迷宮絶望譚(ダンジョンディストピア) 作:ゴリラズダンジョン
「又、来たのですね」
アミッド・テアサナーレ。
都市最高の
ただそんな彼女であっても稀に癒す事を躊躇う者がいる。
度し難い悪、あるいは"聖女の回復能力"が前提で傷付き続ける愚か者。そして今訪れている少年は、そのどちらの条件も満たしていた。
「あはは、又来ちゃいました……」
白髪をぼさぼさにし血で顔を汚しながら、彼――ベルは笑った。
こう見ると普通の少年でしかないが、とっくに彼の魂は欠陥している。精神状態ならまだしも、根底の歯車が狂ってしまっている場合、聖女であってもどうする事も出来ない。
それこそ、時を戻すくらいの事をやってのけないと。
しかし神々であっても、時に干渉する事が出来ないのが世の理だ。
実際に一神、時を司る神がいたと聞いた事はあるが、その強力な力を恐れられて天界で封印されてしまったと聞いている。
だが彼の体が傷付いている以上、アミッドは無視する事が出来なかった。
ベルは度々、体をボロボロにして夜遅くに尋ねて来る。
どうしてそうなったのかとか、巷で話題になっている隻腕の『冒険者狩り』――そして先日【ロキ・ファミリア】を襲撃した白髪の少年はもしかしなくても貴方なのだろうとか。
そう言った疑問は、アミッドは押し殺している。
もし彼が何者で、何を想っているのか知れば、きっと"見捨てる"という選択肢が生まれるから。
ただの度し難い悪人なら、それでもいい。でもアミッドに移る白髪の少年は、そう単純な存在ではないのだ。
分からない、何も分からない。矛盾を秘めながらも、それを許容して走り続ける彼は一体何者なのか、どうなりたいのか。
だから今日も、アミッドは彼を癒す。聖女は、『勇者』になる事など出来ないのだから。
「一週間は安静にしておいてください」
「善処します……」
「それ位、我慢して欲しいものですが……これでも譲歩した方です。本当であれば、貴方をベッドに縛り付けて一か月は寝かしておくのが最適でしょう」
「一か月、ですか。それだけ時間が持てば、いいですけど」
「……気付いていたのですか」
外傷や病気であっても、全てが治療できる訳ではない。
その時、アミッドは聖女ではなく残酷な真実を告げる『死神』と成る事を強いられる。
ただ場合によっては、その真実を隠す事もある。アミッドがベルに隠していたのは、『死期』だ。
Lv1にして、常軌を逸脱した速度。言わばベルの体は、常に『
脚の骨はもう随分と削られてしまっているし、筋肉組織もボロボロ。今は強力な薬でどうにかなっているが、何時心臓が止まっても可笑しくはない。
「自分の体ですから、分かってます」
正直、アミッドは怒鳴られると思った。
ベルにその事を隠していたのは、これ以上傷付いて欲しく無かったら。それは聖女としての身勝手なエゴ。
なのにベルの声色が変わることなく、淡々と来たる『死』に納得した。
「貴方は、死が怖くないのですか?」
「怖いです、怖くない訳ない。でもその終わりに目を背けても、僕は成りたい姿があるから」
「……そうですか。成れると、いいですね」
最後の包帯を巻いて、心ばかりの祝福を。その願望だけは偽りがない、少し暖かい『未来』を孕むとアミッドは感じたから。
「ごめんなさい。アミッドさんの善意に付け込んで、何時も治療して貰って」
「もう今更です。"その時"が来るまで、もう後戻りはできない。何か望むなら、私が出来る範囲なら手伝います」
「丁度良かったです、実は二つ頼みたい事があって……さっきも言いましたけど、最近自分の死についてよく考えるんです。怖くて眠れない日もあります。そういった臆病な心には『覚悟』があればどうにかなるってカミサマが言ってました」
「覚悟、ですか?」
「はい。アミッドさんは多くの死に立ち会って来ましたよね。だから貴方の魂の重さは、他の人と違う。――だからそんな貴方の死を見届ければ、僕も何か掴めるかも知れない」
転瞬、ベルは瞬く間にベッドから降りて、アミッドの首を両手で締め上げた。
「ぁガッ……!?」
分からなかった、気付かなかった。
その声色も瞳の色も、その行動に移すまで一切の変化がなかったのだ。聖女の細首はぎりぎりと悲鳴を上げて、やがて酸素が体に回らなくなる。
ただ、アミッドはLv2。確かにベルの速さは驚異的だが、力に関しては上回っている。
だが抵抗する為の力が湧いてこない。不安定な体勢で力が入りにくいのもあるが、本来人間は危機的状況にあると本来以上の力を発揮するのが常。
しかしそれ以上に恐ろしいのだ。
今、自分を殺そうとしている彼が『少年』のままであることに。
人の命を奪い去ろうとしているのに、恐怖は愚か嗜虐的な『好奇』も一切抱いていない。ただ本当に気になったから、そんな希薄な理由で人の命を勝手に弄ぶ彼は正に狂人。
聖女を見上げる深紅の双眸は、正に赤い悪魔、あるいは白い死神。ばたばたと足で藻掻いて、しかし意識は浮上するどころか逆に深淵に落ちて――、
「ぶはっ!?」
直後、空に吊り上げられていたアミッドは地面に膝を付いた。
放したのだ、意識が失われる直前にベルは腕を下ろした。
「ごめんなさい、少しやり過ぎました。誰かを殺しても何かが掴めるわけではないって、とっくに分かってます。だから僕は、聖女の貴方でも死が恐ろしいのか知りたかった」
ベルは膝を付き、同じ目線でアミッドの顎を引く。
至近距離で女子を見つめる少年の構図。しかし愛や恋などは言語両断、実際は悪魔に心臓を弄ばれる悲劇の少女だ。
「やっぱり、とても苦しそうです。ありがとうございます、死が怖いのは僕だけじゃないって……少し、『覚悟』が出来て気がします」
少年はやんわりと笑った。
まだ酸素が回り切ってないせいで、アミッドはベルの『動機』が理解出来ていない。
いやきっと、正常であっても理解し難いだろう。勝手に行動して、勝手に謝って、勝手に礼の言葉を述べる。
狂人などと言う言葉では生ぬるい、正しく『怪物』だ。だがそれでも、アミッドは彼の治療を辞める事は出来ない。
白髪の少年の手の温もりが、あの『恐怖』は確かに『首輪』として聖女を縛った。
「ぁなたを……貴方を、癒すべきではなかった」
聖女は初めて後悔をした。
あの日、初めて彼と出会った日。
ダンジョンで命を落としたと思われていた駆け出しの冒険者が、ボロボロになって現れた時だ。
―あの時、この手で殺しておくべきだった。
そんな過ぎ去った過去を後悔して、あの時の自分が心底憎たらしく思った。
「僕もそう思います。あの時死んでおけば、この『矛盾』を抱かずに済んだのにって」
それでも、少年は走り続けるしかないのだ。
さて、今日は後書きで誰を○すかな!と考えていましたが、そういやこれから本遍でも結構死ぬので、比較的マシなキャラの顛末を書いときます。
ベルと会わなかったおかげで、ヴェルフは売れない鍛冶師として日々槌を打ち続けますが、そうしている内にラキアからの刺客に拘束されて国に戻されます。
一貫して魔剣を打たない主張のヴェルフですが、ヘファイストスの元に戻る為に一本だけ魔剣を打つ事で同意しました。
ただその魔剣がヴェルフを連れ戻しにやって来た【ヘファイストス・ファミリア】に使用されて、構成員の一人が死ぬという悲劇を起こします。
それを知ったヴェルフは自分の手は人を殺す武器だと悲観して、二度と槌を打たないために利き手の小指を斬り落としました。
小指は『握る』というアクションには不可欠ですから、繊細な職人にとっては致命傷です。今は多分、メレンで漁師でもやってると思います。
この物語では比較的ハッピーエンドですね!(白目)