迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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飯を食べに行こう

 ―時は少し遡る。

 

 まだ日が出ても居ない深夜、封鎖されている筈の都市北西の市壁には一人のヒューマンと神が向かい合っていた。

 

 こんな時間にこんな場所で、わざわざ人目を憚って何をするのか。決闘?もしくは聞かれたくない悪い話?

 

 確かにこの場に居るどちらも善人とは言い難いが、今はただ親と子として静かに対話する為に。

 

「眠らない都市って言われてるのに、随分と暗いですね」

 

「そりゃあお前さんのせいだろ。ベルのおかげで、冒険者達は娯楽に費やす時間はないからな。しかしまぁ、良くもここまでやったよ。そうだ、頭でも撫でてやろうか?」

 

「それは……遠慮しておきます」

 

 これが美しい女神だったなら是非にと返答したのかも知れないが、生憎白塗りのピエロに撫でられるなど悪寒が走る。

 ただサタンはその気だったようで、苦い顔をしたベルに「マジかよ」と少し落ち込んだ様子だ。

 

 どこまでも分からない神だ。最初から最後まで、本当に何も分からなかった。

 

 何がしたくてベルを拾ったのか、そしてどうしてそこまで肩入れしてくれたのか。ただそれを聞くのは野暮と言うもの。

 

 一匹狼を利用した道化と、道化を利用した狼。その打算的な関係で成り立っている今なのだから、今更何かを聞くのは野暮と言うものだ。

 

「……やるのか、今日?」

 

「ええ、準備は整いました。これで僕は念願の『英雄』に成れる」

 

 ベルの前には倒す敵も、付き従ってくれる仲間も居ない。一体何を以て英雄と成すのかと、向こうもそれを聞いて来ることはなかった。

 あるいは、全部分かっているのかも知れない。

 

 だからこそ、この場に呼び出した理由すらも彼は聞いて来なかった。

 

「ほれ」

 

 サタンは片手に持っていたボトルを、ベルに向かっておざなりに投げて来る。

 

 腕をもつれさせながらも受け取ったベルはその蓋を開けると、凄まじいアルコール臭が鼻だけではなく目を貫いた。

 

「ぐぉお、目がぁ……こ、殺す気ですか!?」

 

「お子様にはちと、きつかったか。今度はもっと甘っちょろい酒を持ってくるとする」

 

 そう言ったサタンは、ベルの手からボトルを取り返して一気に呷った。一応恩恵を授かってるベルが一口で昏倒し兼ねない度数のお酒、もしかして彼は『酒神』なのではないかと思った直後だった。

 

 『オエッ』と、サタンは顔を青くして飲んだばかりのお酒を勢いよく吹き出したのだ。

 

「うげ。酒、まっず」

 

「えぇ…………」

 

「いやマジで、こんなの誰が好き好んで飲むんだよ」

 

「いやそもそも、選ぶお酒が間違っているのでは……?」

 

「何だ、これ普通の酒じゃないのか?かっこつけようとした祟りだな、失敗失敗」

 

 なぜかっこつけようと思ったのか。ただ生じる疑問にいちいち突っ込んでも、大して意味のない言葉が返って来るのは分かり切っている。

 意味のない事のループ、それが道化の本質だ。

 

 だがサタンの表情から酒の苦みが消えた後、彼は珍しく口角を引き締めた。オッドアイの双眸を粛々と輝かせて、まるで神の如く――というか神であるのは間違いないのだが――兎に角、神意が垣間見える『真剣』を宿した。

 

 これがきっと、親と子の最後の会話になる。だから最後に、ずっと隠していた真実を――、

 

「ベル、聞いてくれ。俺さん実は――ドライアイなんだ」

 

「……ファイア・ボルーー」

 

「うォ、待て!?冗談だ、お茶目な神ジョークだって!」

 

 余りにもしょーも無さすぎて、思わずその必殺を放とうとしたベル。少し『イラァ』としただけでそこまで脅す必要もないが、定番の流れなので一応やっておくことにした。

 

「あ、でも止めなくてもいいか。どうせ俺さん、今からベルに殺されるんだしな」

 

 そのまま腕を下げようとしたベルだったが、その言葉に魔法が何時でも放てる体制を継続する。

 

「……やっぱり気付いてたんですか」

 

「おう、俺さんを誰だと思ってる。こちとりゃ、只の名無しの神だぜ!って、説得力皆無だな。ま、簡単な話だ。――英雄の誕生に、でっかい花火は欠かせないだろ?」

 

 ベルはサタンを見誤っていた。勿論、理解出来ないのは前提ではあるが、理解したと思っていた事すらも間違っていたのだ。

 

 彼はベル・クラネルの物語を見届けないのではなく、その一部に。自らの命が大団円に必要なら、其れすらも(いと)わない。

 

「どうして、そこまで僕に……」

 

 それが打算ではなく、一方的な感情。親が子に向ける愛情のようなそれと気づいた途端、今まで聞くまいとしていた疑問が自ずと零れる。

 

「―――――」

 

 何時も衝動的に言葉を語って返すサタンだが、珍しく長考した。又、おふざけの言葉を考えているのかとも思ったが、その表情が否定する。

 貼り付けたような希薄な笑みが、眦を下げて唇を綻ばせて――確かな笑顔に変わったのだ。

 

「お前さんに未来を視たからだよ。それ以上のネタ晴らしは、又後でな」

 

 サタンはベルとの距離を詰めて、頭を撫でて来た。遠慮しておきますと言ったのにずかずかと、そして撫で方もガサツ。

 ただ、そもそも遠慮何て言葉を知らない神だったと。最初にもっと強く言うべきだったと己の過ちを認めて、何も言わずにそれを受け入れた。

 

「なぁベル、今度もし機会があれば飯でも食いに行こう。勿論、酒はなしでな」

 

「……分かりました。美味しいお店に心当たりがあります。機会があればと言わず、きっと行きましょう」

 

「ああ、そうだな――」

 

 サタンはオッドアイの瞳を静かに閉じる。それが、ベルと彼が最後に交わした言葉。

 

 胸元に刺さった短剣は、神を送還するには十分な致命傷だった。

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