三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
何処かの学者がモナリザの表情から感情を読み取って結果、困惑や恐怖が読み取れたらしいと伯父様が酔っ払った時に話していたが、少なくとも目の前のモナリザからは違う物が読み取れるんだろう。
絵画の中から出た体は一回り以上に大きくなり、人間の顎関節の構造上有り得ない程に開かれた口は蛇を思わせる。
食べたい、それだけがその姿から感じられた。粘着質な涎が頬に垂れ、喉の奥までハッキリと見える位置で僕は動かない、動けないでいた。
動け動け! 此処で死んだら誰が恵麻を守るんだ!
頭では直ぐに逃げ出すべきだと分かっているのに手も足も動かず、ゆっくりと近付く口の奥を見詰めるだけ。
危なくなったらこうすべき! そんな風に分かっている事でさえ実際に体験してみれば出来やしないなんて情け無い。
自分は伯父様とは違う。彼奴が傾けた家をしっかり立て直せる立派な当主になるんだと決意をしていたのに……。
顔に生臭い息が吹き掛けられる中、机の上で学んだ事なんて何の役にも立ちゃしない! 僕は何も経験していない未熟で世間知らずの思い上がった子供に過ぎなかったんだ!
「逃げるわよ!」
モナリザの歯が前後から僕へと迫る瞬間、掴まれた腕が勢い良く引っ張られた。寸の間遅れて勢い良く閉じられた口から歯と歯が勢い良くガチンと音を立て、獲物を食い損ねた化け物が横目で此方を睨む中、引っ張られた勢いで僕は倒れ込んだ。
フニュっとした柔らかい感触が片手から伝わり、見れば僕は恵麻に覆い被さる形で倒れ、引っ張られた右手は恵麻の胸を触っている。
いいっ!?
「わ、悪い!」
「今は逃げる方が……痛っ!」
咄嗟に飛び起きた僕は恵麻を起こそうと手を掴むが、起き上がろうとしたその顔が苦痛に歪みながら左足首に手が当てられた。
まさか今ので足を挫いたのか!?
守る為に連れて来た場所でこんな事になって、逆に守られて怪我までさせるだなんて。
「悪い、恵麻! 絶対に責任は僕が取る!」
モナリザが絵の中から更に這い出ようと額縁を掴んで身を乗り出す。途中で引っ掛ったのが踏ん張る中、僕は恵麻を抱き上げると美術室から飛び出した。
「ふふふ、責任を取るだなんてプロポーズみたいね」
「プロポッ!? あ、ああ、それは追々……」
多分冗談なんだろうけれど恵麻はそんな事を言いながら僕の首に手を回してしっかりとしがみ付く。
今度は恐怖以外の理由で頭が真っ白になるし胸がドキドキしてしまったじゃないか!
どうやら僕は恋愛面でも未熟らしい。それにしてもプロポーズかぁ。恵麻の家だって天上家のパーティーに参加する位だし、時代錯誤な祖父母や伯父様だって……うん?
やばっ!? 僕、恵麻の家について詳しく知らないぞ!?
今まで彼女についてばかり知りたがって、肝心じゃない家についてはそんなに知らない!
「あのだな、恵麻。上手い事安全な場所にまで逃げ切れたらお前の家について教えて貰えるか? お前の事は何だって知りたいんだ」
「ええ、何でも教えてあげる。でも、神示の事もお話ししてくれたら嬉しいわ」
「あ、ああ!」
勇気を出して言ってみるもんだと頬を緩まない様にして曲がり角を曲がった時、廊下に立つ同年代の女子三人の姿が目に入った。
小学校の制服姿でトイレの前で固まって動かないでいる姿を見た僕は咄嗟に声を掛けた
「おい、お前達……あっ」
絵の中から完全には出られないのかモナリザは追って来る気配はない。それでもモナリザやらゴキブリの事もあるから何処かに隠れろと言いたかったが、それは無駄だと気が付いた。
動かないのは当然の話、三人じゃなくって三体の人形だ。リアルな見た目で不気味の谷のど真ん中の三人は女子トイレの方を少し怯えたり何かに期待する表情を向けて設置していて、トイレの入り口の横には『この場所はセットです。トイレとしては使用しないで下さい』と雰囲気が台無しになる注意書き。
これだから伯父様の事業は失敗するんだと頭が痛くなる中、恵麻は人形の方を向いて小首を傾げていた。
うん、可愛い。
「この子達,お口の中にスピーカーがあるわね」
「うん? ああ、伯父様の話じゃ人感センサーで音声が出るらしい。興醒めだから少しは隠しておいて欲しいよな」
これだから伯父様が手掛けた……以下同文、呆れて全部言う気が無くなる。トイレって事はあれだろ? 学校の怪談じゃ動く二ノ宮尊徳像やらと並ぶベッタベタの一つ。
トイレの花子さんだよなぁ。人形が『花子さん遊びましょ』って言ったら奥の個室から返事が返って……。
HPやパンフでは、トイレで起きる恐怖とは!? って煽り文句だったけれどネットじゃどう考えても花子さんか赤い紙青い紙だろうって馬鹿にされていたし……。
はぁい。あっそびましょ
「は?」
おいっ! おいおいおいおいっ!? 今、声に出してなかっただろっ!?
今聞こえて来た声がお化け屋敷の演出じゃないって思ったのは停電は無関係だ。真夏の炎天下から冷房がキンキンに効いた室内に飛び込んだ時に似た感覚。周囲の気温が一瞬で切り替わり体に氷を差し込まれたみたいな悪寒。
女子トイレの奥の個室の扉が開いて青白い肌の、骨が浮き出る程に細く前腕部だけで人形の身長と同程度の長さの腕が伸びて来た。
狭い個室だ、きっと長い腕が邪魔をしているんだろうな。出るのに手間取った様子でもう一本の腕が飛び出して両手で扉の縁を掴み、おかっぱ頭で血走った目玉が出目金の様な女が顔を覗かせた。
同時に漂うのは手入れの行き届いていない便所から漂う下水臭い刺激臭。目に染みて涙が出そうになる間に手と同様に細長い足が個室から飛び出し、四つん這いになって首を本来曲がらない角度まで曲げながら此方を見ていた。
歯をガチガチ鳴らす度に口からは粘着質な汚水が垂れ下がり、指が長虫みたいに動く度に通っていない下水がゴボゴボと音を立てながら逆流して悪臭で鼻がどうにかなりそうだ。
な〜に〜し〜て〜あ〜そ〜ぶ〜?
普通に遊びたいだけ、そんな風に楽観的に考えられたらどれだけ精神的に楽だっただろうか。目の前の化け物は僕達と遊びたいんじゃなく、僕達で遊びたいんだと考えなくても分かる。
「逃げるぞ!」
もし僕一人だったら動けなかっただろう。恵麻が傍に居てくれているから勇気を振り絞れる。支える腕に力を込め、体温を感じながらその場から走り出した。
かくれんぼぉ? おにごっこぉ?おわったら、おにんぎょうあそびねぇ!
化け物が金切り声で笑いながら廊下を徘徊している。一歩ごとにビチャビチャと水音を立て、こっちに近付いて来るのが聞こえる。
トイレの花子さんならトイレから出て来るなよっ!
文句の一言でも言ってやりたいが小声でも気が付かれてしまうだろう。僕達が隠れているのは掃除用具入れ。小柄な僕と恵麻ならギリギリ潜める大きさだが、喋ったり身動ぎして音を立てたら気が付かれるだろう。
恵麻が小さな悲鳴をあげそうになるのを胸元に抱き寄せて止め、花子さんが通り過ぎるのを願う。
気付くな気付くな気付くな気付くな気付くな気付くなっ!
音が大きくなり、やがて遠ざかって行く。ホッと胸を撫で下ろして安心した事で気が抜けたんだろう。
セットとして入れてあった箒に腕がぶつかって音を立ててしまった時、外側から扉が開かれた。
「何をやっているのだ、神示。此処は準備中で立ち入り禁止となっていただろう。まったく、何かあれば『天上楽土』の成功にケチがついてしまうだろう」
掃除用具入れの扉を開けたのはスーツ姿で人を蔑む様な眼差しの中年男性。僕達二人を前にして不愉快そうにするだけで事情を聞き出す気は無いらしい。
「
名は天上神逸、天上家を傾けた能無し経営者であり、アメリカ人ってだけで父様を認めない種無し。
正直僕にとって目障りな人で、この場で出会った大人なのに頼れる気がしない。
「何を言っている。この遊園地を手掛けた責任者である私が居るのは当然ではないか。呆れるな、その程度も分からぬとは」
実際、僕達への興味が失せた様子で背を向けて去って行く姿は何時も通り。ただ、ポケットからはみ出したスマホのストラップらしい象のヌイグルミは伯父様らしくもない趣味だ。
「私は此度の成功から家の権威を取り戻す。今の私は望めば何でも手に入るのだ。それこそ自分の血を引く後継ぎでさえもな。神示、お前はもう要らん。外国人の血を天上家に入れる訳にはいかんからな」
妙に上機嫌で変な事を語る伯父様は立ち止まって偉そうな笑みを浮かべながら振り向く。
みぃつけたぁ
「は?」
その肩に後ろから現れた花子さんが噛み付いて骨と肉を食い千切った。
善人じゃなくても楽しい
敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
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五凶星 ごきょうせい
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悪六烈 おむれつ
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七福塵 しちふくじん
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四従死地士 しじゅうしちし