三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
失敗だ。大いに失敗してしまったよ。私は今、後悔の念に襲われていた。
「……やらかしたな。お気に入りの服を着てくるもんじゃないよ、全く」
煙々羅の作り出した結界の中、僅かに感じ取れる呪具の気配を手繰りながら迷宮を進むけれど、この空間にはうっすらと煙が充満していて探知を妨害してくる。
例えるのなら白く細い糸を頼りに進むんだけれど、白煙が充満していて一瞬でも意識を外せば見失ってしまう上に再び見付けるのにかなり精神を使うって感じだよ。
幾ら領域内とはいえ異様な数の底位共も私の集中を乱す中、此処迄来ると一度否定してしまった事が肯定されてしまうね。
有りえないんだよ、戦時中でもないのにこの数が発生するなんて。
「影女が関わっているとしたら厄介だぞ。色々な意味で……」
影女は遥か昔から存在が確認されている妖魔だ。
直接人間に危害を加えたという記録は残っちゃいないものの、呪具が関わる大きな事件の中でも特に本来なら手に入れる筈の無い人達が手に入れて起こった場合は影女の仕業の場合が多い。
あくまでも聞き取りが出来た場合だし、他の事件でも関わっているだろうとされる妖魔。
でも、それだけ動いているのに直接危害を加えたという記録が存在しない事こそが危険視される理由なんだ。
曰く、屋敷の中に突如現れる女の影の姿をした存在。
曰く、影女が現れた場所では怪奇現象が多発する。
曰く、性格がひん曲がってる上に意味不明の言動が多くて情緒不安定。
曰く、昔から人の前に現れては悪戯でもするかの様に呪具を渡している。
何よりも厄介なのは出現報告はあれど討伐報告は平安時代から一切存在しないという事。
呪具関連以外にも歴史的事件にも関わる疑いのある超絶危険な上位妖魔。
総合評価は力も性格も厄介な愉快犯、当然ながらそれの出現は前兆の時点で報告義務がある。
あれ? 私、ヤバイのを見逃した?
後から思い出せば零課の資料にそれっぽいのがあった気もする……。
「い、一応底位が異常に居た旨は報告しているし、実際に見に行って報告するのが本来は……ひゃっ!?」
床の扉を開いて中に飛び込んだ瞬間に重力の向きが変わり、宙で体勢を整えたけど空気が少し強くスカートの中に入って来る。
普段なら平気なんだけど、ちょっと今は不味かったね。
風に撫でられた部分が冷たくて変な声が出てしまったけど、内部の厄介さも含めて私だけで来て良かった。
「にしても本当に煙たいし、臭いも付くからジャージでも着てくれば良かったよ」
一応化学繊維は燃えやすいからと普段着を選んだけれど、火を使う相手も居なかったから余計な配慮なのは明らかだ。
明日は体育だからジャージが必要だけど、二十四時間営業のコインランドリーで乾燥機を使えば良かったと今になって後悔が募る。
「彼、どれだけ私に惚れてるんだ……」
これは伝えていないが、霊給者からの対象への好意の大きさによって供給量と供給時の快感は変わって来るんだ。
つまり一瞬で頭が真っ白になって下着が少し、本当に少しだけ厄介な状態になった今回は前回よりも向けられる好意が大きいって事で……。
「……か、顔をちゃんと正面から見れるかな?」
照れ臭いけど余裕ある態度は崩したくない。何故なら私は名門退魔士一族のお嬢様だから!
……それに初見からキャラ作っちゃったし、相手が自分を好きだからって照れて顔を見られないのはちょっとね。
「おっと、見付けた」
足元を這う虫みたいな見た目の底位を踏む潰した感触に背筋がゾゾッとしつつも、扉を蹴破った先には狭い部屋に押し込められた反魂香の使用者らしい人々を発見した。
煙々羅と人数は同じで全員痩せているけれど、一番酷い彼女が最初の使用者かな?
「食べ物…食べ物を……」
入ってきた私に気が付かないほどに空腹らしく、床にぶちまけた吐瀉物には服の切れ端らしい物が混ざってるし、口からはみ出ているのは彼女の髪だろう。
殆ど裸な上に髪の毛は引きちぎった様子があるし、こりゃ相当追い込まれてるね。
「……まあ、数が多いけれど全員連れて脱出出来るかな?」
幸いな事に霊力はあり余っていて、懸念すべきは何時まで保持を続けられるかだ。
表面張力によって容量以上に液体が入ったコップ、。それで何とか保っている状態なコップを持って激しく動いているのが今の状態なんだけれど、ぶっちゃけ精神力がガリガリ削られているのが現状。
「じゃあ、時間もないしさっさと脱出しようか。先に言っておくけれど君達を助ける義務もモチベーションも本来はない。多生の揺れや怪我は我慢してくれ」
動機も経緯も状況も知らないし知った事じゃないけれど、目の前で転がっているのは死者の蘇生なんてものに手を出した連中だ。
子供も居るとかそんなのは関係無い。
多分知識も準備もなしに無謀な山登りをして、危険な状況の中で救助を呼んだ馬鹿を助けに行く山岳救助隊から救助への熱意とか義務感を放り投げた状態が今の私なんだろうね。
いやまあ、退魔士の仕事ってあくまでも妖魔や呪具の対処であって、犠牲者の救援はしたいならすれば良いよって感じだし。
救助しない事が混乱を起こすケース以外は自分達を優先させろって教わるんだよ。
一般家庭の彼や公務員の零課じゃそうはいかないのも分かるんだけどさ。
「どうしようか。ぶっちゃけ見捨てて彼を助けに行った方が良い気がしてきた。好感度下がるだろうからしないけれど」
惰性が含まれる気分で糸を操って女達に巻き付けて持ち上げたけれど、扉から飛び出せば内部の構造がグニャグニャ動いて扉が増減し続けている嫌な光景に一気にやる気がなくなった。
これじゃあ運ぶ最中にぶつけたり戦いに巻き込んだりってのを防ぐのは完全に無理。
せめてもと風船の様に浮かせて子供の安全優先で中央に、一番先につかった原因の女は一番外側にして他のを少しでも守る緩衝材にする。
「お腹が……お腹が減って……」
後ろを見れば虚ろな目でぶつぶつ呟きながら浮く使用者達、このまま運悪く助けられなかった事にしたいけれど、糸を切ろうと手を伸ばした所で彼の顔が浮かんだ。
見ず知らずの、それも自業自得の可能性がある人を助けたいと、ちゃんと理想だけじゃ駄目だと分かった上で口にした時の顔。
そう在りたいと退魔士が思いつつも、結局はそう在り続けられない者の顔だ。
……此処で私が目の前の連中を見捨てたとして、適当な嘘を口にしても彼は察した上で何も言わないんだろうな。
私じゃなくって自分を責めるんだろうさ。
「あーもー! あーもー! 私は肝試しやらで巻き込まれた連中や呪具に手を出した連中なんて助ける必要がないって教わったんだから感謝しなよ! 君達を助ける気なんてなかったんだからね!」
どうせ聞いちゃいないだろうけど、それでも黙っていられずに思いの丈を口にする。
本来なら助けに来なかったんだし文句は受け付けないさ。
「特にコックリさんとかする連中! 儀式をする事で初めて出現するのも居るし、その手のは厄介なんだぞ!」
頭をガリガリと掻いた私は意識を集中させながら足に力を込める。
幸いなことに入れる領域なら出口を塞ぐことは出来ない……構造を弄って遥か先にすることは出来るけれど……。
「遭難するとでも思ったかい? 残念無念だ次はなし。私は感知なら天才なんだよ」
使用者を引っ張りながら一気に駆け出し、扉は開かず蹴り破る事で速度は一切落とさない。
時々背後から何かにぶつかる音が聞こえたけれど気にしない気にしない、見捨てられるよりもマシだろう?
「待っててくれよ、大和先輩。無茶だけは……っ!」
前を通り過ぎようとした扉を突き破って巨大な蟹の鋏が向かって来たのを咄嗟に蹴り上げる。
硬質な物を蹴った感触と共に自動車事故の様な音が響いて蟹の鋏の一部が砕け、壁を突き破って本体が姿を現した。
その姿は……タラバガニ! 私と同程度の大きさを持つ真っ赤なタラバガニ!
「どうしよう。中華料理が無性に食べたくなってきたぞ」
朝椿を抜いて構え、相手を見据える。
まんまと誘き出されたみたいだし、実家に報告するのは億劫だけれども、ちょっと都合が良い気もしてくる。
「蟹炒飯に蟹玉、茹でた蟹を乗せた豪華なラーメン、零課に今回の責任を追求して奢ってもらえると嬉しいな」
口から泡を出しながら左右の鋏を激しく鳴らす化け蟹の砕けた片鋏の断面を見れば分厚い甲殻に覆われながらも身が詰まっている。
食欲が刺激される見た目だけど食べられないのは非常に惜しい。
「時間を無駄にしたくはないし、さっさと決めようか」
こんな風に余裕を持って相対しているけれど本来は逃げの一択を取る相手。
妖魔の頑丈さは体を守る為にどれだけ霊力の密度を高めるのにリソースを割いているけれど、化け蟹はゲームでありがちな防御特化モンスターみたいな奴だ。
その重量がありそうな見た目からは想像が付かない動きで私に迫る化け蟹は無事な方の鋏を振り上げる。
まるでショベルカーがショベルを振り下ろしてきたみたいな圧力に対して私が選んだのは正面からの迎え撃ち。
小太刀を構えながら、鋏と交差する瞬間に振るう。
手には何一つ抵抗が伝わらず、折角供給された霊力が削られる感覚と共に宙を舞う鋏に目を向ける。
『カニ!?』
「だから君の相手を長々する気はないって言っているだろう? さっさと消えろよ、雑魚」
って言うかそんな鳴き声なんだね、と少し驚きながら化け蟹を縦に両断した。
「冥土の土産に教えよう。朝椿は霊力の結合を緩めさせて防御力を下げるのさ。差し詰め体温が伝わりやすいスプーンでアイスが簡単に掬えるみたいにね」
安っぽい例えをされたことへの怒りか、はたまた慣れない量の霊力消費の影響か十分な量を注いだ筈なのに手の平に鈍い痛みを感じる。
戦闘に影響が出る程じゃないけれど、私もまだまだ課題が山積みの様だね。
「まあ、別に良いさ。……行こう」
……俺はどう反応すれば良いんだろう?
妙なテンションで現れた謎の妖魔影女。どうも知り合いらしい煙々羅までドン引きしてどんな反応すれば良いのかって様子だし、妖魔の中でも普通じゃないのか?
「……」
煙々羅達の方を見れば一斉に目を逸らされた。
うん、普通じゃないのか。
それにしても伏柄流への評価とか今の反応とか、手足があって死骸に潜んで人間の敵な面を除けば零課の新メンバーに良いんじゃないだろうか、敵だから無理だけれど。
そんな俺達の反応に対し影女は黙り込むがまるで変なテンションから我に返って素の状態になったのでは、少し同情的な考えさえ浮かんだ時だ。
影女が動き出す。
『私が此処に来た理由をお話致しましょう! 最初は煙々羅を普通に育てる予定でしたが、少し興味を持った若き退魔士にぶつけてみようと思い至ったと言うわけです。これは驚きの理由ですね』
『ええっ!?』
いや、自分の事だろう? 何か妙な言い方をするな……?
影女の言い方に背後に居る誰か別の存在の影を見る中、妙なテンションを続ける影女の手元に現れたのは禍々しい光を放つ紫の球体。
あれはまさか霊力の塊なのかと思った時だ、煙々羅達の様子が一気に変わる。
『い、嫌です! 私は仲間と……』
煙々羅の目に浮かんだのは恐怖の色。
中には逃げ出そうとした小さいのも数体いるが、見えない何かに取り押さえられる様にその場から動けなくなった。
『そう! 煙々羅は同じ束の反魂香から寄生した同族を大切にする妖魔。ですが今のままでは面白くないのでこの霊力。これを使うと……この通り!』
黒い霊力の塊の表面が蠢いて白く長い獣の手が伸びる。
熊に似た形状のそれは煙々羅達の体を次々に掴み、そして無理矢理こじ開けた一番大きな奴の口の中に放り込んで行った。
その瞬間、煙々羅の霊力が変化する。量ではなくて質の変化、それが起きていた。
『妖魔が強くなるには霊力を集め、容量を増やす為に器を拡張するのは皆様ご存知……共食いです!』
『止め…止めて……あぁああああああああっ!?』
同種族による共食いでの強化については俺も知っている。
同じ名と同じ姿を持ってるって事は下級以上の妖魔の中でも知能が高い証拠。
何故なら……。
『本来なら共食いでの強化には同意の下での決闘という儀式が必要と皆様お思いですよね。でも、大丈夫! パンパンショッピングの技術なら
強化効率は下がりますが強制的に行えるのです。それでは今日は此処迄:。皆様に希望を特にお届けしないパンパンショッピングでした!」
影女は伸びて来た影の中に吸い込まれる様に消えて行く。
『うぁあアアアアアアアッ!』
その瞬間、煙々羅に大きな変化が起きた。
応援まってmっす
敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
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五凶星 ごきょうせい
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悪六烈 おむれつ
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七福塵 しちふくじん
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四従死地士 しじゅうしちし