帰還に失敗した堕ちた英雄がオラリオに行くのは間違っているだろうか? 作:匿名希望
嘗て柊がいた世界においてそれを司る神は一柱しか存在しなかった。神性を失い怪物に成り果てても神格を持ち続け、故にそのまま殺せば司るものが大きく歪む。
大地は砕け浮かび、風は何も運ばず、或いはそよ風が山を飛ばし、海は沈み川は燃える………。
そうならないよう神格を剥ぎ取る必要がある。
とは言え神がその神格を持つのは当たり前。
絶対的な理。その理すら破壊するのが、人々に願われ生み出され、しかし千年近く人々の権力の象徴として欲望のまま振るわれ穢された聖剣。
当然人の身でそれを振るうには、代価がいる。
過ぎた力を扱うというのは、そういうことだ。
「最初に失ったのは自分と両親と故郷の記憶の一部」
してくれたことや、話してくれた内容は覚えているのに、顔も声も名前も思い出せなくなった。
当初は極限状態を生きていたから、過去が思い出せなくなったと思っていた。後から元カノから教えられたことだが思い出せなくなったとはそもそも記憶の中に存在しないから。
だから柊は過去の己の名を聞いてもそれが己の名であると確信を持てず、両親との繋がりである苗字を直して名乗っているのだ。
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「まあ一々記憶失ってりゃ最終的には廃人になるだろうから、存在強度上げて肉体的に失うようにしたんだが…………」
「なんてもんを使ってるんだ!? これもそれも君のせいだぞ! 恨むぞ、ウラノス!!」
祈祷の間。
ヘスティアに無理やり【ディアンケヒト・ファミリア】に連れて行かれ聖女の診断結果
「ていうか情報量が多い!! 柊君は異世界から来て!? ウラノスはそれを知ってて!? 後アルテミスがピンチだったの!? 助けてくれてありがとう柊君!!」
ヘスティアは混乱している。
「ベル君が中層で遭難している間に何が起きてるんだよ!?」
「中層で遭難してたのか…………」
「うん、ヘルメスとタケの眷属と、柊君の友達のエルフ君が助けてくれたけど。その後も大変だったんだぜ? あ、でも姿を消す
「それは恐らく、地上に現れた神の力を警戒していたのだろう」
つまり柊とアンタレスの戦いに反応していたのか。
また妙なのを生み出される前に片が付いて良かった。
「ていうか柊君が異世界で神殺し!? 何でこっちの世界に!? ま、まさか何時か帰るのかい!?」
「いや、彼処俺の世界じゃないし生まれた世界もよく思い出せないし」
どんな世界だったか、どんな風に過ごしたかは朧気にある。だが、そこに住まう自分の関係者は一切合切思い出せない。
ただでさえ何年もいたのだ。帰れたとしても他人同然で、柊からすれば何も思い出しようがない他人しか居ない。
「帰れなくても良かったが、それでもあの世界に居たくないから帰るための術式を組んだ」
結果としては失敗で、この世界に流れ着いたのだが。
「何で居たくなかっ………いや、やめておこう」
「賢明だな………」
またうがー、と怒るのが目に見えている。
とはいえ、柊の普段の態度である程度は察しているのかもしれない。
「ん? でも、向こうの世界の神は一柱だけじゃないよね? まさか耳が聞こえなかったり味がしなかったり!?」
「いや、そこは問題ない。補填した」
「補填する方法があるんだね!?」
なら教えてくれ、と掴みかかるヘスティア。ウラノスとフェルズも言葉を待つ。いかなる方法でも、手を貸すつもりなのだろう。
神に嘘は通じず、ヘスティアは話すまで放さないだろう。
「代わりを用意する」
「…………代わり?」
「条件として俺と縁深く、それでいて存在強度………こっちで言うならランクアップして強くなった奴か、俺以上の存在から失った部位を貰えば良い」
かつての世界では、それを補ったのは仲間達だ。
記憶を失ったのは暴走。本来の性能を使ったのはとある亜神との戦い。
失った味覚を戦士が『恋人のご飯を嫌な顔せず食えるようになるから』とくれた。
大蛇を討った際には音を失い、『どうせ耳が遠くなってきたから』と恩師が。
魔法使いは目を、自称宿敵は背骨を、聖女は声を、恋人は心臓を………最後に失ったのは大切な仲間達の名前や顔、声に関する記憶。
こちらは国を滅ぼす際に手に入れた魂達から記憶を抜き出し補填した。
「今のオラリオに俺の目の代わりになる奴は一人も居ない」
縁が少なくとも、神なら或いは代わりになるだろうが言わない。ヘスティアが絶対『僕の目を使うんだ!』とか言い出す。
別に嘘ではない。神という一柱はいても、人の中に一人も居ないのだから。
「ていうか何で普通に歩けるの?」
「目が見えないだけだからな」
音とか空気の流れとか温度とか魂による感知とか魔素による感知…………柊は目が見えずとも他の何かで物の形を鮮明にとらえることが出来る。ただし色は解らないし遠くの景色は見えないので、美しい景色も本に刻まれた文字も読めないが………。
ただし凹凸があれば指を這わせて読める。
「本当に大丈夫? 転んだりしない? 目が見えない代わりに耳が良くなって、煩く感じたりは………」
「母親かお前は………」
「僕は君の
たとえ本当は眷属でなくとも、だ。
そう断言するヘスティアに、柊はそうか、と嘆息する。
「………柊よ、我々に出来ることは本当に無いのか?」
「…………………あるが、してもらう気はない。帰るぞ、ヘスティア」
「え、あるの!? ちょっ、それ神々なら誰でもできることじゃないだろうね!? ああ、こら抱えて帰ろうとするんじゃない! 説明しろー!」
肩に担がれたヘスティアがポカポカ背中を叩いてくる。柊は無視して祈祷の間から出ようとする。ふと、フェルズが思い出したように呟く。
「そうだな、取り敢えず依頼の報酬の一つとして、神ヘスティアがダンジョンに入った
「……………あ?」
「解っている。これで恩を返したと思っては居ない。ただ、我々に出来る精一杯の誠意のつもりだ。構わないだろう、ウラノス?」
「うむ………」
「いや、違うそうじゃない。ヘスティア、何でお前ダンジョンに入った?」
ヘスティアがピシリと固まる。
さっき何気なく言った言葉は、どうやら柊はダンジョンから帰ってから、だと思ったらしい。何故なら神がダンジョンに入るのは禁止されているから。
「………そういやリヴィラで本を…………中層まで行ったのか?」
「あ、いや………それは、その………べ、ベル君がね?」
「たとえ心配だとしても、それだけで飛び込むタイプじゃないだろ…………」
「その〜………ヘルメスも行くなら僕も行っていいかな〜、なんて………思い、まして。はい………」
立場が逆転した。今やヘスティアが柊に詰問される側になった。
「リューはともかく、タケとやらの眷属共はよく神がついてくることを許したな」
「あ、それは…………」
「思うに、罪悪感だろう。【タケミカヅチ・ファミリア】の
「ちょー!?」
「……………ほう?」
フェルズの言葉に慌てるヘスティア。どうやら、隠し通すつもりだったらしい。
「中層ともなれば冒険者同士のいざこざもあるだろう。悪意もある程度容認してやる…………が、笑顔で近付いて殴る奴は殺す」
「おおお、落ち着いてくれ柊君! 良い子、彼等は良い子だから!!」
「お人好しのお前の良い子扱いなんざ信用できるか………その【タケミカヅチ・ファミリア】のホームは何処だ」
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少女は夢を見る。
普通の夢も見るが、これは普通の夢ではない。でも、どうせ誰も信じてくれない。
兎が太陽から逃げている。
太陽は何処迄も兎を追い、火矢を放ち傷付ける。と、兎の前に一人の青年が現れた。
青年は火矢を切り落とし、何本かを掴むとへし折ろうとするが、竈の炎が激しく燃えると渋々放り捨てた。叱られた子供のようだ。
青年は兎を抱える。優しい……と、思った瞬間太陽に向かってぶん投げた。
「えぇ…………」
兎は太陽を丸呑みした。
「お前………」
と、不意に青年が呟く。
「……え?」
「誰だ、何覗いてやがる……」
不機嫌そうな声に思わず後退り…………少女は闇の中に落ちていく。
「……………は!?」
目を覚ますとベッドから落ちていた。
「………夢。でも、あれ? あの人………