迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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嘘つき狼

 

数か月前から都市を騒がしていた冒険者狩り、そして最近は闇派閥(イヴィルス)の筆頭幹部として悪逆の限りを尽くした白狼は、アイズ・ヴァレンシュタインの手で討伐された。

 

 それがベル・クラネルと言う少年の最後。

 

 だが物語は、それだけで終わらない。世界は彼を、只の妄執に憑りつかれた愚者にする事はなかった。

 

 まず、何処から話そうか。その後、起きた事はもはや【ロキ・ファミリア】だけではなく、他のファミリアにも多大な影響を及ぼした。

 

 しかし注目すべきなのは、それが負ではなく『正の影響』であること。

 

 まずは都市を最初に駆け巡った朗報に関して語ろう。

 

 それは【ロキ・ファミリア】の団員を中心として数週間前に起こった、ベル・クラネルの策略によるダンジョンの大崩落――大量虐殺に嵌められたと思われていた冒険者達が帰還した事だ。

 

「だ、団長ぉ……」

 

 わなわなと唇を震わせて、その耳を疑う情報に飛び出て来たティオネは確かな最愛の勇者の帰還に脚を崩す。悲壮で晴れていた瞳は、次に喜びの滂沱で更に腫れ上がる事になるだろう。

 勿論、彼女だけではなく誰しもがフィンの、そして同じファミリアの同士の帰還に歓喜した。

 

「うぉおおおおおおん。アキぃ~~~」

 

「泣き過ぎよ、ラウル。ただ、まぁ仕方ないか」

 

 各々目の前の現実を疑いもなく謳歌する。抱き合って涙を流して、ただ突然現れた彼等彼女等がどうしても信じられなくて――そんな漠然とした現実を受け入れられないものも一定数。

 

 だって可笑しな話だろう。

 

 既に死したと思われていた、というか実際にロキは恩恵の数が減ったと言っていたのだ。

 

 なのに全員がほぼ無傷で太陽の下に立っている。

 

 帰って来た、生き延びた。その表現は余りにも不適切だ。

 

「帰らせられた、生き延びさせられた。そう、考えているんだろう?」

 

「フィン……」

 

 見飽きた金髪碧眼の小人族(パルゥム)。彼と居た時間と比べて別離の時間は数百分の一ほど短かったのに、その顔を見た途端、リヴェリアは一度疑問を捨て置いて胸が熱く波打った。

 

 彼の代わりとして団長の役割を果たしていたが、それももう必要はなく、どこか強張っていた表情が緩む。

 

「ハグでもするかい?」

 

「それはティオネあたりにでもやってやるといい」

 

「残念ながら彼女、歓喜し過ぎて気絶してしまったからそれは無理かな。僕が居ない間、君が団長をやってくれていたと聞いたよ」

 

「団長、と呼ぶにはいささか役不足だったがな。やはりフィン・ディムナにしかこのファミリアの団長は務められない」

 

 ハグもしないし握手もしないが、リヴェリアはそっとフィンの肩に手を乗せた。信頼の証としては、それだけで十分だった。

 

 ――ややあって。

 

「じゃあ始めようか」

 

 黄昏の館に戻って、一度現状整理するためにフィンを筆頭にした小数が会議室に集まっていた。其処には最近ずっと沈黙していたロキの姿もある。

 

「まず薄々勘付いていると思うが、僕達は"生かされた"。あの時、僕は確かに"やられた"と顔を青ざめたよ」

 

 成すすべがない、正しく詰み。

 盤上の手駒を把握して、自在に動かす勇者はあの時確かに手を止め、行き詰った。

 

「後退も出来ない、かといって前進も出来ない。そんな袋小路でダンジョンの崩落。それでも僕達が生き残ったのは『抜け道』があったから」

 

 ダンジョンの気まぐれでも、ましてや誰かの誰の起点や奇策でもない。"それ"は最初から用意されていたのだ。

 

「僕達を助けたのは他でもないベル・クラネルだ」

 

「――意味が分からねぇ」

 

 とは、ベートだけではなく、皆の総意だ。

 

「最初は僕も意味が分からなかった。でも今さっきダンジョンで起こった事を知って、全てを察したよ」

 

 一回目に都市に鳴り響いた轟音、あれは神の送還が理由。

 

 そして現在、都市でも限られた者しか知らない二度目の爆発音の真相を、既にフィンは聞き及んでいる。

 

「さっきの爆発はダンジョンーー人口迷宮(クノッソス)(ことごと)く破壊した。ベル・クラネルは、地下の巣窟で暗躍していた闇派閥(イヴィルス)を全滅させてしまった」

 

「全滅……?」

 

「正確な被害は分かっていないし、闇派閥が潜むのは人口迷宮(クノッソス)だけじゃない。だけど組織として復興するには時間かかかるほどの痛手を負ったのは事実。そして彼が行ったのはこれだけに留まらない。先刻、ギルドに届けられた山の書類、それは表に出ていない闇派閥(イヴィルス)に組する組織の居場所、構成人数、あらゆる闇を網羅した『密告書』だったと」

 

 ベル・クラネルの暗躍は決してオラリオを破滅させる為ではなく、むしろ救うためだった。

 

 闇派閥(イヴィルス)に潜伏して、"その機"を伺っていたのだ。

 

「今思うと、都市の破壊に見合わない人的被害の少なさも彼の思惑だったんだろうね」

 

「あの子は……ベルは英雄に成るって、私にそう言った」

 

「……フィン達を殺したと見せかけたのは、闇派閥(イヴィルス)の糞野郎どもを騙す為か」

 

「僕達の本拠地(ホーム)を襲撃したのも、闇派閥(イヴィルス)と接触するためだろうね」

 

 悪に取り入るには、悪を演じるしかない。そう言った覚悟を持って、ベルは他を騙したのか。

 

「それも勿論あるだろうけれど……『抜け道』の先、大広間で僕はベル・クラネルと少し話した」

 

 忘れもしない、あの瞳に宿っていたのは英雄に対する並只ならぬ妄執だった。

 

 闇を演じて闇に取り入る事で、闇派閥(イヴィルス)の大半を潰してエニュオの思惑すらも上回った彼は、それだけでも間違いなく英雄だと称賛されるべき。

 

 ただ彼が目指したのはそれ以上だ。

 

 英雄とは時に、功績だけではなく『死に様』も考慮される。病気や老衰で死ぬのと比べて、華々しく散った方が評価される場合が多い。

 

「一人孤独に悪へ立ち向かった狼は、最後には英雄の都と呼ばれるオラリオ、その冒険者達の手で殺されてしまった」

 

 悲運な結末とは、人々の心に残り易い。

 

 そして次代の英雄である冒険者達に殺されてしまった、という所が肝だ。

 

 何時の時代にも、英雄と呼ばれる者は多くいる。だが別の時代に生きている以上、比較して優劣を付ける事は難しい。

 ただ、同じ時間に限っては別だ。

 

「客観的にベル・クラネルが行った事は正義だ、英傑と謡われるべき所業だ。だが結果としてその少年を、僕達は殺してしまった」

 

「私達は、彼を倒すべき悪だと疑わなかった」

 

「見誤って、あまつにも殺した。今後ここに居る僕たちがどう成長して『英雄』になったとしても、その事実が晴れることはなく未来永劫付き纏う――ベル・クラネルは僕達に"格付け"をやってのけた」

 

 死してしまった以上、もう追いかけることはできない。

 

「僕たちは彼に、ベル・クラネルに逃げられてしまった」

 

 それが少年が下した逃げの果て。

 

 他を欺き、自分を『悪』の仮面で隠して、遂に掴まる事はなく逃げ切った。

 

 あの時、世界から理不尽に課せられた『運命』に抗って、後ろ向きに走る事でベルは英雄となったのだ。

 

「君は、一体どうして……」

 

 アイズの予感は間違っていなかったが、一手――いや何手も遅かった。

 

 もし自分があの時彼を助けられていれば。前にひたむきに走る彼は、光を浴びる英雄に慣れていたかもしれないのに。

 

 彼を救わなかった自分の手に、ただ視線を落とす事しか出来なかった。

 

 ベル・クラネルが描いた『シナリオ』。それを後から知って、もはや皆沈黙せざるを得ない。

 

 ただその全貌を語ったフィンだけは、なぜか諦めていない。

 

 その瞳に宿す勇者の色は、しかし決して強がりではなかった。

 

「今語ったのは全てベル・クラネルが命を落として居たら、という前提の話しだ」

 

「待て、待ちやがれ。その言い草だと、まるで――」

 

「ああ、"ベル・クラネルは生きている"。彼には二つの誤算、いや『優しさ』があった」

 

 一つ目の誤算。

 

 それは市壁の下からでは分からない、アイズが剣を立てる瞬間にベルの前に伸びた『小さな影』だった。




 人を殺し過ぎたベルが英雄として認められるかって話ですが、殺した殆どが『悪』なので、否定はできないと思います。
 実際、冒険者達も闇派閥の構成員は容赦なくぶっ殺しますし。

 いやイヴィルスで信頼勝ち取るために、女の子殺したよね?それで今更、善人面するの?って話ですが、其処に関してはカラクリがあるので。

 だから基本的に、ベルは自分の意思で善人を殺していないです。 

 確かに救わなかった命はありますが、それはこの世界のベルが命の取捨選択が出来るほど強くないので致し方なし。

 あと4話で終わります。今しばらくお付き合い下さい。

 明日と明後日で二本ずつ投稿させて頂きます、何卒。
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