笑われるだけの愚か者ではない。
本来の道化とは、おどけた言葉や動作で人に笑われること。だが壇上で踊る者にとって、どんな形であっても人の笑顔とは極上の大義だ。
傍から見れば愚か者だが、そのふざけた姿・行動には『意味』がある。
「貴様は一体何を想い、何を企んでいるのだ」
「だーかーら、俺さんは何をする気もないって。やるべきことは、既に"あっち"でやって来た」
「……やはり、拷問か」
神を人が拷問するなど気に乗らないが、こうなればやむを得ない。拷問官を呼び出す為に、その場を離れようとしたシャクティだったが、
「やぁこんな所で奇遇だね、シャクティちゃん」
「神ヘルメス……貴方が一体どうしてここに?」
すれ違った羽帽子の優男、ヘルメスがこの【ガネーシャ・ファミリア】が管轄している場所に居るのは不自然だ。
「頼まれたのさ、どうしようもない神を裁けって。全く本当に人使いが荒いったらありゃしない。ただ確かに、あの神と対等に話せるとしたら今は俺が最適かな」
「あの神を知っているのか?」
「知っているかと問われれば首を縦に振るが、実際に会った事はない。正確には会う事すらも出来なかった、と言うべきか。兎も角、後はこのヘルメスが請け負う」
何時になく真剣に表情を引き締めたヘルメスを見て、シャクティは何も言わずにその場を去った。待たせていた見張も撤収させて、神と神、一対一の状況を作り出す。
「おーおー、折角麗しいお姉さんと一緒だったのに、次に来たのはお前かよ」
「白塗りのオッドアイ、語る言葉は飄々と。流石に作り過ぎじゃないか?」
「作るも何も、これが俺の素だ。名無しの神の過去なんざ、あの神ヘルメスが知っている訳もない」
「誰が名無しの神なのか。こうして会うまで疑っていたが……今、分かった。かつて天界で大罪を犯して封じられた神、俺にとっても下界で言う所の『血縁関係』に当たる貴方の名は――」
「おーっと、それ以上は辞めとけ。それが合ってるにしろ間違っているにしろ、ネタばらしってのは最後に残しておくのが道理だ。――ヘルメス、これ以上探るな」
オッドアイの瞳が爛々と光る。
紅く滾りながらも、氷槍の如き冷たく鋭い視線はヘルメスが思わず冷や汗をかくほどの神気。
「
「何だ急に汗かいて、確かにここは暑いからな。まぁ心配せずとも、時期に終わる。それが変わる事のない『シナリオ』だ」
●●
「久しぶりだね、ベル君」
「お久しぶりです、タナトス様」
「そう畏まらなくていいよ。俺何かより君の方がよっぽどエニュオに評価されてる。聞いたよ【ロキ・ファミリア】を嵌めて、大量に殺したんだって?」
ベルは今や、闇派閥に欠かせない主力となっていた。
「凄いよ、君は本当に。ただ俺は賞賛の言葉を送るためだけにこの場所に来た訳じゃない。――君、エニュオに疑われてるよ?」
「疑われてる、ですか?」
「ああ。実は君が、組織を内側から喰い破る悪い狼じゃないかって。確かに側だけを見ると、ベル君の功績は素晴らしい。だけど見過ごせない事が『二点』、それを確かめる為に君を連れて来た他ならない俺が抜擢された訳さ」
まずベルが迷宮都市に及ぼした被害は確かだが、人的被害は圧倒的に少ない。まるで殺すことを躊躇っているかのように、破壊と死の数が釣り合っていないのだ。
そして二つ目に、ベルが受け持った部隊の死亡率が高すぎる。それに伴って結果を出しているのだからとやかく言う必要もないかも知れないし、捨て駒がどれだけいなくなっても
ただベルほどの手腕でありながら、それだけの死者を出すのはそもそもおかしいのではないかと言う話だ。
「なるほど、確かにそう解釈されても仕方が無いです」
「何もないなら、それいいのさ。だけど一応ね?――ベル君、君は俺達の敵?」
「味方、だと思います」
下界の住人は神々に嘘を吐けない。
だがそれは常識の理に準じている者に限った話だ。それを嘘だとも思っていない、神を騙す程の強い想いで真意を偽る者は偶にいる。
確かにベルはタナトスに嘘を吐いていない。だがそれだけで納得するなら、わざわざこの場所に足を運ばなかった。
「分かった。なら、俺達に信じさせてくれよ?」
タナトスが指を鳴らすと、背後からエルフの少年が現れる。彼に鎖を繋がれて歩いてくるのは、まだ幼いヒューマンの少女だった。
少女の手綱を握って、タナトスは引き寄せる。
「ひぃ」
躓いた少女は、丁度ベルの前に膝を付いた。
「彼女は君と同じ、何の罪もないヒューマンだ。まだ世界を知らず、ただ恐怖に怯える無垢な少女。彼女を殺し、悪を示せ。君が信頼を勝ち取るたった一つの、そしてシンプルなやり方さ」
無垢な少女をその手に掛ける。
それだけで、ベルが善人を生かし悪人を見捨てる思考を持っていない事を否定出来よう。
「助けて、下さい……!」
少女はベルの膝にしがみついて、命乞いをした。同じヒューマンの優しそうな少年なら、もしかして鎖を断ち切って光の元へ逃がしてくれるのではないかと――、
「――ぁ」
しかし、ベルが返したのは炎雷だった。
躊躇う素振りもなく、『ファイア・ボルト』と。自分が持ち得る唯一の、そして必殺の攻撃を少女に放ったのだ。
「……はは、ははははは」
塵も残さず少女を消し去った少年を、タナトスは笑った。死を司る彼が死で笑うのは、実に久方ぶりだ。
「改めて、歓迎するよ。ようこそ悪へ、ベル君」
救いがたい灰色の少年に、死の神は最大限の祝福を送るのだった。