迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア) 作:ゴリラズダンジョン
関わった運命が全て『最悪』に終わる。
その呪印を刻まれたクロノスは最初、同じ神に助けを求めた。だが豊饒の飢餓に嘆き、常勝の神は戦で敗北して、彼が関わった者は皆、堕ちた。
厄介なのは仮に時を戻したとしても、その運命が継続すること。
時を戻した世界でクロノスが接触しなくても、時を戻す前の世界で接触していた場合、運命は適応される。それが呪印、輪廻の刻印。
疫病神と恐れられるには、そう時間は要らなかった。
だがあろうことか、次にクロノスは下界に降りたのだ。子供たちなら、下界の可能性ならどうにかなるのではと。
だが結果は散々だった。彼が関わった戦では悉くが大敗して、主審を務めたファミリアは幾度と全滅してしまった。
そして時を戻しても、それは変わることがない運命となる。
それでもあきらめなかった。いや、正確には後戻りできなくなったのだ。
ここで諦めれば、多くが運命に殺される。だがもし、運命への『叛逆者』が現れた場合はその全てを断ち切る事が出来るから。
その次の禊に選ばれたのが、他ならないベル・クラネルだった。
「……ふざけるな」
とは、ヘルメスから話を聞いてベルが最初に零した言葉だ。
あの時、ベルが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに助けられることなく、ダンジョンの欠陥に落っこちたのは偶然でも神の悪戯でもなかった。
クロノスが起こした身勝手な行動という、明確な理由があったのだ。
「はは、ははは。僕に力を貸してくれたのは、『種』を育てる為だったって事ですか。でも良かった、じゃあ僕は元凶をこの手で殺せたってこと……」
と、そこでベルは口ごもる。
ある疑問が過ぎったのだ。ベルをただの代替可能な道具としてしか見ていなかったなら、どうして最後に命を落としたのか。
命を落としてしまった以上、もう彼は時を遡る事は出来ないのに。
「そう、彼は命を落とした。クロノスは君に未来を視た、だから全てを賭けた」
「未来……?でも僕は、結局失敗して――」
「君は死ななかったのは愚か、巨悪を打ち滅ぼした。この結果は『
「運命に、抗った……?」
可笑しな話だ。
ベルにとって失敗したこの現実が、運命に勝利した証だと誰が思うか。
「でも、カミサマーークロノス様は死にました。今更運命がどうと言われても……」
ベルが運命に勝ったとしても、そうする為に当人が命を落としたのなら元も子もない。
「クロノスも、其処まで馬鹿じゃないさ」
言ってヘルメスが懐から取り出したのは、古びた懐中時計だ。
「これは彼が送還する直前、全ての力を込めた『神造兵器』。ダイアルを弄る事で、時を戻す事すらも可能なね。――ベル君、これを使う事は運命に抗った君にしか許す事が出来ない」
ベルに懐中時計を手渡そうとしたヘルメスだが、直前に「ただし」と腕を引いて、
「仮に時が戻ったとしても、クロノス以外は誰も観測する事が出来ない。つまり今の君は、記憶を失うだろう。それに運命の縛りが無くなったからといって、未来が『最善』になる保証はない。もしかして、今と比べてもずっと最悪な未来になる可能性もある」
強くてニューゲームではなく、そもそもがリセットされる。
次のベル・クラネルは、もっと過酷な運命を背負ってしまうかも知れない。直ぐにそのダイヤルを回せるほど、ベルは愚かでもないし、賢くもなかった。
それにダイヤルを回すと言う事は、クロノスが生き返るということ。身勝手な彼が自由になって、世界を錯乱させる可能性は否めない。
「……クロノスが天界で力を使ってしまった理由、何だと思う?」
「えーっと……世界の崩壊、とかでしょうか」
「――好きだった女神が足を挫いたから」
「……はい?」
その馬鹿馬鹿し過ぎる理由に、聞き間違いかと反射的に疑問を返す。ヘルメスは「事実なんだよなぁ、これ」とその事実が孕む希薄さに肩を竦めた。
「呪印を破壊したかったのも、可愛い女の子を護る為とか言う私欲マシマシな理由。そもそもあの神は、どこぞ
「あの道化っぽい振舞は、素って事ですか?」
「噂だと、あれが可愛く感じる程のとんでも神らしい」
「えぇ……」
全ての巨悪の権化と思っていた時の神。その正体に拍子抜けして、クロノスに感じていた怒りも思わず忘れてしまう。
「だから時を戻してクロノスの呪印が壊されたとしても、せいぜい女の子の笑顔が少し増えるだけかな。世界への影響とか、そう言った事は考えなくていいと思うな、俺は。それに仮にこの世界では起こる筈がなかった問題が起きても、次の君が頑張ればいいだろう?」
「そんな事……」
「うじうじしても何も始まらないぜ、ベル君。あ、そうだ忘れてた。こういう時に備えて、"あれを持って来てたんだ」
ヘルメスは白々しく言って、一度鉄格子の外に出る。直ぐに帰って来た彼が手に持つのは、可愛らしい風呂敷に包まれる『お弁当』だった。
「これは君も知っているある娘が作ったお弁当さ。この味で、今の気持ちが分かる筈だよ」
ベルを縛る腕の鎖だけを外して、食べるようヘルメスは促して来る。それは食事に色を見失って、ただの英雄補給としか思わなくなった後も、微かに輝いていたお弁当。
シルが作ったそれは、何時も通り色とりどりで美味しそうだ。
パクっと、一口放る。
「…………」
そしてベルは、酷く微妙な顔をした。
"味がある"という驚き。
失われていた筈の色が戻った事に対する驚きを先行するほど、そのお弁当は"不味かった"のだ。その具材だけ調理に失敗したのかとも思ったが、やはり他も同様に美味しくない。
それもそうだ。味をしない中でも味を感じていたということは、それほど激烈な味だった証。
ただ、それでも食べるのは辞めなかった。久方ぶりの『味』を舌で転がして、喉で感じて、心で受け止める。そして平らげた後、
「改めて、君はどうしたい?」
決めるのはベルの想いだ。
そしてそれは、考えるまでもない。まだ少年の心では、確かに炎が燻っている。
英雄に成りたいと、心が躍動している。それだけじゃなくて、失っていた味を感じるほど未来に希望を抱いてしまっている。
それに――。
こんなベルを、庇ってくれるエルフが居た。
何時もお弁当を作ってくれる娘も居た。癒してくれる聖女が居た。
笑ってくれる
想ってくれる
そして信じてくれる神様も。
後は託してくれたカミサマも。
だから、もう一度目指そう。
英雄って奴を、まだ見ぬ憧憬を。
「僕は英雄に成りたい」
歯車が動く。
複雑に絡まった無数の運命が初期位置に戻る。
英雄へのライセンスは発行された。
後は、前に走るだけだ。
ゴォーン、ゴォーン。
鳴り響く大鐘楼の音が再始動を告げる。世界は白く染まって、少年は色を取り戻すのだった。
ちょっと遅くなりました!