迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア)   作:ゴリラズダンジョン

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神との談笑

「やーや―元気かな?」

 

 顔を白で塗った道化が、ひょいと顔を現わす。

 

 ベルが所属する【サタン・ファミリア】の本拠地、其処は主神である彼が用意した場所だ。

 

 寂れた宿屋を改良したおかげで、中は綺麗でそこそこ広い。だが家主である筈のサタンがこの場所に帰って来ることは滅多になかった。

 

 戻って来るときは決まって、ベルに何かを『進言』する時だ。

 

「お帰りなさい、カミサマ」

 

「おうおう、いい加減俺さんの事『神様』って認めてくれてもいいんだぜ?」

 

「認めてない訳じゃないです。でも僕にとっての神様はもう決まっちゃってますから」

 

 ヘスティアとは袂を別ったが、最初にベルを拾ってくれた彼女を尊敬し、未だに大事に思っている。あの曇りなき処女神は、『神様』の言葉が一番似合う存在だ。

 

 その点、曇り処か雨が降っているサタンは、仮に主神であってもベルにとっての『神様』の座を奪う事が出来ない。

 

「くぅ~、フラれちまったか。まぁそれはそれとして、そろそろ次の『シナリオ』に移行すべきだと思わないか?」

 

 悪い冒険者を狩って、支持を集める。

 

 その案を出す時に、多くを助言したのが他ならないサタンだ。道化である筈の彼の掌で踊らされるのは良い気分ではないが、この様相にして案外的を得たことを言うのも事実。

 

 確かに『冒険者狩り』の悪名を轟かす事は出来たが、それが益を成したかと問われると否だ。

 

 何かが起きるのを待つのではなく、何かを起こさなければ。

 

 走れ、走り続けろ。

 

 今のベル・クラネルは走り続ける事でしか、願望に辿り着くことが出来ないのだから。

 

「カミサマの事です。戻って来たと言う事は、もしかしてその『シナリオ』に何か心当たりがあるんじゃないですか?」

 

「あるにはあるさ。だが俺さんが授けるのはあくまで『情報』だ。それをどう使って先に進むか、そこまで関与する気はない。何たって俺さんは道化だから」

 

 長い腕を広げて、サタンはからからと笑う。

 

 オッドアイの道化は、次に"ある悪"に関して語った。

 

都市の破壊者(エニュオ)、それに人口迷宮(クノッソス)……」

 

闇派閥(イヴィルス)の残党は勿論、食人花に精霊の分身(デミ・スピリット)。クリーチャーとかいう化け物も使役している悪党さ。俺さんが教えられるのはその『概略』だけだ。だがこれでも、冒険者皆が皆知ってる情報じゃないんだぜ?」

 

「その言い方だと、まるで全てを知ってるような……」

 

「まぁ其処に関してはシークレット。知ってたとして、俺さんはこれ以上語らない。まぁどうしても聞きたいならベルが俺さんの首をぎりぎり締め上げるしかないが……いや待て、今の君さんならするか?」

 

「しませんよ!?――多分」

 

「こわ、黒兎こわ!」

 

 脅しも、殺しも必要ならする。だが現状、ベルにとってサタンは必要な存在だ。

 

 確かにその軽口は癪に障るが。

 

「……もし。もし、僕がカミサマと普通に出会ってたらどうなってたんでしょうか」

 

「おうおう、急にどうした。というか最近『もしも』がベルの中で流行ってるのか?最近もアーデとそれに関して話してたし」

 

「いや、どうしてそれ知ってるんですか!?」

 

「見てた」

 

「どうやって!?」

 

「企業秘密だ」

 

 やけに間の良い時にベルの元に訪れるなと思っていたが、やはり何らかの方法でサタンはこちらを監視しているらしい。『親ばか』と言えば聞こえはいいが、何を考えているのか分からない道化に観察されているのは悪寒が走る。

 

 ただサタンは、ベルにとって不必要な事をしない性格だ。それが必要ならば、甘んじて受け入れよう。

 

「心配するな、プライバシーは守っている。歓楽街の娼館に入った時も、ちゃんと――って、義手をチラつかせるな!?ファイア・ボルト(それ)喰らったら俺さん絶対送還待ったなしだぞ!?」

 

 危ない、ついつい無意識に。

 

 銀の光沢を隠すために、ベルは再度布を巻き付ける。その間にサタンは、さっきベルが口にした『もしも』に関して語った。

 

「どうなったかなんて、予想なら何とでも言える。違う前提、異なる世界ってのはそう簡単な話じゃない。神々であっても、観測できるのはただ一つの現実だ」

 

「意外と現実主義(リアリスト)……」

 

「俺さんは夢見る少女じゃないからな。だからこういった『もしも』を語る時、俺さんはどうなって欲しいか語るようにしている。そうだな……………………zzzzz」

 

「って、急に寝たぁ!?」

 

「ん。ああ、悪い悪い。そういやどうなって欲しいか語れるほど、俺さんはベルと長くいなかったな。まぁ次の次の次に会うまでに考えとく」

 

「え、遠慮しておきます」

 

 そもそもどうなって欲しいかで語るとしたら、ベルは出来るだけサタンとは会いたくないと即答するだろう。それを口にすると面倒になる事は分かり切っているので、それ以上その話題に関しては言及しない。

 

 さて。

 

「……思い付きました」

 

 ベルは決して頭が回る性質ではないが、しかし物語脳に関しては随一だ。

 

 もし『学区』に『英雄譚』の授業があった場合、生徒ではなくて教師として参加できる程多くの書物に目を通し、そして聴いた。

 

 だから直ぐに、『シナリオ』は閃く。逃げ続ける自分が英雄に成る為の道筋を。

 

「悪名は無名に勝る。だから僕は悪を利用して、『最悪』になる」

 

「そりゃあお前、まさか都市の破壊者(エニュオ)に弟子入りでもするのか?」

 

「そのまさかです」

 

「面白そうな話だが、当然面接なんてものはやってないぞ?動きが活発になった最近は『スパイ』なども警戒してるだろうし……それこそ勧誘の形じゃないと実現は出来ない」

 

「それに関しても既に『シナリオ』は立っています。都市の破壊者(エニュオ)に敵対する組織、悪にとって強敵である『正義』――そうだなぁ【ロキ・ファミリア】あたりでしょうか」

 

 今、オラリオの有力派閥として真っ先に挙げられるのは【フレイヤ・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】の二択だ。

 ただ前者に関しては、良くも悪くも主神のフレイヤに心酔し過ぎている。

 

 表立って都市の安寧を守ることなく、それに最近は"あの出来事"もあって憔悴気味だ。

 

 ならば【ロキ・ファミリア】が都市の破壊を目論むにあたっての難問に違いない。

 

「だがよぉ、並の構成員をブッ飛ばした位じゃ話題にもならないぜ?」

 

「話題だけなら、本拠地(ホーム)を襲撃するのが一番早いんじゃないでしょうか」

 

「【ロキ・ファミリア】のホームをか?」

 

 サタンが思わず返すのも仕方が無い。

 

 本拠地(ホーム)を襲撃、それすなわち宣戦布告。やられた側は、面目を保つためにも全力で反撃をするだろう。

 

 そして都市最強格のLv6が数人、構成員も全員が手練れのファミリアに対してベル個人でそれをやるのは正に無謀。

 

 だが前提として、倒す必要はない。別に、戦わなくてもいいのだ。

 

 土足でずかずかと走り回って、あのロキ・ファミリアが襲撃されたぞ!?と話題になればそれだけで。

 

「確かに、今の僕の最高速度はLv6です。【勇者(ブレイバー)】さんや【剣姫】さんに関してはLv7にも近い数値でしょう。――なら、こっちがLv7並の速さを付ければいい」

 

「……そりゃ無理だ。前も言ったが、お前の速度は既に『成長限界』に来ている。Lv1でそれ以上の速度を搭載する事は出来ない」

 

 ベルはLv1で実現できる理論上の最高値に到達してしまっている。かといって、逃げ続ける少年にランクアップを果たす資格はない。

 

 ベル自身も少し前までそう思っていた。

 

 だからその"拾い物"は余りにも僥倖だった。

 

「カミサマ、僕が前に歓楽街の娼館に入っていく所、見てましたよね?」

 

「おう、しっかり監視してたぜ!」

 

「何も僕は"そういう事"をする為に行った訳じゃないんです。あれは月が良く見える日の事でした」

 

 甘い香りに釣られて、歓楽街にふらふらと迷い込んでしまった訳ではない。

 

 あの日確かに、ベルは呼ばれたのだ。

 

 そして辿り着くと襖に仕切られる畳部屋に、"彼女"は居た。

 

「最初は化かされたんだと思いました。だって其処にいたのは、驚くほど妖艶で無垢な『狐』だったから――」

 




妖艶な狐?一体何姫なんだ……
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