三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
他の同族を無理矢理共食いさせられた煙々羅の体はパンパンに膨れ上がり、空気を入れすぎた風船が破裂する寸前に似ていた。
さっきまでのフォルムが普通の蛇なら、今は例えるなら絵本で描かれる様な雲。楕円形のフォルムで周囲がモコモコした見た目で中央に顔が据えられている。
まあ、箇条書きすれば微笑ましい見た目だろうが、実際に目にすりゃとてもそうは思えない醜悪な見た目なんだがな。
『ウァオオオオオオアアオ……』
ついさっきまで煙々羅には知性があって、常識的な観点から影女の奇妙な言動に引いてさえいたのに今じゃ大きく歪んだ顔は常にグニャグニャ動いている状態。
水の上に浮く物で描いた顔が水流で歪み続けてるってのが分かりやすいか? 煙だって流体だし。
『ウァオオオオッ!』
「取り敢えず攻撃しておくか」
耳障りな金切り声での咆哮と共に煙々羅の体表面が激しく動き、大きく開けた口の中には影女が使った黒い霊力の塊。
伸ばした白い手が口の中に突き刺さって根を張る様になる中、俺はクチ中に向かって貫気を連発して放っていた。
遭遇したばかりの時に比べて煙々羅からの威圧感は増し、こんな状況で後手に回る前にすべきは情報収集だ。
未知も未知、そんな状況で戻って来る小姫の為に少しでも敵の情報を得ようと放った攻撃は共食い前と同じく煙々羅の体を貫通……しねぇ!?
「ちぃっ!」
さっきは体を貫いて霧散させた。今は閉じた口の表面が僅かに弾けただけで再生速度も段違い。
この時点で貫気は無意味だと悟ったのは、まるで効いていない様子で突っ込んで来た煙々羅の巨体が一瞬で眼前に迫っていたからだ。
防御は無意味、そもそもすり抜けられたばかりだ。
故に回避、足が地面から離れる時間を最低限にする為の長く低い跳躍で横に避ければ、煙々羅は地面へと激突して土煙が舞い上がって視界を閉ざす。
そうなる寸前に見えたのは体の半分以上が地面に突き刺さった煙々羅の姿。
「耐久からして貫気は通じない上に防御も無効で直撃したら……うん?」
体を煙にして穴から脱出する煙々羅の姿に覚える違和感。
あの状態でも煙化は自分の意思で行えるのなら……どうして貫気は受けたんだ?
最初の時みたいに煙になってすり抜けさせれば良いだけなのにわざわざ口を閉じた、つまりは煙になってはならない理由があったって事になる。
「つまりは予想が正しかったって事だよな?」
煙々羅は煙の中に人の顔を見たと妖怪画に残っている妖魔、普通の攻撃じゃ煙になって散って戻るの繰り返し。
「その煙になるにも霊力を使うから波状攻撃で攻めて攻めて霊力を使い切らせるのが正攻法だって聞いたが、もう使い切った訳がないもんな」
つまり意図的に煙にならず俺の攻撃を防いだって事だ。
防いだって事はあの霊力の塊を狙われたくない理由が有るって事で……。
「試してみるか……」
曲げた指先を除いて両腕から力を抜く。その場に固定する程度の力も込めていない腕はダラリと下がり、一歩前に踏み出せば煙々羅は既に宙に浮いていた。
ジャンプすれば届く程度の高さ、そこに更に一歩踏み込めばむかっt(向かって)来たのは煙の腕。
『ウォオオオオアアアアオ!』
理性が消え去った状態でも弱点らしい場所を防いだ様に、俺を近付かせてはならない相手だって本能で察したんだろうな。
腕の姿をしていても煙は煙。関節も長さの限界も数すらも無制限だとばかりに無茶苦茶な動きで俺に四方八方から迫るが、俺は歩を止めないし、動く速度も変わりはしない。
体を僅かに傾け、足下から迫ったのを軽く飛び越し、多少掠ろうが直撃しようが動じないし、そもそも必要が無いんだ。
「伏柄流は誰かを守りながら戦う事を想定した守護の流派。こんな無茶苦茶に動かすだけの拳が通じるかよ」
動きを読む、受けた衝撃を逃す、そんな基礎技術を駆使すれば攻撃を受けながら進むのは何でもない。
軽く膝を曲げて睨む先、一度の跳躍で届く距離に煙々羅が居る場所まで踏み込めた。
「伏柄流古武術奥義……」
敢えて自分が何をするのかを口にする。一見すれば無意味な行為だが、門下生にとっては一種の自己暗示。
自らに技を出すのだと言い聞かせる行為がその技への集中に没頭させる。
跳躍、そして煙々羅も迎撃すべく突進。
逃げ場の無い空中で迫る巨体との接触まで一秒も掛からない中、目を閉じれば感じるのは空気の流れ、霊力の気配。
自分にのみ意識を集中さえて尚、目を開いて耳を研ぎ澄ませた様に相手の位置を感じ、脱力を解いた。
「
『ウワォアアアアアォオオオオア!!』
静かに呟き終えるよりも先に振り抜いた右手の爪の先が煙々羅の体を引き裂き、煙に戻って再生するよりも前に左手の爪の先が霊力の塊へと届く。
溶けかけたチョコに指を突っ込んだ粘り気の強い感触に集中が途切れそうな中、煙々羅は若干動きを鈍らせながらも突進を止めない。
「この糞っ!」
今は空中、防御もすり抜けられるんじゃ正面から跳ね飛ばされれば大ダメージは必須。
今直ぐに空中移動の技を修得とか無理だ。あれは勇さん位じゃないとな。
だから追撃を加える事にした。
手は貫気の連発に加えて居刈りの使用の反動で痺れて少し休ませなきゃだ。
だから蹴った。
足を振り上げて煙々羅の顎の辺りを蹴り上げる。霊力の塊の破壊は完全には出来なかったが、だからこそ煙になっての不発は防げた。
「本来は足じゃしないんだが……鳴撃ちぃ!!」
この蹴りの目的は蹴りの勢いで体勢を変えて直撃を避け、そして口内の塊の破壊。
モコモコした場所の先に引っ掛けられる様に吹っ飛ばされた俺は地面へと激突。
「……足じゃ上手く行かないか」
同時に煙々羅も内部から衝撃が炸裂、思った半分のダメージもなかったのは俺の未熟故、か。
歯噛みする中迫る地面、このまま落ちるのは流石にヤバい。
咄嗟に腕を叩き付けて勢いを殺し、転がる様にしてダメージは減らしたが、それでも肺の中の空気は押し出された上に腕が妙に痛む。
こりゃ受け身に使った腕の骨にヒビが入ったか?
頭を打って気絶ってのよりは随分とマシなんだろうが、絶体絶命とは行かなくてもピンチはピンチ。
立ち上がれるが意識が乱れ呼吸も荒くなりながら見てみれば煙々羅も随分と参ったのか体の端が崩れ、戻る事なく霧散して行く。
「こりゃ参った。一度中位を倒したからって調子に乗っちまったか。まっ、単独撃破って訳でも無いけどな」
俺が切り裂いた場所も修復せずに丸見えになった口の中では同じく端から崩れて行くが、腕はボロボロになって全身ズキズキと痛む。
両親に知られりゃ即座にアメリカ行きが決定の惨状の中、煙々羅は浮いている力も残っていないのか落下して……その状態で俺へと向かって来た。
地面を削って進むその巨体の崩壊は近いだろうが、俺の居る場所まで到達する方が先だろう。
「……良いだろう。来いよ」
体が傷もうが骨にヒビが入ってようが死んじゃいねえし動こうと思えば動ける。
自分の鼓動、脈打つ心臓の音に意識を集中させれば全身の血流の様子が徐々に把握出来始め、加速され続ける思考速度の中で接近する煙々羅の姿を捉えながら筋繊維の一つ一つ、いや、細胞の一つ一つにまで力が行き渡ろうとした瞬間、俺は無駄な力を抜いて息を吐き出す。
「お待たせしたね。私が来たから大丈夫さ」
毛を逆立てて威嚇するコアラと目があった。
……いや、正確には威嚇するコアラがプリントされたパンツが、飛び出して来たから捲れたスカートの中から一瞬だけ顔を覗かせてバッチリ頭に刻み込んだんだけどな。
こんな時になんだけど、最近の女物の下着ってそういうのが普通に売ってるのか?
明らかにセクハラ質問だし、まさか小姫に直接聞けないから八雲にでも聞けば問題が無いな。
『オオオオオゥウウアアアァォオゥア!!』
「何が起きたのかは分からない状態だけれど、一つ分かっている事を教えよう。この勝負私の……私達の勝利だ」
既に眼前にまで迫る巨体に小姫は臆さず怯まず、飄々と余裕ある態度を崩す事無く右腕を伸ばす。
立てた人差し指と中指に霊力を放つ糸が絡まり、それが弧を描きながら煙々羅の体全体を囲んだかと思った瞬間、縦横問わず無数の糸が糸から伸びて姿を変える。
一秒にも満たない僅かな瞬間、たったそれだけで霊力を放つ糸は何重にも重なり、煙々羅を包み込む布が織られていた。
「伊弉諾流罰糸術・
煙々羅を包んだ布は収縮を始めながらも一切漏らさず、中から暴れて形を歪ませながらも小さくなって行く。
やがて片手に乗るサイズまで小さくなった所で小太刀による横一閃、布は解れて糸に戻りながら消え始めたが、中からは僅かな煙たい臭いしか出て来なかった。
「終わった……か?」
「まあ、やるべき事は残っているけれど一旦は終わりで良いと思うし……軽く何か食べに行かないかい? デートのお誘いと思ってくれて構わないよ」
「そりゃ良いな。良いんだけれど……情けない事に体がボロボロでな。今度俺から誘わせて貰うわ」
空に目を向ければガラスの様にヒビが入って行くが、領域が破壊される前兆だとは聞いている。
そんな事よりも今は小姫の顔を見ていたいし、デートのお誘いには全力で乗りたいんだが、正直言って限界が近い。
でもなあ、折角の初デートなら万全の状態で臨みたいんだよな……。
こうして初恋の相手からの初のお誘いは情けない結果に終わったんだ。
もうちっと強かったらこうはならなかったんだろうな……。
「もう少し特訓を厳しくして貰うか。ちょっと怖いけどな……」
そもそも今の状態への怒りが怖い。言い出さなくても厳しくなるパターンだな、これ。
日本の何処かに存在する領域、煙々羅のそれとは比較にならないほどに強固で広大で、それでも痕跡どころか気配に敏感な者でさえ何一つ掴めず存在その物を把握する人間が居ない場所。
何故かウサギとハシビロコウと黒子とパンダの姿にカットされた植木が乱立する大屋敷の一室にて影女は静かに障子を開けた。
途端に漂うのは入り交じった様々な食べ物の匂い。
『只今戻りました×××様。早速ですがご報告です。煙々羅に使用しました例の物”魔水晶”ですが、理性の喪失等多くの改善点が見られます。今後使用なさるおつもりならば改善の方をお願い致したいのですが』
大和達の前での何処かふざけた態度は何処かへと成りを潜め、これこそが本来の彼女だと分かる恭しい態度の影女。
膝を折って深く頭を下げる先には山盛りの料理の皿。中身を潰すのも皿を汚すのも構わずに重ねられ、兎に角広い部屋の中に詰められるだけ詰め込んだと分かるのだが、次々に貪り食らわれ終わった皿が投げ出されれば小さな動物達が大慌てで回収し、新しい料理が運ばれて来る。
『良いんじゃないじゃいかな、もぐもぐ。もぐもぐもぐもぐもぐもぐ、今のままで、もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。どんな風になるのか、もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、気になるのが何人か、もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、いるしさ』
影女の言葉に返答したのは部屋の主らしき存在。
畳の間に似合わないキングサイズのベッドを幾つも結合させた超巨大なベッドでさえ体がはみ出る程に横にも縦にも大きい体を動かして寝転がりながら料理を食べ続け、時折影女の方に視線を向けるも間延びした声には真剣さが微塵も含まれはしていない。
『……はっ! それでは私の方で改良を進めつつ現在残った物を悪戯の方に……あの?』
そんな態度など最初から予想していたとばかりに動じない影女だったが、言葉を途中で止めれば聞こえて来たのは寝息……いや、イビキだ。
『グゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!』
最初は小さく聞こえづらかったそれは徐々に大きくなり、その速度も上がって行く。
天国を崩壊させる程に天を割り、地獄にまで届く程に深く地を割る程に巨大な轟音になったそれに対して影女は無言で頭を下げると部屋を後にした。
『……ふぅ』
襖を閉めれば空間が遮断でもされたのか音は全く聞こえず、だから影女が胃の府の辺りを擦りながら吐き出した溜め息の音は中庭に良く響くも枝の剪定をしていた妖魔らしき黒子は聞こえない振りをして、何よりも口を吐き出しそうな彼女を見て見ぬふりをしている。
『何で……。何でよりにもよってあんなのの配下になってしまったんでしょうか。妖魔にも労働基準局や職業安定所があれば良いのに……』
その呟きに何か言葉を掛ける者は居ないが、聞こえた者は総じて頷く。
『こんな職場絶対に辞めてやるー!!』
そんな風に叫ぶ影女から感じるのは心身の疲弊と哀愁、そして社畜のオーラであった。
じゃあ次の怪談パート書くね
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敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
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五凶星 ごきょうせい
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悪六烈 おむれつ
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七福塵 しちふくじん
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四従死地士 しじゅうしちし