迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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第20話

「――おい起きろ、ベル」

 

「うわっ、ヴェルフ!?どうして僕の部屋に――」

 

「わざわざ寝坊助な兎を起こしに来てやったのに、第一声が『うわっ』とは俺でも傷付くぞ」

 

「寝坊助……って、もうこんな時間!?」

 

 朝食はファミリアの皆で囲むと決めているのに、既に集合の時間はとっくに過ぎていた。どうせなら『おはよう(モーニングコール)』はヴェルフじゃなくて女の子が良かったなぁとか思いつつも、直ぐに僕は体を起こす。

 

「早く身支度しないと――ってうわぁ!?」

 

「ベル!?」

 

 ただ、ベッドから地面に足を移すだけの動作。

 

 その意図も容易い行動に失敗して、立ち上がろうとした途端、僕の体は重心の位置を見失ってしまった。

 

 咄嗟に手で受け身をとる事すらも出来ずに、僕は強烈な一撃を地面から受けてしまう。

 

「おいおい、大丈夫か。レベルアップしたばっかでもないだろうに」

 

 レベルが上がった直後は、器の昇華に精神が追い付かない事がある。ただ今まで、日常生活に支障が及んだことはなかったけど……。

 

 まるで自分の体が自分のものじゃないみたい……特に、右腕の違和感が凄かった。

 

 ただ目立った外傷は愚か、右腕はちゃんと血肉が滾っている。そもそも違和感と言うべきなのだろうか、其処にあること自体が可笑しく感じるのだ。

 

 昨日まで右腕をどっかに落としていて、今日久しぶりに拾った感じ。しかし、深層で腕を失いかけことはあったが、実際に失った事はない。

 

「着替えの手伝いは必要か?」

 

「ん。いや、大丈夫。先に行ってて、直ぐに僕も向かうから」

 

 

「大きな音がしましたけど、大丈夫ですか?」

 

 食堂に入ると、ファミリアの面々は既に席に座っていた。勿論、神様の姿も其処にはある。

 

 神様……カミサマ……。

 

(どうしてだろう、何か引っ掛かる感じが……それに――)

 

 遅れてきた身として、謝罪を入れるべきなのだろう。だがなぜだろうか、僕はその場で立ち尽くして言葉が出なかった。

 

「お体の調子が悪いなら春姫にお申し付けください。出来る範囲なら、その、何でも――」

 

「意味深に頬を赤らめるんじゃあない、春姫君!」

 

「朝飯位、静かに食わせてくれよ全く」

 

「いいではないですか、ヴェルフ殿。こっちの方がファミリアという感じが――って大丈夫ですか、ベル殿!」

 

 僕を見るなり、命さんは何か気付いたように眉を上げ目を見開く。その驚きに、他の皆も僕に視線を集めた。

 

 そしてこれ又皆、驚いたような顔をする。

 

「……?どうかしましたか?」

 

「もしかして、春姫君が又初心なベル君に悪戯を……?」

 

「やっておりませんよ!?いや、やろうとはしましたが……」

 

「おいベル、そんなに俺から起こされるのが嫌だったのか…‥?」

 

「皆さん、落ち着いて下さい!命様、早く魔法(フツノミタマ)の発動を!!!」

 

「落ち着いていないのは貴方ですよ、リリ殿!?」

 

 慌てふためく面々。その光景がどこか愛おしくて。

 

 そして地面に落ちた雫――頬を伝う"それ"に僕は気付く。

 

「泣い、てる……?」

 

 まるで自分事じゃないみたいに。なぜか、涙を流しているベル・クラネルが其処に居た。

 

 でもなんとなくだけど、その理由は分かる。悲しいとか暗い感情じゃなくて。きっと嬉しくて、僕は泣いているんだって。

 

 ――ややあって。

 

「ベル君、ボク達は君の味方だからね……」

 

 今日はダンジョンに行く予定があったが、急遽、休日をとって街でリフレッシュする事になった。

 

 何か酷い誤解をされている気がして「大丈夫」と弁明したけれど、自分でも理由が分からない以上、それは説得力に欠けて、むしろ『強がり』として捉えられてしまった。

 

 温かい視線に背中を押されて、一人街に繰り出した次第だ。

 

 ただ未だに涙の理由は分からないので、危惧された通り心が荒んでいるのかも知れない。

 

 リリからはアミッドさんの所に行く事を勧められたけど、そこまで重症じゃないと信じたい。

 それに、今、あの人の所に行くのは不味い気がする。以前、深層で負った傷が完治するのを待たずに色々やって、聖女の怒りを浴びたのがトラウマになっているのだろうか。

 

 ベッドに縛られる未来が、ありありと浮かぶ。其処までされた記憶はない筈だけど……。

 

「あっ、ベル君!」

 

「あ、おはようございますエイナさ――」

 

「ごめん!突然だけど、殴らせて!」

 

「え……?ちょっ…‥!?って、ぶほっ!?」

 

 ギルドからはまだ距離がある筈だが、受付嬢の制服を着たまま現れたのは、僕のアドバイザーを担当してくれているエイナさんだ。

 ちょっぴり厳しい所もあるが、基本的には彼女は穏やかなエルフだ。

 

 だが今日は異なって、僕を見るなり突然の襲撃を告げた。

 

 助走で加速したエルフの拳は、僕のみぞおちを穿つ。冒険者じゃないのに、それは僕の意識が一瞬遠のくには十分な威力だった。

 

「どう、して……?」

 

「ごめんね、ベル君。何だか、やらなきゃいけない気がして……正確には、悪い男に騙されてた女の子の怒りって感じで……」

 

 全く何を言っているか分からないし、実際、エイナさん自身は怒っている様子はない。でもその謂れのない怒りが、僕を襲った拳が真っ当な『正義』な気がしないでもなかったのは何故だろう。

 

 

「じゃあ私は仕事があるから!」

 

 エイナさんはスッキリした顔で、業務に戻っていった。

 

 その後も、僕は暫く街を回った。そして昼時、お腹が空いて来た頃、丁度『豊饒の女主人』の前を通りかかる。

 メインは酒場として存在しているが、最近はランチなるものを始めたらしい。

 

 だからまだお昼なのに開店してて、結構人も出入りしていた。少し気になるし、僕も食べて行こう。

 

「いらっしゃいませ、ベルさん」

 

 僕を出迎えたのは薄鈍色の髪を揺らす女の子――シルさんだ。最近は色々とあったが、色々と右往左往、一難も二難もあって以前と同じかそれ以上に良好な関係を保っている。

 

「お一人だなんて、珍しいですね」

 

「そうですか?」

 

「何時も女の子を引っ掛けているイメージがあるので」

 

「あはは……」

 

 その指摘に口を紡ぐ事しか出来ないくらいには、確かに心当たりはあった。

 思わず視線を逸らすと、不意に一つのテーブルが目に入る。そのテーブルには二つの椅子が並べられているのに、片方しか人が座ってなかった。

 

 繁忙時間で、席に余裕がある訳でもないのに。

 

「不思議ですよね。あの人、ここ最近ずっと一人で、あの席に座ってるんです。誰かを待っているみたいですけど、誰かが来る気配はなくって……」

 

 赤と青のオッドアイ。端正な顔立ちをしている男は、どこか寂寥感を漂わせている。

 

 僕はあの人を知らない。

 

 なのに気付けばシルさんの隣を抜けて、彼の前に――その埋まる事のない一席に腰を降ろしていた。

 

「……やっときたか」

 

 不思議そうな反応をする訳でもなく、ここに僕が座るのは当然だと言いたげに彼はゆっくりと水を飲む。

 

「あ、あの……」

 

 逆に自分で座った癖、僕は困惑する始末だった。

 

「サタンだ。俺さんの名は、そう呼ぶといい」

 

「サタン……ぼ、僕の名前は――」

 

「ベル・クラネル、そうだろ?知ってるさ、なにせ俺さんはお前さんのファンだからな。だがベル、お前さんの口でその軌跡を、冒険を語ってくれ。それを聞くために、俺はここで待ってた」

 

 何か、彼と約束をした覚えはない。

 

 ならここで今約束して、その約束を果たそう。

 

「長くなりますけど、それでもいいですか?」

 

「ああ、この店の女将に怒鳴られる位は長く居座る気でいる」

 

「それは遠慮したいです……先に、注文しましょうか」

 

「俺さんはAセットで」

 

「えーっと、じゃあ……僕も同じので。飲み物は、と――」

 

「ああ、俺は――」

 

「お酒じゃなくていい、そうですよね?」

 

 一応酒場ということもあって、ランチにお酒を付ける事も可能らしい。だけどサタンさんは、お酒が飲めないから。

 

「あれ……?やっぱり僕、貴方と会ったことありますか?」

 

 その記憶の混濁に、サタンは両目を瞑ってゆるゆると首を横に振った。

 

「いいや、初めてだよ。俺さんはともかく、な」

 

 意味深な事を呟くサタンさんだけど、それもどこか懐かしい気がして。

 

 色付く世界の下、小さな酒場で僕は語る。

 

 久方ぶりにあった親と話すように楽し気に、そして誇らしく。一時間でも、二時間でも、時間なんて概念は忘れて、サタンさんもずっと口元を緩めていた。

 

●●

 

「オェー、気持ち悪……」

 

 昼頃に入ったのに、その男――クロノスが酒場から出て来たのは、日を跨いだ頃だった。酒場の娘に口をきいて貰って、夜の準備時間もベルの話を聞いて、それでもまだまだ聞き足りない。

 

 それなのに強制終了になったのは、調子に乗ってクロノスが22時の段階で酒を呷って、暴れてしまったのが理由だ。

 

 他の店に行く気満々ではあったが、お利口なベルはもう帰ってしまった。

 

 それにしても、凄い少年だ。

 

 最初に彼の魂の輝きを見た時、運命に対抗できると確信した。そして実際、最悪な運命を打ち破って、彼はクロノスの『呪印』を破壊したのだ。

 

 そして描いた未来で着実にベルは前へ、先へと。暗闇ではなく、光の中を駆けている。

 

 下界の可能性には、つくづく頭が上がらない。

 

 ただ一つ、クロノスは謝らなければならない。この世界にとっては、あの『呪印』が――最悪な運命という縛りがあった方が幸せだったと、後で気付いたから。

 

 ―だってこの世界の行く先は、"超最悪な未来"なのだから。

 

「しかし、この世界も七度目か。黒龍、強すぎるっぴ。まぁ次は死ぬなよ、ベル・クラネルーーいや、運命の叛逆者」

 

「――なんか、凄く怖い事言ってないですか?」

 

 不意に、酒場の娘がクロノスに水を差しだして来る。彼女は只のヒューマンではなく、この世界で自分の正体に関して知る一人――いや一神でもある。

 

「この世界が七度目って、それ本当ですか?」

 

「最近、俺さんは意味深な言葉を呟くのにハマっててな」

 

 渡された水に映る満月が、怪しげに揺れる。

 

 光が反射しているだけだと分かっているが、コップを逆さにすれば水と一緒に月まで落ちて来るのではないかと、そんな事をクロノスは思った。

 

「まぁ、そう言う事にしとこうぜ?仮に未来がバッドエンドなら、今くらいはハッピーエンドの面しなきゃな」

 

-fin-

 




 短い間、お付き合いいただきありがとうございます!何かとツッコミどころが多かったかもしれないですが、ご容赦下さい!

 余談ですが、リリのポジションをリューサンにするか迷いましたが、そこまで闇落ちするのは不自然なので却下しました。あと彼女がどうなったか書き忘れていましたが、生きてます。
 ベルが気に食わないからという理由で、ジュラを闇派閥に入って直ぐブッ殺したので、ジャガーノートと出会う事もなく、ハッピーエンドです。僕にはリューさんを殺せなかった……。

 あと仮に、ベルが時を戻す選択をしなかった場合、どうなったか。

 闇派閥を潰しましたが、エニュオは生き残ってます。そこでベルは、代償として報いを受ける事になるでしょう。
 それが何なのかは、恐ろしくて書けないです。

 あとクノッソスを崩壊させる為にダンジョンの要所を破壊したせいで、複数体ジャガーノートが出て大惨事が起きます。
 本来は一体しか出ないかも知れないですが、イレギュラーって奴です、はい。

 なお最後のクロノスの台詞は半分冗談です!半分だけですけどね!

 では又!何か気が向いたら書くかもしれないです!
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