帰還に失敗した堕ちた英雄がオラリオに行くのは間違っているだろうか?   作:匿名希望

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豊穣の女主人

 シル・フローヴァと名乗った女に案内されるまま店内に入る。店内は禁煙なので煙管の火は消した。

 

「灰皿は使わないんですね?」

「灰は出ねぇからなあ。良いだろこれ? 最後に燻した煙を永遠に再現する上に、竜が踏んでも壊れない………」

 

 クルリと器用に煙管を回す柊。ベルはへー、と感心しシルも高そうですね、と返す。竜が踏んでも壊れない程頑丈に意味は? と思ったが聞かないことにした。

 

「厳密には雁首部分が魔道具だ。羅宇はあの豚に揃えさせていたが………オラリオでも買えるか?」

「ら、らう………?」

 

 と、困惑するベル。シルはん〜、と顎に指を当て考える。

 

「オラリオにも幾つかありますよ。何なら、ダンジョンで取れた素材で作ってくれる羅宇屋もあります。私のおすすめは………」

 

 と、言葉を区切り悪戯っぽく微笑む。

 

「一番高いお酒を頼んでくれたら教えます」

「…………はぁ、解った。それを頼む」

「は〜い! ミア母さ〜ん!」

 

 シルはこの店の主人らしいミア・グラントという大柄なドワーフの女に声をかける。因みに店の名は「豊穣の女主人」。従業員も全員女。

 オラリオの中でも上澄みが集まっていて、ミアは群を抜いている。何ならオラリオで出会った中で今のところ一番強い。

 

 

 

 

「っ!!」

「あ、ベルさん!?」

 

 上手い飯と酒に舌鼓を打っていると唐突にベルが走り出した。

 店の常連だという【ロキ・ファミリア】が来てから様子がおかしくなった。

 酔った狼人(ウェアウルフ)がベルが惚れたアイズに「ミノタウロスに追われて情けなく逃げ、アイズが斬り殺した際血を浴び真っ赤になったトマト野郎」について話し出すと顔を青くし、酔った勢いからか自分かトマト野郎かどっちに抱かれたいのかと告白まがいの質問をし振られた腹いせに「雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わねえ」と叫んだ瞬間ベルが走り去ったのだ。

 

「あ゙〜、青春だな……」

 

 惚れた女の前で侮辱されたのが悔しかったのだろう。

 何もせず漠然と何時か彼女と、なんて考えていて現実に打ちのめされたのだろう。だから、ダンジョンに潜りに行った。

 

「良いんですか、柊さん………」

「冒険者は自己責任なんだろ? 身を守れねえ奴が悪いのさ………仲間を守れねえ奴はもっとカスだが、生憎俺は仲間じゃない」

()()、ですか………ふ〜ん」

「何気持ち悪い顔してやがる」

「気持ち悪い!?」

 

 何処か楽しそうに笑みを浮かべるシル。柊はジトリと睨み酒の追加を注文する。シルも何を言っても追わないと思ったのか、席に座り直す。

 

「あ、あの………」

「はい?」

「あ?」

 

 と、そんな2人に近づく影。顔を上げるとアイズが申し訳無さそうな顔で立っていた。シルは部外者は引っ込んでま〜すと退散した。

 

「あの子………ダンジョンに向かいました」

「そうか………」

「え………」

 

 話はそれだけか? と食事を再開する柊にアイズは困惑した。

 

「ダ、ダンジョンに向かったんですよ? あんな、軽装で………」

「だから? まあ彼奴は冒険者だ。ダンジョンで死ぬなら、あれだ………本望だろ」

 

 英雄を夢見て、モンスター相手に戦い強さを証明する己を夢想した。その夢を現実にするために自らダンジョンに飛び込むのならそれは全てベルの責任だ。

 切り分けた肉にソースを絡め口に含む。次はソース多めにしてパンをつけてもらおう。

 

「───!!」

「………なんだぁ?」

 

 アイズがバンと机をたたき、柊は鬱陶しそうに睨む。なんだなんだと視線が集まりその隙に縛られそうになっていた狼人が縄から抜ける。

 

「おいアイズ、雑魚にいちいち構ってんじゃねえよ。てめぇも、誰だ?」

 

 女を取られて苛立っているのかギロリと睨んでくる狼男。彼の【ファミリア】仲間がうんざりした様子で近付いてくる。

 

「ベート、酔いすぎだ。すまないね………」

 

 と、小人が謝罪してくる。柊はチラリ一瞥して興味なさそうに食事を再開した。

 

「おいてめぇ!」

 

 その態度に髪の長いアマゾネスが叫ぶ。どうやらあの小人を番と決めているようだ。

 

「謝意の無い謝罪に意味などあるか。己の名声を守るだけの形だけの謝罪などやめろ………もとよりミノタウロスを追い立て新米を殺しかけて笑い話にするファミリアに、真っ当な人間性など求めていないからな」

 

 最強の派閥の片翼である【ロキ・ファミリア】……オラリオにおいて英雄として扱われる者達を嘲笑する。

 一部の者達がその蛮行に顔を青くし、最強派閥としてプライドのある【ロキ・ファミリア】は数名が顔を伏せ殆どが怒りで顔を歪める。

 

「ミア、この次はこのグラタンだ………」

「随分食うねぇ、金はあるのかい?」

「問題ない。ああ、だがベルの分は払わん」

「あの子、何で逃げたんだい?」

「そこのオラリオの英雄様方の笑い話にされて感極まったらしい」

 

 が、その言葉に固まる。

 そもそも言い方が悪いが、柊の言ってることを否定など出来ないのだ。ミノタウロスはLv.2でも苦戦し、場合によっては殺される。Lv.1ではまず勝てない。

 そんな怪物を上層に放ち結果として怪我人が出なかっただけで、殺されかけたものを情けないと笑う彼等に真っ当な人間性があるなどと誰が胸を張って言えようか。

 

「ごめんなさい……」

「? ああ、別に俺は怒ってねえよ」

「でも……」

「お前等が真っ当だろうとカスだろうと、剣を取った時点で死ぬのはそいつの責任だろうが。少なくとも、 モンスターと戦う生き方を選んだ時点でここに強いモンスターが出るなんて思わなかった、なんて言い訳が通じるか」

 

 つまり【ロキ・ファミリア】は他派閥に迷惑をかけたのは事実だが、その他派閥が死にかかったと文句を言うのは筋違いだと柊は言い切った。

 だから別に怒っていない。

 

「酒おかわり。これ、レモン汁入れてくれ」

「どうして………どうして、そんなに落ち着いてるんですか? あの子が、もし…………!」

「キャンキャン吠えるなガキ。簡単な話だ、俺はあのガキが死のうが興味ねぇ………寧ろ、そうだな。丁度良かったんじゃねえの」

 

 空になったジョッキをシルに渡し、柊はハッと嘲笑する。

 

「才能のねえガキが何時かを夢を見続けて折れるより、感情的に行動したから何時かが訪れる前に死んだと言い訳できる…………それならまだ、自分の無才っぷりに絶望せずありもしねえ未来に希望を抱えたまま死ねるだろ」

「!!」

 

 パンッと音が響く。誰もが固まる。アイズはハッと己が振るった腕に気付く。

 

「…………何なんだ、お前。そもそも何を勘違いしている。あのガキに死んでほしくねえのは俺じゃねえだろ。俺に期待して、勝手に怒りを向けてんじゃねえぞクソガキ」

「……………!」

 

 アイズはグッと左手を握りしめ、右腕を振り上げる。エルフの女や小人が何かを叫ぶ中手を下ろし、店から飛び出した。

 

「青春だな………」

「さっきも言ってましたね〜。大丈夫なんですか? 第一級冒険者のビンタ………」

「口の中ちょっと噛んだ」

「おい………」

 

 と、今度は狼男………ベートが絡んできた。

 

「ベート、いい加減に………これ以上迷惑をかけるな」

「だとよ」

「ああ!? ふざけんな! 強いやつに任せてんのはてめぇだろうが!」

 

 シルはササッと離れた。頑張れ、と親指を立てウインクしてくる。うざい。

 

「強いやつに任せる、ねえ? ()()()()()()()()()()()()()()()()。何を今更、俺もお前も……今更周りを叱咤しようと取りこぼしたものは戻らねえのに」

「っ!!」

 

 このベートとか言う男からは、自分と同じ匂いがする。自分の力がないばかりに仲間を失ったものの匂い。

 そして柊と違うのは自分だけじゃ無理だからと周りに強くなれと吠え、強くなれないなら危ないところに近付くなと願っている。

 

「俺もお前も、今更どれだけ強くなろうと何も取り戻せるものかよ。さっきのクソガキ………あれは恋人か、あるいは妹の()()()か? 抱く気もねぇならそばで見てるのはやめておけ、そこらの女抱いたほうがまだ落ち着くぞ」

「死ね」

 

 ヒュウ! と空気を切り裂き迫る銀の鉄鞭。たやすく人の首を圧し折るであろうその一撃は、しかし空を切る。

 

「これ勘定」

「んにゃ!?」

 

 黒髪の猫人(キャットピープル)に金の入った袋を渡す柊。この場の誰も………Lv.6である【ロキ・ファミリア】の3人にすら目視できなかった。

 

「店の中で暴れんな犬っころ。俺まで出禁になったらどうしてくれる」

 

 ここの飯結構美味いのに、とベートを面倒くさそうに睨む柊はそのまま店から出ようとする。

 

「てめぇ! 待ちやがれ!」

 

 店から出た柊に掴みかかるベート。柊は振り向かずに首を傾けかわし、手首を握り潰すと地面に叩きつけた。

 

「かっ………!」

「頑丈だな」

 

 そのままグシャッと頭を踏み潰す。

 石畳が砕け、頭蓋が罅割れる。第一級冒険者でなければ後遺症が残るであろうその攻撃に、別段生かそうという意思はもちろん………殺意すら無い。

 

「お前は昔の俺によく似ている……選んだ未来は違うようだがな。覚えておけ、救える数には限りがある。そして、一度でも浅い関係を助けてみろ? 俺も私もと縋りついてくる………そういう時は、邪魔だから殺しておけばお前は守りたいものを守れるぞ」

 

 頭から血を流しながら睨みつけるベートに、嘗ては守りたいものもそれ以外も守れると思い上がっていた過去を思い出す柊は彼自身でも珍しいと思いながら助言してやる。

 

「で? お前達もやるか?」

 

 仲間を傷つけられ睨んでくるアマゾネス。怯えながらも、店の中に戻らない地味なヒューマン。【ロキ・ファミリア】のトップ3人に、柊は面倒くさそうに声をかける。

 

「君は、何者だ………君ほどの実力者が、今まで何処に………」

「まだオラリオに来てから一ヶ月ぐらいしか経ってねえからなぁ。恩恵貰ってからランクアップだってしたこと一度もねぇ……有名にならねぇのも当然だろ」

「何を馬鹿な………真面目に答えろ!」

「黙れ小娘」

「こむ……!? わ、私はお前より年上だ!」

「突然襲いかかったクズの仲間が真面目に相手してもらえると思うなんざ、年増の割に何も学んでこなかったのか?」

「〜〜〜〜!!?」

 

 怒りで顔を赤くするエルフの女。高貴な身分だったのか、他のエルフが騒ぎ出す。

 

「り、リヴェリア様を年増!?」

「ふ、不敬! 不敬です、このヒューマン!」

「今すぐ取り消せ!!」

「黙れ醜女、醜男共」

 

 その言葉に一切の皮肉無く、糞尿に群がったゴキブリを見る目で彼はエルフ達を醜いと蔑んでいた。

 

「こちらのエルフも、自分達が尊いと勘違いした思い上がった屑ばかり。祖先の恥晒しをまるで反省してないと見える」

「!? わ、我等の祖先まで侮辱しますか!」

「するだろ。英雄譚を調べりゃ解る。エルフの英雄のあまりの少なさ………人類が手ぇ組む中結界張った森に引きこもって過ごした臆病者。見込みがあるのは極々一部………そのくせその一部を祀って自分達は素晴らしいと恥ずかしげもなく………全部失って卑屈になったほうがまだ可愛げがある」

 

 エルフの女王、リヴェリアは確信する。この男は本気で、エルフを醜い生き物だと思っている。ハイエルフの森で育つエルフが他種族につける感情をエルフをこそ尊ぶエルフに向けている。

 逆に言えば、里のエルフ達と異なり実物を見て個別に判断している。

 

 恐らく、里をでたばかりの自分ならば間違いなく醜いと蔑まれていただろう。

 

「そも真面目に答えてないと決めつけるな。俺が嘘をついてないのは、神なら解るだろ?」

「…………せやなぁ、本当にランクアップしとらん」

 

 と、起伏のない体型の女神が糸のように細い目を僅かに開き柊を睨む。

 

「やりすぎ………とはいえんのよなぁ、ベートが先に結構本気で蹴っとったし………」

 

 手を出した相手が思ったより強かったから反撃されました、なんて言い訳にもならない。そもそも柊の暴言は全て的を射ている。

 

「と、解ってはいるんやが………」

 

 感情面では納得できてない、と。

 

「構いやしねぇよ。俺も理屈では納得しても、感情では納得出来ねぇ事があるのは知ってるからなあ。それを行動に移さねえなら、これで手打ちだ……俺だって指名手配になりてぇわけじゃねえし………」

 

 殺すならバレないようにやる。言外に目でそう伝える。

 ようは、死なせたくないなら手綱を握っておけということだ。最低限、殺しにかからなければ殺さない程度には加減はしてくれるという意味もあるのだろう。

 ただし殺しに来るなら殺す。

 

「わあった………」

「ロキ!? この者は、リヴェリア様を侮辱したのですよ!?」

「せやったらうちらもうち等の失態でミノタウロスに襲われた奴の知り合い侮辱したやろ」

「ヒューマンとリヴェリア様では──!!」

「はいストップ。そ〜いうとこやで、馬鹿にされとるの………はぁ、なんや悪かったわ。あんた、所属は?」

無所属(フリー)だ」

「ほ〜ん……更新頼んどる神は?」

「言うと思うか?」 

 

 その神の迷惑になるだろうに………。

 ロキは肩を竦める。強さについても、主神についても聞いてたところで教えてくれなそうだ。

 

「ベートの件はあんたがボコボコにしたから手打ちってことでええんよね? 暴言については?」

「俺には無関係だ」

「せやったらうちのエルフ達が迷惑かけた件は借りやな………なんか一つ頼み事あったら言うてくれ」

 

 最強派閥の片翼である【ロキ・ファミリア】が、一つだけ頼み事を聞くということだろう。もちろん無条件で叶えるわけではなさそうだが………。

 

「まあ、その時は精々使ってやるよ」

 

 煙管に火を付け甘い香りの煙を立ち上らせる。そのまま煙を吸い、雑踏の奥へと消えていった。

 

「…………ぶは〜〜! 怖かったあ!」

 

 と、その場で崩れ落ちるロキ。

 何彼奴、超怖い。あれは世界を憎んでいないが、これっぽっちも気にしていない者の目だ。

 最悪オラリオの外が滅ぼうと、自分の住む街が稼働するなら気にしない……()()()()()()()

 結果的に死ななかっただけとはいえベートに追撃しなかったり、エルフを嫌う中リヴェリアには向けられた分の敵意しか返さなかったあたり、根はそこまで悪くない…………と思う。

 ただしその根っこの部分まで踏み躙られた事があるようだが。

 

 あれ相手に? どんな命知らず共だ、絶対死んでるやろ。

 

「ロキ、彼は………」

「さぁなぁ………けどあれは、関わらない相手には無関心を貫くと決めとる。鏡と一緒や………敵意には敵意を返すし、好意的に接するなら取り敢えずは敵対しない。殺意を向けてくるなら、容赦なく殺すやろがなぁ…………見たとこ20そこらやろ? どんな経験すればあそこまで世界に無関心でいようとするんや………」

 

 あの目は、7年前の死の7日間で石を投げられた冒険者達の絶望を何倍も濃くしたものだ。

 

「嫌ぁな目やなぁ………」

 

 ともすれば自分の子供達が浮かべていたかもしれない目。想像しただけで酔いも覚める。だが………

 

「今は放置や。ベート一方的にボコれるとかそれこそオッタルクラスのLv.1とか訳わからんし………フィンじゃ彼奴を救えへん」

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