迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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エゴという名の優しさ

 騙されていると分かっていた、語る言葉は喉に貼り付けただけの紛れもない嘘だった。

 

 でも彼は自分の事を必要としてくれた、それだけでどれほど救われた事か。

 

 頑張っている間は、頭を撫でてくれる。

 

 だから頑張った。絶対置いて行かれないように、後ろ向きに走る彼の前を追い続けた。

 

 ある日、彼がもう直ぐ死ぬことを知った。怖かった、恐ろしかった、捨てられたくなった。

 

 そんな自分を見兼ねて、彼は言ったのだ。

 

 心の二番目を捧げるって。

 

 どうせなら一番が良いとは言わなかった。知っている、彼の一番はまだ見ぬ空の上にあると。

 

 それを無視して一番と言うなら、むしろ脛を蹴ってやっただろう。だが、そうは言わなかった。

 

 だからそれは何時もの『嘘』と少し違う気がして。都合の良い解釈に違いないけれど、結構彼は自分を愛してくれているかも知れないって、そう思った。

 

 それすらも、そう思わせる為の噓なのかも知れない。

 

 でもそれでいい、元々偽りで成り立っている関係だ。

 

 それが本心で無いとしても、『愛』を貰った。愛された事のない自分にとって、それは形容しがたい幸せだった。

 

 だから、もう満足だ。これ以上、何も望まない。

 

 だから、だから――、

 

 貴方だけは生きていて欲しい。

 

 そう思って、自分は――リリルカ・アーデは、"その時"、無意識に飛び出していた。

 

嗚呼(ああ)――リリはきっとこの時の為に生まれて来たんだと、そう思います」

 

 シナリオをひっくり返したのは他でもない、白髪の少年のシナリオに最も関わって来た『小人族(パルゥム)』の少女だった。

 

●●

 

 天国があるとは思っていない。

 

 サタンが常々言っていた。魂は無に還って洗浄されて、やがて何者かに生まれ変わると。

 

 それはベルにとって都合が良かった。だって自分は必ず地獄に行くだろうから。

 

 ただ目を覚ました先、其処は想像していた以上の地獄――のフリをした現実だった。

 

「どう、して……」

 

 埃の匂いが鼻を擽る。

 

 痛む体に、冷えた風が突き抜ける。鉄格子の中、ベルはベットに寝かせられていたのだ。

 

 貫かれた筈の胸は健やかに始動している。

 

 ここが幻想ではないかと、疑う余地はない。

 

 だってベルは意識を失う前、剣の前に飛び出した『影』を覚えているから。

 

「どうして僕を……」

 

 聡い彼女は、自分が騙されていると分かっていた筈だ。なのに、どうして彼女――リリは自分を庇ったのか。

 

 いやそもそもの話だ。あの攻撃は、『剣姫』の黒い衝撃はアダマンタイトでも貫くに違いない。

 

 ただ小人族が庇っただけ、そしてあの時点で恩恵が失われていた少年には生き残る術がある訳ないのに。

 

 最後の最後に、神の悪戯な奇跡か。だとしたら余計なおせっかいだ、ベルが死なない限り『シナリオ』が達成する事はないのだから。

 

 だがベルの体は自害が許されない状況にある。

 

「――やっと貴方をこうやって、ベッドに縛って置く事が叶いました」

 

 魔石灯がぼんやりと照らす部屋の隅、動揺していたベルは気付かなかったが、人が座っていた。

 

 だが見るまでもない。その声は、人と関わって来なかったベルが覚えている数少ない肉声だったから。

 

「アミッドさん……!」

 

 銀の聖女、都市最高峰の癒し手である彼女の此処にいる訳。

 

 それは図るまでもない。そして今、ベルは自分が生き残った理由を察した。

 

「どうしてですか……どうして僕を生かしたんですか!!!!!」

 

 非力な今のベルでは動く訳もないベッドを軋ませて、怒気を露にする。今まで癒しを求めて来たのに、今更何を言うか。

 

 ただ『シナリオ』という積木が崩れてしまった以上、少年はただ残酷な現実に声を荒げる事しか出来ない。

 

「貴方を最初殺しておくべきだったと、何度も思いました」

 

 事実、彼女の視線は何時も冷たかった。

 

 それを不愉快だとは思った事がない。むしろ自分が善人ではないと勘違いせずに済むので、直ぐ近くで向けられる敵意は心地良かった。

 

「でも私はヒーラーです。癒す事しか、それだけしか出来ない」

 

 だからその温かい視線が。嘲笑ではなく、聖女の微笑が不愉快で仕方がない。

 

 殺してくれと、そう言っても無駄な事は冷静ではないベルでも分かった。

 

 絶望から、世界からベルは逃げる事が出来なかったのだ。

 

 なぜこうなったのか。

 

「リリ……」

 

 なぜ、ベルの悲願を邪魔した彼女の名を呼ぶのかも分からなかった。

 

 

 ――暫く経って。

 

「――やぁ初めまして、ベル君。初めて会うこの日を待ちわびていた訳だけど、光の下じゃないのが少し残念かな」

 

 アミッドと交代でベルの元に現れたのは、羽帽子の優男――ヘルメスだった。

 

 直接面識はないが、都市ですれ違った事位はある。ただサタンからあの神には気を付けろと釘を刺されていたし、不確実性を嫌っている身として掴み処の分からない彼はベルとしても接触を避けていた。

 

「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれよ。俺はただ、君と『お話』をしに来ただけだぜ?」

 

「僕からは何も話す事はないです」

 

「きっと直ぐに、話したくなるさ。ベル君、どうして完璧だった筈の『シナリオ』が狂ったのか分かるかい?それは偶然でも、世界の悪戯でもない――君の『優しさ』だよ」

 

「優しさ……?は、はは」

 

 何を言うかと思ったら、まさか神ヘルメスとあろうものが其処まで見誤っているとは。

 

 思わず悪になっても変わらなかった『礼儀』を捨てて、失笑してしまった。

 

「いいや、君は優しいね。実際、君はむやみやたらに善人を殺していない。そうだろ?」

 

「それは『英雄』になるために、必要だったからです。完全な悪では『英雄』に成れないって、分かっていましたから」

 

 嘘や欺きは、ベルが行った事を天秤に掛けるとまだ許される罪。だがその為に、罪なき人を殺すのは許容されないと分かっていた。

 

 完全な悪人ではないが、他を騙したベルは善人とは言い難く『優しさ』とは無縁である。

 

「じゃあ、あるエルフの話をしよう」

 

 だがベルの反論に、まるで最初から用意していたが如くヘルメスは表情を揺るがす事はなく返す。

 

「君が闇派閥(イヴィルス)に組したと分かった後、ギルド側の調査でエルフの受付嬢がベル・クラネルに情報提供していた事が判明して、彼女は当然咎められた」

 

 誰の事を言っているのか、直ぐに分かった。

 

 まだ『冒険者狩り』だったとき、甘い言葉で籠絡して、ギルドの情報を提供して貰っていたエイナの話だ

 

「操られた、騙されていたと口にすればそれほど罪に咎められなかっただろうに、彼女は君を庇った」

 

「エイナさんが……?」

 

 彼女はギルド嬢として、正義感を有している。

 

 悪を倒す為とは言っても、誰かを欺き傷付けるやり方をきっと彼女は許さない。

 

 ベル・クラネルと言う『悪』が世間に露呈して時点で、酷く憤慨すると思っていたが――、

 

「君が彼女を見誤った訳じゃない。勘違いするなよ、ベル君。もし君の語る言葉が全て偽りだった場合、それに気付けないほど愚かじゃない。きっと君の中に『優しさ』を見たからこそ。だから真実を知ってなお、彼女は君を庇った」

 

「……それだけですか?」

 

 ベルの優しさの理由を朗々と語ったヘルメスだが、所詮、それは彼の推測に過ぎない、

 

 そもそも、エイナも人の子だ。ただ単にベルが彼女を見誤ってしまった、という線を拭う事は出来ないだろう。

 

「勿論、それだけじゃない。君の優しさを裏付ける話は、メモ帳が一冊文字で埋まる位には用意してきているさ。――君が倒れた後、隠れ家で狐人(ルナール)の子を保護した、彼女の身元を調べる為、元のファミリアの子に接触した時、直ぐに泣き崩れたよ」

 

 それは、ある日突然居なくなったと思った狐の少女が返って来たのも理由としてあったが、一番はその表情が豊かになっている事に対しての喜びだったらしい。

 

「よほど大切に扱われたに違いないって。保護してくれた人に酷く感謝していたさ」

 

「それは、彼女の力を使うためです。だから優しく接する事が最善だった」

 

「折れないね、君は」

 

「僕を知ってるのは、僕だけですから」

 

 ヘルメスの言う『優しさ』は、ベルが必要だから貼り付けただけに過ぎない。

 

「じゃあ君が救って、そして殺したあの"女の子"に関してはどう説明する?」

 

「……まさか、其処まで調べ上げているだなんて」

 

 救って、そして殺した。

 

 それはあの時、タナトスの目の前で殺した無垢な少女にしか当てはまらない。

 

 何度も言うが、ベルは決して自分の意思で善人を殺してなどいない。ただ闇派閥(イヴィルス)での信用を得る為には、誰か、罪なき人を殺す事は避けられないと『シナリオ』を浮かべた当初から思っていた。

 

 だから、ベルがこの義手で殺めたあの女の子は、あらかじめ用意していたタレントだ。

 

 彼女は、ベルが殺さなくても死ぬ運命だった。リフィアと名乗ったヒューマンの女の子は、難病を患って余命僅かな孤児の少女だったのだ。

 

 だからベルは交渉した。

 

 『お願い』を聞いてあげる代わりに、その命を貰い受ける事を。

 

 彼女は世界を知りたいと言った。一か月程度の短い付き合いだったがその間、ベルはリフィアを連れて色々な所に出向いた。

 

「たけどそれも『策略』に過ぎない」

 

「その言い訳には少し無理がある。そもそも一人や二人、善人を殺した事実を隠すのは簡単な筈だろ?」

 

「"もしも"の時があります、粗は残したくなかった」

 

「リスクを考慮するなら、一か月も見ず知らずの女の子に時間を費やすのは愚か、街に繰り出すのは矛盾してる」

 

 ヘルメスがこの話を知っているのは、きっとリフィアと街を散策している時に誰かに尾行されたのが原因であろう。

 

 確かに今思うと、少し危ない橋を渡った感は否めない。

 

 だがなぜか、これに関しては愚策ではなく必要だったと断言出来る。もう一度同じ状況でも、きっとベルはそうする。

 

「でも、それは優しさじゃない。それは僕のエゴだ」

 

 善人だけは殺したくないという、それは決して『優しさ』ではない。自分が成りたいのは英雄で、化け物や怪物にならない為の一種の矜持だ。

 

「どうして、そこまで優しさを否定するのか俺には分からない。だってベル・クラネルは女の子に優しくできる男だった、って方が英雄としては良くね?」

 

「それ、は……」

 

 ここで初めて、ベルは言葉を紡ぐ。

 

 そしてその空白をヘルメスは、少年が反論の意を考える為の時間にはしてくれない。

 

「頑なに優しさを認めない理由、何となくだが理解出来る。認めた途端、それはベル・クラネルと言う少年を捨てられなかった事の証明だ。あの日逃げると決めた筈なのに自分から逃げる事は出来なかったという、根底の崩壊だ」

 

 無防備な獲物にナイフを突き立てるように、ヘルメスは言葉を選ばない。

 

 望まない道を進むと決めてやっと到達したこの結末。その最初が間違っていたなど、長い時を生きられるエルフならまだしも、ヒューマンの少年には酷すぎる。

 

 だが彼は、神は道を誤った子に対して真実を告げる。

 

「ベル・クラネルのエゴは、言い換えると『優しさ』だ。最後に、それを決定的に裏付ける為の話がある。――その義手はかなり高価、というか並の冒険者じゃ一生働いても手に入れられない……それこそ、神造兵器と変わらない代物だ。そんなものを一体誰が、君にくれたのか」

 

「それはあの(ひと)……カミサマです」

 

「それが君が眷属になった二人目の神を指しているなら、間違ってるよ」

 

「その言い方だと、まるで――」

 

「ああ、その通り。その義手を君に送ったのは他でもない、ヘスティアさ」




 23時頃にもう一話投稿させて頂きます。

 あと、感想ありがとうございます!
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