帰還に失敗した堕ちた英雄がオラリオに行くのは間違っているだろうか?   作:匿名希望

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旅立ち

 とある村、枝に腰掛け幹に背を預ける男がいた。

 煙管から吸った煙をプカァと輪っか状にして遊ぶ。と、男は不意に目を細めた。

 

「師匠〜! 何処ですか師匠〜!?」

 

 つい最近知り合った少年の声。

 小鬼に襲われていたところを助けてやった代わりに、拠点を提供させてから毎日毎日剣を教えてくれとやってくる。

 当然面倒だから断っているが…………。

 

「あ、いた師匠!」

 

 と、少年が男を見つける。よじよじと慣れた動作で木を登ってくるので、近くに来るまで待ち飛び降りる。

 

「あ! し、師匠まって!」

「………………」

 

 慌てて降りようとする少年を無視し去ろうとするが、少年が掴んでいた枝がベキッと音を立て折れた。

 

「!?」

 

 少年が目をつぶり痛みに備えるが、来ない。恐る恐る目を開けると何時の間に移動したのか男が幹に垂直に立ち少年を支えていた。

 

「ついてくるな、ガキ…」

「で、でも………僕、師匠に剣を教えてほしくて…………」

「…………何故?」

「だ、だって英雄になりたいから…」

「そうか、断る」

 

 と、男は少年を地面に下ろすとまた歩き出す。

 

「英雄なんぞになるものじゃねえ」

「で、でも………おじいちゃんが英雄になれば女の子にモテモテだって………」

「女にもてたいなら今度街に行く時に娼婦の選び方を教えてやる」

「そ、そういうのじゃなくて…………」

 

 少年が憧れるモテモテは、モンスターから助けてかっこいいと目をキラキラされるやつだ。だんじてお金でモテるそれではない。

 

「そんな理由で剣を学ぼうとするな」

「で、でも………うぅ…………」

「まあまあ、ワシからも頼む!」

 

 と、少年の祖父も混ざってきた。一応、宿を提供してもらっているという恩もある。だが………

 

「そいつには才能がない」

 

 少年は凡庸……モンスター蔓延るこの世界で、剣などとらず畑を耕し妻を娶り子や孫に囲まれて死ぬべき人間。決して争いの中に飛び込むべきではない人間。

 

「死ぬだけだ」

「で、でも………僕、物語の英雄みたいに……泣いてる誰かを救いたい! 師匠が、僕を救ってくれたみたいに!」

「…………はっ」

 

 と、少年の言葉を鼻で笑う男。

 

「皆を救う英雄? だから剣を学びたい? 笑わせるな、ただ強いだけの英傑など掃いて捨てるほどいる。それでも一握りだけが英雄になるのは、そいつ等が失敗しなかったからだ」

 

 民衆は英雄に完璧を求める。

 自分は出来もしないくせに、勝手な理想を押し付け英雄が人間らしさを見せれば自分達への裏切りだなどと喚き立てる。

 

「強いだけで英雄になれるかよ。英雄を夢見るのは勝手だが、英雄に夢を見て、それを俺に押し付けるな」

 

 憎悪、嫌悪、厭悪………様々な悪感情を孕んだ瞳で少年ではない誰かを睨む男。そこに込められた感情に、少年はヒッと喉を鳴らす。

 

 その日から、少年が剣を教えてくれと言ってくることはなかった。

 

 

 

 柊……それが父と母との繋がりを意味する名。だが、与えられた名が何だったのか、彼はもう思い出せない。

 平和な………確か、ニホンという国に住んでいた。

 家族旅行………だったと思う。家族揃っている時に、異世界に召喚された。

 世界を救ってくれと懇願された。父と母が我が子たる柊を危険な目に合わせられるかと抗議するも、元の世界に帰れない為結局生きていくためには闘う道しかなかった。

 

 成長が早い………たったそれだけを根拠に英雄として大成する未来を強要され、二人は死んだ。子を庇って………生贄を使ってこの世界に来ておいて、と石を投げられた。

 

 父と母を戦わせた挙げ句死者に鞭打つこの国が憎くて、それでも共に戦った仲間達が居たからまだ耐えられた。

 彼等の家族の居る国のためならと、共に戦い続けた。

 

 地を這いずり川の流れを作り変える大蛇を膾切りにした。

 

 山を一跨ぎで超える巨人の首を落とした。

 

 身震い一つで島を崩す波を起こす怪魚を捌いた。

 

 通り過ぎれば大地がめくれ上げられ更地を生み出す魔鳥を地に落とした。

 

 一夜で滅ぼした国に住み続け時折人里に降りては人を喰らう嘗て美しい姫だった龍の額を貫いた。

 

 無限に魔物を生み出す悍ましくも美しい湖の美女の腹を捌いた。

 

 規格外の怪物達と戦い、仲間は一人、また一人と死んでいった。

 

 上記の者達程ではないが十分脅威となる数多の怪物を従えた封印されし魔族の王との戦争で勝利をもたらした。

 

 最後の戦争で、数え切れない人が死んだ。愛し合った少女が死んだ。

 生かされ、死ぬことも選べず生き続ける自分に、ある日子供が向けてきたのは罵声と石だった。

 そして、それをきっかけに不満が爆発したのか、他にも声を上げる者達が現れた。

 

 どうして兄ちゃんを死なせたんだと叫ぶ戦士の弟。

 何が伝説の英雄、役立たずと蔑む魔女の妹。

 あの人はお前より生きるべきだったと睨む師たる騎士長の副官。

 お前が死ねばよかったんだと涙を流す、時に争い時に手を組み認めあった男の恋人。

 偽りの英雄め、神の裁きを受けよと両手を広げる聖女の育て親。

 お前についていかなければ死ななかったのにと唇を噛む愛し合った女の幼馴染。

 

 

 なあ、おい………ふざけるなよ。

 自分には何の関係もない世界のために命をかけさせられ、戦いに身を投じさせられた時お前達は何をした?

 何もしなかった!!

 大切だと嘯く者達が剣を、杖を取る時、共に戦う道を選ばなかった!

 

 関係のない世界のために戦わせられ家族を、友を、恩師を、恋人を失った自分に、戦いもせず失った者達が………失ってすらいない者達まで罵倒するとは何様のつもりだ!?

 

 手を出されないとでも思っていたのか?

 伝説の英雄様なら、清い心を持っているから民の不満に耳を傾け精進してくれるとでも思ったか?

 

 

 ふざけるな

 

      ふざけるなよなぁ

 

 

 

ふざけるな!!

 

 

 

 だから、皆殺しにしてやった。そもそももう生かす理由もないのだから………。

 どうしてこんな事を、やはりお前は偽物、お前が殺してたんだな、彼奴等が何のために命をかけたと思って…………そんな聞くに堪えない猿の鳴き声の如き断末魔を無視して殺して殺して殺して殺して………邪魔するなら他国だろうと殺して匿うならその地の弱きを守る誇り高き騎士とやらも殺して徹底的に殺して…………その魂を代価に世界の境界に穴を開ける魔法を発動した。

 

 外から内に引き入れる英雄召喚の魔法の、真逆の魔法。魔法使いが自分を帰すためにずっと研究を続けてくれていて、とうとう完成させた魔法。

 元の世界の元の時代に帰れるかは、不明。確率は砂漠の中で砂糖一粒を目隠しで見つけるようなもの。

 

 最悪、元の世界に帰れなくてもよかった。

 ただ、この世界にいたくなかった。それだけだ…………

 

 

 そして気付けば何処かの田舎。

 小鬼に襲われている少年を助け………英雄になるために剣を教えてほしいと頼まれた。

 お断りだ。

 英雄など、なるものじゃあない。英雄になって良いのは、ただの一度の敗走もなく、ただの一度も仲間を殺させない、そんな規格外だけが目指して良い存在なのだ。

 

 なんの取り柄もない少年が、目指し傷ついて良いものではない。

 

 英雄の街?

 分不相応だ。彼は、田舎で可愛い娘を娶り愛らしい子供達に囲まれて死ぬべきだ。

 

 

 

 

「だというのに、本当に向かうつもりか?」

「はい………もう、決めましたから」

 

 先日事故でなくなった祖父の遺言。オラリオに向かい、英雄を目指せという………あまりに無責任な言葉を胸に英雄の街に向かうという。

 

 決意は本物。説得しても、聞くまい。

 手足の骨でもへし折ってやれば取り敢えずは止まるだろうが…………。

 

『世話になっとると思うなら、どうかベルを頼む。助けになれといっているわけではない…………それに、世界を救う気がなかろうとオラリオならお主も住みやすいと思うぞ?』

 

 彼の祖父は、そう言っていた。

 そして、それはまあ事実だろう。柊はチッと舌打ちする。

 

「俺も行く………」

「え!?」

「勘違いするな。英雄を目指すバカが何処で野垂れ死のうが知ったことじゃねえが、家主がいなくなった家に住み続けるほど図太くねえ。それに、そっちのほうが俺は贅沢ができる」

 

 あくまで自分のため。だと言うのに、少年は嬉しそうに目を輝かせる。

 

「…………いくぞ、ベル」

「はい! 柊さん!!」

 

 


 

堕ちた怪物。

役目を失い信仰を失い知性を剥奪された白痴の怪物達の総称。

 

大蛇

這いずった跡が大河となりとぐろを巻いた場所が湖となる超巨大な蛇。時に地下を掘り進め水のない土地に水を運ぶ存在だった。

 

 

巨人

一歩踏み出すだけで近くの街が砕け山の麓は土砂に飲まれる巨大な怪物。嘗ては海の底から泥を集め島を作り出した存在だった。

 

 

怪魚

島よりもでかい魚。嘗ては泳いだ跡が何万年と残る海流となり海の栄養をかき混ぜていた存在。

 

 

魔鳥

羽ばたき一つで山が消える鳥。嘗て朝と夜が土地で分けられていた時代、冷え切った夜の領域に暖かい風を、太陽で温められすぎた土地に冷たい風を運んでいた存在。

 

 

その世界最初の国の姫。脅威にさらされるだけだった人類を纏め上げ地に満たしたが永遠を生きる彼女と異なり限られた寿命を生きる者達は一時の最高権力を求め彼女を醜い怪物に変えた。

 

 

湖の美女

姫の母親。大地に住まい空を駆け海を泳ぐ肉持つ者達すべての母親だった存在。

 

 

魔族の王

姫の妹。彼女だけは知性を失っていなかった。最後の最後で柊を憐れみながら憎み、呪いをかけた。

 

 

 

魔除けの花の名を持つ堕ちた英雄。

死霊術に手を出すも、国を滅ぼす途中呼び出した嘗ての仲間達は悲しそうな顔をするだけで罵倒の一つももらえなかった。

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