三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが   作:ケツアゴ

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流れツイた物 ①

 ああ、またこの夢か。

 

 ベッドの中で制服姿のまま眠ってしまった筈の少女は私服姿で家の近所……それによく似た場所に立っていた。

 

 最後の記憶では夕焼け空になり始めた頃だったのに空は暗く、星影も月影も見られない漆黒が空を塗り潰す。

 周囲の民家もコンビニさえも灯りが消えて、風音一つ聞こえない静寂の中では少女自身の息の音さえも鮮明に聞こえていた。

 

 唯一明るいのは遠くに見える学校の校舎、夢だと分かっていても異様な光景だが少女の顔に怯えの色は見られない。

 

 中学では陸上部に所属して、テストの成績だって前回こそ苦手な問題が多く出た為に三位に終わったが其れ迄は首位の座を独占。

 吹奏楽部の演奏発表会にも演奏者の一人の座を勝ち取って順風満帆な青春、側から見ればそうだろうが本人はそれを否定するだろう。

 

 部活に入れる力を勉強に向けろと怒鳴る両親、もっと自己練習をして腕を磨く気が無いなら迷惑だと責める部の仲間。

 

 一位じゃないと叱られるという理由は嫌味扱いされ、部活の事を口にすれば勉学に差し障るなら辞めろと叱ってばかり。

 

 家にも学校にも自分の味方は居ないのだと拗ねて、勉強をしていなさいと外から鍵を閉められた自室のベッドに倒れ込んだ所までは記憶が有る。

 

 夢だと認識した夢、明晰夢と呼ばれるこの夢は脳が休まらないと聞いた事がある少女だが、明日について気に掛ける様子は無い。

 

 目が覚めれば食事の時間だと呼びに来た親から勉強せずに眠った事を叱られるだろうし、今日は親に無理矢理連れ帰られて練習に参加出来なかった事を明日学校で責められる、そんな事は頭から何処かに消えて、まるで遠足のバスに乗り込む小学生の様に何かを楽しみにする時の笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 何時もならそろそろ……来た!

 

 この夢を見るのは初めてではない。今日みたいに不安で押し潰されそうな事があった日には同じ夢を見て来た。

 

 何度も何度も繰り返した夢、最初の頃は始まりを変えて欲しいと願うも叶わず、今では全て含めて待ち望む夢の世界。

 

 

 

 

 その夢の幕が開き、奇妙な音が聞こえて来た。

 

 

 

 

テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ

 

 背後から近寄って来る何か、その動きは処理落ちした動画を思わせるカクカクとした不自然な物で、その姿は徐々に闇に慣れ始めたばかりの目でも日の下と同じ様にハッキリと見えている。

 

 バサバサに乱れて薄汚れた髪、目蓋が存在せず常に見開かれ充血した目から血涙がポタポタと流れ、歯は先端がギザギザに尖って全体としてはボロボロ。

 その肌からは完全に血の気が失われており、葬儀場の職員が目にすれば何を意味するのか分かるだろう。

 

 その存在は足を使って歩いて来てはいない。異様に長い手を使ってあるき、存在しない下半身と繋がっていた断面から夥しい量の血を常に垂れ流し道路に血の川を生み出しながら揺れ動いている。

 

 テケテケ、列車事故で体を切断されるも極寒の冷気によって断面が凍って即死を免れてしまった少女の悪霊……少なくとも都市伝説ではそう伝わる怪異的存在。

 

 

 噂を聞いた人の所へやって来るともされている。寝ている時に訪れるとされている。

 

 

ねえ、私の足.……何処なの?

 

 

 

 

 両者の距離は十メートル程、処理落ちした動きを止めて首を傾げる姿はその風貌から可愛らしいとはとても言えず、声が少女その物なだけに却って不気味にさえ思える。

 長くなった手で一歩、また一歩と不安定な動きで少女へと近寄って行くのだが、視線は上下左右に動いて不安定で正気を完全に失った状態にしか見えないその姿は相対した者に心の底からの恐怖を与える事だろう。

 

 恐怖で竦み上がり、その場で動けずにテケテケに捕まってしまうか悲鳴を上げて一目散に逃げ出すか……この時の少女はそのどれでもなかったが。

 

 

 

 

「知らないわよ、化物!」

 

 挑発とも取れる言葉と同時に背中を向ける少女、その言葉か動きかその両方なのか、スイッチが入ったかの様にテケテケの動きが変わる。

 手で体を支えながら移動するという本来の人としての動きとは違う事から来るカクカクしたアンバランスでスローな動きから一転、自動車にすら匹敵する速度と軽快な動きに変わり、歯をガチガチと打ち合わせて少女へと迫った。

 

 

 

 

 

許さない許さない許さない許さない許さない

 

 勢い良く右手を地面へと叩きつけた勢いで跳躍、唾を溢れさせながら少女へと手を伸ばし、空振り。

 少女はテケテケすら置き去りにする速度で走り去って行く。

 

 

 

 

 

私を置いていくの? 私を見捨てるの? 酷いひどいヒドイ

 

 話によってはテケテケになる前の少女は下半身を切断された状態で死に切れない中、周囲に助けを認めるも飛び散った肉片や上半身だけで這いずる姿を恐れて逃げ出したともされている。 

 つまりだ、テケテケにとって逃げるという行為は闘牛士が持つ赤い布、もしくは導火線への着火。

 

 何処を見ているかも知れぬ目は少女の遠ざかる背中を真っ直ぐ見詰め、髪は蛇を思わせるウネウネとした動きを始める。

 両手を前に付き出して下半身で正座の体勢を取っていたら伸びをしているかの様な格好で……加速した。

 

 

 

 

待ってまってマッテ待って待ってマッテ

 

 

 テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ

 

 後ろを見ずに学校に向かって一目散に駆け抜ける少女を追うテケテケ、その速度は最早自動車すら追い抜いてしまう程。普通の人間なら即座に追い付かれてしまうだろうが、少女の動きは普通ではなかった。

 

 

 少女は吹奏楽部、運動部でこそないが楽器の演奏で体力や肺活量を鍛えられてはいるものの走るフォームだって訓練を受けていない素人の動きであり、体育の成績も中の下。

 あくまでもそれは現実だった場合、此所は夢の中、少女の見る明晰夢の世界。その動きは現実離れした物だった。

 

「あははははは! 速い速い速い!」

 

 体が殆ど上下せず、テレビで見る陸上選手の其か、アニメの様な動き。

 楽しそうに笑う彼女は既に新幹線の速度を越えるのではないかという速度であり、常識外れの化物であるテケテケから常識の通じない夢の住人の動きで容易に逃げきった。

 

 

 そのまま彼女が校庭に入れば三階の窓から手を振る部活の仲間と両親の姿が見える。普段は見せてくれない笑顔を浮かべ、少女は思わず立ち止まった。

 

 

「何時もより続いたら良いのに……」

 

 

 

 

 この夢を見るのは本当に辛い時、目が覚めるのが嫌になる程に憂鬱な時にテケテケとの遭遇を含めて見た夢であり、今となっては少女にとって救いであった。

 

 家でも学校でも苦しくて悲しくて辛くて、親を友達を周囲の人間を、全部全部嫌って責めて責任を押し付けて……そうやって自分を守って来たのがこの少女という存在である。

 

 そもそも吹奏楽部に入ったのは情操教育の一環でトランペットを習わしていた両親に言われたからで、今の高校も家から近く監視がしやすい範囲で最も偏差値が高く吹奏楽部も全国コンクールの常連だったから。

 

 学校も部活も親が選んだ物で、行きたくもやりたくもなかったが、テストで一位になった時だけ両親は褒めてくれたし、練習の成果を出せば部の仲間も褒めてくれる。

 

 褒められたい、認められたい、尊敬されたい。

 

 少女が頑張る理由はそれだけだが、最近はスランプなのか思い通りに行かない日々。

 

 当然、誰も誉めてはくれない。今している努力を見ず、もっと頑張れ、努力が足りない、と言い続ける。

 

 

 

「……行かなくちゃ。時間が勿体無い」

 

 軽やかな足取りで向かうのは少女が所属するクラスの教室、扉を開けると軽い炸裂音と共にクラッカーの紙吹雪が飛び散り、くす玉が割れて垂れ幕が落ちてきた。

 

 

「やっと主役が来たな」

 

「ほらほら、主役が居ないとパーティーが台無しだぞ」

 

 今から始まるのは少女を称える宴、結果ではなく結果の為の努力を認めて称える夢の様な、正しく夢の中のみの素晴らしい時間。

 

 集めた机にテーブルクロスを敷いて、並べた皿に乗ったのは少女の大好物であり、最近ご無沙汰になっているスイーツ。

 中学に入る前から視聴を制限されているテレビを両親の留守中に観た時に紹介していた新商品。

 

「幸せね、こんなに甘い物を食べられるなんて」

 

 太っていたら自己管理が出来なく見えるからと制限され、お小遣いも管理されているので滅多に買えない少女の口には到底入らない物ばかり。

 

 食べ終われば皿の上には新しい物が並び、それは決して尽きる事はない。

 何せ此処は夢の中、少女の思う通りになる理想の世界。

 

 楽しい時間は直ぐに過ぎ、時計が示すは午後0時。何処からか聞こえるチャイムの音と共に少女の世界は歪み始めた。

 

「嫌っ! やだやだやだやだやだやだっ! もっと……ずっと此処に居たい!」

 

 現実では自分というものを押し殺して流されるがままに生きている少女が見せた感情の発露、それは夢の世界に浸り続ける事を切望する我儘。

 

 

 夢は覚めるからこそ夢であり、儚く消え去る物。

 

 明るい夢は終わりを告げて、悪夢の様な現実がやって来る。

 

 

 

 

 

「勉強もせずに寝るなんて何を考えているんだ! どうして此所までの怠け者に育ったのかが不思議よ!」

 

「今夜は徹夜で勉強しなさい! 今度はサボらない様に交代で見張るからな! 少しは努力するという事を知りなさい!」

 

 文字通りに叩き起こされた少女に訪れたのは両親からの叱責や罵倒、そしてテストの点が九十五点を下回った時に受けている物よりも強めの体罰。

 

 頑張っていると反論したい少女だが、両親に何を言っても無駄なのは分かっているので拳を握りしめ歯を食い縛る等の事すらせずに耐えるだけ。

 

 ……もし反抗的な態度と取られら場合は体罰が更に強くなるのもあっただろうが。

 

 

「明日からは授業に間に合うギリギリまで家で勉強してなさい! 放課後は授業が終わったら直ぐに帰って来ないと夕飯は抜きだ! 当然、今日みたいに勉強を怠けた場合もな!」

 

「え? でも、そうしたら部活が……」

 

 だが、それが部活動にまで及ぶのなら話は変わって来る。

 全国レベルの学校で演奏者に選ばれたという事は少女にとって努力と才能を誉められているのと同じ事、ましてや大勢の前での演奏後に受ける拍手は何よりの称賛なのだから。

 

 

「いい加減にしなさい!」

 

 思わず出してしまった反抗の意思は母親からの平手打ちで邪魔をされる。

 やりたくもない音楽、入る意思の無い学校と部活、それらは両親に従っての選択だったのに何を言っているのか理解出来ない少女に対して父親が呆れた風に溜め息を吐いて告げた。

 

 

 

「二回も全国コンクールに出たんだし、大学受験のアピールにはもう十分だろう。お前を正式な演奏者にするのにも結構な金を顧問に払ったんだ。これ以上無駄な金を使わせるな」

 

 それは少女の努力全てを否定する言葉。現実に感じていた最大にして唯一の未練を踏みにじる真実であった。

 

 

 

 

 

「……もう全部嫌。夢が現実になったら良いのに」

 

 翌日、朝練をサボった事を詰る部の仲間から逃れる為に逃げ込んだ体育館の女子トイレで少女が呟いた時、軽快な音が聞こえた。

 隣の個室やトイレの前からではなく、明らかに少女のいる個室の中から聞こえた音の出所を探すために少女が後ろを見た時、タンクから影が伸びていた。

 

 

 トイレの影から少女とは違う女の影が伸びていた。

 

 

『現実が辛い! 生きるのが大変! そんな事って有りますよね。兎に角世の中は思い通りにならなくって苦労する。そんな悩みを持つ皆様に朗報です!』

 

「え? これ、何?」

 

 テケテケとの遭遇に慣れたのもあるのだろうが、突然影の女が現れてテレビショッピング……テレビを禁止されているので詳しくはないが、母親が観ながら寝落ちしていたのを一度だけ見た記憶のある奴、に似たテンションと演技を始めた化物には恐怖よりも困惑しか覚えない。

 

 口をポカーンと開いて固まる少女に対して影女は二つ折になった紙と鋏を差し出した。

 

 

『今回パンパンショッピングがご紹介するのは此方! 選択鋏と選択紙です!』

 

 折り目を開けば左右にそれぞれ現実と夢と書かれている。

 

 

『この紙をこの鋏で切って不要な方を流せばあら不思議! 例えば現実を流せば昨日見た夢が現実になるんです!』

 

「っ!」

 

 その言葉を耳にした瞬間、少女は紙と鋏を引ったくると一切の迷い無く現実の方をトイレに捨てて紙を流す。

 

 

 途端に視界が揺らぎ、周囲の景色はトイレの個室から闇に包まれた町の中へと変わる。

 

 

 そして……。

 

 

 

 

テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ

 

 幸せの時間の前の前座がやって来る。テケテケが今日もやって来た。

 

 

「捕まえられるものなら捕まえてみれば?」

 

 普段の……現実での少女であれば絶対に取らない強気の態度、そして口にしない挑発の言葉。

 でも、今や現実は理想の世界である夢の中と入れ替わっている。

 

 テケテケと初めて遭遇した時、腰を抜かして失禁までしてしまったが、何度も繰り返した今では周回プレイ中のゲームでのチュートリアル程度。

 

 この場を普段通りに切り抜けて、あの楽しいパーティーに参加すれば誉められ続ける日々が待っている。

 テケテケに背中を向け、希望溢れる人生への第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

ガシッ!!

 

「え?」

 

 

 一歩を踏み出した所で服を掴まれ引き倒される。受け身も取れず背中や後頭部を強かに打ち付けたせいか意識が朦朧とする中、眼前にあったのはテケテケの顔。

 

 怖くなくなった筈の顔が間近に迫った時、再び恐怖が蘇った。

 

 

 

馬鹿ね。夢じゃないんだから当然よ

 

 ニタニタと不気味な笑みを向けるテケテケの口からは濃密な死臭が漂い、そのまま少女は意識を手放す。

 

 この悪夢が覚めて現実に戻るのを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 沈んだ意識が戻れば見知った天井が見える。寝ているのはベッドの中、勉強机と洋服ダンスとベッド以外は何も無い殺風景な自室。

 

 助かった、とホッと一息つき、起き上がろうとして……体が動かない。

 首だけ起こして見てみればベルトで何重にも拘束され、下半身は布団から出ている状態だ。

 

 

 そして、枕元から声がした。

 

 

ねえ。足、ちょうだい?

 

 視線を向ければ其処にはノコギリを持って顔を覗き込むテケテケが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

 

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

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ギコギコギコギコギコギコギコギコ

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

ギコギコギコギコギコギコギコギコ

 

 

 

これで今日から貴女()テケテケね

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、一見すれば順風満帆で、その実破綻済みの一家から一人の少女が姿を消した。

 ベッドには拘束に使ったらしいベルトと致死量の血液が残されるも彼女の死体は見付からず、大量の血を垂れ流しながら窓へと向かった跡だけは残っている。

 

 

 それともう一つ……過去に発生した類似の事件の被害者の死体、その上半身のみが不自然な迄に保存の効いた状態で今回の被害者の部屋から発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想下さい!

昼休みに終わってたら買収の件は存在しなかった

敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず

  • 五凶星 ごきょうせい
  • 悪六烈 おむれつ
  • 七福塵 しちふくじん
  • 四従死地士 しじゅうしちし
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