迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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儚く短い月夜の下で

異端児(ゼノス)……噂には聞いてましたが、まさか本当に喋るモンスターが居るとは」

 

「っ!貴方は一体、何を目的に私達を……!」

 

「取引ですよ。僕は貴方達を傷付けるつもりなんてない」

 

 闇派閥(イヴィルス)として活動する中で、耳を疑うような存在が居るとは聞いていた。一部の人間は知能があるモンスター達を実験道具にしようとしていたが……ベルの描いた『シナリオ』を更に強固とする材料になると確信した。

 

 だからこうして折を見て、異端児(ゼノス)達と接触を試みたのである。

 

「ウィーネが……あの子が殺されちまった。グロスも、アルルも……皆皆、やられちまった。俺っち達は只……」

 

 ただ、少しタイミング的には遅かったらしい。

 何が起こったのか把握している訳ではないが、確か【異端児(ゼノス)】は【イケロス・ファミリア】が熱心に追っていたが……。

 

 だがこれは好機だ。

 

 目の前のリザードマンには知能がある。人間と同じ感傷を抱き、同胞の喪失に嘆いている。

 

 しかし地下では、知見を深めて多くの感情に触れる事はどうしても難しい。故に、弱った心を埋める術を知らない。

 

 そして小人族もエルフも、種族関係なく騙して陥れて来たベルにとって『脆さ』とは。付け込むには十分すぎる『隙』だ。

 

「人間とモンスターの友和。僕は素敵な話だと思います。でも、人間もいい人ばかりじゃない。仮に貴方達を傷付けた敵を倒しても、新たな敵が出て来るでしょう。――なら簡単な話、先にその悪をやっつけませんか?」

 

「…………お前には、それが出来るのか?人間」

 

「辞めましょうリド、復讐なんて――」

 

「もう前のやり方じゃダメだ、レイ。俺っち達は一度失敗した、多くを失った。魔術師(メイジ)の――いや死神の手を取るとしても、それがあいつらの……ウィーネ達が目指した友和に繋がるなら」

 

 リザードマンの雄は、人間を深く知らない。

 だからこそ、本能で察したのだ。目の前に居るのが一度手を取ればもう戻れない悪で、ただ同時、期待を裏切らない存在だと。

 

「契約成立です。じゃあ早速、ミッションをお願いします」

 

 ベルがリザードマンに渡したのは、地図と『大量』の魔石が入った麻袋だ。

 

「中の魔石を地図の場所に置いて下さい。そして『合図』をした10分後に、この装置を押してください。それで悪は淘汰されます」

 

「……分かった」

 

 美しい歌人鳥(セイレーン)も、それ以上異を唱える事はなかった。

 必要な事は告げたのだその場から去ろうとしたベルだったが、カタリと何か落ちる音に振り向く。

 

 リドが落としたのは、ベルの瞳と同じ色の宝石だ。

 

 ただ無機質な鉱石な筈なのに、魔石灯に照らされるそれはまるで泣いているように儚く輝いている。『ヴィーヴルの涙』、以前サポーターのエイナから教えて貰ったユニコーンの角に並ぶ希少なドロップアイテムだ。

 

「――それ、貰っていいですか?」

 

「これは……いや、あの子を殺した俺っち達が持ってても、か。だが教えてくれ、一体これをどう使うのか」

 

「悪用する気も、鍛冶の素材に使う気もないです。ただその宝石が似合う女の子にプレゼントしたくって」

 

 苛烈な色の持ちながらも、何処か儚い。ベルの知っている狐に、良く似合うと思ったのだ。

 

 でもなぜだろう。手に取ると少し懐かしい気がするのは。

 

●●

 

「やっぱり、良く似合ってます」

 

 隠れ家に戻ったベルは首掛けにしてもらった宝石を狐の少女――桜の白い首に通した。

 

 瞳が動く事はないが、彼女は微笑む。

 最近はベルの行動、語る言葉の意味が分かっているかのように表情が折々変化するのだ。

 

 無意識の中に生まれた意識。失われた魂が戻る事はないのが普通だが、もしかしたら何れ輝取り戻されるのかも知れない。

 

「げほっ、げほっ……もう、そろそろですか」

 

 ただベルがそれを見届ける事は、叶わなそうだった。命の灯はそよ風で大きく揺れる段階まで来てしまっている。

 終わりの日は近いが、同時に『シナリオ』も完成間近だ。

 

「これがきっと、最後の『語り』になります。あ、でも、もう英雄譚は語り尽くしちゃいましたし……そうだ」

 

 ベルが創作した英雄の話しでもいいかと思ったが、ふと魔が差した。

 最後くらい好き勝手、それこそ自分の創った自分のお話でもいいのではないか。

 

 そこで、あの神がベルに言った事を思い出す。

 "もしも"を語る時は現実的な可能性じゃなく、成りたい姿を、望む未来を。

 

 サタンにしては珍しい美学だが、ベルが付き合う必要はない。ただ現実では絶望する事しか出来なかったのだから、想像では好き勝手語らせてほしいとも思う。

 

「……今から話す英雄は愚直に前に走り続けて、偶には転んで……そして可愛い女の子と出会う。そんなダンジョンに出会いを求めた、少年のお話です」

 

 もしベルが、あの時……ダンジョンに弄ばれずに、あの金髪金眼の少女に助けられていた。そんな幸運で、都合の良過ぎる未来。

 

 綺麗ごとばかりで、胃もたれするほど真っすぐな少年の可能性をベルは語った。有り得ない速度で急成長して都市を駆け回る、孤独な狼ではなく皆に愛される白兎。

 英雄譚にしてはどこか飛躍し過ぎていて、硬派な物語を好む者にとってはきっと退屈な話に違いない。

 

「――という、お話です」

 

 自分でもやれやれと肩を落としながら語った物語に、しかし桜の反応は違った。

 

 初めてだ、初めてその双眸がベルを真っすぐ見た。そして驚きはそれで終わることなく、その唇が薄っすら開く。

 

「それは素敵なお話でございます」

 

 喋ったのだ。

 思考と言う過程が無いと、決して起こり得ない人類の叡智――言葉をその体で、その喉で、その口で語ったて、目尻すらも下げた。

 

 触れる彼女から伝わる力は更に強く。最後に桜はベルに、『祝福』を授けたのだ。

 

「……今度は貴方がこうなる前に、救ってあげられればいいな」

 

 今度もし会う時があれば、その時は姫を救う英雄として。

 

 そんな有り得もしない『もしも』を零して、ベルは月夜に姿を消すのだった。

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