迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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ネタ晴らし

 ヘスティアの元を離れて以降、ベルは何度か彼女を見かけたことがある。

 

 ジャガ丸くんの屋台、あるいは酒場の給仕、バベルの中にある武器屋の店員。処女神からジョブチェンジしてバイト戦士にでもなったのかと疑ってしまうほど、彼女は至る所でせっせこ働いていた。

 

 眷属が居ないにしても、自分一人で生きていくならバイト一つで十分な筈だ。

 

 何か欲しいものでもあるのだろうが。

 

 ただヘスティアに後ろめたい気持ちのあるベルは、それ以上言及する事はなかった。

 

 もし、もしだ。

 

 もしあの過剰な働き具合が、大量の借金を――義手の代金を返す為だったとしたら?

 

 そもそも、打ち手は使い手を選ぶ。仮にどれだけ資金があっても、お目に叶わないと槌を振らない鍛冶師は多い。

特にこの義手の制作者である鍛冶神(ヘファイストス)にオーダーメイドを頼むとなると、ひかるものは絶対だ。

 

 なのにベルは直接、ヘファイストスと面識はない。

 

 だが彼女の旧友であるヘスティアが頭を下げたとしたら。

 

 理解出来る、納得できる。

 

 しかし有り得ないのだ。あの日、ベルを突き放した――少年の心を蝕む闇に気付いた彼女が、そのような事をする意味がない。

 

「簡単な話だよ、ベル君。ヘスティアは、君の『優しさ』を見抜いていた。彼女は君を突き放したが、見捨てる事は出来なかったのさ」

 

 ベルは未だに、ヘスティアの事を神として尊敬している。

 

 だから彼女の瞳を疑う事が出来ない。

 

「――は、はは」

 

 そうか、ベルは優しかったのだ。

 

 薄々、気付いていた。

 

 どれだけ嘘を吐いても、ごめんなさいの気持ちがなくなることはなかった。

 

 付き合いが長いリリルカや桜に関しては、ある日から何の打算もなく生きていて欲しいと――ずっと一緒に居たいと思ってしまった。

 

 難病の女の子を、リフィアが死ぬ前に口で象った言葉――「ありがとう」を思い出す度に、胸が熱くなる。

 

 感傷的で、優しい少年。そもそも英雄と言う馬鹿な夢を捨て切れていないのだから、ベル・クラネルの根幹は何ら変わっていない。

 

 その現実を叩き付けられて、残るのは『虚無』だ。

 

「何を悲観する必要があるのは、俺には分からない。仮にその命を落とさなくても、君がやった事は英雄の所業だ」

 

 確かに、当初の『シナリオ』にはそぐわないが、今のベルは悪を打ち滅ぼした英雄だ。

 

 ただこの時代、英雄など幾らでも居る。

 

 もうベルはエンジンを使い切った。アミッドのおかげか今は動悸が収まっているが、それほど長く生きる事は出来ず、以前と同じパフォーマンスを発揮する事は難しい。

 

 やがて忘れられて、平凡な英雄として幕を閉じるだろう。

 

 ベルが成りたかった英雄とは、皆の記憶に残る存在なのだ。

 

「もしだ。もしもの話だ、ベル君。もし最初から全部やり直せるとしたら、君はどうする?」

 

 もしも――。

 

 それはベルが再三想いを馳せた、望む未来のお話。だが今生きているこの現実が真実で、それは訪れる事のない可能性。

 

 その筈なのにヘルメスは唇を歪めて、時と言う不可逆性の概念を嘲笑う。

 

 帽子の下で怪しげに閃く双眸は、正に運命への叛逆者。

 

「俺がここに来たのは、君を虐める為じゃない。――ネタ晴らしだ、ベル君。君を嘲笑った運命の正体――サタンと名乗った神に関して、全てを話そうじゃないか」

 

 名無しの神に関して、何か話す事があるのか。

 

 もうそういった疑問を、ベルは返す事はなかった。論破されてしまった少年は、神の言葉に耳を傾ける事しか出来ない。

 

「名無しの神?全く笑わせる。あれが名無しなら、俺達は神ですらない。君にサタンと名乗った神の真名は――」

 

 

「そもそもの話だ。ロキはどうして、"恩恵が減った"って嘘を吐きやがった」

 

 ヘルメスがネタ晴らしを始めたのと同時刻、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)でベートはその疑問に関して追求した。

 

 ダンジョンの大崩落に巻き込まれて、フィン達は命を落とした。不確実だった情報を肯定したのは、他ならないロキなのだ。

 

 彼女がそう言わなければ、一様にベル・クラネルを悪として認識して、最終的に倒す事態にはならなかった。

 

 糸目の主神は珍しく瞼を見開き、「すまんかった」と謝罪を入れた後、

 

「うち、脅されとったんや」

 

「重大な情報を隠す事を要求される程の『弱み』を、ロキが放置しているとは考えられないな」

 

「過去を脅されたんやない。まだ見ぬ未来を盾にされたんや」

 

 相手の未来を脅すなど、言葉として成立していない。

 

 不確実で実体のないそれを脅しの道具に使うなど、それこそ未来を覗きでもしないと不可能だ。

 

「……昔、天界で封印された神がおった。神の力(アルカナム)の使用が許可される天界でも、その男神は許されざる力を持っとったんや」

 

「その力と言うのは?」

 

「『時を遡る力』。あったことをなかった事にしてなかった事をあった事にする、無茶苦茶なチート能力や。忠告がありながらも使ったんやから、まぁ仕方ないっておもっとったんたけど……どうやら真実は少し異なったらしい。――封印しようとしても封印する前に時間を戻されるから、実際は出来へんかったって」

 

 じゃあ時を遡っても関係ない『呪印』を、神々は彼に刻む事にした。

 

 とはいっても、呪印ではその力を制御する事が出来ない。だから自分の意思でもう時を戻してくなくなるような『輪廻の呪い』を授けた。

 

「その神が刻まれた呪印は、どう抗っても自分が関わった運命の全てが『最悪(バッドエンド)』に終わることや」

 

「ロキは、その神に脅されたのか?」

 

「あの糞神は、協力しないと"手を握る"とか言ってきよったからな。脅しとしては十分やった」

 

「……カラクリは分かった。で、その疫病神の名前は?」

 

「それは――」

 

 

「「クロノス、時を操る大神」」

 

 それは、何者でもなかった名無しの神に色が付く瞬間だった。

 




 クロノスって、まだ出て来てないよね……?
 
 既出だったらsorrY!全く別の存在と言う事でお願いします。

 明日は19時と22時投稿で、それで終わりです。何卒!

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